「崑崙の玉」(井上靖/文春文庫)

→おなじ作品の感想を二度書くのもまたいい。
「崑崙の玉」は西域を舞台にした井上靖のマイナーな短編小説集である。
宮本輝氏が大絶賛している表題作「崑崙の玉」のよさはこちらが未熟なため
よく理解できなかったが、「聖者」「古い文字」「明妃曲」はおもしろかった。
井上靖は偽物のよさ、嘘の楽しみをよく知っていたのだろう。
真実ってなんだろう、本物ってなんだろう、
という疑念がつねにあったのではないかと思われる。
そこのところが井上靖の死後に弟子を自称する宮本輝氏との相違である。
宮本輝は価値の定まった骨董品を金の力で蒐集(しゅうしゅう)するのが趣味のようだが、
井上靖はどんな高価な骨董でもある日それがゴミになりかねないことに気づいていた。
井上靖は偽物のなかにこそ本物があり、
本物と言われているものも一皮むけばどうだかわからないとおそらく思っていた。
勲章が大好きなうさんくさい新興宗教のトップが、
そのいかがわしさゆえにある意味で本物であると井上靖はみなしていた。
悟り澄ましたようないかにも聖者然とした修行者が偽物であることを見破ることができた。

短編小説「聖者」はみなから尊敬されている村の老人がじつは聖者ではなく、
ただの片輪の老いぼれであることを新参者の青年が見抜くが、
物語の最後でその老人が真実を語る本物の聖者だと読者にわかる仕掛けになっている。
話は飛躍するが歴史の真実とはなにか?
歴史の真実は人間ではなく物であるのかもしれない。

「……人間というものははかないもので、
百年もするとその痕跡すら失くなってしまいます。
それに引きかえて人間が造ったものは、貨幣のような小さなものでも、
千余年の歳月を少しの損傷なく生き延びる場合もあります」(P131)


なにかある物が発見されたら、いともたやすく歴史はくつがえされてしまうのである。
しかし、その物が本物か偽物かどうかはよくわからない。
考えてみたら、いまの歴史も物(史料)によってつくられていると言えよう。
われわれが学校で習った歴史は一見すると人間の歴史のようだが、
じつのところあれは物によってこうではなかったかと推定(創作)された物語である。
もしどれかの物が偽物だったら本当の歴史は違っていたのかもしれない。
茶目っ気のある人間なら歴史を変えてやろうと
自分が死んだあとの歴史のために偽物の史料を作ろうと思うはずである。
それが偽物であるとばれなければ偽物の歴史が本物の歴史になってしまう。

とすれば、本物とはなんだろうか。偽物とはなんだろうか。
石ころと宝石をわけるその鑑定眼の正しさはいったいなんによっているのか。
宝石でも高価なものと安価なものにふるいわけられるが、その差はなんなのか。
たとえ偽物の宝石でもそれは世界一価値のある物だと本人が思って
身につけていたら、それはおのずから本人の自信につながり、
彼女の美しさは倍増しになることだろう。だれが宝石の真贋を見破れるか。
詐欺師から運気が上がると偽物の壺を買わされても、
本人がそれを死ぬまで信じていたらけっこう幸運も舞い込むのではないだろうか。
偽物のご本尊でも偽物のお題目でも十分に効果が上がるのだと思う。
そもそも本物のご本尊や本物のお題目など存在するのかどうか。
このあたりが井上靖の弟子を自称する宮本輝氏の初期作品のテーマであった。
ところが、宮本輝氏は社会的地位の上昇とともに、
本物は偽物であり偽物こそ本物であることを忘れてしまったような気がする。
「高いものはいい、いいものは高い」は最近の宮本輝氏の信念のようである。
見ていないので知らないがネット上でもそれに関する発言を連発しているらしい。
貧乏人から成り上がると金ぴかなものに目を奪われてしまうのは仕方がない。
わが家の小さな庭で見つけた小さな石ころが自分にとっては本物のこともある。
だれも価値を認めていなくても、自分にとっては本物の石ころは存在する。
宮本輝氏はそんな石ころは石ころだとバカにするだろうが、
井上靖は小さななんでもない石ころが本物かもしれないと疑うような
懐(ふところ)の広さがあったように思う。

ある小さな物がひとつ発見されただけで歴史は変わってしまう。
短編小説「古い文字」は、そういう内容の小説である。
研究員の大乃岐は新妻と旅行中に、
地中海近くの小さな村である印章を現地の子どもが持っていることに気づく。
印章には古い文字が書かれていたのだが、それを見て大乃岐は仰天する。
この印章の存在が知れたら世界が騒然とするからである。
なんとか小金をつかませて大乃岐は印章を手に入れることに成功する。
この印章は言うなれば世界の秘密のようなものである。
大乃岐だけが世界の秘密を知ってしまった。
そのときから大乃岐は監視妄想や追跡妄想に襲われるようになる。
夜ベットに身を横たえてもまったく眠ることができない。

