「西行物語」(全訳注:桑原博史/講談社学術文庫)

→「西行物語」は西行の没後50年ごろできたとされる作者不詳の物語である。
西行がこんな人だったらいいなあ、という多数派が夢を託した物語だろう。
西行のプライベートはほとんど記録が残っていないという。
「西行物語」のようなものが生まれる下地にはこのような事情があった。
わたしはファンである踊り念仏の一遍が好きだったからという理由で、
この齢になってふたたび西行ワールドに分け入った。

むかしからみんな組織(会社/出世)や家族(親愛)を求めてきたけれど、
それは見方を変えれば(彼岸から見たら)現世(この世)に執着しているとも言えよう。
会社に依存しているからこそ同僚の何気ないひと言が許せなかったりする。
尊敬していた上司が左遷されて悔しい思いをするのも、
嫌いだった同僚が出世して自分をあごで使うのも、みな会社にいるがためである。
片方の家族は絶対楽園かといえばそうではなく、
家族がいるから宮仕え(会社通勤)を自由に辞めることができない。
家族は和気あいあいとしたものばかりではなく、お互いを縛り合う。
夫は妻にこうしてほしいと思うが、かならずしも妻は応じてくれるわけではない。
妻も妻で夫に期待をするけれど、夫は稼いだ金をすぐ酒でのんでしまう。
親は子の将来に期待をかけるけれど、望めば望むほどグレるのが子どもである。
親を憎むようになる子どももわんさかいることだろう。
出世争い、家庭不和、サビ残、無給の早出、言うことを聞かない部下に息子
――もううんざりだ。もういやだ。限界よ。バカヤロウ。
おれはこんなことをするために生まれてきたんじゃない。
もっと人間らしい精神的な意味深い命を生きてみたい。
だがしかし、ところがだ。
エリートコースにいてあたたかい家族にも恵まれていた西行は、
こういう理由で出家したわけではない。
どうして西行が出家したかはだれにもわからない。
それは釈迦(しゃか)が出家した理由がよくわからないのとおなじである。
あるいは恵まれすぎていると人は強烈な不安に襲われるものなのかもしれない。
いったいなにに対する不安がいちばん恐ろしいのか。

おそらく古今、多くの人が出世競争の愚かさや家族団らんの嘘くささに気づいていた。
しかし、宮仕えでもしないと家族でもつくらないと、いったいなにをしたらいいんだ?
家を出て会社に行かなくてもいいと言われたら、さあどこに行くところがあるというのだ?
夕暮れ、みなが帰途についているとき、帰る家がなければどこへ行けばいいんだよ。
公園のベンチに座ってなにもしないでいると、考えることは決まっている。
「死」である。出世競争や家族のことであたまを悩ませているかぎり、
人は「死」を直視しないでいられる。
しかし、考えれば考えるほど「わたしの死」のほうが会社や家族よりも重要である。
なんのために生きているのか? 
おれは会社のために生きているのか?
おれは家族のために生きているのか? ――それのなにが悪いもんか?
おれは悪くないね。しかし、会社はいつどうなるかわからない。
だから、がんばるんだろう。毎日せっせと働くんだろう。
たとえ会社を定年退職してもおれには家族がいる。家族?
おれには家族なんてものがいるか? 妻との関係は冷え切っている。
息子は高校のころにバイク事故であっけなく死んでしまった。
いまでも息子のことを思うと胸をかきむしられる思いがするが、
いくら願っても生き返ってこないし、
こんなに苦しむのならいっそのこと生まれてこなければとさえ思うこともある。
妻はいまでもおれをちくちく批判する。
仕事仕事で息子の相手をする時間が惜しいから、
気前のいい父親ぶりたくてほいほいバイクを買ってやったんでしょうと。
そういえば死んだ息子はどこに行ったんだろう。
おれもじきに死ぬだろうが、死ぬための準備をなにもしてこなかった。
たしかに仕事はしたし(部長まで行けた)家族もいるけれど(マイホームだってある)、
しかし、もっともたいせつな仕事(わたしの死)には、
これまでまったく手を触れてこなかったのではないか。

しかし、いいか、いいかよく聞け、人生そんなものだとも言いうる。
むかしから人間はそのように生きてきて、わけのわからないままに死んでいった。
人間なんざ、そんなもんだ。
しかし、なかには西行のような生き方をするものもいた。
西行は25歳で出世確実のエリートコースとかわいい妻子を捨てている。
西行のように生きたいという人は多かろうが、現実がそれを許さない。
このために古今西行の歌は愛され、
歌人の死後には「西行物語」のようなものもできたのではないかと思う。

「あの世」などあるかどうかもわからないが、もしかしたら
「この世」よりも「あの世」のほうがはるかに重要かもしれないのである。
「あの世」は「この世」の百万倍でも少ないくらいの永遠にも近い時間があるかもしれない。
かもしれないという推測ではなく、そう記載された仏典はいくらだってある。
そして、「この世」から「あの世」へは珍宝も妻子も家来もなにも持っていけない。
せいぜい持っていけそうなのは「この世」で養った「たましい」くらいである。
しかし、「たましい」をどうすれば上等にできるかはわからない。
いや、いちおうは仏道修行をすれば「たましい」は磨かれることになっている。
西行は25歳で出家しておのれの「たましい」を磨こうとしたのではないかと思う。
どうしたら「たましい」を磨くことができるか。
「わたしの死」を見ることだ。「わたしの死」を考え尽くしたらなにをすべきか。
仏道修行をすることだ。西行にとっては和歌創作が仏道修行であった。

「遁(のが)れなくつひに行くべき道をさは 知らではいかが過ぐすべからむ」
「いつ嘆きいつ思ふべきことなれば のちの世知らで人の過ぐらむ」


西行の願いはなんだったのか?

「臨終正念 往生極楽」(P83)

正しい念(おも)いのうちにわが臨終(死)に立ち会って、極楽に往生することである。
出家したものにとって目標は自然まかせの美しい死なのである。
「この世」のことは捨てて「あの世」のために生きるのが仏僧。
「あの世」のことを強く念じたら「この世」のことは捨てられる。
そのためには孤独に生きなければいけない。
うわさ話を聞くと、ついつい人と自分を比較してしまうからである。
本当の出家者は死を待つ人と言えよう。
死(極楽往生)を待っていたら桜の季節が来てしまう。
西行の住むあばら家にも花見と称してかつての仲間がやってきていろいろ駄弁る。
ついむかしの縁者の盛衰のことなど耳にしてしまい心が曇る思いがする。
花が咲くのはいいけれど、こういう花見がなければもっといいのにと西行は思う。
むろん西行とて花見が嫌いなはずがないのである。
桜の花と同様に人間が好きでたまらないのに人間嫌いのふりをする西行が好きだ。
おそらく自分もまたそういう屈折した人間だからだろう。

「柴の編戸(あみど)の明け暮れは、仏の御迎えいつならむと待ち奉(たてまつ)るに、
さもあらぬ昔の友、「花見に」とて集まるついでにも、何となき昔語りにも、
心の乱るる方もありければ、「よしなし」と思ひ、
  花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎(とが)にはありける」(P87)


西行にとって出家とはひとりのよろしさを、
深々と噛みしめ味わう行為であったことと思う。
当時は(いまはこればかり)
寺院という群れのなかでの出世を求めて出家するものも多かったが、
西行はそうではなかった。
ひとりでなければ、孤独でなければ「わたし」を正面から見据えることはできない。
「わたし」を孤独でひとりぼっちでずっと見つめていると、
そこに「わたしの死」が浮かび上がる。
みなみな「わたしの死」と極力向き合わないようにお仲間と群れている。
それでいいのであって「わたし」ほど怖いものはないし、
「わたしの死」は神仏が寄り添わないとグロテスクすぎる。
「わたしの死」よりもあるいはやばいのは「愛するものの死」である。
「愛するものの死」には仏教世界のすべてが込められていよう。
死とはなにか? 愛するとはなにか?
かつて彼を愛さなければ、いまの苦しみはなかったのではないか?
それなのになぜどうしようもなく過去の自分は彼を愛したのか?
最愛の彼が亡くなったいま、自分にどのような生きようがあるのか?
人を愛するから愛するものを失う苦しみを味わわなければならない。
ならば愛とはなにか? 
自分はなにに迷っているのか? この苦しみに救いはあるのか?
こういう問いへの答えは「考えよ」しかない。
ひとりぼっちになって孤独に考えて考えて、そうして自分だけの答えを見つけるしかない。
その答えは万民には通用しないかもしれないが、あなたにとっては100%の正解だ。
ひとりで考えよ。孤独に苦悶せよ。泣け叫べ呻け。その先に自分の答えがある。
西行が知り合いの家に行ったら、旦那は死んで奥方は泣き暮らしていた。
仏僧の西行はこの未亡人を救ってはいない。
西行が示した道のりは、ひとりぼっちで考えてみましょうという険しく厳しいものだった。

「年頃知りけりたる人のもとへ尋ね行きたりけるに、
「男ははや失せにけり」とて、女房ばかり泣きゐたりければ、
西行出(い)でざまに、障子(しょうじ)に書きつけけり。
  亡き跡の面影をのみ身に添へて さこそは人の恋しかるらめ
京中も、何となく匆々(そうそう)なる事のみありて、心乱れければ、
  遥(はる)かなる岩の狭間(はざま)に一人ゐて 人目思はで物思はばや
  あはれとて問ふ人などなかるらむ 物思ふ宿の萩(おぎ)の上風(うはかぜ)
  枝折(しをり/帰途の準備)せでなほ山深く分け入らむ 憂き事聞かぬところありやと」(P172)


