わくわくして眠れない。
ミャンマーでだれと逢うのだろう?
なにを見るのだろう?
41歳のカタワのおっさんがわくわくどきどきしている。
わくわくしよう。どきどきしよう。ぼうけんしよう。なんちゃって、あはっ♪

明日9:15成田発のエアアジアで、
バンコクのドンムアン空港に14:15着(日本時間16:15)。
バンコクでおなじエアアジアの飛行機を乗り継ぎ(バンコク16:20発)
ミャンマーのヤンゴンに17:05に到着する(日本時間19:35)。
チケットには8:15までに来いよと書いてあるが本当にぎりぎりで大丈夫だろうか?
ぎりぎり安価をネットで探すと。
浮間舟渡6:18発。赤羽(6:25)から日暮里(6:37)へ。
日暮里から成田空港(空港第2ビル) までは京成本線(特急) [成田空港行き] が安い。
日暮里を出るのが6:51で成田空港第二ターミナルに着くのが8:00だ。
まあ、15分あれば空港3階のNカウンターに行けそうな気がする。
1200円よけいに払ってスカイライナーに乗ってもよいのだが、この金額をどう見るかだ。
1時間で稼げる金だと見るものも、缶ビールが何本飲める? と計算するものもいよう。
エアアジアはLCC(格安航空会社)のため飲食物持ち込み禁止。
そして、機内では缶ビール1本が5ドルもするらしい。
800円くらいの機内食は好奇心から食べてみたいが、5ドルの缶ビールはねえ。
出国手続きをしたあとに缶ビールを買って持ち込んだらどうなるんだろう。
旅立ちの日にいたるまで本当に片手で不自由のなかいろいろやった。
これが最後の海外ひとり旅になるかもしれない。
だったら昼からビールでも飲みたいじゃないか。
しかしまだ難関があるのである。
タイのバンコクに着くのが14:15で出国するのが16:20。
わずか2時間で本当に入国手続きと出国手続きをできるのだろうか、英語で?
LCCにはよくあることだが出発便が遅れることはままあると聞く。
まあ、なんとかなるというか、なるようにしかならないのだろう。
東南アジア最後の秘境(笑)ミャンマー(ビルマ)なんて絶対に行けないと思っていたが、
片手不自由の41歳でもなにかしらのちからが加わって旅立ちの日が来た。
前職の人たちへの感謝はいまでも尽きないし、
わたしを旅立ちまでいざなってくれたみなさまにうさんくさい感謝をしたい。

