「絵で読む老子 無為を生きる」(長尾みのる/小学館)

→イラストレーターの草分けの著者が77歳の喜寿にして手に取ったのが老子であった。
原文、書き下し文に墨絵のイラスト。
おまけについているのが、原文からイメージした著者のポエムである。
失礼ながらお歳のせいかポエムを読むと、少しだけもしかしたら著者にボケが……。
批判しているのではない。むしろそこが赤子のような純真を感じさせてよかった。

河合隼雄にも強い影響を与えた老子の教えは結局、このひと言に尽きるのだと思う。

「無為をなせば、すなわちおさまらざるはなし」(P15)

無為をなすという考え方がすばらしいのだろう。
なにか問題が起こったとする。我われは解決策をいろいろと考える。
それはたとえれば入試の三択や五択の問題のようになる。
どの選択肢が正しいのだろうと我われは頭を悩ます。
しかし、もうひとつの選択肢のあることを老子は諭しているのである。
選択肢すべてをやらない。どの選択肢も実行しない。
これが無為をなす、の意味である。自然にまかすという方法である。
ちっぽけな人間の考えた選択肢など信用しないという生き方だ。
とはいえ、白紙答案を出すのにどれだけの勇気がいることか。
無為とは自然にまかすことである。なぜなら――。

「希言は自然なり。ゆえに瓢風は朝を終えず、驟雨は日を終えず。
たれかこれをなす者ぞ、天地なり。
天地すらなお久しきあたわず、いわんや人においてをや」(P55)


自然にまかすとは天に従うということだ。地に立脚しているということだ。
結局のところ、世事人事みなみな決定するのは天地なのである。
やまない雨はない。台風はかならず去っていく。
人間が雨をやませるのではない。人間が台風を除去するわけではない。
さて、無為自然という。どうしたら無為にいたれるのか。

「学をなせば日に益し、道をなせば、これを損してまた損し、もって無為にいたる。
無為なればなさざるはなし。天下を取るは常に事なきをもってす。
その事あるに及びては、もって天下を取るに足らず」(P107)


あえて損をするようにしたら無為にいたると老子は言う。
重要なのは、たぶん得ることではなく失うこと。増やすことではなく減らすこと。
知識を増大するよりも、むしろ忘れること。人とは異なる逆転の発想だ。

「為無為、事無事、味無味」(P137)

ここだけ原文を引いた。なんだか座右の銘にしたいほどである。
書き下し文は、「無為をなし、無事をこととし、無味をあじわう」――。
最後の「無味をあじわう」は山頭火の「へうへうとして水を味わう」の境地だろう。
老子は自己啓発本と正反対である。

「なす者はこれを敗り、とる者はこれを失う。
ここをもって聖人は、なすことなし、ゆえに敗るることなし。
とることなし、ゆえに失うことなし」(P139)


やるから失敗するのである。財産を得るから、それを失う不幸があるのである。
ならば、幸福になろうとするから不幸になるのではあるまいか。
なにもしなくても冬が終われば春が来るが、
いまは自分の努力で春を人工的に作ろうとする愚か者がいかに多いか!
ただ夜が終わり朝が来ただけなのに、それを自分の手柄と誇るものがどれほどいるか!
やるから失敗する。得ようとするから失ってしまう。
なにもしなくても=無為をなしていても、自然に変化は我われにもたらされる。
これが老子の教えであろう。

「論語 生き方のヒント」(ひろさちや/日本経済出版社)

→宗教ライターひろさちや先生のペテン術は人間国宝レベルである。
仏教の本でも、キリスト教の本でも、この論語の紹介でも先生はおなじ主張をしている。
ひろさちやには確固とした自分の考えがあるのである。
しかし、それはあまりにも非常識なので
小心者の先生は聖書、仏典、論語を持ち出してくる。
ほうら、これら聖典にも書いてあるじゃないか、という戦法である。