「大きな津波のようなものの中に、大乃岐は揺られ続けていた。
世界の学界がこの印章一個のために騒然とする筈であった。
ただ現在はまだ騒然としていなかった。
一個の小さな石の面にインダス文字が二個刻まれ、
しかもそれに対応するアッカド文字が並んで刻まれているのである。
そうしたものがコルドバのホテルの一部屋にあると言っても、
世界中の学者の誰が、それを信ずるだろう。
しかし、実際にそれはあるのである。現にここに自分が持っている。
大乃岐は寝台の毛布の下で自分の首から吊り下げられてある
小さな宝物をまさぐった。確かにそれはあった」(P165)


物の価値は人によって変わることの典型例であろう。
結局、物語はどうなるのか。真実は明らかになるのか。

「若い考古学者大乃岐光矩がセビリアから五二キロ離れたカルモナの町の城門の
附近で心臓麻痺のために倒れたのは、五年前の秋である。
百合枝夫人は夫が身につけていた小さい古代印章のことを思い出して、
そのことを口に出したのは、パリに於いて夫君の仮葬がすんでからであった。
古い石のかけらが、インダス文字解明の鍵となるような貴重なものであったか、
あるいは多分に神経衰弱気味であった大乃岐光矩の
妄想が生んだ幻覚であったかは、
それが失われている現在では残念ながら知ることができない」(P177)


真実はわからないままに終わるのである。
小説家の井上靖はおそらくわからないものほどおもしろいと思っていただろう。
いまはなんでもわかった気分になってしまう時代だが、
井上靖が生きた時代はまだわかっていないものも少なくなかった。
井上靖はわからない時代を生きたおもしろい小説家だったのである。
わからないということがいかに豊かであることか。
わからないからこそ想像力を働かせて物語を創作することができるのだろう。
わからないところに想像力の翼を羽ばたかせる余地がある。
短編小説「明妃曲」には匈奴(きょうど)に憑かれた学生が登場する。

「大体、匈奴という民族は、その正体がよく判っていない。よく判っていて、
研究し尽くされていたら、恐らく私は何の関心も持たなかったに違いない。
判っていないところがあるからこそ、しかも、
それがそれを調べて判ろうというような料簡からではなく、
その反対のどうか判らないところが
いつまでも判らないでいてくれといったような気持から、
匈奴のことに関する記述を、
謂ってみれば古い壺でも手探るような調子で読んでいたのである。
学者の著書に、匈奴についてはよく判っていないが
というような文章が書かれてあるのを見ると、私はその度に、そうだろう、
そう簡単に判って貰っては困るといった気持が働いて、
ひそかに北叟(ほくそ)笑みを禁ずることができなかったのである」(P182)


「私」はおなじように匈奴に惹かれているどこか暗い男と知り合う。
ふたりはどこか似ていた。得体の知れない強い自尊心を持っているところだ。
あるいは匈奴もまたそういう民族ではなかったのかと「私」は思う。
匈奴好きの男は新資料が発見されそれを自分は読んだと言って、
「(美しい)昭君は元帝を憎み、匈奴の若者を愛した」という新説を熱心に物語る。
「私」は新資料なるものなどないことを薄々気づいていたが指摘せず、
自分とおなじように暗く匈奴が好きな男とひとつの物語を共有する。
そうであったことよりも、そうであってほしいことのなかに小説の真実はある。
歴史の真実も嘘もないのだとしたら、人を喜ばせることが真実なのである。
われわれはすぐにわかろうわかろうとしてしまうが、
わからないものをわからないままに愛するような姿勢もあっていいのだろう。
あれが本物か偽物かはわからないからこそ、わからないままであれはおもしろい。
それが本当か嘘かはわからないからこそ、わからないままでそれはおもしろい。
人はわかりあえないけれど、わからないままに人を好きになることはできるのだろう。
わかってしまったらそこで終わってしまうような関係もあるに違いない。
みんなから好かれるスターは正体がわからないからこそ輝いていられるのだろう。

「崑崙の玉」(井上靖/文春文庫)

→貧困家庭出身ながら芥川賞選考委員のみならず
紫綬褒章作家にまで成り上がった大成功者にして大勝利者の宮本輝氏が、
薄っぺらい新刊エッセイ「いのちの姿」で
井上靖の「崑崙の玉」を大絶賛していたので本当かよと思い、
たまたま積ん読していたこともあり読んでみた。
妻や子を亡くした50歳の孤独だが大金持の中国人が、
「崑崙の玉(究極の宝石)」求めて黄河の源泉まで旅をする短編小説である。
井上靖のファンでかなり小説は読み込んでいるほうだが、そこまでおもしろくもない。
というか、むしろ井上靖の小説のなかでは退屈な部類に入ると思う。