みんな「この世」をどうしようもなく生きている。
出家するとは甘えとか逃げとか責任回避とか、
そういう「この世」の言葉をすべて捨て、「あの世」に生きることではないか。
礼儀や常識は「この世」の言葉の象徴である。
「あの世」は礼儀、常識どころか善悪も正否も上下も苦楽も男女も生死も、
そして悲喜さえも存在しない。
愛するわが子が死んだ悲しみさえ存在しないのが「あの世」である。
「この世」を捨て出家するということは「あの世」を生きるということ。
仏教で人が救われるのは「この世」ならぬ「あの世」を説いているからだと思う。
「あの世」はあべこべの論理なのである。
「この世」ではきれいなおねえちゃんを口説いてモノにする瞬間に
逃げられたらそれはアンラッキー。
しかし「あの世」の論理ではそれはまたとない僥倖(ぎょうこう)になる。
据膳のナイスボディーのおねえちゃんに逃げられたのも、
仏さまのおかげで姦通という罪を犯さずにすんだことになる。

「昔、阿南尊者[もてない仏僧]、摩登伽女という外道の娘[ヤリマン美女]に逢ひ、
すでに禁戒を犯さむとし給ひしを[よっしゃあ、やれるぞと股間をパンパンにしたとき]、
仏、神通を以て見給ひて、文殊に仰せて[仏さまが文殊菩薩に指令をくだして]、
仏頂心呪を充(み)て給ひしかば、欲心やうやう失せて、戒を破り給ふ事なし。
[難しいことをすべてはしょると男は女とやれなかった]
これ一世二世の契りにあらず。五百生の縁なりと、仏説き給ひき
[こういうことは前世とか前々世の話ではなく「五千回の生死」の影響かもね]」(P68)


宗教団体に入らないで、つまり群れないで、
孤独、ひとりぼっち、ひとりひとりひとり考えていたらそういう発想も生まれるということだ、
たとえば、名誉や称賛というものは「この世」への執着を残す「魔」。
若いころに変に有名な賞でも取って脚光を浴びたら死ぬに死にきれないだろうなあ、

「名聞・利養は悪道の因縁、妻子・所従は生死の絆」(P39)

おさない自分の娘はかわいいが、そのらうたげなる有様、
よにいとけなき、類なき姿こそ「あの世」への障害物である。
「あの世」からみたらかわいいわが娘の笑顔こそ成仏への最難関かもしれない。
かわいい娘から微笑まれたら、だれが出家(冒険)なんてできるものか。
男という男はみんなどこか出家(脱会社/脱家族)を願っているが、
「この世」のルールに縛られているためそれができない。
西行のような「あの世」を生きる出家者にはそうそうなれるものではない。
あの西行もまたそうであったのだ。

「過ぎにし方、出家の思ひをとどまりしも、この娘ゆゑなり。
されば第六天の魔王は、一切衆生の仏にならむことを障へむがために、
妻子という絆(きづな)を付け置き、出離の道を防ぐといへり。
これを知りながら、いかで愛着の心をなさむや。
これこそ陣の前の敵、煩悩の絆を防ぐといへり。
これを知りながら、いかで愛着の心をなさむや。
これこそ陣の前の敵、煩悩の絆を切る初めなり」(P63)


西行がどうして「この世」にアッカンベー(出家)できたのかはわからない。
ただアッカンベー(出家)の意味は西行の句からわからないことはない。
「この世」の不幸は「あの世」の幸福である。
「この世」でかりそめ死んでも「あの世」でかならずよみがえる。
「あの世」から見たら「この世」のことなどなんだっていい。
「この世」の人間の目的は死んで「あの世」に行くことである。
「この世」の自殺は「あの世」では勇気ある名誉あふれた輝かしい行為である。
「この世」のプラスは「あの世」でマイナスになり、
どれほど嘆かわしい「この世」のマイナスでも「あの世」ではそれ以上のプラスになる。
西行が悟った真理を言語化すればこのようになるとわたしは思う。

「願はくは花のしたにて春死なむ その如月の望月のころ」(=自然に死にたい)

「西行・山家集」(井上靖/学研M文庫) *再読

→西行は自分が和歌をつくるのは、
仏師が木から仏像を彫り出すのとおなじと言ったという伝承が残っているが、
このエピソードはとても意味深いものがあるのではないか。
一本の木は木に過ぎないが、そこに仏のすがたを見て彫り出すものがいる。
いっぽうで世界というものは言葉であると言ってもよかろう。
宇宙も太陽も月も星々も草花も畜生も人間もそれぞれ名前がついた言葉である。
世界は言葉に満ちている。
西行は仏師が木から仏像を彫るように、
世界の無数の言葉から厳選した31文字を彫琢(ちょうたく/磨き出す)する。
五七五七七の31文字では一見するとなにも伝わらないように思えるが、
31文字を読むわれわれも
(人によって語彙(ごい/ボキャブラリー)は異なるにせよ)、
それぞれが独特の言語世界を生きている。

話を脱線するが、西行を思慕していたのが踊り念仏の一遍である。
一遍は「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」と書かれた札を、
全国を旅しながら貴賤を問わず配って布教していた。
長らく、どうしてそんなことを一遍がしていたのかよくわからなかった。
紙切れを配ってそれで布教が終了というのは理解しがたいと思う。
しかし、当時一遍が布教対象としていたのは無学な文盲の人たちだったのである。
変なことを書くと、セレブという言葉を知るから、
いまの庶民もセレブでないことに苦しむのである。
幸福という言葉を知るから、自分たちの家族は幸福か? と問うようになる。
反対も言えて、地獄という言葉を知らなければ地獄に堕ちる苦しみを考えないでいられる。
不幸という言葉を知らなければ、虫けらのような貧農もつつがなく淡々と生活できる。
さて、踊り念仏の一遍が配った札は「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」。
「六十万人」というのは人数が多いことの意味で、「みんな」と解釈してよい。
南無阿弥陀仏と唱えたら全員、死後に極楽浄土に往生することが決定しているよ。
一遍の配った札の意味はこうであった。
虫けらのように生きる無学で文盲のあぶれものたちは、この言葉にどれほど救われたか。
「迷い」「生きづらさ」という言葉を知らなければ楽なのと同様に、
「救い」「救済」という言葉を知らないものは
未来永劫(みらいえいごう)救われることがない。
とするならば、一遍は旅をしながら
救いの言葉を全国の苦悩者に配ってまわっていたことになる。
毎日虫けらのようにこき使われて、死んでハイ終わりじゃ、それではあんまりではないか?
しかし、そうではない。「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」である。
おそらく貧しい言語世界しか持たぬ当時の貧民が、
一遍からこの札(言葉)を受け取ったときの歓喜はいかほどであっただろうか。

「救い」というのは「言葉」なのである。
なにかが「救い」なのではなく「言葉」そのものが「救い」の実体であり機能である。
踊り念仏の一遍が配ってまわった言葉「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」は、
いまでたとえるならば「フロー状態」や「マインドフルネス」、
ちょいと古いが「臨死体験」も似たような機能を持つ言葉だろう。
だれがいちばん救われているかといったら、最初に救いの言葉を発明したものだ。
南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でも密教の真言(呪文)でも、
フロー状態でもマインドフルネスでも無為自然でも則天去私でもおなじこと。
そう考えると、出家した仏僧の西行が、
わが歌こそ救済の真言であると言語作品を仏像に比した理由もわかるのではないか。
いま苦しんでいる人は大勢いるだろう。
その苦しみは「言葉」である。うまく「言葉」で説明できないから苦しいのかもしれないが、
苦しみの本質は「言葉」だと思う。
苦しみを理解するにはその苦しみをなるべく適切な「言葉」にしてみるのが第一歩である。
世界は「言葉」であるし、ならばその世界での苦しみが「言葉」でないはずがない。
あたまのいいものは苦しみを「言葉」で書き出しているうちに、
なんと陳腐なものかとわれながらあきれるだろう。
そこまでの自覚ができたら苦しみを対象化したことになるのだが、
あんがいそこに行くまでがいちばんの難路なのかもしれない。
そうして人は自然に「言葉」そのものが「救い」であることに気づくときがくる。
言葉によらない抱擁(ハグ)、性交(セックス)のような「救い」もあるだろうが、
それは一時しのぎの面があり(そこがいいのだろうが)、
その「救い」も説明するためには結局のところ「言葉」を必要とする。

人生は苦しみに満ちているが、
通俗仏教的に説明すればその苦しみの原因は「契り(前世の因縁)」になろう。
いくら「契(ちぎ)り」の意味が「前世からの因縁」と教わっても人は救われない。
自分で自分から自分の言葉で深々と「契り」を認めたとき、
ときに「救い」のようなものがもたらされることもあるのだろう。

「苦しみにかはる契りのなきままに ほのを(炎)とともにたちかへるかな」

前世で善根を積まなかったから、いま苦しんでいるのだろう。
いまいい思いをしているやつらは前世からの契りによるのだから嫉妬をしても詮ない。
とはいえ、恵まれた人を見ると、つい黒々とした感情が身を焦(こ)がす。
パンダのように白になったり黒になったりする心だが、
この心は前世よりの契りでいかんともしたがく、
はてまあ、さてさて終(つい/死)のときには、
いざ臨終にいたったらどんなことを思うのか。

「おろかなる心のひくにまかせても さてさはいかにつひ(終)のおもひは」

契り(前世の因縁)は悪いばかりではない。
むしろ、この契りこそ「命なりけり」なのではないか。命とは契りのことではないか。
ある人の死に際したときの西行の有名な和歌がある。
酒豪で文豪だった井上靖がとても好きな歌だという。