明日からしばらくコメントは公開できません。
スマホなんて持って行かないし(持っていないし)、
あっちでもネットは見ないだろうから、
どうせだれも送ってこないでしょうがメールの返信も不可。
携帯電話に出ることも、もちろんできません。
では、みなさん、さようなら。
わたしは豪華客船世界一周夫婦旅行よりも、この旅をしたかった。
できないと思っていたが、できた。ありがとう。明日は5時起きだ。
「明日は来るのか?」は中島義道博士によると哲学的命題でもあるらしいが(?)、
明日とか来週とか来年という感覚が人よりも異常なほど鈍いような気がする。
これはもう目のまえで肉親から
いきなり飛び降り自殺されたものしかわからない感覚かもしれない。
昨日と今日で世界がガラリと変わってしまう。
わたしはあの日から自分が来年生きているという確証のようなものを失っている。
さくらを見るたびに今年が見納めかなあ、と思う。
これはもう本当に経験したものしかわからない世界なのだろう。
見方を変えれば、将来の不安から比較的に自由だから楽とも言えよう。
偉大なる母から教わったのは、いざとなったら死ねばいい、である。
来週の土曜日はおそらくミャンマーにいるのだろうが、いま実感のようなものはない。
この左手(不自由)で行って大丈夫なのかと思うが、行ってみないとわからない。
というか、ミャンマーはもう行ってしまったとも言える。
ネットでミャンマーのことを調べたら旅行ブログが山ほど出てきた。
ミャンマーのあらゆる名所をもう写真で見てしまっているのだ。
ミャンマーでは知らないところに行きたいが、
それはいまは知らないのだからどこかはわからない。
行けるかどうかは「運・ツキ・偶然」の世界だろう。
時間的余裕はたっぷりあるから、そのぶん脇道や寄り道には有利だろう。
ミャンマーから帰ってきてどうするかもまったくわからない。
最後の欲望が「ミャンマーへ行きたい」だったような気もする。
あるいはミャンマーで新たな欲望(希望)が生まれるかもしれない。
なにもかもわからない。
明日が来るのかも、なにが「正しい」のかも、なにがよくて悪いのかも、わからない。
明日死んでも「まあ、いっか」と思っているのは精神医学的にはどうなのだろう?
本日、板橋税務署にて人生二度目の確定申告を終える。
板橋区役所課税課の人に聞いたけれど、確定申告は義務ではないらしい(わからん)。
ただし、やらないと損をすることがあるよってことのような気がする(違うかも)。
わたしはバカだから確定申告もひとりではできなく、お役人さんにお手伝いいただいたが、
そのときの手順を見ながらお金のにおいに敏感な当方が思ったこと――。
去年、異常なほど(わたしにとっては)税金が高かったのは、
去年確定申告をやらなかったからではないかと。
当方の勘だと数万から10万レベルで損をしたような気がする。
いまからでもやれるのは知っているが、領収書も書類もなにも残っていない。
確定申告の目的って(低所得者の場合)還付金よりも住民税対策じゃないかなあ。
間違っているかもしれないし、こちらの無知蒙昧を公開しているだけかもしれない。
ぶっちゃけ、やってみて思ったのは、確定申告はめんどうくさすぎる。
わたしは書類の整理とかちまちました計算は大嫌いである。
このくらいの給料(還付金)のために、
橈骨神経麻痺(左手不自由)のいまこれをやれと言われても割に合わない。
そんな不遜なことを考えたことがなかったとは言えないだろう。
やってみてわかったこともあるから意味がなかったとまでは言わない。
去年の医療費、15万円だわさ。
3割負担でこれだから、7割は国負担で、国民皆保険の日本はやっぱりいい国だよ。
あと、どことは言わないが派遣会社の源泉徴収票はルーズ。
わたしはめんどうくさいからいちいち給料入金を通帳で確かめていないが、
そっちは大丈夫なのかしら。
まあ、実際よりも(おそらく)源泉徴収票の収入が少ないから、税的にはいいのだろう。

1時間半くらい立ちっぱなしで待たされたが、立っているだけでクラクラした。
これって逆流性食道炎のせいだろうか。
ある人はストレスが逆流性食道炎を起こしていると言っていたけれど、
こんな状態でミャンマーに行けるのか不安になる。
しかし、航空券もホテルも取っているから、これを無駄にするわけにはいかない。
確定申告手続きをしているとき、わたしの左手の使えなさを見たお役人さんが
「障害者手帳は?」とお聞きくださったが、橈骨神経麻痺で障害者認定されるのだろうか?
ネットで調べたところヒットしないが、それは申請した人がいないということだろう。
確定申告を終え(これでぼ、ぼ、ぼくも小国民♪)、アポなしで父の顔を見にいく。
橈骨神経麻痺(左手)だけでこれほど辛いのだから、
右半身麻痺で生きているあんたはすげえよと言うためである。
右手が使えないなら字が書けないだろう? それでも生きているほうがいいのか?
その生命力はどっから来るのだと息子のわたしは信じられない。
父は昼寝をするまえだったようで、お邪魔をした感じがしてすぐに退散する。
父「仕事はどうするんだ?」
わたし「こんなんじゃ(左手)働けないでしょう」
父「こっちはどうなんだ(左手の小指を立てる)」
わたし「おれなんか相手してくれる人はいないよ」