どうして創価偉人の宮本輝氏が「崑崙の玉」を絶賛するのか考えてみた。
宮本輝氏は世間的評価のうえでとても偉い人で、
自分のことをとても偉くて正しい人だと思っておられるようだ。
しかし、氏の偉さや正しさを証明する根拠(黄河の源泉!)がないのである。
だから、宮本輝氏はこういうエピソードをでっちあげた。
宮本輝氏は生前の井上靖に逢ったときに、こんな失礼なことを言ったという。
井上靖先生の西域物では「崑崙の玉」がいちばんいい。
「これさえ読めば、(井上靖)氏の他の西域物は読まなくてもいいと思う」
井上靖は怒らず、宮本輝さんがそうおっしゃるのだからきっとそうなのでしょう、
と答えてくれた、とだれも証人はおらず、ただ宮本輝氏だけがそう述懐している。

わたしはこれを嘘だと見破った。
ペエペエの若手作家が当時文壇の大物だった井上靖にそんなことを言えるものか。
本当に言ったのなら、人間として失礼すぎる。
宮本輝大先生に向かって
「先生の小説は『青が散る』さえ読めば、他は読まなくてもいいと思います」
なんて言える人はいないでしょう。わたしだってそんな失礼なことは言えない。
上下関係に厳しい創価学会で鍛えられた宮本輝が、
天下の井上靖にそこまで失礼なことを本当に言ったとはとうてい思えない。
だとしたら、このいんちきエピソードはどういうことか?
宮本輝は自分こそ井上靖の正統の弟子だと主張したかったのである。
井上靖が偉いことは(僭越ながらわたしもふくめ)みな認めている。
宮本輝は権威(偉さ)のご相伴にあずかりたくて、
井上靖の「死人に口なし」をうまく利用して、こういうくだらぬデマを書いたのだと思う。
自分は池田大作先生の弟子であるのみならず、
あの井上靖先生でさえも自分を認めてくれていたのだから、
いいか、いいか、おまえら、我輩は偉いのであ~る。

まったく宮本輝氏はいかにもクソ庶民出身らしいきたねえ手を使うぜ。
井上靖の「崑崙の玉」は絶版だし、読む人は少ないだろう。
いまはそれほどでもないがネット古書世界で超高値がついた時期もあるから、
そういうふうに高額を支払って手に入れたものを
人はなかなかつまらないと言えないのである。
宮本輝氏は骨董が大好きなようだが、
高額の骨董品の価値など目利きと呼ばれる権威者のひと言によっているだけなのである。
権力者の宮本輝氏は石ころに過ぎない井上靖の短編小説「崑崙の玉」を、
まさしく価値のある宝石のように変えてしまった。
それと同時に自分は井上靖のお墨付きなんだという経歴も偽造した。
財産、名声、称賛、権力、妻子孫、
あらゆるものを手に入れた大勝利者の宮本輝氏がいまいちばんほしいのは、
黄河の源泉でしか得られないとされる「崑崙の玉」なのだろう。

「傍観者」(井上靖/潮文庫)

→短編小説集でほとんどの作品は別の文庫で一度読んだことがあるような気がする。
このたびタイトルにもなっている短編小説「傍観者」の恐ろしさに気づく。
「傍観者」は昭和26年発表だから芥川賞受賞の翌年、つまり初期小説である。
40歳をすぎてデビューした遅咲きの作家である井上靖の源泉は、
もしかしたら芥川賞作品よりもむしろこちらの「傍観者」のほうにあるのかもしれない。
ある種の倫理的な問題をはらんだ作品といえよう。
愛する人が毒を飲んで自分の家に来たら、どうしたらいいのか?
いささか性急がすぎた。それまでの流れをかんたんに書いておこう。
「私」は青年時代に遠縁の「わがままで、病弱で、美貌な少女」梨花に恋をする。

「私の恋情の中には、その最初のときから、なにか運命的なものが、その場かぎりでない、
一生を支配するような何ものかが匿(かく)れひそんでいたように思われる」(P17)


「私」は人並みに恋をして女を知るが片時も梨花のことを忘れることがなかった。
ふたりが再会するのは「私」が東洋文化研究所に就職してからである。
二十歳の梨花は「病弱な面影はどこにもなく、わがままなところも見えず、
ただ美貌だけが、往時の蕾(つぼみ)の固さから、
ゆたかに花咲いた派手なものに変っていた」。
「私」は梨花のまぶしさを正視できず、同僚の岸本を呼んできてしまう。
「私」と岸本と梨花の関係が始まる。
あるとき「私」は梨花の家を訪問して辞するときにこの美少女から接吻のお土産をもらう。
時代は中国との戦争が始まったころである。「私」は軍隊に召集される。
中国の戦地で「私」は梨花が岸本と結婚したことを知りショックを受ける。
10年のときを経て日本へ戻ってきた「私」は梨花を憎む気持こそ捨てていたが、
愛着ばかりはどうにもならなかった。
戦後の混乱のさなか、「私」は闇商売で大儲けをした岸本と梨花に再会する。
「私」は独身のままであった。
相変わらず美貌ではあったが、梨花の生活はすさんでいくばかりで若い男に手を出したり、
ときには株で大損を出したりで、大学教授になっていた「私」はそのたびに面倒を見ていた。
「私」と梨花は決して身体のつきあいは持たなかった。
ある晩、暗い顔をした梨花がひとりで「私」のアパートにやってくる。
ベッドで休ませてほしいのだという。