本書も、ところどころにある、ひろさちやならではの味わいが絶妙であった。
論語の紹介書のくせに、専門領域外だから間違えるのが怖いのか、
しきりに仏教の話をする。
ひろ先生くらいのレベルになったら仏典も論語も一緒くたにしていいのである(笑)。
わたしはひろさちやのファンである。
おそらくかれの宗教エッセイは学問的に見たら誤りだらけなのだろう。
だが、それでもいいではないか、と愛読者としては開き直りたいのだ。
太古のむかしから現代まで多くの人間が宗教に救われてきた。
かれら庶民のどれほどが正確に聖典を理解していたというのだろう。
どのみち、信仰とは誤解で成り立っているのである。
ならば、ひろさちやのような存在は否定されるべきではない。
本書で大笑いしたのは、ひろさちやが孔子を否定しているところ(114ページ)。
論語を反面教師にしよう、なんて書いてある。
ひろ先生はついに孔子を超えたかと腹を抱えて笑った。
「おいしい中国屋台」(浜井幸子/情報センター出版局)絶版

→わたしはペシミストの自殺志願者なのだが(笑)、
それでも人生に楽しいことはいくつかあると思っている。
そのひとつが異国の屋台である。
屋台限定というわけではなく、
地元の人間が集まる店といったほうが正しいのかもしれない。
言葉もおぼつかない異国で、
にもかかわらず、勇気をだしてにぎわっている店(屋台)へ入る。
注文方法もわからないから、近くのひとの食べているものを指さす。
このときの緊張感がたまらなく楽しい。
人生にこんな楽しいことがほかにあるのかと思うほどである。
店のひとも、こちらが外国人だと知り、いささかの緊張が走る。

世界各地、ほとんどのところで酒はのまれている。
危険なのはわかっているが、あえて地酒にチャレンジする。
とはいえこれも、あれをくれとのんでいるひとを指さすしかない。
名前も知らぬ大衆食を食べながらあやしげな地酒をのむのがどれほど楽しいか。
そのうち地元の飲兵衛から声がかかる。
片言の現地語と英語でコミュニケーションをはかる。
かれとは今日ここに来なければ逢わなかったことを思うと、
この世の神秘に打たれる思いもする。
けれども、酒をのんでいるうちに、そんなむずかしいことはどうでもよくなる。
酔いの昂揚から外国人と意思の疎通ができたような錯覚にとらわれる。
さかずきをかさねる。人間が、生きていることが、とても愛おしくなる。
世の中にこんなぜいたくな酒とつまみはないのではないかと思うのはこのときである。

本書「おいしい中国屋台」の著者、浜井幸子さんは、酒こそのまないものの、
いま書いているような旅の愉楽を、屋台の歓喜を、解明せんとした偉大な冒険家である。
「中国古典紀行2 唐詩の旅」(監修:陳舜臣/講談社)絶版

→漢詩って、なんか男らしくねえか?
いまはどこも女が強いだろう。男なんて女からすっかり見くだされている。
女ごときに品定めされ、男はといえば女のご機嫌取りに終始しなければならない。
ここで中国文学だと思ったのだ~よ! それも詩がいい。
漢詩というのはぜったいにメスが入ってこれない聖域ではないかと思う。
でんとあぐらをかき、一升瓶から茶碗に酒をそそぎ、ぐいとひと息でのみほす。
それから、キッとまえをにらみつけながら、おもむろに漢詩文を野太い声で朗誦する。

くうう、男の世界だぜ!

比べて西洋文学というのはいけねえ。あれは女子供のためのもの。
お洒落なバーかなんかでランボーの詩を口ずさむひ弱な男なんざ、殴らなければいかん。
女に媚びるのもいいかげんにしろと怒鳴りつけたい。
男なら東洋文学だろうが、おまいら!
シャネルだのグッチだのポストモダンだのジェンダーだの、
カタカナのなんとしまりのないことか。
仁愛、忠義、忍耐、薔薇、南無阿弥陀仏。漢字のどれだけ重々しいことか。
日本語には浮ついたカタカナと重量感あふれる漢字がある。
いまはかなしいがカタカナ(=女)の時代である。
なんとかして少しでも漢字(=男)を復権させなければならない。
いまわたしが漢詩にこだわっているゆえんである。そこんとこ夜露死苦たのむな!