赤羽に行く。豆腐の「茂蔵」でお買い物。むかしからここはひいきにしている。
グルメなぼくちんの本音だが(割引まえの)定価で買っても十分に安いしおいしい。
「茂蔵」はハイソな場所には出店していないから、これは下層民のうまみだろう。
「茂蔵」は変なチャレンジ精神があるのか、新しい味を体感できることが多い。
それから大ファンのコージーコーナーへ。
1月25日にコージーコーナー川口工場に行かなかったら、
おそらく橈骨神経麻痺にはなっていなかっただろう。
寝違えたのが原因でも川口に行かなかったら、それほど深酒しなかったのだから。
「さくらマドレーヌ」を買う。これは春限定の商品では?
妙な人工くさい味がして、食べたことねえよって感じがいいのである。
ちなみに当方が購入した「さくらマドレーヌ」はコージーメイト基準ではNGか。
マドレーヌが曲がって袋に入っているのである。
わたしがコージーで働いていたころ指摘され、
お客はそんなことを気にしないで買うだろうと思った。
そのことを証明するためにあえてそれを買い、写真で公開する。
これをダメというくらい厳しい基準がコージーの非正規古株にはある。
春の定番商品「プランタニエ」があってうるっとくる。
この箱をつくるのがめんどうくさいんだよなあ。
菓子を入れるのも変なルールがあって、みんなてんてこ舞いしたものである。
いまではいい思い出。プランタニエはとても懐かしい。
いまちょっと円高っぽくなっているんでしょう?
ミャンマーは日本円は両替しにくく、ATMも少なく使用料が高く、
USドルを現ナマで持って行くのがいちばんだという。
けっこうなドルを買っていくから円高よ、もっと進め。
日本はいい国だ。ニッポン、がんばれ! ニッポン、ニッポン、ニッポン!

※おいしい「茂蔵」
http://www.shinozakiya.com/

↓根性が曲がった(笑)、しかし奇妙美味な「さくらマドレーヌ」↓
DSC_0031.jpg
医療費控除ってそのぶんを所得から消せるのかなあ?
意味もわからないし書き方もわからないから明日板橋税務署に電話するけれど。
経験から板橋区の役所の人は親切な人が多く、丁寧に教えてくれることだろう。
はああ、税金のことは本当によくわからない。

さてさて、お医者さんにはかなりお世話になっている。
勤務医なんてたいへんな激務で、本来は(欧米なら)あんな待遇じゃやれないんでしょう?
そんなお医者さまに不満を述べるなどとんでもないことだとはわかっている。
でも、お医者さまはやさしいから(整形外科以外)お願いくらいしてもいいかと。

全体を診てくれる医師がいない。
数年まえの顔面神経麻痺では、脳神経外科、眼科、耳鼻科、リハビリ科を受診。
それぞれの科で言うことが異なり、医学って学問じゃないんだなあと。
状態が悪いんだから、ひとりに診てほしいが西洋医学ではそれができない。
このため、わたしは最強の医師は臨床経験豊富な内科医でかつ漢方医だと思う。
漢方は基本的に人間を全体として診るでしょう?
そのうえ西洋医学の内科の知識もあったら、そちらの診断や処方もできる。

今回の橈骨神経麻痺でも近所の循環器科医師からは整形外科へ行けと。
個人的な好き嫌いだが、整形外科医は苦手である。
やたらレントゲンを撮り(高い!)、根性論が好きで痛み止めを出し惜しみ、
素振り百回、リハビリ千回のような鬼コーチ的な人が経験上多い気がする。
整形外科医って必要なの? とまで書いたら失礼なのはわかっている。

橈骨神経麻痺にかかる確率ってどのくらいなんだろう?
わたしはまずいちばん信頼している漢方医(神経内科)に診てもらった。
橈骨神経麻痺は整形外科領域でも神経内科領域でもある。
そのときは必死だったが、いま思い返してクスッと思うのは、
自分は橈骨神経麻痺なんてほとんど診たことないよ、と漢方医があせったこと。