「……やったなと私は思った。
梨花が毒を飲んでいることを、そのとき直観的に私は感じたのである。
私はついに来るべきものが来たという気持だった。
梨花がこのようにしていつか自分の部屋にやって来るのを、もうずっと前から、
私は無意識の中に予感していたようであった。
少しも意外なものがやって来た気持ではなかった」(P50)


このときどうするのが愛なのだろうか。毒を吐き出させるのが愛なのか。
医者(救急車がこの時代あったのか不明)を呼びにやるのがほんものの愛なのか。
「私」は「かまわない、お休みなさい」という。
自分の服毒を「私」が見抜いていることを梨花は知っていた。
最後にひと言「許してくださる?」というと梨花はひどくやさしく「私」を見入った。
そのまま女は深い眠りの中に落ちていった。
後日、このときのことを「私」はこう回想している。

「私は梨花を愛していたし、梨花は私を愛していたのである。
二人のばあいは、二人の愛情をそのような形でおく以外仕方がなかったのだ。
だから二人のあいだには何の醜関係もなかったのだ。
彼女は彼女でかってに他の男たちと身を持ちくずし、私はそれを傍観していたのである。
やがて当然のこととして彼女の生涯に破局がやってきて彼女は毒を飲んだのである。
私はそれさえも見ていた。
私がいかに彼女を愛していたかは、梨花がそうした私によって知ったはずである。
私たちは二人の愛情というものを、
そうした形においてしか終焉(しゅうえん)させることはできなかったのである」(P12)


愛する人が自分の選択で自殺したとき、果たして命を救おうとするのが愛なのか。
もしかしたら、そのまま死を見守ってあげるほうが強い愛を必要とするのではないか。
相手を助けたいと思うのはエゴイズムで、本当には相手のことを思っていないのではないか。
そして、若くして法的または肉体的に安直に結ばれているよりも、
このような屈折した関係のほうが男女ともにあるいは烈しい愛を感じられるのではないか。
ふたりだけにしかわからないこのような烈しい愛情は美しくはないか。
井上靖が「傍観者」で描いたのは男女の愛を超えた運命愛である。
傍観者たる「私」の梨花への愛は最後に運命愛にまで高められている。
女を愛するところから運命を愛するところまで上昇(下降?)しているのである。
女を愛したことからままならぬ人生(運命)をも愛す意志が生まれているではないか。
愛するのが運命なら結ばれぬのも運命で、
ならばその運命を愛する以外に人にどんな生き方があるというのか。
烈しい生き方は十中八九敗北に終わるだろうが、その敗北は夕陽のように美しい。
井上靖は上昇する朝日ではなく下降する落日の美しさを愛した作家であったのだと思う。

「海峡」(井上靖/角川文庫)絶版

→井上靖は無力の美しさを描く作家だと思う。
人間は世界に対して無力だが、そこに世界の美しさがあるのではないか。
無力で敗北感に暮れる人間はときにみっともないが、
その背景に人間を超える大きな世界をしっかり見据えると全体として美しいのではないか。
宿命に勝利する人間を描くのは井上靖をだれよりも慕う後輩作家の宮本輝である。
井上靖は宮本輝とおなじ宿命を描いているのだが、
先輩作家は宿命に敗れ去る人間の美しさを描いているのである。
成功する人間ではなく失敗する人間を描写する。
恋が成就した男女を描くのではなく、恋に破れた、つまり失恋した淋しい人間を描く。
もしかしたら恋愛成就よりも失恋のほうが人生の深い味を堪能できるのではないか。
あたかも井上靖はそう言っているかのごとくである。

新聞小説「海峡」から無力感あふれるシーンを見てみよう。
男が片想いしている同僚女性から酒場で相談を受けると、失恋したという話である。
しかも失恋相手は自分の上司だというではないか。
まこと人生の深い味を感じさせる場面である。
この味わいを井上靖はうまく会話として描く。
宏子は相談相手の杉原がなぜ憤(おこ)っているのかわからない。

「何をそんなに憤ってるのよ」
「憤るさ。憤らせるじゃないか。――くだらん恋愛なんどしやがって」
「しやがってという言葉もいや。下品だわ」
「悪かったな。――まあ、いい、一生に一度だ。今夜は飲ませてくれ。
飲ませて、慰めてくれ」
「反対になったのね。わたしを慰める筈だったじゃない」
「慰める!? お前さんをか。冗談言うなよ。自分が惚れてる女が、
他の男に惚れてるからって慰める馬鹿がどこにある?
俺は今夜自分を慰めるんだ。つき合えよ」
宏子にとっては聞き棄てならぬことを杉原は口走った」(P91)


