「写真・山頭火【全四冊】」(竹内敏信/春陽堂)絶版
→山頭火の句をモチーフにした写真集である。
定価7920円を古本祭りにて1200円で買えたのが嬉しかった。
写真は例によってよくわからない。
狙いすぎというか、作為が強すぎる気もするが、素人意見である。
風景写真ばかりで人が出てこないのがつまらない理由かとも思ったが、
玄人はこういう観光写真めいたものを美しいと評価するのかもしれない。
写真を見ることで発見させられることがないけれど、
写真はそういうふうに見るものではないという可能性もあるからわからない。
写真についてなにかいえる教養がわたしにはないのである。
山頭火の俳句は季語を使わない自由気ままなものだが、
それでも四季を感じさせるものも少なくない。
河合隼雄が日本の宗教は春夏秋冬、四季にあると言っていたのを思い出す。
もしかしたら俳句こそ日本の宗教文学なのかもしれない。
なにごとも永続しないという無常の感覚こそ、日本人の美感の基底をなしているのでは?
「冬もいつしか春になる」は希望だが、「夏もいつしか終わる」は断念である。
むかし新約聖書を読んだことがあるが、
あれは自己啓発的な部分(希望!)と慰めの部分(断念!)の割合が絶妙だった。
自然=春夏秋冬=四季は日本人のための無形のバイブルなのかもしれない。
味わい深いことに我われもまた自然の一部なのである。
「吹きぬける秋風の吹きぬけるままに」
「いつでも死ねる草が咲いたり実つたり」
「山頭火 漂白の跡を歩く」(石寒太監修・文芸散策の会編/JTBキャンブックス)
→カラー写真と解説で紹介されたこの形式の山頭火本は多々あるが断言しよう。
これが最高峰の山頭火カラー入門書である。なにより金をかけているのがよろしい。
身もふたもないことを言うと、文化とは金なのではないか?
清貧からは豊かな芸術は生まれやしない。文化は金が作るもの!
本書はJTBが版元だからか、とにかく金をかけているのがわかる。プアーではないのだ。
ライターの書く文章にも、山頭火が好きで好きで仕方がないといった気迫が伝わってくる。
逆説的だが、ノーギャラでも書くような人たちに大金を支払うとすごい仕事をするのである。
証拠は、この書籍の文章というほかないが。文化とはたぶん金なのだろう。
ほとんど働かなかった山頭火の生涯賃金などたかが知れたものである。
しかし、(嫌いな言葉なのだが)経済効果を考えたらどうだろう?
山頭火の句によって没後、どれだけの経済効果が日本にもたらされたか!
生前、山頭火の存在はどこまでも無駄でしかなかった。
だが、この無駄が後世の巨大な利益と結びつくなら、無駄の見方が変わりはしないか?