わたしは「レントゲンいりません。高いから。どうせメチコバールでしょう」。
生意気な患者だよなあ。
漢方医はとっさにおなじ病院の神経内科に紹介してくださった。
もう午後の診療は終わっていて、緊急処置だったらしく本当に感謝している。
もう患者さんのいない神経内科ではわざわざお医者さんが来てくださり、
専門医らしい触診をしてくれて「時間が経てば治る」と言われてとても安心した。
処方薬は結局メチコバールだったわけだが。

無理を言っているのはわかるが全体を診てくれる医者はいないものか。
いまは内科医で漢方医がいちばんそれに近いと思っている。
いきなり話を飛ばすが、学問領域でも全体を見ることからは日に日に離れている。
歴史学なんかまったくそうで、専門化が激しく、全体は口にできないわけでしょう。
哲学もそうだし文学も専門にわかれている。
そのようななかで、文系も理系もいっしょくたにして全体を見る、
いわば人生学のようなものを立ち上げようとしたのが
心理療法家の河合隼雄だったと思う。
比較文学の小谷野敦さんも全体を見ようとしているが、河合隼雄はお嫌いなようだ。
ゴッホの「星月夜」をくれると言われてもいらないと答えるくらいほしいものがない。
しかし、いまほしいものができてそれは片腕である。
橈骨神経麻痺(とうこつしんけいまひ)がまったくよくなっていないのだ。
リハビリなんて死んでもやらないね、とうそぶいていたが、あっさり転向。
ネットの見よう見まねでリハビリをしているくらい左手が動かない。
貧困女子専門ライターのS氏が41歳(いまのわたし!)で脳梗塞になり
半身麻痺になったそうだが、さぞかしお辛いことだろう。
当方は半身麻痺ではなく左手だけの麻痺だが、これだけでも十分にしんどい。
なにごとにも時間がかかり(着替え、シャワー、食器洗い、洗濯)、そのぶん疲れる。
いちばんきついのは買い物のレジで財布をポケットから出し支払うのが遅いこと。
左手で左のポケットから財布を出せないから右手で出すのだが、その異常な面倒くささ。
あわてると股間をいじくっているようにも見えそうで、
こいつは公衆の面前でなにをしているんだ? と思われかねない。
人の辛さというのは、自分も経験してみないとわからないのだろう。
父はたしか右のほうの半身麻痺だったが、
前向きに生きる希望を失っていないのだから強い。
息子なんて左手が動かないだけで、なにかギブアップしそうな感さえある。
父を見直しました。

これは逆流性食道炎のせいなのか、弱みを見せるようでいやだが体調が悪い。
今日なんか立っているだけでフラフラしてしまい、昼は寝込んでいた。
やたら足がつるけれども、これはなんの兆候なのだろう。
専門の神経内科医が橈骨神経麻痺と診断したんだから脳関係のあれではなかろう。
なんかミャンマーで死んでしまうのではないかという予感もあり、
いつもは楽天カードについている海外旅行保険だけなのだが、
今回はエアアジア保険(損保ジャパン)にも入っておいた。
よくわからんがエアアジア(LCC)はネットでチェックインするらしく、
そのときに保険の案内が出てきて思わずクレカ決済(死んだら1千万よ♪)。
そのときJCB(楽天カード)が使えなくて、だいぶ手間取った。
わたしは長年クレカを持てなかったが、楽天さんはこころよく仲間に加えてくれた。
ほかにも楽天にはいろいろお世話になっており、
どこにあるのかは知らないが足を向けて眠れないといまでも思っている。
クレカがないとネットで買い物ができないでしょう。
正確にはデビットカードが使えて、わたしもお世話になっていたが、
いちいち入金するのが不便である。
ネットとクレカがあるとないとでは、片腕があるかないかくらいの差が出るのではないか。