朗誦用の漢詩を引用しておく。
これを憶えたら、なにおれだって、おい、なかなかのもんだぜ。
惚れるなよ、女郎(めろう)ども!

「幽州台に登る歌」

前に古人を見ず
後に来者(らいしゃ)を見ず
天地の悠々たるを念(おも)い
独り愴然として涕(なみだ)下(なが)る


(おれのまえに道はねえ 
ふりかえるがだれもいねえ
どでかいじゃないか天よ地よ 
これは涙ではない汗だ  訳Yonda?)

「客中の作」李白

蘭陵(らんりょう)の美酒 鬱金香(うっこんこう)
玉碗に盛り来たる琥珀(こはく)の光
但だ主人をして能(よ)く客を酔わしむれば
知らず何(いず)れの処か是れ他郷


(地酒はうめえぜこの香り
おっとっとこぼれちまうよ酒が光が
注がれればいくらだってのむよ
今日からここがおれのふるさとだ  訳Yonda?)
「中国の思想」(溝口雄三/放送大学教育振興会)絶版

→放送大学のテキストだから期待していたが、さっぱりわからなかった。
わからない本はどうするか。読まないという手がある。
しかし、なんだかもったいないような気もする。わたしもそう思うひとりである。
ならどうするかというと、速読するのである。
意外に思われるかもしれないが、わからない本ほど速読に適している。
(わかりやすい本はじっくり読むに限る)
一定のスピードで眼を右から左へ動かす。
なにをしているかというと、意味がわかる一文を探すためである。
わかった文章をつなぎあわせたら、それが理解したということである。
わからない本を熟読するのはバカバカしいと思っている。

本書の前半のテーマは、日中の漢字の意味の相違。
「天」「理」「自然」「公」といった語は中国思想を理解するうえで重要なキーワードだが、
おなじ漢字文化圏という安心感から、
いままでこれらの語の中国語的文脈が鑑みられることはなかった。
本書は中国世界から「天」「理」「自然」「公」といった用語の理解を深めていく。
というのが前半で、後半からはがらりと内容をかえ、
近世以降の中国思想潮流を人名をあげながらだらだらと羅列する。
本書に誤まりはないのであろう。けれども、さっぱり意味がわからない。
原因は溝口雄三の文章力があまりにも低いからである。
学者はただしい文章を書けばいいと思っているのだからあきれてしまう。
溝口の文体は眠気をさそう。
「Aは~~をしており、Bは~~をしており、Cは~~をしました」。
えんえんとこれが続くのである。悪文の見本をさらして、終わることにする。

「結局、朱子は王安石と同じく皇帝制中央集権の官僚国家体制を志向しながら、
その官僚制の末端には地主層の権益を認めた郷村共同体を設定しており、
王安石がそういった郷村共同体に顧慮しなかったのと、はっきり異なるのであり、
新法・旧法の対立の根底にはこのような路線上の対立が横たわっていた」(P88)


なんのこっちゃ(苦笑)。
「中国古典散歩」(駒田信二=編/文春文庫)絶版

→本書の構成はエッセイと解説からなる。
12人の文学者が、めいめい思い入れのある中国古典について気ままに語る。
直後に中国文学者の駒田信二が、それぞれの作品の解説をするという仕組み。
もういい年なのでいまさら中国古典を逐一しらみつぶしに読破していくのは不可能。
こういった軽めの一般書籍でアンテナにひっかかる古典を探すしかない。
もし見つかれば、その古典のみ重点的に読み込もうと思っている。
もとより、世界の古典を読破するなど無理なのである。
安易な一般書にたよる姿勢をどうかお許しください。