「今宵こそおもひ知らるれあさからぬ 君に契りのある身なりけり」

これはせんえつながらわたしも大好きな歌だ。
正直に白状すると、10年まえはこの歌の意味がよくわからなかった。
人との出逢い別れには「契り」がかかわっているというのが世俗仏教の真理だと思う。
なぜある人とある人が出逢うのかは「たまたま」だが、
それを「契り」と見るのが日本仏教ではないか。
みなさんもそうでしょうが、わたしにはことに多く、お世話になった人というのがいる。
1回きりの出逢いでも、むしろそれだからこそ「契り」を深く感じることがある。
親子関係、きょうだい関係は「契り」の最たるものでしょう。
最近のことで言えば、いまの職場のバイト面接で最初に工場長にお逢いしたとき
「契り」のようなものを深く感じたもの。
副工場長から飲みに誘われて
(上司から飲みに誘われるなんて人生初で、まさかわが人生で、と最高幸福体験でした)、
このカタギの口うるさいマジメな、
しかし不良がかったところもある善人にも非常に強く「契り」を感じたものである。
たぶん言ってもわかってもらえないだろう、
不思議な関係の親友との電話を終えて受話器を置くときも感じる。

「今宵こそおもひ知らるれあさからぬ 君に契りのある身なりけり」

どうして人と人は出逢いそして別れるのか。
出逢いの意味は? 別れの意味は? おそらく答えのひとつが「契り」になるのだろう。
もしかしたら偶然やたまたまなど存在しなくて、すべてが「契り」なのかもしれない。
「契り」はどこにでもある。
たとえばいまあなたの家のまえに立つ松とあなたの関係も「契り」である。
自宅のまえの松よ、おれが死んだあとはどうなっているんだろう。

「ひさに経てわが後の世を問へよ松 跡(あと)しのぶべき人も無き身ぞ」

仏教的な「契り」に思いをはせれば、庭の松も友だろう。
ペットの犬や猫も、庭の草花草木も、たとえ置物やぬいぐるみでさえ友になるだろう。
このあばら家を離れたら長年の我が友だった松が孤独になってしまう。

「ここをまたわれ住み憂くて浮かれなば 松は独りにならむとすらむ」

社会的大成功者の文豪、しかし酒豪で孤独だった井上靖は、
西行の魅力をとてもわかりやすく言葉で表現している。

「西行は花鳥風月の歌人ではない。
こうした何を信じていいか判(わか)らぬ時代にも、
なお変わるものがあるかも知れない。もしあるなら、自然であれ、人情であれ、
それを見届けたいと思ったことであろう。
反対にないならないで、またそれを見届けたいと思ったに違いない。
もうしそうでなかったら、西行は西行ではないのである。
西行の生涯を通じてのその仕事(和歌)から、
人間というものを、人間の孤独というものを、
その孤独な人間が生きる現世というものを見極めようとする」(P138)


井上靖は日本文学史上にまれな大成功者であった。
40歳を過ぎてから出世して、それだけ人の世の浮き沈みがよく見えたことだろう。
若くして華々しく出世したはいいが、その後鳴かず飛ばずで終わった人。
終生努力など報われることなく終わった人も文豪の井上靖はたくさん知っていた。
井上靖の好きな西行もまた、激動の歴史のなかを生きた人であった。
正義や悪などというまやかしの言葉では理解しきれぬ現世を見た。
見ただけではなく、これがこの世であると西行は詠った。

「かかるよ[世]に影[光]もかはらず澄む月を 見る我が身さへうらめしきかな」

正義の人が破れ、悪徳な人が栄えるこのこの世で輝く真如の月とはなにか?
その月をこうして見ている自分とはどういう存在なのか?
いったいなにを目指して生きていけばいいのか?
西行は奥州の平泉を目的として旅したことがあった。
もっとも西行が見たかったのは古戦場である衣川(ころもがわ)である。
苦難の連続の旅で目的地に到達した西行の心境はいかなるものか。
これは人生でおよそ人が望むあらゆるものを
手に入れた文豪の井上靖の老境にも通じるものだろう。
最終目的地に着くことにいちおうは成功した西行は、その味気ない心境を言葉にする。

「とりわけて心も凍(し)みて冴えぞわたる 衣川見に来たる今日しも」

もしかしたら古人が多く来訪を望んでいた死後の世界は、
阿弥陀経に書かれている金ぴかの世界ではなく、
西行が描いたところのさみしいわびしい世界なのかもしれない。
しかし、そこを目指して多くの日本文化人は生きてきた。
おのれの見たことを、おのれの心が見たことを西行はおのれの言葉で書いた。
西行の境地を目標とするものは多いが、それは踊り念仏の一遍であり井上靖であり、
恐れ多くもこの文章のつたない書き手もそのひとりかもしれない。

「西行 魂の旅路」(西澤美仁/ビギナーズ・クラシックス日本の古典/角川ソフィア文庫)

→西行は平安~鎌倉時代の歌人。出家した僧の身分でいろいろ和歌をつくった。
もとはいいところの武士出身だったらしい。出世も確実視されていたとのこと。
文盲の貧民がロックミュージックで一発当てたとか、そういう話ではない。
きちんと文化資本のあるところに生まれたいいとこの坊ちゃんが、
世を捨てて(これを出家という)坊主になり仏教的な和歌をつくりまくった。
けどさ、出家しているんなら表現欲や、
他人の評価を期待する煩悩(ぼんのう)はどうなってんだって話は当然あるだろう。
そこのところを西行は、自分にとっては和歌創作が仏道修行だと言い放っている。
自分の創作した和歌のひとつひとつはそれぞれが仏像なのであると。
これは「明恵上人伝記」に記載されているエピソードで、
ところが、学問的には明恵と西行が出逢い語り合ったことは事実ではない、
と否定されている。
しかし、和歌創作こそ仏道修行という西行のポリシーの真偽はわからない。
むしろ、「明恵上人伝記」に書かれるくらい有名で、
一般にも流布していた真実だったという可能性もなきにしもあらずではないか。
具体的には「伝記」で西行は年下の明恵にこう言ったことになっている。

「此(こ)の歌、即(すなは)ち是(こ)れ、
如来[にょらい/仏さま]の真(まこと)の形体なり。
されば一首読み出でては、一体の仏像を造る思ひをなし、
一句を思ひ続けては、秘密の真言[呪文]を唱(とな)ふるに同じ。
我れ此の歌によりて法を得ることあり」(「明恵上人伝記」講談社学術文庫P167)


自分のつくる歌こそほんものの仏さまである。
であるからして一首自分が和歌をつくるというのは一体の仏像を彫るのとおなじで、
この一句を考えて考えて言葉の海から創作するのは、
仏教の秘密の呪文を唱えるのと意味的には等しい。
自分は和歌を創作することで奥深き仏法を学んでいる。
この姿勢を文化人の白洲正子は、
「西行は、究極のところ、自分の歌しか信じていなかった」と評しているそうだ。
仏さまは自分の奥深くに鎮座ましまして、
ならばこの口から出てくる言葉こそが本当の真言(呪文)だという確信である。
西行はお経(の文句)ではなく自分の口から出てくる言葉を信じた。
その心境(信心)を表現したものとされる有名な歌がある。
表面の文意は、いくら山奥のことを知っているといっても、
実際に住んでみなければその奥深い味わいはわからないよ、とでもいおうか。

「山深くさこそ心は通ふとも 住まであはれを知らんものかは」

いくら自分の奥深いところに到達したといっても、
本当にそこに言ったものしかその境地はわからないし言葉にもならない。
そこに行かないとわからないよという言語不信の歌になるのかもしれない。
いくら西行の和歌をお勉強で読んでも、
そういう心境はおのおのが体験していないならば理解できないだろう。
個人的にはどんな秀才でも、
大学生の時期に西行がわかるものは極めて少ない気がする。
では、西行の信心(心境)とはどのようなものだったのか。
これは西行の歌ではないという学説もあるそうだが、本当のことはだれにもわからない。
そして、西行の歌ならよくて、ほかの人の歌ならダメというのは単なる権威主義。
出家した仏僧の歌人が神道の伊勢神宮を参拝したときの歌だという。

「何事のおはしますを知らねども かたじけなさに涙こぼるる」

若い人はわからないだろうけれど、わかんないかなあ、この感覚。
世界の裏側になんか神仏のようなものがいるんじゃないかっていう感覚のことさ。
もう書いちゃおう。今年の2月、いろいろと因縁のある父が脳内出血で倒れたのよ。
半身不随で一時期はやばくて、仕事もなにもかも辞めて同居介護生活の可能性もあった。
ところが奇跡的に持ち直し、なんとか独居生活ができるまで父は復活した。
おめでたいなあと父と逢ったその日にわたしが自転車事故を起こして鼻と肋骨を折る。
昨日とおとといにあったことである。これは絶対になにかあるっしょ?
一生公開することはないかもしれないが、わたしの人生ではこういうことがけっこうある。
プラスもマイナスもいろいろ不可思議なことが人生である。
学問としては、お勉強としては神道と仏教は違うわけでしょう?
でも、西行の心のなかでは神も仏もおなじだった。わたしもおなじような信心を持っている。
出家した仏教徒の西行は神木(しんぼく)にタオルをかけるという、
伝統行事の神事をして一句つくる。