山頭火研究家で自称作家のM氏など、
ほとんど生涯を山頭火に食わせてもらったようなものなのだから。
本書から山頭火の言葉を引こう。
「私は恋といふものを知らない男である、
かつて女を愛したこともなければ、女から愛されたこともない
(少しも恋に似たものを感じなかったとはいひきれないが)、
……女の肉体はよいと思ふことはあるが、
女そのものはどうしても好きになれない」(P17)
若者に恋愛をさせると経済効果が高まるが(=不要なものを買うようになるが)、
山頭火の時代から、ことさら女を好きにならなければならぬという法はなかったのだ。
女ではなく女性と呼べと男を叱るような女に幾人が惚れるのだろう。
「私はただ歩いてをります、歩く、ただ歩く、
歩くことが一切を解決してくれるやうな気がします」(P50)
遊び=消費と刷り込まれた我われは、ただ歩くことの価値をすっかり見失っている。
徹底的に無駄を排し、いま儲かることだけを狙っていたら、
未来の日本は砂漠のようになってしまうのではないか。
無駄なこと。金にならない遊び。非生産的な行為。
もしかしたらこういったことへ投資することが将来への貯金になるのかもしれない。
大げさなようだが、人類全般における貯金である。
この種の行いは死後に成果が実ることも多いから費用対効果はたしかめられようがない。
「山頭火と歩く」(村上護、吉岡功治/とんぼの本/新潮社)
→僕に一大野心あり。僕は世界を――少なくとも日本を飛び歩きたし。
風の吹く如く、水の流るゝ如く、雲のゆく如く飛び歩きたし。
而して種々の境を究め、種々の人に会ひ、種々の酒を飲みたし。
文章が古いのでばれてしまったと思うが、
これは本書から引用した山頭火29歳時の文章である(P37)。
いまの言い方に変えたら、あなたやわたしの本心になるのかもしれない。
あらゆる文学作品の解説におそらく意味はないのだろう。
ひたすら作品を読み返すに限る。横文字のテクストではなく、古くからの作品を。
山頭火は存命時、世間師と呼ばれるゴロツキのひとりであった。
世間師とはいかがわしい生業をしながら日本各地を旅してまわるもの。
栗田勇氏によると、踊り念仏で知られる一遍上人につきしたがったのも、
このいまはなき世間師の群れだったという。
世間師の人生作法を山頭火の日記から紹介する。
「世間師に明日はない(昨日はあつても)、今日があるばかりである、
今日一日の飯と今夜一夜の寝床とがあるばかりだ。
腹いっぱい飲んで食つて、そして寝たとこ我が家、
これが彼等の道徳であり、哲学であり、宗教でもある」(P57)
ということは、これがおなじ世間師である山頭火の人生論だったのだろう。
成功哲学の古典、カーネギー「道は開ける」と共通する思考法なのがおもしろい。
今日1日だけがんばろう、と思うのがいいのだろう。
すなわち、明日死んでしまうかもしれない。なにが起こるかわからない。
だから、とりあえず、今日1日生きていられたらいいや、と思う。
後先を考えない、その場しのぎの、いきあたりばったりの生き方である。
この生き方から山頭火の句は生まれた。
山頭火は表現とはいかに生きるかであることをつゆ疑っていなかった。
「種田山頭火 〜遥か見る無頼人生〜」(仲畑貴志/日本放送出版教会)
→「NHK 知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」テキスト。
世間知らずのためわからなかったが仲畑貴志氏は神様とも称されるコピーライター。
氏の作ったコピーはこんなわたしでも知っているものが多数あった。
なにが言いたいのかというと、NHK山頭火講座担当の仲畑氏は大成功者なのである。
山頭火の研究者の大半がうだつの上がらない郷土史家みたいなものなのだ。
大したこともない発見をやたらもったいぶってことさら難解に表現する。
その点、さすが頂点を極めた男は違う。
このテキストは薄手ながらほかにない山頭火論にもなっているように思う。
なによりおかしなルサンチマンの入っていないのがよろしい。
ダメ人間や平凡人がおのれの鬱屈を山頭火に託す――といった、