宏子が帰ろうとすると、杉原は「頼む」と哀願するように言う。
「頼むから今夜もう少しつき合ってくれ」

「でも、いやだわ。酔ってるんですもの。恥ずかしいわ。
大きい声でへんなことばかり言って」
「いいや、もう言わん。恐らく将来二度と言わんだろう。
これから言葉に気をつける。今夜、二人でもう少し一緒に飲もう。
飲もうと言っても、俺ばかり飲むわけだが、おひろさんも飲めよ。
少しぐらいはいいだろう。酔わん程度に飲めよ。
――今夜は二つの恋情を葬る夜だ。
君は編集長のオッさんに対する変な気持をきれいさっぱりと、
今夜限り棄てるんだ。いいか。物にはきっかけというものがある。
今夜を最後に、明日から笑う女になれ。笑う女に!」
それから杉原はボーイを呼んで、
「勘定!」
と言ってから、
「俺は今夜限りさっぱりする。どうも多少俺はおひろさんに気があったと思うんだ。
しかし、考えてみれば莫迦(ばか)らしいことだよ。
どこがよくて、大の男がおひろさんなどに惹かれるんだ。
どこもいいところないじゃないか。俺は俺で今夜限りさっぱりする。
おひろさんもおひろさんでさっぱりしろよ」(P92)


いかにもいかにも井上靖らしいセリフである。
失恋は恋愛成就よりもよほど味わい深いのである。
酒を飲めば飲むほど、この不如意の渋味苦味は豊穣を増し五臓六腑にしみわたる。

人生はうまくいかないからおもしろい。

題目を唱えていたら夢がかなってハッピー! 宿命転換ブラボー大勝利! 
――なんていう世界観を井上靖はどこにもさらさら有していないのである。
人生は人間の思い通りにはならないが、そこにこそ深い味わいがある。
これが無宗教だった文豪・井上靖の持っていた信念のようなものである。
人生がうまくいかないということは、人間を超えるものがあるということではないか。
その大きなものを全身で認めたとき、無力な人間はかえって輝きを放つのではないか。

小説の終盤、人生の不如意をそれぞれに抱えた男3人は、
渡り鳥の声を聞くために本州の最果て青森県の下風呂温泉におもむく。
失恋と別離が確定した杉原は冬の海に向かって走っていった。
青年の姿が見えなくなってから、中年男二人はしみじみと思いを語る。

「去年からろくなことはないよ。病院は不景気になるし、
吉田君はあんな事故で倒れるし、細君は神経衰弱になるし」
「人生とはそうしたものだよ」
「だから僕も人生とはそうしたものだと思ってるんだ。
なんとなくやりきれないものだな」
その庄司のやりきれないと言った言葉が、ふいに松村の心に突き刺さって来た。
松村自身が、庄司以上にやりきれない気持だった。
どこへも持って行きようのない、いわば出口のない感情を、
松村もまたこの雪の半島に棄てたくてやって来たのである」(P344)


人生は、やりきれない。悲しくて、やりきれない。
悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない。しかし、この悲しさは美しい。
人間のちっぽけな悲しみも天から見たらきっと美しいはずだ。
人生のやりきれない悲しさを、井上靖は、わかりやすい物語に託して美しく謳いあげた。

「白い風 赤い雲」(井上靖/角川文庫)絶版

→主人公は少年タアちゃん10歳。父はなく美しい母がいる。未亡人である。
出版社に勤める母は3人の男性から求愛されている。
タアちゃんの学校の担任の角田先生。金持の太った中年男。妻も子もいる志村さん。
3人とも悪人ではなくそれぞれに善良な人物である。
お母さんは本当は志村さんが好きだが、
タアちゃんの将来を考えて金持と結婚することに決める。
井上靖の小説はどれもそうだが、失恋するシーンがとてもいいのだ。
タアちゃんの担任の角田先生が、
妻子のいる志村さんと決闘するシーンは正々堂々としていてすばらしい。
決闘の翌日、先生は自宅でタアちゃんから手紙を渡される。
それは母からことづかった手紙で、角田先生は自分が完全に失恋したことを知る。
このとき学童ふたりのまえで、いさぎよく恋心をあきらめる角田先生がいい。
先生は大きなため息をついたあと、こんなひとりごとを言う。

「人生というものは淋しいことばかりだな」(P237)

それから子どもたちに向かって言い聞かせる。

「君たちも大きくなると、いろいろなことを経験するだろう。
悲しいことや嬉しいことや、そしてまた淋しくて淋しくて、
死んでしまいたくなるようなこともあるだろう」(同)


そして、角田先生はじっと我慢するのである。
こういう美しい失恋シーンを読むと、心底から失恋にあこがれてしまう。
失恋というよりも片想いをしたいのかもしれない。
こちらがどんなに想っていても相手が振り向いてくれないというのは、
宿命や運命を感じさせるほど神々しい体験なのではないか。
たしかに片想いの失恋は死にたいほど淋しいのだろうが、
しかしその淋しさは疑いもなく宿命や運命に通じているのである。
おそらく死以外で宿命や運命を味わえる数少ない貴重な体験が片想い、
そして失恋なのだろう。
ならば、私小説ではなく大きなものを描きたいと小説を書き始めた井上靖が
ことさら失恋描写にこだわるのは必然なのかもしれない。
片想いは向こうから来るもので治そうと思ってもどうにもならない。
失恋は相手ありきゆえ、自分の意志だけではどうしようもない。
このどうしようもないことを宿命や運命と言うのである。
井上靖は繰り返し繰り返し、
ちっぽけ人間にはどうにもならぬ大きな宿命や運命を美しく描いた。
井上靖は非情な宿命や運命を美しいものと思っていた。