「榊葉(さかきば)に心をかけん木綿垂(ゆふしで)て 思へば神も仏なりけり」

うちは無宗教だけれど、実家が仏教の人でも神社に初詣に行くのではありませんか?
「初詣大凶に今日恐々し 思へば神も仏なりけり」
いま即興で遊び心でつくったけれども、こういう和歌でもぜんぜん構わないわけ。
意味はだれもわからないだろうけれど、創作者の心情は、
おみくじで大凶が出ちゃったけれども神さまは仏さまとおなじなんだから、
まさか罰をくだすようなことはないだろうから安心くらいかしら。
これが真理がどうかはわからないけれど、自分でそう信じていたらいいとも言えよう。
けれどさ、神さまと仏さまは違うなんてだれが証明したわけ?
どんな偉い学者が神と仏は違うと言っても、それは絶対的真理ではないでしょう?
いうなれば、その人の(権威的)真理っていうか。

いきなりだが、真理とはなにか?
真理とは、ある人が真理だと信じていること。
真理とは、みなを喜ばせること。
真理とは、絶対に虚偽であると証明できないこと。
だとしたら、西行の言葉は仏法の真理であろう。
その意味で、わたしの言葉もあなたの言葉もそれぞれ真理である。
西行の歌は西行作だから真理なのではなく、
西行がこれこそ仏法の真理だと信じていただろうから、
その確信が西行の和歌に意味を与えているといえるのではないか。
西行の真理は西行にしかわからない。
しかし、それは西行が真理と信じているからどこまでも真理である。
もしかしたら西行ではない人にはわからない真理なのかもしれない。

「山深くさこそ心は通ふとも 住まであはれを知らんものかは」
「何事のおはしますを知らねども かたじけなさに涙こぼるる」
「榊葉(さかきば)に心をかけん木綿垂(ゆふしで)て 思へば神も仏なりけり」


おととい鼻骨と肋骨を骨折して病気療養中。
たしかにいま鼻と胸の下(肋骨)が昨日よりもはるかに痛い。
身もふたもない話をすると、病院に行くまでは鼻も肋骨も大丈夫だと思っていた。
このくらいならなんとかなるんじゃないかと甘く見ていた。
しかし、「鼻骨骨折」「肋骨骨折」という医学的診断(=言葉!)が加わるとたまらない。
診断された直後から痛みが倍増し、三倍増しになったものなあ。
へたに動くと肋骨が肺に刺さるとか医療者から
助言(=脅迫=言葉)されるとガクブルだって。
「痛み」も「あはれ」も、
うまく言葉の大海から適宜(てきぎ)言葉を拾って接続しないと伝わらない。
相手の言語能力にも言葉の伝達は大きく依存している。
必要なのは自分の言葉のみならず、相手の言語海の深さである。
発信者と対話相手の、その言葉の接続仕様が言語芸術のかなめだろう。
しかしながら究極的に言葉はその人の「痛み」や「あはれ」を伝えることはできない。
相手の広大(あるいは偏狭)な言語海のなかから、
こちらの「痛み」や「あはれ」を想像(妄想)してもらうことしか言葉にはできない。
それでも人は言葉に頼ろうとする。いまわたしがこうしているように。

いまそうとうにやばいのではないだろうか?
非正規雇用。自転車自損事故。鼻骨肋骨骨折。ひと言でいえばいまもいま「痛い」。
しかし、人には言葉があるということを西行から学ぶ。
こういうマイナス経験をしていなかったら西行の言葉をよくわからなかったかもしれない。
しかし、西行の言葉など理解したからどうだという庶民的損得勘定もまた真理である。
「お大事に」は「お気の毒さま」とならぶ「対岸の火事」的な表現だと思う。
そういう言葉があるから救いなのだが、
そういう手あかのついた言葉では救われないものが
西行の和歌を愛誦するのかもしれない。

出家とはどういうことか?
公式的な意味では、世間と縁を切ることだが、
むかしは名家のご子息さまが宗教界での出世目的で出家することも少なくなかったという。
西行がどういう理由で出家したのかは(客観)学問的には判明していない。
おそらく永遠に学問ではわからないことだろう。
出家とはおそらくいまの言葉でいえば、会社を捨てる、家族を捨てるということ。
今日も今日、有給休暇をいただいたわたしが会社を捨てるなんてとても言えない。
しかし、そういう生き方もあると思うと矛盾しているが救われるところがある。
会社や家族を捨てると自由だけど、しみじみ言うけど、孤独でさみしいよねえ。
肋骨を骨折して上司と携帯電話で話してどれだけ安心したか。
どこかの共同体(組織)につながっているということがどれだけ慰めになるか。
しかし、孤独もまたいいものだと出世エリートコースから脱落した西行はいう。
以下はただの和歌ではなく、仏教の真言(秘密の呪文)である。
孤独になるには世を捨てるしかない。

「鈴鹿山浮き世をよそに振り捨てて いかになりゆく我が身なるらん」

いったいおれどうなっちゃうの? という孤独者の叫びだろう
学問的には鈴鹿山の「鈴」と「振り」「なり」「なる」が言語世界の意味宇宙を象徴している。
でもさ、鈴鹿山って言われてもどこかわからんよねえ。
わかればそれだけこの言葉の意味は増すのだろう。
西行のいちばんの名句はおそらく、
「年たけてまた越ゆべしと思ひきや 命なりけり小夜(さや)の中山」だろう。
意味はどうでもよく、まあ「命なりけり」、つまり宿命だなあ、運命だなあと思うこと。
またこういう経験をするとは思わなかったけれども、これも「命なりけり」なんだなあ。
「中山」は地名で、お学問的には和歌の名所らしい。
そのことを知っていてはじめてこの和歌がわかるとか。
でもでもでもさ、そんなことはない。
わたしは中山さんという時給850円のバイト先で出逢った50男の先輩を知っている。
当方の偏った主観では、たいへんな人格者であった。
中山という言葉には学者には学者の意味があろうが、生活者には生活者の意味がある。
学者が感じる「年たけてまた越ゆべしと思ひきや 命なりけり小夜(さや)の中山」と、
わたしが味わっている歌は言葉のうえではおなじだが、いったいどちらが深いのか。

数日まえ会社や家族など捨ててもいいと平気のへいさで思っていた。
だって、社会関係とか家族関係とか捨てたら楽になれるじゃない。それはさみしいけれど。
しかし、会社の人と毎日逢うことでどれほど救われているところがあるか、とも言いうる。

「惜しむとて惜しまれぬべきこの世かは 身を捨ててこそ身をも助けれめ」

社会関係(職業関係・家族関係)を捨てたほうがかえって身を助けるぞという意味だ。
最初のほうの言葉はふたつの解釈がある。
「どうしようもなく捨てられない世間の価値観だが」というのがひとつ。
もうひとつはエリートの西行の本音をかんがみて、
「世を捨てようと思っても世間のほうがわたしを捨ててくれないが」という解釈。
どちらとでも解釈できるし、どちらも「正しい」し、どちらの言葉も人を救うと思う。
しかしまったく世を捨てるとさみしい。だから人は職や家族を求めるのかもしれない。

「古畑の岨(そば)に立つ木に居る鳩の 友呼ぶ声のすごき夕暮」
「谷の間にひとりぞ松も立てりける 我のみ友はなきかと思へば」
「淋しさに堪へたる人もまたあれな 庵(いおり/小屋)並べむ冬の山里」


どうしたら壮絶な孤独感に辛抱できるかといえば、
どれほど浄土(来世/死後の世界)を信じているかだろう。
もうこの世はいいじゃないかと、どれだけポップなミヤコをあきらめられるか。
いまは東京というミヤコにあるテレビから垂れ流される浮き世の
毀誉褒貶(きよほうへん/賞賛や罵倒)などこの世のことはどうでもいいではないか。
いつまでもこの世に住むものでもあるまい。

「長らへて終(つひ)に住むべき都(ミヤコ)かは この世はよしやとてもかくても」

「この世はよしやとてもかくても」って言葉はいいよなあ。
世を捨てたつもりでいる世から捨てられた(=惜しむとて惜しまれぬべきこの世かは?)
当方には「この世はよしやとてもかくても」という言葉ほど救われるものはない。
いくら肋骨が痛くても鼻骨がうずいても、しょせんは「この世はよしやとてもかくても」。
人はいったいなんのために生きるのだろう。
10年くらいまえだったか、
インドのガンジス河を最下流から源流の河口までさかのぼる長期個人旅行をしたことがある。
死んでもまあいっかと思っていたあの旅で無事故、無怪我、
会社に迷惑をかけるので怪我はやだなあと思っていたら鼻骨骨折、肋骨骨折、絶対安静。
いったい人生の裏側ってどうなっているのでしょうか?
ガンジス河の源流(河口)はガンゴートリー、ゴームク。
ガンゴートリーで月を見たかは覚えていないが、月を見たような気がしなくもない。
月もツキも偶然もたまたま見たような錯覚がある。
あの月(ツキ/運命)を見ていなかったとしたら、
いったいわたしの人生はなんだったのだろう。
中学を卒業したら知っていることになっている、「せば/まし」の反実仮想の法則の和歌。