いま紫綬褒章作家の宮本輝氏の新刊文庫
「田園なんたら」を病床(怪我床?)で読んでいる。
おおっと、宮本輝さんが成長していた。
むかしはメールも送れない登場人物しか書けなかったが、
いまは添付ファイルまで作品に出している。
わたしは添付ファイルは来たのを開けるくらいはできるけれど、
PDF化はできないから、へたをすると老作家に先を越されたのだろうか?
2009年設定の宮本輝の小説にスマホはまだ登場していない。
当方はもう完全にスマホは使いこなせないとあきらめている(だからガラホ)。
宮本輝にスマホを使われたら当方のパーフェクトな無条件降伏、大敗北であろう。
ラインとかツイッターとかインスタグラムとかもさっぱりわからない。
このまえNHKの集金人にアプリを見せろと詰問されたがアプリの意味もわからない。
そういうのを手取り足取り教えてくれる片腕のような存在がほしい。
片腕はどこにも売っていない。
らりピーことのりピー(酒井法子)のセリフみたいだがわくわくしようヨ♪
ある人からの年賀状に「今年もわくさくさせてください」と書いてあった。
昨夜ミャンマー大使館にネットでビザを申請したら今日にはもう来ていた。
おれちょっとやばいからビザおりないんじゃないかと思ったら即日発行50ドル。
あとはこれをだれの家で印刷させてもらうかだが(航空券、ホテル予約票ともに)。
7万円でミャンマー往復航空券を取った。
ヤンゴンのホテルも一泊1700円で3日分予約。今日50ドルのビザも到着。
これはもうミャンマーに行くしかないっしょ。
むかしビルマに行きたいとブログに書いたとき、おまえは口だけムリムリムリ。
おまえは口だけ実行しない、とコメント欄で書かれて、
たしかにこの年齢と経済状況ではミャンマーに行けないと思った。
若い人はわからないだろうが、そのくらいオーバー40は身体が弱っている。
でもまあ、ここまで来たらお金がもったいないから行くっしょ?
ここにいたるまでものすごくめんどうくさかったけれど。
とりあえずヤンゴンのホテル3日は取った。
あとも取ろうと思えば日本で事前に取れるのである。
でも、それではわくわくしないじゃありませんか? こころにぼうけんがない。
ヤンゴン3日までは安全ホテルで、あとは風まかせにビルマの大地を歩いてみよう。
大げさだが、わくわくするとはそういうことだ。
わたしは見知らぬ人と逢いたいし話したいし影響を受けたい――わくわくしたい。
いまちょっとした案件がこじれているが、わたしの原点はわくわくしたいである。
知らない人に逢ってその価値観に刺激されてわくわくしたい。
こどもなんだなあ。なにも知らないんだなあ。なにかを知りたいんだなあ。
創価学会という名前を外で聞くことはめったにない。
一度だけいやな思いをしたのは、近所の秋のお祭りのとき。数年まえだったか。
町内会のはっぴを着た(←どうせ町内会費で買ったんだろう)
地元の赤ら顔のおやっさんたちが、公明党の選挙カーをはやしたてていた。
「おまえらは創価だろう? 創価はいいなあ。ほうら、学会学会(嘲笑)!」
ウグイス嬢には100%セクハラと認識されかねない暴言を吐いていた。小狡くも集団で。
いじめのような感じがして、ものすごくいやな気分になったものである。
浮間舟渡のお偉方の町内会委員先生の酔っぱらってのお遊びといえばそれまでだが。
うちは浮間舟渡に入って10年近くになり、
町内会費を欠かしたことがないが(引き落としの強制徴収)、
いい思いをひとつもしたことがない。本当にひとつもない。なにもしてくれない。
毎年決まって長老連中がおいしいところをひとりじめするのみ。
祭りのときに神社が大音量で流すスピーカー音を「うるさい!」と言いに行ったときは、
「おまえはおかしい!」と精神病院行きを示唆され、
祭りなんだからもっといいだろうとさらにスピーカー音を上げられたものである。
酒の一杯ふるまわれることはなく、
長老は座ったまま立ったままの当方をにらめつけていた。