従来の山頭火研究とはベクトルが正反対である。
山頭火ファンで社会的大成功者の仲畑貴志氏は、
かの乞食俳人を一刀両断のもとばっさり切り捨てている。
もちろん山頭火のよさはわかっているのだろうが、その切れ味は恐ろしいほどである。
これほど山頭火を冷たく突き放す論評を見たことがなかった。
「山頭火のコンプレックスとなるこころの傷は、母の自殺。
彼が九歳になるときでした。そして、神経衰弱による大学の退学。
さらに、父親の放蕩からくる種田家の倒産と一家離散。
冷たい言い方ですが、境遇を理由に、「おれは道を踏み外した」という人は嫌いです。
それよりもっと苛酷な境遇で、傷だらけになりながらも、
だれにも凭(もた)れかからずに生きている人をたくさん知っているからです」(P30)
山頭火が好きな自分までまっぷたつに切られてしまったと思うほどの正論である。
この自力主義、努力信仰はもしやS学会かと思って調べてみたら違うようだ。
時代に恵まれた「団塊の世代」固有の人生論を著者もまた持っているのかもしれない。
いや、違うのかもしれない。
ともあれ、他者のことをたった1冊の本で理解しようとするのは到底無理なこと。
コピーライターの仲畑貴志氏は山頭火の句の特徴をリフレイン=くりかえしに見る。
そのうえでくりかえしが顕著な句を列記する。
いちりんざしの椿いちりん
はだかではだかの子にたたかれてゐる
つくつくぼうしあまりにちかくつくつくぼうし
あるけば草の実すわれば草の実
日かげいつか月かげとなり木のかげ
さくらさくらさくさくらちるさくら
これらは仲畑氏の好きな句でもあるという。
くりかえしの句からコピーの神様は「表現=生き方」であることを見抜く。
まことあざやかな分析だとたいへん感心した。
「少ない文字数の中で表現する、俳句という表現形式からすると、
同じ言葉のリフレインは、得策ではない。
おおむね四つか五つほどの言葉で表現するわけですから、その中でくりかえすと、
残り二、三語しか使えなくなります。これは不自由です。
ひとつの言葉は、直喩隠喩ともに多くの意味を引き寄せられるわけですから、
その手段を自ら封じてしまうのはなぜでしょう。
わたしは、意味を含めにくくなった代わりに、
山頭火はリズムを手に入れたと思うのです。
くりかえしが作るリズム。
リズムには、その人が生来から持つ独自のものがあって、
後天的にはあまり育てることが出来ない。
黒人のゴスペルやブルースに見るリズムは彼ら独自のものです。
それは歌のリズムだけではなく、
話すときのリズム、歩くときのリズムにも現われています。
山頭火のくりかえしのリズムについて、
「旅をつづけた山頭火の一歩、また一歩と前へゆく、
そのリズムそのものなのだ」という人もいます」(P61)
これは天才コピーライター仲畑氏にしか語れない言語芸術論になっていると思う。
詩、短歌、俳句、小説、評論、台本の台詞――みなみな結局はリズムなのである。
そして、リズムは先天的なもので変えようと思っても変わらない。
なぜなら、言葉のリズムは当人の生きるリズムと結びついているからである。
好きな言葉(=言語芸術)とは、
結局のところ作者のリズムと自分のそれが合っているということなのだろう。
その言葉がなにによって生まれるかといえば、表現者の生きるリズムにほかならない。
コピーライターの神様に好まれている山頭火は稀有な表現者だったのだろう。
もしコピーライターという職を得ていたら、どれほど大成していたか!
しかし、成功者からはあのような俳句は生まれないわけで、一概に決めつけられない。
コピーライターの神様の作品と山頭火の句は果たしてどちらが長生きするのだろう。
「母を訪ねて山頭火」(松原泰道/佼成出版社)
→著者の松原泰道は臨済宗の偉い僧侶だったらしい(故人)。
なぜ偉いかといえば、以下の3つの理由が挙げられるのだろう。
1.臨済宗妙心寺派教学部長。
2.「般若心経入門」(祥伝社刊)が記録的ベストセラーになる。
3.受賞歴――1989年仏教伝道文化賞受賞、1999年禅文化賞受賞。
山頭火も(道元を開祖とする)曹洞宗の僧侶であった。
僧侶になるとは、どういうことか?