「深き山に澄みける月を見ざりせば 思い出もなき我が身ならまし」

母親に目のまえで自殺されて生き迷って死のうとしてインドへ行き、
ガンジス河の源流まで個人旅行で行った晩に見た月が真理でなかったらどうなる?
真理とはそういう個人的理由で生み出されるそれぞれの言い訳ではないか。
それぞれがそれぞれ自分あてに出す処方箋が
真理というような可能性を考えてみるのも一興かもしれない。
どのみち言葉はなにも伝えられないのだろう。
きのう骨折と医学判断がくだったいまのわたしの鼻や肋骨の痛みは言葉にならない。
しかし、言葉にしようと思うものが言語表現をするのだろう。
あたかも西行のように、そしてこの記事を痛みに耐えながら書いた当方のように。
とはいえ、言葉はなにをも伝えられないという可能性も大である。
大げさなことを書くと、
きのうのレントゲン技師さんには当方の感覚が伝わったと思ったもの。
医学的な意味はわからないが3、4回レントゲンを撮影していただいたような気がする。
西行の作歌のみならず、言葉はすべて当人の現実を伝えない嘘なのかもしれない。
だがしかし、人は嘘かもしれないと疑いながら言葉を使用するしかない。
いちばんの罪悪は言葉なのかもしれない。

「身につもることばの罪もあらはれて 心澄みぬる三重(みかさね)の滝」

いまクリーニング関係のお仕事をありがたくもさせていただいているが、
わが身につもる言葉の罪も少しは洗濯して心身ともにキレイキレイにならないものか。
まずは仕事復帰しなければなりません。
そのためには安静。安静とはなにもしないこと。
散歩もしちゃダメ。まさに本でも読んでろってことで……。
この記事は「命なりけり」の気概で書いた駄文であります。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
結論はたしかに肋骨は痛いけれど、
これは「肋骨骨折」という医学的診断(=言葉)のためかもしれない。

*そうそうそうだ、学問的悪臭が強く、本書は決して初心者向けの本ではありません。

「曾根崎心中」(近松門左衛門/信多純一:校注/新潮社) *再読

→読み返してみたら、え? そんなもんで死んじゃうのって話だよな。
それからおっぱいのパワーは偉大ということ。
久しぶりに逢った徳兵衛(25歳)とお初(19歳)のやりとりがおもしろい。
徳兵衛は丁稚あがり、いまでいう新入社員みたいなもの。
お初は遊女。遊女ってホステス? 客と寝るキャバクラ嬢みたいなもんか。
さてさて遊女のお初は、
どうしてこんなに逢いに来てくれなかったのと延々と嘆くのである。
そして、もうさみしくて病気になってしまいそうと言って、
ほら見てちょうだいとお初は徳兵衛の手を取り懐に入れる。
あたしの心臓の音を聞いて、と男の手を自分の胸に当てるのである。
こんなことをされたら男はどうなるか女は知っているのである。

徳兵衛ってやつが弱いんだなあ。ちっとも男らしくない。
親友に急場の金を貸してくれと頼まれ断り切れず、
かならずすぐ返すという文言を信じて会社の金を渡してしまう。
しかし、期限を過ぎても返してくれないのであわてている。
よりによってお初と一緒にいるときに、徳兵衛は金を貸していた親友一行と行きあう。
金をだまし取られたことを知って徳兵衛は怒るが逆にボコボコにされてしまう。
愛する女の目のまえでみっともなくも袋叩きにされるわけである。
挙句、道ばたでわんわん大声をあげて泣くような徳兵衛は弱い男である。
なぜふたりは心中したのか、再読だから注意して読んだら主導者はお初である。
遊女のお初がやたら死にたがっているようなところが見受けられた。

「死ぬる覚悟が聞きたい」(P93)

これは男ではなく女が言っているのである。
強い女に死出の旅に誘われた弱い男はうなずく。
正義を証明して金を取り返そうとするのではなく、弱々しく女と死のうと思う。
徳兵衛の死の覚悟を聞いたお初はこう返す。

「オオそのはずそのはず。いつまで生きても同じこと。
死んで恥をすすがいでは」(P93)


死んじゃえばなにもかも終わりというのは本音過ぎる本音なのである。
いまどんなに苦しくても辛くても寂しくても死んでしまえばすべて終わり。
がんばっている人たちが意地でも認めようとしない人生の究極の真実である。
それにどうせさ、熱愛して結婚したって、そんな愛は数年もすれば冷めるわけだ。
だとしたら、心中というのがいちばんきれいな幕引きなのかもしれない。
いま思ったけれど、「曾根崎心中」ってまんま野島ドラマ「高校教師」だよな~。
「どうせ死んでしまう」や「死ねばすべて終わり」は不謹慎な真実のひとつである。
なんとかみんなそこをうまくごまかして生きているわけだが。
仕事や家族、趣味に生きがいを見いだして、なんやかんやと生きている。
でもさ、男だったらお初みたいな子に誘われたらふっと死にたくなるよねって話。
男らしく強く生きるのってしんどいっちゃあ、しんどいわけだから。
もう男やーめた、人間やーめた、と思いたくもなるさ。
その手があったか! 
ということを芝居を見て思い出し、われわれはまた退屈な日常生活に戻っていく。

(参考記事)過去のどうでもいい感想↓
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-1570.html

「桂川連理柵」(菅専助/土田衛:校注/新潮日本古典集成「浄瑠璃集」)

→「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」はそれなりに有名な作品らしい。
もしかしたら芝居の原形というのは人の噂話ではないだろうか?
学生なら部活やサークルの噂話がじつのところお芝居のもとになっている。
どこの部活やサークル、会社でもそう。もてる優秀な男というものがいるものである。
当然彼に嫉妬するものもいるが、当人は恵まれているゆえ性格もよくあまり気にしない。
もちろん、そういう部長クラスには正式な彼女がいるものだ。
そのうえ、彼を慕っている下級生や新入りの女子もかならずいるのである。
で、新入りは身体を使って優秀な男を誘惑するようなことを女の本能としてやらかす。
すぐに噂は広まり、サークルの仲間同士が集まると
あれはどうなったという話で盛り上がるわけである。
女はとにかくこの手の噂話が好きなようである。芸能人のゴシップとかもそう。

お半という14歳の美少女がこの芝居のヒロインである。
かなり注意して読んだつもりだが、彼女の身分がよくわからなかった。
たぶんこの呉服屋に養女待遇であずけられた娘なのだと思う。
いまお半は呉服屋主人の長右衛門および使用人一行と参詣の旅をしている。
長右衛門は38歳。一家の主人で妻がいて、遊郭には愛人までいる。
まあ成功者と言ってよいだろう。かなりの果報者なのは間違いない。
深夜、旅先で寝ている長右衛門の枕元にお半が近寄ってくる。
主人がどうしたのかと聞くと、少女は困っているという。
夜ごと使用人の長吉が寝ているお半の蒲団に入ってきていやらしいことをするのだという。
長吉はまだ20歳にもならぬ男だから、いまが性欲の盛りなのだろう。
お半は長右衛門に泣きつく。長吉のやつ、このごろは無茶をするようになって、
もう京都に戻る時期だからとさっきなんか最後までやられてしまう寸前だった。
まあ、こういうことを男に相談する女は無意識的にセックスアピールをしているのだろう。
14歳の少女でも女は媚態の作り方を知っているものである。
お半は長右衛門にお願いする。長吉が怖いからおなじ布団で寝かせてください。
さてさあ、長吉は寝床にお半がいないのでいぶかしむ。
今晩こそまだ男を知らないお半を女にしてやろうとの意気込みたっぷりである。
もしやと思って長右衛門の部屋に行くと小さなあえぎ声が聞こえるではないか。
長吉が障子の穴から部屋のなかを盗み見ると――。

「サアサアサアサア。存のほかなことをみしらした。
前髪の[まだ若い]おれを差し置き。よい年からげて[いいおっさんが]初物[処女]を。
賞翫(しょうがん)するやつもやつ。据膳(すえぜん)する悴(がき)も悴め。
ヘエエエエエエエ ヘエエエエエエエ ヘエエエエエエエ、
体が燃えて腹が立つわい。腹ばかりか何もかも立つわいやい」(P323)


かなりいいシーンではないかと思う。
自分がものにしたいと思っていた少女の初々しい身体を、
年配の主人が賞味しているところを盗み見たわけだから。
自分にはふくれっ面しかしてくれなかった生娘が、
身になにもまとわず嬉しそうにあんな恥ずかしい格好をしている。
まさに「体が燃えて腹が立つわい。腹ばかりか何もかも立つわいやい」だろう。

世の中には恵まれた人間がいるものである。
長右衛門は呉服屋に養子としてもらわれてきた男なのである。
しかし、隠居からの信頼も厚く後妻の子(腹違いの弟)よりもひいきされている。
金の管理もしているから、自由に使える金もかなりある。
遊郭にお気に入りがひとりいて、だいぶ入れ揚げているようだ。
にもかかわらず、しっかりものの妻もいて妻からは深く愛されている。
いまお半からも愛され初物の据膳を賞翫したところだ。
「不幸にな~れ、不幸にな~れ」と念を送りたくならないか?
われわれ(わたしのみ?)の期待通り長右衛門は落ちていくのである。
まず腹違いの弟の悪だくみからお殿様からあずかったたいせつな刀を紛失してしまう。
遊郭に百両使い込んだことがばれた。さらに義母の悪だくみで、
五十両を長右衛門が金庫からくすねたという濡れ衣を着せられた。
トドメはお半が妊娠してしまうのである。
すべてなんとかしようと思ったら対処できなくもないのだろうが、
長右衛門はこれまで恵まれてきたせいか人間の悪意に弱いのかもしれない。

いや、この芝居(事件)の主犯はお半なのかもしれない。
もしかしたら長吉を誘惑していたのはお半の無意識の色香だったのかもしれないわけだ。
男を振り回す14歳の少女とかぞくぞくするねえ。
この子は精神不安定だから、すぐに「死ぬ死ぬ」と言うのである。
身ごもってしまい、どうせ一生正妻の座にはつけないのだから死ぬしかない。
お半は長右衛門に書置きを残す。
自分は桂川に身を投げるので、どうか今後末永くご夫婦仲良しでいてください。
長右衛門は書置きを読む。
今日は仏壇に向かって念仏する義父の声がなぜかよく聞こえる。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
このとき長右衛門の死の物語が完成する。合点がいく。人生、わかったと思う。