通読したがとくに気になった中国古典はなし。
ひとつ困ったのは、みなさま引用するときに、書き下し文のままのこと。
むかしは学校教育で論語の素読をやっていたらしいから当たり前なのかもしれないが、
わたしの受けた程度の漢文教育では書き下し文のままだと意味が取れない。
現代語訳がないため意味不明な箇所がいくつもあった。

「史記」に書かれているという呂后と戚夫人のエピソードがおもしろかった。
カッコ内の記述はわかりやすくするため筆者が補記しました。

「(権力をにぎった)呂后が(生前)高祖の愛姫だった(美しい)戚夫人の
手足を断ち切り、眼球をくりぬき、耳をくすべて聾(つんぼ)にし、
瘖薬(いんやく)を飲ませて唖(おし)にし、
便所の中に置いて「人彘(ひとぶた)」と名づけたこと、
それを見せられた(呂后の息子の)恵帝が、
「これは人間のすることではありません。わたしは太后(ははうえ)の子として、
とても天下を治めることはできません」といって泣き、
そのために病気になって一年あまりも起きることができなかったということは、
「呂后本紀」によって広く人に知られている話だが、
呂后のような冷酷な非人間性を持った女が、
それによって絶対者になり得たということに司馬遷は人間の歴史を見たのである。
「人間のすることではないこと」をするのは人間なのである。
「非人間性」も人間性にほかならないのである。
司馬遷は現実的な峻厳な姿勢と冷徹な眼で、人間の歴史をとらえていこうとする」(P34)
「中国文学入門」(吉川幸次郎/講談社学術文庫)

→薄い本ながら1冊で中国文学全体の俯瞰図(ふかんず)が得られる。
むかしの大学者はこういったわかりやすく、
かつおもしろい入門書を書いてくれるので助かる(池田亀鑑の「日本古典入門」もそう)。
本書で知りえた知識をまとめてみる。
現在の学説からは否定されているものもあるかもしれないが、
一般読者にとってそんなことはたいした問題ではない。

中国文学の特徴は以下の3点である。
・ノンフィクションを重んじる。虚構を軽んじる風潮がある。
・文学は政治と密接な関係をもつ。政治に参与しようと思ったら文学は不可欠。
・恋愛よりも友情を尊ぶ傾向がある。

さらに付加するならば、中国文学は詩文の歴史が長い。
8世紀になって韓愈(かんゆ)が登場することで、
ようやく散文に価値が見いだされるようになる。
といっても、韓愈の書いたのは実際に起こったことのみ(ノンフィクション)。
中国文学において虚構がはじめて登場するのは13世紀、
元の時代の戯曲をもってである。
もっとも元代に隆盛した演劇は知識人に評価されたわけではない。
一般大衆に支持された演劇は、幻想的なものではなく、
やはり中国的というべきか、現実的・叙事的・庶民的なものであった。
これと関係することだが、中国に古代ギリシアのような荒唐無稽な神話は存在しない。
中国人にとって人を救う神という超越的な存在は考えられなかった。
この結果、生みだされたのが聖人という観念である。
聖人は神ではなく、人の延長線上に位置する。中国人は神のかわりに聖人を待望した。
中国文学史をかんたんにまとめると以下のようになる。

詩経(無名人による日常賛歌)
 ↓
楚辞(感情的な激しさを有する=抒情詩の高まり)
 ↓
五言詩(定型の完成)
 ↓
陶淵明(自然賛美。詩作の対象が人間から自然へ)
 ↓
李白・杜甫(中国詩の最盛期)
 ↓
白居易(白楽天ともいう。日本王朝文学への影響大)
 ↓
韓愈(散文のはじまり)
 ↓
戯曲(虚構のはじまり。市民階級に愛された)
 ↓
「水滸伝」「西遊記」「金瓶梅」(小説のはじまり。町人文学)
 ↓
魯迅(ろじん)の文学革命