「河口」(井上靖/角川文庫)絶版

→いまはもうだれも読む人がいないだろう大衆小説を酒をのみながら楽しむ。
老年に近づいた井上靖が、むかしからの愛人とのゴタゴタに悩んでいた時期の作品だ。
テーマは「本当の愛とは?」ではないか。
やたら金の話題が出てくるのは、
井上靖が愛人との手切れ金問題で悩んでいたからだと思う。
本書のあらすじを書いてもいいが、だれの興味も引かないだろう。

愛の反意語は憎しみではなく金である、とこの小説の書き手が思っていたのがよくわかる。
愛というのは無償の行為だとされている。
愛に溺(おぼ)れているうちはいいのである。
あれほど愛し愛された関係も、結局は金の問題に行き着いてしまう。
本人はさほど恋愛経験がないにもかかわらず、
40近くにできた愛人のおかげで修羅場を味わわせてもらった文豪の言葉は重い。
愛人のおかげで小説を書けるようになったのが井上靖である。

「人生というものは金ですよ。金を持たなくちゃあ」とか、
「恋愛とか愛情とか言ったって、そんなものは結局は何にもなりはしません。
金ですよ、金、金」そんなことを館林は平気で口にした」(P99)


この館林なる男は不能の画商である。
おそらく、この小説を書くまえから井上靖の性欲が減退を始めたのだろう。
いざ性欲がなくなってみると、愛人なぞなんぼのもんか。
性欲が減少したら見えてくる世界が変わる。
これが本書の裏テーマではないかと思われる。
しかし、井上靖はいい。酒をのみながらたいへん楽しく読ませていただいた。
いつか井上靖のように愛人のひとりも持ちたい。
そのためには結婚しなければいけないのだから、まずこれが難題である。

「父・井上靖の一期一会」(黒田佳子/潮出版社)

→お嬢さんの書かれた人間・井上靖にふれてわかったのは、
この人気作家はとにかく大人だったということである。
なにせ42歳で芥川賞を受賞しているのだから。
専業作家になったのは44歳のときで、それまで勤務していたのは毎日新聞である。
井上靖の特異性をあげれば、子供だらけの文壇において、
数少ない大人であったということに尽きるのではないか。
無名の井上靖を引き上げてくれたのは佐藤春夫である。
氏は終生、佐藤を師として感謝を忘れなかったという。
恩返しとして北海道旅行へ招待しているのは、社会人のかがみというほかない。
ほかに井上靖を推したのは大佛次郎、上林吾郎、今日出海、亀井勝一郎の面々。
大人の常識を踏まえた井上靖は生涯彼らへの恩を忘れなかったことだろう。

40代の新人は、年下の編集者を自宅で接待したという。
これなども子供の文学者などには思いも及ばぬことではないか。
年上の芥川賞作家から自宅でもてなされたら、原稿を依頼をするのは当たり前である。
なにかお願いがあったら接待をするのは、サラリーマンの常識である。
まず恩を売るのが成功への近道。
井上靖は卑怯でもなんでもなく、社会の常識にそった行動をしたまでといえる。
新人が、ほとんど上司ともいえる編集者に対して偉そうに振舞うなどとんでもない。
むしろ身銭を切っておもてなしするのが大人の流儀である。

先輩への挨拶を欠かさなかった井上靖が唯一苦手としたのが三島由紀夫だ。
三島は井上にとって20も年下の先輩作家である。
家へ招待されて挨拶に行った中年の井上靖だが、三島だけは受け入れられなかったという。
いくら大人の井上靖とはいえ、当時の文壇の閉鎖性、派閥性には愚痴をもらしている。
どこの派閥に所属しているかで評価が大きく変わることを作家は嘆いている。

「みんなグループを組んで、お互いの身内を誉め合い、引き合うんだ。
弱くてひとりで立てないのだな。
何々派とかなんとかいって、そこに入っていない者を無視するんだよ。
無視された者がどうするか、意地悪く知らん顔して様子をうかがっている。
文学や芸術、学問の世界というものは、
そんなのとは本当は一番遠い世界のはずなのだけれどね」(P107)


そうはいっても井上靖は実社会にもまれた大人である。
すぐに文壇の仕組みを理解して、次々に文学賞を取るようになる。
「賞の取りすぎ」という陰口もあったほどである。
そのコツはどこにあったか。出世したかったらどうしたらいいか。

「誰かに推されて受賞しているのだからね、
自分にできる恩返しは、その賞にふさわしい人を、推薦すること。
人を推薦するというのは面倒なことでね、
皆自分は推されながら、なかなか推すことをしない。
けれど、僕は怠けずにするつもりだ」(P110)