「そなた[お半]が死んではなほもつて。生きていられぬ長右衛門。
一緒に死ぬるが親御へのいひわけ。アアいかさま因果はの車の輪。
十五六年以前。宮川町の芸子岸野にのぼり[うつつをぬかし]。
つまらぬことで桂川へ心中に出た所。さきへ岸野が身を投げたを。
見るよりふつと死におくれ。人の知らぬを幸ひにその場を逃れ。
今日まで生きのびたが。思へば最期の一念で。岸野はお半と生れ変り。
場所も変らぬ桂川へ。われを伴ふ死出の道連れ。
これこそ因果の罪滅ぼし。さうぢや。さうぢや」(P373)


こう物語ったあと長右衛門は桂川に向けて駆け出す。
はっきり言って、同情の余地もないというか、死ねというか、いや死ぬのだが。
長右衛門はもてたんだなあ。そして、こいつはひでえやつだ。
心中を約束したのに相手だけ死なせて知らんぷりするなんて最低の男ではないか。
またこういう男のほうがどうしてか女にはもてるのである。
まじめだけが取柄の誠実な努力家よりも遊び人のほうがどうしてかもてる。
閉幕直前で桂川に死体がふたつ上がったぞという噂話が広まる。
なんでもそれは男盛りの長右衛門とまだ14歳の少女でどうやら心中らしいぞ。
ざまあみやがれ。ざまあみろだ。あはは、あはは、どうだ見たか。
もしこの芝居が観客に受けたとすれば、絶対にこういう理由からだと思う。
あたまのなかではそこまで理解しなくても、
心の底のほうではざまあみやがれと喝采をあげているような気がするけれど、
違うのかなあ。間違えているのかなあ。

「仮名手本忠臣蔵」(竹田出雲・三好松洛・並木千柳/土田衛:校注/新潮日本古典集成「浄瑠璃集」)

→さて、日本人に大人気という忠臣蔵である。
ネット上に解説はあふれているだろうし、
日本人で話をまったく知らない人はいないだろうから、
ことさらなにか付け加えたいとは思わないのだが、それでも感想めいたものを。
「仮名手本忠臣蔵」はとにかく長いんだ。
ところが、新潮日本古典集成は、親切気取りか関係者の博識自慢か、
くそ細かい校注を原文のうえに掲載しやがっている(してくださっている)。
こういう芝居台本は一気に読まないと意味がないから、
江戸時代の文章くらいなら馴れたからいけるだろうと「仮名手本忠臣蔵」限定で
校注はほとんどすべてすっ飛ばして原文と逐語訳のみで早読みした。
細かく読んでいないからときおりだれがだれだがわからなくなったが、
まあ最後に復讐する物語だろうという甘えめいたものを支えに読了したしだいである。

やはり読んでいる最中は日本人だからか、切々と胸に響く物語だとは思った。
しかし、読後1週間も経つとひねくれたことを書きたくなるのである。
忠臣蔵が好きというのは、どこかやばいのではないだろうか。
というのも、われわれみんなが復讐の物語を生きているような気がするからである。
仕返しとか、かたき討ちというのは逆恨みめいていて、どこか精神病的ではないか。
かくいうわたしも復讐の物語をいま現実に生きているから、
そういう自分が忠臣蔵という鏡に映ってしまい、その結果客観的に自分が見えてしまい、
ちょっと気持悪くないかと思わぬところもないのである。
だれかにいつか復讐してやるという物語を生きるのは不健全ではないだろうか。
とはいえ、みなさんもそうではありませんか?
人生で許せないやつというのがいて、いつかそいつを見返してやるとか思っていません?
親が許せない、あの教師が許せない、いじめられたトラウマを忘れられない。
上司のあのひと言は絶対にパワハラで、いつか復讐してやる、みたいな(笑)。
いや、そういう物語を生きていたほうが、
空虚な人生よりもコクが増していいという考え方もできるのだろうが。

こんな奇妙なことを考えてしまったのは、
ファンである精神科医の春日武彦氏の影響だと思う。
氏の著作「しつこさの精神病理」の一節がよみがえってきて仕方がなかった。

「おそらく、復讐が成功しても思ったほどのカタルシスは訪れなかったり、
こんな奴に仕返しをしても自分の心が汚れるだけだと
急に馬鹿馬鹿しくなってしまったり、反動で空虚感や抑うつ気分に囚われたり、
いったい自分の人生は何のためにあるのだろうと悩んだり、
そんな具合に気持ちはむしろ暗く沈みこむ方向にシフトするのではないだろうか」(P74)

「言い方を変えるなら、復讐という行為にはどことなく品のなさが漂う」(P76)


ちょっとドキッとするような精神科医の言葉ではないか。
いや、忠臣蔵は自分のための復讐ではなく、
主君のためのいわば忠義による復讐だからいいのだと言われるかもしれない。
たしかにそうではあるけれども、しかし忠臣蔵の気味の悪さは消えない。
あんまり大きな声では言えないけれど、忠臣蔵の世界は創価学会に似ている。
「亡き戸田先生の弔い合戦だ」とか、「池田先生のために戦わないのか」とかさ。
忠臣蔵は政治団体やヤクザにも通じる「散る桜」めいた恐ろしさがないだろうか?
なーんかさ、自分たちは絶対に「正しい」と信じて徒党を組む人たちは怖くないか?
外国人にはよく理解できない日本人の愛社精神はまさしく忠臣蔵と言えないか?
いやな話だが、たとえばわたしが赤穂浪士人のひとりだったら、
めんどくせっとか思って集団行動に参加しなかっただろうなあ。
「仮名手本忠臣蔵」は事実そのままではなく、
フィクションだからいいという説もありうるだろう。

忠臣蔵のいいところもたくさんある。
みなさんはそこを嫌うのかもしれないが、忠臣蔵は死の美化が強い。
死というのは敗北ではあるのだが、にもかかわらず、ではなく、
このために美しいという死への賛歌が忠臣蔵の世界にはある。
死は終焉なのだが、だれかの死はあとに影響を残すという基本姿勢がある。
ある個人の死というものを契機に世界が変わっていくのだという、
死のプラス面へのまなざしが忠臣蔵からは感じられる。
死は終わりではなく死から始まるものもあるという世界観を忠臣蔵は持っている。
有名な塩治判官(浅野内匠守)の切腹シーンを見てみよう。
塩治判官は一瞬の激昂からクレージーにも
公式な場所でむかつくライバルを刺し殺そうとして愚かにも失敗する。
日本社会ではメンバーおのおのがどんな理不尽にも耐え忍び、
決して和を乱してはならないにもかかわらず不届きな騒動を起こしたのである。
当然、将軍さまから切腹とお家断絶の処罰がくだる。
いさぎよく塩治判官が腹を掻っ切ったまさにその瞬間、
主君を慕う家老の大星由良助(大石内蔵助)が駆けつける。
腹から血を流しながら判官は由良助に言う。

「[判官]「ヤレ由良助 待ちかねたわやい」。
[由良助]「ハア御存生の御尊顔を拝し、身に取つてなにほどか」。
[判官]「オオわれも満足満足。定めて子細聞いたであろ。エエ無念。
口惜しいわやい」
[由良助]「委細承知つかまつる。この期(ご)におよび。申し上ぐることばもなし。
ただ御最期の尋常[立派なさま]を。願はしう存じまする」。
[判官]「オオいふにやおよぶ」ともろ手をかけ。[刀を]ぐつぐつと引き回し。
苦しき息をほつとつき。
[判官]「由良助。この九寸五分[刀]は汝へ形見。わが鬱憤を晴らさせよ」と。
切先にてふえ[のど笛]はね切り。血刀(ちがたな)投げ出しうつぶせに。
どうどまろび息絶ゆれば。御台[正室/妻]をはじめ並みゐる家中。
まなこを閉ぢ息を詰め 歯を食ひしばり控ゆれば。
由良助にじり寄り。刀取り上げおしいただき。血に染まる切先を。うち守り守り。
無念の涙はらはらはら。判官の末期の一句 五臓六腑にしみわたり。
さてこそ末世に大星が。忠臣義心の名をあげし 根ざし[原因]は。
かくと知られけり。」(P199)


塩治判官は並み居る家老や妻の目の前で切腹しているのである。
切腹は自殺と言ってしまえば自殺に過ぎないが、どこか芝居っ気のある自殺と言えよう。
周囲の目を気にしながら、おのれの人生劇の終幕を演じてみせているようなところがある。
自分の死を演出していると言ってもよい。
「仮名手本忠臣蔵」はたしかに復讐劇なのだが、一同なかなか復讐しようとしない。
このためだろう。塩治判官の切腹をなぞるように、
芝居の半ばで勘兵という男がこれまた周囲の目を意識していさぎよく腹を切っている。
いのしし狩りをしていてあやまって義父を殺してしまったと思ったがゆえの切腹だ。
腹を切っている最中にそれが誤解であることがわかるるため無念の切腹になる。
しかし芝居的にはみな(観客ふくめて)に主君への忠義をよみがえらせ、
再度復讐を喚起するための切腹である。
繰り返すが、切腹というのはたいそう芝居ががったまこと演劇的な自殺方法だ。
そして「仮名手本忠臣蔵」限定でならこう言ってもいいだろう。切腹は美しい。
そのうえ、この芝居において切腹における死は、
みなの行動を規定する(復讐!)意味合いを強く持っている。