本書で杜甫の魅力を教えられた。もとより、いまだに杜甫をいいとは思わない。
ただ、広く杜甫が詩聖とあがめられている理由を了解したということである。
杜甫には、有名な、子どもを亡くしたときの詩がある。
その詩のどこがいい(と一般的に思われている)のか。
杜甫が最愛の子を亡くした悲嘆を述べるにとどまらず、
自分よりもさらに苦労している貧民がいることに思いを馳せているからである。
なるほど、いかにも道徳的というか教科書的というか。
たとえは悪いが、不幸な健常者が障害者の苦労を思いやるようなものである。
杜甫のそのような箇所がすばらしいと評価されているようである。
もうひとつ、杜甫には有名な詩がある。
嵐に遭遇して自宅が崩壊したときのことを描いた詩である。
このとき杜甫は夜半、雨にぬれながら、ある夢想をしている。
大きな家があったらいいのに、というのである。
そこに貧しい人が集まりみんなで幸福に住める、
そんな家があったらいいのに、と杜甫は詩で嘆く。
もしそのような施設ができるのであれば、自分などは死んでもいいとうたっている。
無学なわたしなどは、なにを甘ったれた絵空事をいっているのだと思うが、
世界の文学愛好家はこういった杜甫の人類愛に感銘を受けるものらしい。
本書のおかげで、杜甫がどうしてああも名声を勝ち得ているのか理解することができた。
「杜甫」(黒川洋一/角川ソフィア文庫)

→毎度のことだが、サルでもわかるビギナーズ・クラシックス。
中国を代表する詩人をひとり選べとなったらこの杜甫(とほ)になるらしい。
「詩聖」とも称される中国随一の文豪。

アルコールで脳がいかれているのだろうか。さっぱり杜甫のよさがわからなかった。
しかし、「杜甫はトホホ」とおちゃらけるほど落ちぶれてはいないつもり。
杜甫にはゲーテにひってきする名声と退屈があるように思う。
どうして杜甫が中国の代表詩人なのかという問いに、ある答えを出してみよう。
わからないからである。一見(いちげん)さんは杜甫を理解することができない。
なぜなら存命当時の中国情勢、古来からの中国神話(伝説?)が、
杜甫の詩に大きく関与しているからである。
つまり、杜甫は周辺の勉強をしっかりやらないとわからないということだ。

これはある階層にとってとても都合がよろしい。
まず知識人階級にとって、杜甫という詩人は大いに利用価値がある。
杜甫を用いて無知蒙昧な大衆を見くだすことができるからである。
これは支配者階級にしても悪いことではない。
というのも、知識人階級の生殺与奪を管理しているのは支配者階級。
支配者にとっては杜甫の芸術的価値などどうでもいいのである。
対象が人民の支配および国家発揚に使えるかというのが問題。
この点で、杜甫という詩人はたいへん便利なようである。

日本で杜甫の影響をもっとも受けたのはおそらく芭蕉であろう。
日本を代表する俳人である。
ここはもう同国人のよしみでみなさまにニヤニヤしながら聞きたいのだが、
芭蕉の俳句っていいか?
ほんとうに芭蕉の俳句をすばらしいものだと思いますか。
わたしは「おくのほそ道」作者、すなわち旅行ライターとしての芭蕉は天才だと思う。
けれども、いい年をして、芭蕉の俳句のどこがいいのかまるでわからない。
いつの間にか憶えてしまった俳句はいくつかある。
残念ながら、そのどれひとつとして感銘を受けたものはない。
よしんば、こんなことを白状しようものなら、大学教授に笑われるのだろう。
あるいは、俳句の先生? まあ、プロのひとからお叱りかあざけりを受けると思われる。

杜甫と芭蕉は似ているのかもしれない。
勉強しないとわからない。
にもかかわらず、なのか、それゆえに、なのか、両者は国を代表する文豪である。
おそらくだが、地位学識問わず、だれにでもわかる陶淵明や山頭火のような文人に
高い評価を与えてはいけないという理由が、なにかしらあるのであろう。
「李白」(筧久美子/角川ソフィア文庫)