だれかを推したら見返りに自分も推してもらえるのである。
これはべつにずるくもなんともないと思う。
ひとたびサラリーマンになったら、こういうルールは真っ先に覚えることではないか。
井上靖は40半ばまで毎日新聞社でサラリーマンをしていたのである。
こういう処世術を不正と憎む青臭さにはついていけなかったのではないかと思う。
「推してもらいたかったら、まず推せ」「ご恩は一生忘れるな」――。
これは陰謀でも裏工作でもなんでもなく、人として当たり前の感覚なのかもしれない。

井上靖の常識感覚はすばらしい。
作家は一時期、通俗的とも思われかねない恋愛小説を多作していた。
やたら自由恋愛を礼賛する小説である。
しかし、実際の小説家はお嬢さんによるとまったく違っていたらしい。
恋愛の価値などほとんど認めていなかった。
表の顔と内の顔を使い分けるのは、大人の常識だからこれを責めてはいけない。

「恋といったってねえ、あれは小説の上でのことだからね。
突然、燃え上がる感情などには、なんの意味もないよ。
激しく惹かれれば惹かれたところから、ある日突然嫌になりやすい。
そんな不確定なつまらない感情に重きを置き、人生を賭けるものではない。
本当の愛情とは、二人で時間をかけて、
苦労し創り上げ積み上げていくものなのだ」(P89)


日本でもっとも成功した作家のひとり井上靖も、成功者ゆえの悩みがあったようだ。
成功するとは、対人関係が増えるということである。
かつて親しくしていた文芸評論家が、いきなり悪意ある批判しか書かなくなってしまった。
そのあげく評論家はあっけなく死んでしまう。
作家は結局なにが原因でそんなことをされたかわからずじまいだったとのこと。
編集者から逆恨みされることもあったらしい。
担当の編集が代わったのちに、前任者が自分の悪口を広めていた。
井上靖が出版社に圧力をかけて人事を動かしたという被害妄想に陥っていたとか。
成功者は人から理不尽に恨まれる苦痛を、
平凡人よりよほど多く経験しなければならないのかもしれない。

井上靖は存命時、新進気鋭の大江健三郎や阿部公房のような作家をどう思っていたか。
もちろん作家は大人だから表立って批判するようなことはない。
しかし、娘さんにはこういったという。

「新しいものはその新しさ故に、新しいほど早く古臭くなりやすいものだ。
古いものは古いほど、
時代に遅れずに、かえって新しく蘇ることもあるんだな」(P115)


井上靖は大人の作家だという証拠を、このように挙げてきた。
では、大人とはいったいどういうことか。
ウソをたいせつにするということではないかと思う。
なぜなら、人はほんとうよりもウソを好むのだから。
そのうちわたしもあっという間に40歳になるのであろう。
いいおっさんのくせに物語=ウソが好きだ。
ならば、井上靖の小説よりも、
むしろ彼の大人らしい社交術から学ぶべきことが多々あるのかもしれない。
やはり文豪からは教えられることが多い。

「わが母の記」(井上靖/講談社文庫)絶版

→これを「しろばんば」のような自伝的小説と思って読んだらとんでもなかった。
「花の下」(S39年)、「月の光」(S44年)、「雪の面」(S49年)
からなる母三部作ともいうべき「わが母の記」は、
物語作家の井上靖がただひとつ書き残した私小説である。
繰り返すが「わが母の記」は自伝的小説ではなく私小説である。
どういうことかというと、よけいな読者サービス、
つまり現実の美化がほとんどされていないのである。
井上靖の愛読者は「え、こんなの読んじゃっていいの?」という思いにとらわれたはずだ。
表現をかえると井上靖の書いたものでなかったら、こんな身辺雑記に興味を持てない。
わたしが最後まで読み通せたのも、ひとえに有名作家の家族への覗き見根性からである。
これがあの井上靖の筆なるものでなかったら、どんな評価をしたかはわからない。

本音を白状すると人間性を疑われてしまうかもしれないが、
「わが母の記」を読みながら不謹慎な笑いをいくどももらした。
作家は母親がボケていく過程をかなり冷たく突き放して描写している。
本書ではボケのかわりに耄碌(もうろく)という言葉が頻繁に使われているけれど。
なまの現実のおかしみというのがあるのである。
文豪である井上靖先生の耄碌なさったお母様の言動が妙に生々しくて、
笑っていいのか一瞬ためらうが、その逡巡がむしろ笑いを加速するとでもいおうか。
ボケた老婆が香典のやりとりだけ覚えているのは人間の底を教えてくれるようでもある。
国民的作家は義弟から母のことをこう指摘されるが、
あんがいこれは事実ではなく氏が創作したところの他者性(他者の眼)かもしれない。

「香典を貰い、貰った額を返すということは、
確かに人間の貸借関係の中では最も基本的なものかもしれないと思いますよ。
何となく不気味ではあるが、みごとな気もする。
確かに人間は生まれて、結婚し、子供を生んで死ぬ。
人生はせんじつめればこれだけのものかもしれない」(P69)