既存の僧侶に師事して、師匠から僧であることを認められたら自称できるようだ。
臨済宗と曹洞宗は、どちらも禅宗である。
本書の内容は、山頭火がいかに禅僧として偉かったか、である。
山頭火のいわゆる禅境(悟りのレベル)がどれほど深かったか、が書かれている。
山頭火の偉さがわかるから著者の松原泰道も偉いと主張したいふしがうかがえる。
ところが、なのである。
本書の口開け3行を読んで、著者が偉いのか疑問に思った。
辟易したといってもよい。「はじめに」から引用する。
「私がはじめて種田山頭火の作品を知ったのは、
私が早稲田大学文学部に在学中の昭和のはじめで、山頭火の晩年です。
当時、山頭火の心酔者も多かったのですが、
私はなぜか彼の自由律の句にあまり好感を持てませんでした」(P1)
とても禅僧の書いた文章のようには思えないのである。
「私が」「私が」「私は」――。この過剰な自己顕示欲はどうだろう?
「私」などぜんぶカットしたほうがよほどまともな文章になろう。
「はじめて種田山頭火の作品を知ったのは、
早稲田大学文学部に在学中の昭和のはじめで、山頭火の晩年です。
当時、山頭火の心酔者も多かったのですが、
なぜか彼の自由律の句にあまり好感を持てませんでした」(P1)
十分意味が通じるし、このほうがすっきりしていいとは思いませんか?
最初の引用文はおよそ禅僧とは思われぬ、我欲のかたまりという気がする。
しかし、著者の松原泰道は偉い禅の僧侶であることになっている。
彼によると山頭火は実のところ俳人のみならず禅僧としても偉く、
そのことを発見した自分も偉いということらしい(後者は匂わせているにとどまる)。
松原泰道によると、山頭火のこの句がいいらしい。
破れかぶれの乞食坊主が曹洞宗の総本山、永平寺に詣でたときに作った句である。
「法堂あけはなつ明けはなたれている」
著者は、禅のレベルの低い人間にはこの句のよさがわからないだろうとうそぶいている。
正直白状すると、どこがいいのかほとんどわからない。
とすると、こちらの禅境は浅いのだろうか?
しかし、山頭火とおなじようにぼろぼろになるまで大酒をのむ煩悩を持っているぞ。
悟り澄ました松原泰道は、おそらく道徳的で面白味に欠ける人物かと思われる。
どうして松原泰道の判断する禅レベルが正しいということになるのだろう?
なるほど、松原泰道は世間的に見て偉いということになっているからである。
だが、禅境の深浅はそういう肩書の問題ではなかろう。
いったいどの感覚器官で禅境の上下、高低、深浅は測られるのだろうか?
禅における悟りとは、果たしてだれがどこに着目して判断するのか。
あたかも狂人のように「悟った!」と自称したら偉いようなところがあるのではないか?
しかし、それは山頭火もおなじようなところがある。
この俳人は生きているあいだ、とにかく周囲のものに迷惑をかけつづけた。
山頭火の正体は、アル中で借金をしても返さない人格破綻者である。
ところが、日記を読むと松原泰道とおなじで悟り澄ましたようなことが書いてある。
たぶん山頭火はインチキの偽物だったような気がする。
しかし、インチキだからこそ本物であるような気が「わたしは」するのである。
松原泰道にはインチキめいたところがまるでなく、おそらく本物なのだろう。
ところが、それゆえにこの高僧がインチキ臭く思えてしまうのは、いったいどういうことか。
山頭火は存命時にまるで偉くなかった。バカにするものも多かった。
比して松原泰道はとにかく偉いということになっていた。
どうして死んでしまうと偉かった人間がくだらなく思えるのだろう。
逆にインチキめいた生臭坊主の山頭火が偉いように思えてしまうのだろう。
「種田山頭火の死生 ほろほろほろびゆく」(渡辺利夫/文春新書)絶版
→例によって山頭火をめぐる研究ではなく「おはなし」である。
冒頭付近の一文が本書を象徴している。
山頭火の本名は種田正一である。
「正一は身震いするほど海が嫌いであった」(P11)
この一文に本書のすべてが象徴されている。
山頭火が海を嫌いだったという資料は、おそらくないはずである。
本書はある意味で、著者が自己を山頭火に投影した「おはなし」なのだろう。
しかし、三十路を過ぎたいま、細かいことを言う神経質さはない。
要は、「おはなし」としておもしろいかどうか、だと思う。
事実でなくても、べつに構わない。
本書の「おはなし」としてのレベルはかなり高いのではないか。
うまく山頭火を物語っているのにはファンとして拍手を贈りたい。
山頭火が離婚した元妻の咲野と、婚姻関係はないのに「寝た」という事実がある。
これは山頭火の日記に書き残されていたから、間違いなく事実である。
それが著者の手にかかるとこうなる。笑っていいのか迷う。
しつこいが、山頭火=正一。
「(正一は)咲野の布団にすべり込む。
咲野の右手が正一の胸を激しくつき、半身をおこして浴衣の裾を正す。
かまわず正一は咲野を押し倒す。
組み敷かれた咲野の顔が涙に濡れ、抵抗の力がすうと抜けた。
浴衣を開いてあらわになった豊かな乳房に甘えるように顔をのせ、
乳首をやさしく吸う。両の手で正一の頭を掻き抱き、咲野が嗚咽する」(P106)
おまえは押入れにでも隠れて見ていたのか!?