おいしい思いをしている地元長老権力者とかいっぱいいるんだろうなあ。
彼らが酔っぱらって公明党の選挙カーを「やーい、創価学会」とからかう。
「池田のけつでも舐めてろ、やーい、創価学会」
浮間舟渡とはこういう田舎町である。
10年町内会費を払っても、なにもしてくれない。
祭りのスピーカーがうるさいので抗議に行ったら、逆に音を上げられてしまう。
弱いものには強く、強いものは威張る田舎町、浮間舟渡は東京と埼玉の境界にある。
大ざっぱに言うと、
昭和に入るまでは庶民の生活と仏教がうまくかみあっていなかった。
いまの庶民と大学アカデミック世界のようなもの。
大学は大学で勝手に無意味な出世争いをして、
研究の成果とされるものが大本営発表ではあるが庶民の生活にはまったく関係ない。
仏教界も内部は利権争い、出世競争。
庶民の生活にかかわるのは、葬式や法事と言った高報酬イベントだけであった。
庶民は仏教のことをなにもしらなくてよく、ただ仏教イベントで、
意味のわからないお経や法話を聞かされべらぼうなタレント料(出演料)を支払った。
このいびつな関係を壊したのが創価学会なんだな。
お葬式に坊さんはいらないじゃん。
仏教の意味はよくわからんが、
わかるようにして、庶民の生活に活用できればどんなにいいか?
仏教を媒介にして生活者の連帯ができれば、為政者の横暴にも屈せずに済む。
税金とか、ちょっとした処理をすれば払わなくてもいいものはあるでしょう?
当方はよく知らんがきっとあるはずである。
そういうのを庶民の連帯を通じて教え合っていけばいいのではないか?
どうせ税金をいくら払おうが政治家の遊興費に化けるだけなんだから。
ひとりは無力だが、ひとりが孤独を超えて連帯したら――というのが、
初期創価学会であり宮本輝の文学世界だったのだろう。
むろん、人びとが連帯するとめんどうなことが増え、孤独のよろしさは半減する。
いま創価学会からの連絡待ちである。
一度座談会に参加させてくださいとお願いしたら、
壮年部の男性の面談(指導?)を受けろと。こちらは、ハイ、お願いします、である。
いま重度の橈骨神経麻痺で左手は動かず、逆流性食道炎の状態もよくない。
昨日は住民税のなんたらが来て去年これを無視したら、
当方の感覚では狂人めいた税金を1年にわたって支払わされた。
確定申告の書類は送ってこない。
税務署に電話して聞くが、月曜だから混んでいることだろう。
釈尊、釈迦のようなことを言うが煩悩(ぼんのう/欲望)がなくなって困っている。
ふつうお坊さんは煩悩をなくそうとして修業するわけでしょう? 座禅とかして。
でも、わたしの場合、加齢のためか一遍研究のためか気づくと煩悩が枯れていた。
涅槃(ねはん)に近づいたんだからいいじゃんとも言えるが、
煩悩がないと人生がつまらん。
街でどんな美女を見てもネットでタレント美女を見てもこころ動かない。
出世欲も消えていて、芥川賞とかそういうのにもさっぱり関心がなくなった。
まあ、いんちきな「悟り」みたいなものに近づいたんだからいいじゃないかとも言えるが、
こうなると人生がつまらないのである。
むかしはそれなりにワイドショー的関心はあったが、いまはまったく消失している。
犬猿の仲のシナリオ・センターが繁盛していると聞いても、ふーん、だから?
ビルマに行って瞑想修行をすることも考えたが、あれは煩悩断絶の修業でしょう?
わたしは人生がつまらないから、
独自仏教研究(笑)で消えた煩悩を復活させたいのである。
そういう思いもあって、欲望の絢爛豪華な結晶ともいうべき創価学会に救いはないかと。
あるつてをたどって創価学会の座談会に参加させてください、
とお願いしているが返信はない。
いい歳をして若いアイドルに夢中になるなんて格好悪いけれど、
なにかに夢中になれるということはとてもすばらしいことだと思う。
つまらんねえ。なんにもねえったらない。味気ねえ。
あんまりにも空しいから、
うそでもいいから一瞬でいいから色めきだちたいなんて思ってしまう。