母の弟――長年アメリカ暮らしをしていた叔父が姉を慕って帰国してくるのだが、
ここも現実のリアルさに笑うほかないような困惑した気分に陥ってしまう。
耄碌した母は叔父のことを弟だと思っていないようなのである。

「叔父は母に対して躍起になっていたが、
母の方は叔父をその名では呼ばなかった。
アメリカさん、アメリカさんと呼んだ。
その呼び方の中には多少の軽蔑感がこめられており、
陰ではなんだ、アメリカさんがとか、アメリカさんのくせにとか、そんな言い方をした。
そのくせ、アメリカさんが姿を見せない日は、
何度でもアメリカさんの家に押しかけていった。
いま訪ねて行ったことを忘れ、すぐまた出掛けて行った」(P75)


まず、おいおい、こんなことを書いていいのかよと思い、
それから、え、こんな恥ずかしい身内の話を読んじゃっていいのという気分になり、
結局は人間の持つおかしさに笑うほかは仕様がなくなるのである。
「わが母の記」は映画になり今年の4月に劇場公開されるそうだ。
宣伝HPを見たら家族愛を謳い上げたものになっているとか。
わたしはこの小説からひとかけらの家族愛も感じなかったが、
原作の映画化とはそういうものなのだろう。
家族愛だ絆だなんだと強調しないとスポンサーが金を出してくれないのかもしれない。
井上靖ファンはことさら「わが母の記」を読まなくてもいいような気がする。
しかし、作家はこれを書かずにはいられなかったのだろう。
「しろばんば」や「あすなろ物語」だけの小説家ではなかったということだ。

「断崖」(井上靖/文春文庫)絶版

→短編小説集。例によって酒をのみながら読む。贅沢な時間である。
「父の愛人」という短編がいちばん印象深かった。
主人公の青年は、少年期にちらりとかいま見た父の愛人を思い返している。
憎しみや嫌悪といった感情からではなく、ただただとても懐かしい。
というのも、大して売れない画家であった父はもう死んでいるからである。
父の愛人の詳細を教えてくれる人がいた。父の親友だった日本画家である。
彼に教えられた情報をもとに調べていくと女は医者に嫁いでいた。
青年が女に逢いたいと電話をすると医者が出て妻は死んでしまったと告げる。
青年と老医師は縁側でビールを酌み交わす。
もちろん、青年は医師の妻がむかし父の愛人だったことは終始隠している。
ただそれだけの物語である。
父の親友だった日本画家の語るセリフがいい。友人の作品をこう評するのである。

「君のお父さんは、あの人のために、画家として、ともかく目が開けたんだ。
いい作品というのを見てごらん。みんなあの人の顔ではないか」(P237)


芸術家はどんな女と出逢うかが勝負になるのだろう。
40歳の井上靖に小説を書かせたのは愛人のS女史であったことを考えると、
この作品はとても意味深い。
おそらく、作家はもし人生でS女史という愛人と邂逅しなかったら、
決して小説家として大成しなかったことを認めていたのだろう。
ひとりの男があまたいるどの女を好きになるかは決定的に母親に支配される。
これは父親に支配されるということでもある。
なぜなら母はまさしく父がかつて愛したその人なのだから。
人生において血の支配するところは思っているよりもはるかに大きいのだろう。
人間は生まれたときから持っているものがふんだんにあるに違いない。
この短編集のタイトルにもなった短編「断崖」から――。
妻子ある男性と心中したものの、ひとりだけ息を吹き返してしまった女性の独白である。

「他人に見せてはならぬようなものを、
私は生れながらにして右手に握りしめて来たのです。
そうした運命を持って生れて来たような気がいたします。
そうした私の持って生れて来たものを何と呼んでいいか知りません」(P11)


おそらく井上靖にとって、この「持って生れて来たもの」に名前をつけてやるのが、
小説を書くという行為であったことだろう。
どうしてか、いや、どうしても、そうしかならないことが人生にはあるのである。
そのことを小説家は何度も繰り返し描いた。実人生よりも美しく描いた。

「青葉の旅」(井上靖/集英社文庫)絶版

→短編小説集。大衆小説誌に掲載されたものを集めたものだという。
「トランプ占い」という短編が印象深かった。
主人公はトランプ占いで生計を立てている女性である。
クリスマスの晩、閉店間際に来た男性客がスペードの9を引いてしまう。
最悪のカードだ。
占い師は自身の流儀に従い、2回やり直してもらうがどれもスペードの9であった。
トランプはぜんぶで52枚だから、
そのうちの1枚が3回連続で出るというのは確率的にはありえないのである。
ところが、その偶然が起こってしまった。
心配した占い師は客を探すが、男は自殺してしまう。
トランプ占いは当たっていたのである。

文豪にして酒豪の井上靖の世事全般を見通す眼には驚かされる。
たしかに人生にはそういうことがあるのである。
まさかないだろうと思いながら、
52枚のうちから3回ともスペードの9を引いてしまうのが、
我われを悩ます実人生というものなのだろう。
統計上は起こらないはずのことが勃発してしまうのが一回かぎりの実人生なのだ。