→例によってバカの味方、ビギナーズ・クラシックス。
李白(りはく)は杜甫と双璧をなす中国を代表する詩人。
酒を愛し、民衆の哀歓をうたいあげるのが特徴。
だから、ぜったい好きにならなければおかしいのだけれど、なんかダメなんだよな。
ちまたでは酒といえば、陶淵明よりむしろ李白らしい。
詩人としての格も李白のほうが圧倒的に上とのこと。

ごめん、もうぶちまける。お酒のみながらこれ書いてるし~。
李白、どこがいいのかわかりません。
傲岸不遜をお許しいただけるのなら、こんな暴言を吐きたい。
李白は酒の呑みかたがなまぬるい!
決して好きな作家ではないけれども、太宰治が「斜陽」でこう書いている。

「死ぬ気で飲んでいるんだ。
生きているのが、悲しくて仕様が無いんだよ」(新潮文庫版152ページ)


死ぬ気で酒を呑む。酒を呑むという行為のどこかに死を思う。決死の覚悟で呑む。
こういう無頼が李白からは感じられないのである。いってしまえば上品なんだ。
教科書に掲載してもいい酒の呑みかたといったらわかってもらえるか。
自動販売機の釣り銭出口をあさってでもカップ酒を呑みたいといういやしさがない。
芸術家からしたら李白の品のよさを責めるのは美をわかっていない証拠なのだろう。
だが、わたしにはそこが不満である。
上品に呑むようなやからに酒の真価などわかってたまるかと思っている。

ここで李白の「将進酒」を引用してダメだしをする予定だったが中止。
文章を書き写すのは、けっこうな骨折りなのである。
陶淵明の漢詩文はぜひともみなさまに味わってほしかったが、
李白に対してはそのような情熱はない。
最後に結論めいたことをいうなら、李白にとって酒は逃避に過ぎなかった。
あるいは、ひと晩の愉楽程度のものであった。
しかし、陶淵明の酒はそのような軽いものではない。
陶淵明は酒で死のうとした。
すなわち、かれは酒で生きようとしたのである。
酒を呑むとき、充実した生は無味乾燥の死に転ずる。
反対に、死を思い酒を呑めば泥酔者は生の横溢(おういつ)に歓喜する。
李白がこの酒のからくりを(陶淵明のように)知っていたとはとても思えない。
「陶淵明」(釜谷武志/角川ソフィア文庫)

→いつものようにビギナーズ・クラシックス。岩波文庫ではない。
陶淵明(とうえんめい)は詩人。杜甫や李白ほど有名ではない。ノーチェックであった。
中国古典のシリーズに入っていたから、やむなく読んだようなもの。
ほかの中国古典と比べると売れてもいないようである。
ところが、これがよかったのである。
正真正銘のアルコール中毒患者が断言するのだから信じてもらいたい。
えらそうな物言いになって申し訳ないが、陶淵明はまこと酒の呑みかたを知っている。

陶淵明は田園詩人として知られている。
なんのことはない。出世(仕官)をあきらめて田舎へひきこもったわけである。
かといって、みずから田畑を耕作したわけではない。
裕福ではなかったようだが、小作人のいる地主である。
隠者・陶淵明は田舎でなにをするか。ただただ酒を呑むのである。詩作するのである。
どちらも実に美しい。酒の呑みかたも、作る詩も、である。
飲酒と詩作というふたつの行為が陶淵明の生きかたにおいて絶妙に溶けあっている。

詩を要約するのはいくらなんでも乱暴だが、しいて試みるならば、
陶淵明はさしずめ「どうしようもない酒を呑んでいる」ではないか。
日本の俳人・種田山頭火の句「どうしうようもない私が歩いている」
を真似たことはいうまでもない。
この日中の俳人、詩人のあいだには無類の酒好きという共通項がある。
陶淵明は「どうしようもない酒」を呑んでいるわけではないのは、
山頭火が「どうしようもない私」ではなかったのと同様である。
「どうしようもない」「私が歩いている」であり、「どうしようもない」「酒を呑んでいる」である。
陶淵明は「どうしようもない」から「酒を呑んでいる」のか、
それとも「どうしようもない」にもかかわらず「酒を呑んでいる」のか。
どちらも正解で、どちらも不正解なのであろう。
「どうしようもない」という状態からごく自然に「酒を呑んでいる」。
陶淵明の生きかたである。