わたしは母親に目の前で飛び降り自殺された過去を持っているが、
「仮名手本忠臣蔵」を読んで思うのはあれは切腹のようなものだったのだろう。
「ケンジ」と名前を呼ばれ上を見たら9階からいきなり母が飛び降りてきて死んだ。
いまでもまったく意味がわからず神仏を恨んでいるところがあるけれど、
あれを切腹と考えるという物語の解釈もなくはないのだろう。
一般的に自死遺族は身内の自殺者のことを恥じるが、
武士の家族は切腹したものを恥じるどころかむしろ誇りに思うだろう。
忠臣蔵が日本人に人気があるということは、
みなどこかで潜在的に自殺を美しいと思う感受性を持っているのかもしれない。
さて、塩治判官は復讐せよと言い残して切腹した。
復讐しろ、怨念を晴らしてくれというのは、じつのところ切腹してくれというお願いだ、
それは大星由良助もよくわかっている。

「よう思うて見れば、仕損じたらこのはうの首がころり。
仕おほせたら跡で切腹。どちらでも死なねばならぬ」(P239)


忠臣蔵のメンバーは創価学会のように勝利するために決起したのではないのである。
一致団結してプロジェクトを成功させようとしているわけではない。
最後は切腹して汚名をそそぐためにわざわざ重い腰を上げている。
美しく死ぬために忠臣蔵のメンバーは連帯してひとつの目標に向かっている。
結局どちらがいいのか?
安穏と長生きすればそれだけで、ただそれだけでいいのか?
たとえ早死にしようとも劇的に春の桜のように華々しく散っていったほうが
美しいのではないか? 生きるというのは、いったいどういうことなのか?
忠臣蔵が好きな日本人というのは、おそらく平穏な日常を送る生活者だろう。
名誉の死とか劇的な興奮、スリル、生きがい、死にがいよりも平和な生活を好む。
逆説的に自らがそうであるからこそ観客は忠臣蔵劇を愛するのかもしれない。
わかりやすく言えば、毎日退屈でつまらないなあ。
忠臣蔵のようにぱあっと意味のあることをやって美しく人生を閉幕したい。
忠臣蔵を見ているあいだだけはそのように思う。
とはいえ、芝居が終わったら現実に引き戻される。
いや家族が健康ならそれでいい。仕事が順調ならそれでいい。
家族がいなくても仕事で出世の見込みがなくても、
生きていればいい、生きているのはありがたい、ありがたいと自分をごまかす。

庶民の本音は、忠臣蔵の人たちをバカにしているのかもしれない。
あんなことをするなんてバカよねえ。
しかし、あなたが「仮名手本忠臣蔵」や赤穂浪士の役を振られたらどうするのか?
人は人生芝居の配役をまったくもって選べない。
われわれだって大星由良助(大石内蔵助)の役を振られたら
ああするほかないのではないか?
シェイクスピアの「ハムレット」も復讐劇という点においてのみ忠臣蔵と似ている。
父を殺されたハムレットは、いまは義父となった国王に復讐すべきかどうか迷う。
ハムレットは最終的に意志的というよりもむしろ偶然の流れで復讐を果たす。
忠臣蔵が計画的に復讐を敢行したのとはそこが異なる。
ともあれ、家内安全や長寿を美徳とする一般常識と
正反対の人生観を忠臣蔵は有している。
そんな芝居が国民的人気作となっているのは不思議なようで不思議ではない。

「傾城三度笠」(紀海音/土田衛:校注/新潮日本古典集成「浄瑠璃集」)

→作者の紀海音(きのかいおん)は近松門左衛門のライバルだったという。
人気を二分したとも言われているが、紀海音はすっかり忘れ去られてしまった。
どうして近松門左衛門が残って紀海音は消えてしまったのだろう。
「傾城三度笠(けいせいさんどがさ)」は近松の「冥途の飛脚」とおなじ題材を扱っている。
上演時期は判明しておらず「冥途の飛脚」の改作が「傾城三度笠」とも、
あるいはその反対とも言われている。
近松の「冥途の飛脚」が激情のほとばしりが感じられるいっぽうで、
「傾城三度笠」はウェルメイドというか、構成的にうまく仕上がっている。
変な業界用語を使うと近松門左衛門は箱書きをしないで書いていたような気がする。
反対に紀海音はきっちり箱(構成表)を事前に作ってから書く人だったのではないか。
山田太一(箱書き否定派)と倉本聰(箱書き肯定派)の相違のようなものかもしれない。

これもまたネットのどこにもあらすじ紹介がないので書いてみよう。
忠兵衛という飛脚(運送屋)の丁稚(でっち/見習い)が主人公。
忠兵衛は義母の姪(めい)であるおとらと結婚することになっていた。
ところが、忠兵衛の留守におとらが訪ねてくる。
じつは自分には新七という恋人がいるので婚約を解消させてほしいというのだ。
許してもらえないならば、自分と新七は心中するしかない。
そこまで言われたら仕方がないので義母は姪のわがままを許す。
怒ったのは忠兵衛である。おれのプライドをどうしてくれるんだ?
もう仲間みんなに結婚のことは言い触らしているから顔が丸つぶれだ。
しかし、本当のところ忠兵衛の怒りの理由はそうではなかった。
飛脚の忠兵衛は梅川という遊女に入れ揚げていたのである。
婚約者のおとらの持参金で梅川を身請けしようと計画していた。
ああ、計画が台なしだ。忠兵衛が激憤しているのにはほかの理由もあった。
自分の留守中の親友の利右衛門が梅川とねんごろになっていると聞いたからだ。
どうして自分の好きな梅川を親友は取ろうとするのか。
こうなればカネで勝負するしかないと忠兵衛は飛脚の預り金に手をつける。
大金を片手に梅川のもとに行くと、親友を誤解していたことを知る。
梅川が他の人に身請けされそうになっていたので、
それを防止するために親友は忠兵衛のためを思って梅川と一緒にいた。
忠兵衛はこのカネでおまえを身請けすると宣言して梅川を喜ばせる。
しかし、公務金横領がばれ、追手が迫っきている。
愛し合う忠兵衛と梅川はもう心中するしかないと思う。
ところが、親友が機転を利かせてくれ、ふたりはまんまと逃亡することに成功する。

ふたりはどこに逃げたのか? この設定が紀海音のうまさだろう。
おとらと新七の夫婦を覚えているだろうか。
おとらは本来は忠兵衛と結婚するはずだったが、
心中すると忠兵衛の義母を脅して恋する新七と結ばれた女である。
このおとらと新七が恩返しとして一度は心中を考えた忠兵衛と梅川をかくまうのだ。
このあたりの設計は近松よりもよほど構成がうまくできていると思う。
あるカップルが心中しないでむすばれると、
その結果としてべつのカップルが心中に追い込まれるという構成はうまい。
恩には恩で返すという庶民の義理人情の世界を上手に描いていると思う。
いまもむかしも学のない下層民は義理とか人情が好きなのだろう。
下手をすると当時は近松の「冥途の飛脚」よりも、
こちら「傾城三度笠」のほうが庶民には受けたのではないかとも思うくらいだ。
新七はお尋ね者のふたりをかくまっていることがばれ、
義理人情を重んじるかそれとも身の安全を優先するかで迷う。
結局、忘恩の徒にはなるまいと忠兵衛と梅川を逃がそうとする。
おりしも、追手が家にやってきたため、
女のためにカネをネコババした忠兵衛は逮捕される。

「傾城三度笠」の冒頭にこう書かれている。

「金と色との二道に 迷ふは人の世や深き」(P107)

「傾城三度笠」は俗にいう「犯罪の影に女あり」を地でゆく作品である。
会社のカネに手をつけたくなるほど女との色恋はいいものなのだろうか?
色恋がそれほどいいものだったから、
このために「傾城三度笠」や「冥途の飛脚」のような芝居ができたのか?
それともなんの刺激もない、
なんにもない退屈な繰り返しの日常を送る下層民は、
そういう烈しい色恋にあこがれを持っていたから芝居が提供されたのか?
いったい果たしてどちらが正しいのだろう。
はっきり言って、女なんかのために犯罪をして
警察に捕まるなんてバカじゃないかと思う。
いっぽうで常識なんて忘れてしまうほどの激烈な色恋を経験してみたいとも思う。

しかし、どうやら「傾城三度笠」の忠兵衛は色恋のためというよりも、
自分のプライドのために公金を横領した疑いが濃厚なのである。
親友にオキニのソープ嬢を取られるのは男の沽券にかかわる、
と思っていたふしがうかがわれる。
犯罪を犯すか迷うところの描写は以下である。

「利右衛門[親友]めが何ほどに はり合ひかけてきをるとも。
この金にて埒(らち)がつく[決着がつく]。
しかしこれまた分別どころ。人の物をかすめるからは わが首はないもの。
金にかへて一分を立てうか。イヤ無念をこらえて命を生きようか。
サアどうしようかかうしようか」(P120)


正反対のようなことを書くが、紀海音のほうが近松門左衛門よりもリアリストで
色恋の実際をわかっていたような気もして好ましく感じないこともないのである。
色恋とかってさ、相手のためというよりむしろ
自分の支配欲、自尊心が重大問題になっているのではないか?
男の場合、色恋は自分の所有物(女)を取る取られるという意識でするのではと。
歴史的には近松門左衛門と紀海音の闘いは、近松の大勝利に終わったわけだ。
ひとつわたしが思ったのは紀海音の言葉は近松に比べるとリズム感に乏しいこと。
言い換えたら、あまり声に出したくならない。
言葉として、あるいは音楽としての美しさで紀海音は近松に負けたのかもしれない。
たぶんあたまのよさでは紀海音に軍配が上がったではあろうけれども。