と思わず、突っ込みたくなるような文章である。
山頭火の子孫はまだ生きているでしょう。
こういう描写で故人を主観に汚されると腹立たしくならないものだろうか?
まあ、この程度だったらと思うくらい、子孫も寛容なのか。山頭火のように。
いまふと思ったのだが、不幸な人も「偉い」ような気がするがどうだろう。
本書で知ったが、山頭火の不幸は母と弟の自殺だけではない。
大学時代までに末弟の病死、嫁いだ姉の正体不明の死を経験している。
母のみならず、きょうだい4人が不幸な早世をしているのである。
年譜を見るかぎり、これは疑いもない事実だろう。
不幸な人は、どこか「偉い」と思ってしまうのはおかしいのかどうか。
それから山頭火の「偉い」のは人とは違う生き方をしたことがあると思う。
むろん、それは「甘え」と多くの人間から非難されるたぐいのものではあるけれど。
世の中は不平等なものである。
有名人の子どもとして生まれたおかげで一生ちやほやされ続けの人生もある。
かたいや、身内に死なれ続ける苦しい人生もあるのだから。
山頭火は生涯、世間的に評価されることはなかった。
だれかから成功人生ノウハウを教えられたら、彼は救われたのだろうか?
いな、である。山頭火は終生、不幸を味わうことで救われたのだと思う。
成功するばかりが人生ではない。幸福ばかりが人生ではない。
それ以外にもいろいろな人生の味がある。
山頭火の句から我われが教わることである。
「なんぼう考へてもおんなじことの落葉をあるく」(山頭火)
「禅僧・山頭火」(倉橋羊村/沖積舎)
→いやね、いいんだけどさ、研究書のようで研究書じゃないんだよね。
小説ふうに書かれている。というか、これほとんど小説じゃない?
そのくせお固く研究書ぶっているところもあり……わけがわからん。
このとき山頭火はこうであった、とか見てきたようなことを書いているわけ(苦笑)。
じゃあ、どの文献を根拠としているの?