詩の一部分を引用するのは野暮というものだが、もう少しだけおつきあいください。
なんとか陶淵明のよさを紹介できたらと思うのです。
「帰園田居(園田の居に帰りて)」の最後の部分がよろしい。
さあ、田舎へ戻った。子どもたちを連れてハイキングである。
住居の跡がある。廃村のようである。これはいったいどうしたものか。
通りすがりのひとに聞く。みな死んでしまって、もはやだれもいないとのこと。

「人生似幻化 終当帰空無」

「人生は幻化に似たり 終(つい)に当(まさ)に空無に帰すべし」

「人生は夢まぼろしのようなもので、結局、最後には無に帰するのである」(P74)


人生似幻化――。また別の日のことを陶淵明は詩にしている。秋の暮れである。
冬をまえにして風は冷たい。庭の木々も枯れてゆく。雁の群れが大空を横切る。

「万化相尋異 人生豈不労 従古皆有没 念之中心焦 
何以称我情 濁酒且自陶 千載非所知 聊以永今朝」

「万化 相尋(あいつ)いで異なり 人生 豈(あに)労(ろう)せざらんや
古(いにしえ)より皆な没するあり 之(これ)を念(おも)えば中心焦(こ)がる
何を以てか我が情に称(かな)えん 濁酒(だくしゅ)且(しばら)く自ら陶(たの)しまん
千載(せんざい)は知る所に非ず 聊(いささ)か以て今朝(こんちょう)を永くせん」

「万物は変化して次々に変わってゆく、
人生というものはどうして苦労なしでいられようか。
昔から人はみな死ぬものと決まっている、
そのことを思うと胸の中は熱く焦げるようだ。
なにによって自分の気持を満足させよう、
にごり酒を飲んでひとまずみずから楽しもう。
千年先のことなどわかるものではない、
まずは今日をゆったりと過ごそう」(P117)


実もふたもないことをいうと、どうせ死んでしまうのだから酒でも呑もうや、である。
アル中の開き直りというなかれ。「之(これ)を念(おも)えば中心焦(こ)がる」である。
胸が熱くなるのである。そのうち死ぬのなら、なにかを成し遂げたい。
だが、世事全般ままらなぬ。
ならせめてこの熱情を酒で鎮めるほかあるまいと陶淵明はうたっているのである。

他日のこと。ある晩年の一日を陶淵明は詩にしている。子どもが五人いる。
ひとりひとり見ていくが、どの子もあまり見込みがあるようには思えない。
それでもわが子だからかわいい。もう少しなんとかならないものか。いや――。

「天運苟如此 且進杯中物」

「天運 苟(いやし)くも此(か)くの如くんば 且(しばら)く杯中の物を進めん」

「もしかりにこれが運命だとすれば、ひとまず酒でも飲むことにしよう」(P151)


どうしようもねえな、酒でも呑むか、である。飲兵衛の詩というほかない。
陶淵明は「挽歌詩」というみずからが死んだのちの詩を書いている。
自分の葬式を陶淵明は描写する。家族が泣き、友人も泣いている。
自身は冷静なものである。最後の最後でこう来るのだから――。

「千秋万歳後 誰知栄与辱 但恨在世時 飲酒不得足」

「千秋(せんしゅう) 万歳(ばんさい)の後(のち) 誰か栄と辱とを知らんや
但(た)だ恨む 世に在りし時 酒を呑む事 足るを得ざりしを」

「千年万年もののちに、栄誉や恥辱をどうして知ろうか。
ただ心のこりなのは世に生きていた時、十分に酒が飲めなかったことである」(P191)