そう考えてみると、特別提示されていないから、単に著者の妄想ってこと。
もうタイムマシンがどこかで発明されましたか、なんて書いたら嫌味だね。
まあ、山頭火の評伝、研究書は、このくらいヌルイほうがいいのかも。
いまは国語便覧にもデカデカと載っている山頭火。
実像は、かなりあれな人だったわけでしょう。
ろくろく働きもしないで酒ばかりのんで。
こういう人がいない世界は息苦しいけれど、そばにいたら迷惑するというタイプ。
とはいえ、死んで70年もすると、マイナスもプラスになってしまう。
あんがい欠点というのはいいのかもね。
利点ばかりの人はすぐに忘れられてしまうようなところがあるのかもしれない。
ダメな人ってどこか憎めないところがある。
欠点をなくそうと前向きに努力している人にはない優しさのようなものを感じる。
「うれしいこともかなしいことも草しげる」(山頭火)
「山頭火 一日一句」(石寒太/北溟社)
→わたしに思想的バックボーン(訳すと背骨になる?)のようなものはない。
ただ乞食俳人の山頭火に似た感傷があるのみである。
論理を信じることができない。努力も信用できない。
人力を信頼できないと書いたら、多くの人間から否定されるであろう。
どうして人間は前向きにがんばっていたらどんな夢もかなうと思うのだろうか。
おそらく、甘ったるいコーラを某国から飲まされた影響であろう。
むかしコーラはなかった。人は水を飲んだ。
この水が人間の汗になった。涙にも尿にもなった。言葉になった。山頭火の句になった。
日本人は米と水で酒を作った。
「酔へばあさましく酔はねばさびしく」
「酒飲めば涙ながるるおろかな秋ぞ」
酒におぼれた山頭火のいたった境地は――。
「日ざかり泣いても笑ふても一人」
人間は泣くしかない。笑うしかない。だから、酒を飲むしかないのかもしれない。
「河村立司の山頭火」(JDC)
→俳句画集。山頭火の句と共に、相応したほのぼのとした絵が描かれている。
絵画にはうといわたしだから、この画集を批評することはできない。
酒をのみながらページをめくった。
なるべくゆっくり絵を鑑賞しようと努めたが、どうにも苦手である。
絵の見かたを知らないのである。
活字情報をさっと見ると、先にすすみたがるわが手にあきれたものである。
わたしが山頭火に教えられたことのなかで最大のものは「味ふ」だと思う。
「へうへうとして水を味ふ」
へうへうは漂々である。水の味など意識しないのがふつうである。
ところが、山頭火はちがう。無味無臭の水のうまさを「味ふ」のである。
実際、山頭火の句を読むと、酒がうまくなる。
未熟者ゆえ水の味はいまだわからない。
だが、酒の味を意識するようになる。
いままで「日本酒」という思い込みでのんでいたものが、
まったく異なる美味なるものとして喉を通り抜けてゆく。
山頭火の句の功徳である。
絵や写真も、勝負は「味ふ」ことにある。
どこまで対象の本質に迫れるか。これが「味ふ」という行為なのだろう。
そう思いながら、山頭火にインスパイアされて描かれた絵をながめる。
時おり口にする酒の味はわかるようになったものの絵の味は見分けがたい。
まだまだである。
「味ふ」とは高級品を見抜く舌の機能を意味しはしない。
そのものの本質を見極め満足することである。
いつかは水の味をわかるようになりたいと思う。
「名水紀行 山頭火と旅するおいしい水物語」(佐々木健/春陽堂)絶版
→山頭火の聖人だか俗物だかわからぬところがいいんだよな。
たとえば放浪のゴールとして永平寺におもむく。
永平寺は道元の創建した、いわば禅のメッカである。
ここで山頭火はもっともらしい俳句を作る。
「水音のたえずして御仏(みほとけ)とあり」
なんか悟っちゃったような句でしょう。
ところがところが、日記を見てみるとおもしろい。
わずか3日で山頭火はこの修業道場を逃げ出しているのだから。
なんのことはない、酒がのめないのに我慢できなかったのである。
似たような経験がある。
インド片田舎のとある仏跡地に行ったときのことである。
へんぴなところだからホテルなんてない。
スリランカ建立のお寺に泊まらせてもらう。
もちろん飲酒など言語道断である。
あはは、リュックからウイスキーを取り出し、こっそりのんじゃった。
こんな甘えた弱いわたしだから、山頭火が好きなのだろうな。
自制心のある人は、山頭火ではなく尾崎放哉を好むようである。
弱くたっていいじゃないか。
山頭火の自由律俳句や生きかたから、居直りのようなものを感じる。
好き嫌いがわかれるところである。