この記事はネット上で最初の「傾城三度笠」紹介記事だ。
善行とか大嫌いなので、わがボランティア精神の過剰にはわれながらあきれてしまう。
いや、義理人情にあふれるのが庶民。
「傾城三度笠」の世界のように、
いつかかならずやだれかが恩返ししてくれると信じている。

「傾城八花形」(錦文流/土田衛:校注/新潮日本古典集成「浄瑠璃集」)

→「傾城八花形(けいせいやつはながた)」は江戸時代の浄瑠璃作品。
浄瑠璃とは日本式の人形芝居で大衆芸能だったが、のちに歌舞伎に人気を奪われた。
歌舞伎はいまでも大衆娯楽としてにぎわっているが、
いっぽうで浄瑠璃は(カネにならない)古典芸能に成り下がった。
「傾城八花形」いうのはやたらマイナーな作品らしく、
ネットで検索してもあらすじさえ出てこないのだから参ってしまう。
この記事はネット上にはじめて公開された「傾城八花形」の紹介である。
なにやら筋がポンポン飛ぶためまとまりがなく、しかし長いのでかなり読みにくかった。
おそらく学生は読まずにネットでうちのブログを発見してシメシメと思うことだろう。
意地悪だからミスリードしてやりたくもなるけれど、
困ったときは相身互いゆえかんたんなストーリーを記しておく。

ひと言で説明すれば、バカ殿のご乱心くらいでいいのではないか。
きれいな遊女(高級娼婦)に夢中になったバカ殿さまが傲慢にも忠臣を勘当する。
そこが不幸のきっかけで腹黒い部下の裏切りに遭い家を乗っ取られる。
悲惨なのはお殿さまからリストラされた忠臣である。
職をなくしたのみならず悪いことは続くもので眼病になってしまう。
カネがないので嫁を遊郭(フーゾク)に売ることになるのだが、
斡旋(あっせん)する人にだまされ9割のカネを中抜きされてしまう。
しかし、契約書があるからと泣く泣く嫁は遊郭に売られていく。
バカ殿さまはなんとか命だけは取られず逃げ延びる。
人生、悪いことばかりばかり続くものではない。
いちおうバカ殿さまは善玉で逆臣は悪役だから、最後は善が悪を滅ぼす。
忠臣は遊郭に売られた妻と再会する。
妻は一時的に狂っていたので使い物にならず売春婦なのに客を取っていなかった。
とはいえ、買われた身だから売春宿の主人とのあいだでトラブルになる。
ここでラッキーにもむかし忠臣に世話になったという商人が居合わせ、
あのときの恩返しということでカネをすべて払ってやる。
さて、この一行とバカ殿さまはたまたま再会して主従のよりを戻す。
そこにまたまた逆臣一行が登場して、バカ殿さまたちは晴れて復讐を果す。
最後は殿さまも元の身分に戻り悪は成敗され、めでたしめでたしという物語である。

こうしてストーリーを書いてみると、まあくだらないというひと言に尽きるのではないか。
とはいえ、浄瑠璃は歌舞伎とおなじで当時の大衆娯楽だったのである。
たとえるなら、いまはもうなくなったらしいが火曜サスペンス劇場みたいなものである。
そもそもからして少数派のインテリを相手にした芸術作品ではない。
ならば、この程度のものでも当時のお客さんは満足してカネを落としたのだろう。

悪口ばかり書いていても詮ないので、よかったところを紹介しよう。
この物語の発端はなにか?
殿の愛妾(高級娼婦)である伏屋が美しすぎたのがドラマの起こりである。
逆臣はなんとかこの美女をものにしたいと思って主人に反逆したのだ。
タイトルの傾城(けいせい)とは美女あるいは遊女という意味。
城を傾けるほどの美女だから傾城と言われている。
主人を追放した逆臣は伏屋をものにしたいと何度も口説く。
おだてだり、なだめすかしたりする。しかし、伏屋は殿さまいちずである。
どうして人の気持は思い通りにはならないのだろうか。
ここで成り上がった逆臣はひとつ思い知らせてやろうと
伏屋を火責めの私刑にかけようとする。
そんなことをしたらかえって反対の結果になるのは火を見るよりも明らかなのに、
あえてそういうことをしてしまう逆臣の「もてない男」ぶりがたいへんよろしい。
個人的な感想を書くが他人の恋人や女房に横恋慕するのはとてもいい。
かなわぬ恋というのがまずいいではないか。
女を自分のものにしたいという理由からライバルを失墜させる小狡さもいい。
そして、自分はその女を好きなのに、
にもかかわらず反対に自分を毛嫌いする女を折檻したり、
拷問にかけたりするのは人生にまたとない快楽のような気がする。
折檻されて苦しみに耐えている美女というのはとても欲望をかきたてられる。
拷問の準備を整え縄にかけた美女をまえにして「もてない男」は憎々しげに言う。
このセリフがとてもよかった。

「ヤレ胴欲もの[薄情もの] 人でなし。
おのれ[おまえ]を見そめしこのかた しばしも忘るる暇(いとま)なく。
たいこ[仲介者]にふきこみ宿屋を頼み 大分の金を費(ついや)し。
さまざま心をくだきつつ 呼べども呼べども出合はず。
このたびさいはひ葛之丞[忠臣] 勘当うけしを時こそと。
義を捨て主人を追ひ払ひ。貪欲心をおこせしも 皆これおのれゆゑにてあり。
しかるをつれなく振舞ふは。
友綱[主人]に思ひ深くのぼりつめたるゆえなりき」(P35)


このため、おまえをいまから火責めの刑に処すというのである。
火の上を歩かせる拷問にかけてやる。
縄でしばられた伏屋は燃えさかる火のうえにかけられた橋を素足で渡らされる。
足裏の皮がやけどでただれても伏屋は健気に耐えてこんなことを言う。

「いかなる辛さにあふとても いとしいかあいし人をすて。
おのれが色になびかうか。殺さば殺せ未来まで。
友綱様[主人]を差し置いて ほかの色にはうつさぬ」(P36)


あんたなんかの情婦になんてなってやるもんですかと啖呵を切る美女である。
苦痛に耐えながらも自分の志を変えぬ傾城(美女)に男は激怒する。

「さてさてしぶどい女かな。
まだまだ責めが軽いゆゑ、あのごとくなるほほげたきく。
それそれ汝ら引きおろし。くくりなほして向ふなる 松の梢(こずえ)に吊り上げよ。
心中立てをはき出すは とにかく責めがたらぬぞ」(P37)


悪役の卑劣さがとにかくいい。
どうしてかこの悪役のほうが気に入ってしまい、善であるほうがバカ殿に思えてしまう。
江戸時代の大衆娯楽であった浄瑠璃の売りは嘆きになるのだろう。
いまの言葉で表現するならば、登場人物の不幸自慢が観客を刺激するのである。
なにも起こらない幸福よりも、身もだえする不幸のほうが芝居では感動的なのだ。
いま芝居では、と書いたが、あるいは芝居ならぬ実人生でもそうではないか。
観客は無意識のうちにそのようなことを芝居を見聞きしながら学ぶのだろう。
浄瑠璃の登場人物はよく自殺を図るが、そこがとてもいい。
自殺が悪なんていうのは、せいぜい終戦後に入ってきた外来思想ではないか。
遊郭(ソープ)に売られることになった元エリートの妻は嘆く。

「世が世のときは御家老の奥様 または姫君と。
お乳や乳母にかしづかれ 末末の者どもには。つひに姿も見せぬ身が。
かく賤(しづ)の女となりけるさへ。世にもかなしく思ひしに
ゆゑなき物に騙られて。夫にも子にも引きわかれ
君傾城[遊女]に売られつつ。諸人に恥ぢを晒(さら)さんこと
あるべきこととは思はれず。
世に神仏はおはせぬか いかなる因果ぞ聞かせてたべ。
さりとてはなう末長殿[夫] 生きてたがひに面(おもて)を晒し。
世の嘲(あざけ)りにならんより いつそわらはを刺し殺し。
娘も手をかけ 御腹を召されうとは[切腹しようとは]おぼさずや」(P63)


おめおめ生き残るよりも体面を重んじて一家心中したほうがましではないか。
夫はどう答えるか。契約書を交わしたから、おまえはもう売春宿の商品だ。
他人さまのものに手をかけたら罪になろう。
そのうえいま眼病で目がよく見えぬ。
うっかりおまえを殺し損ねたら罪人として罰せられ末代までの恥となる。
このため、おまえを刺すことはできぬと夫は言うのである。
妻は嘆く。死ぬことさえできないのか。

「死ぬるだにも死なれぬは、過去生々にて いかなりし。
悪事をなしたる報いぞと」(P64)


根本にあるのは何度も生まれ変わりを繰り返してきたという輪廻転生の思想だ。
この信仰さえあれば、よほどの不幸も納得がいくということである。
また前世や前々世という考えがあればこそ、あっさり自殺もできるのである。
なぜなら「過去生々」があるならば、かならず来世も来々世もあることになろう。
どうして現代では「過去生々」の「悪事をなしたる報い」という、
前近代的とされる考えが消え失せてしまったのか。
おそらく現状肯定的で未来志向的ではないところが嫌われたのだろう。
しかし、とてつもない不幸は「過去生々」のせいにするしか
おさめどころがない気がするのだが。
ともあれ、この不幸な夫婦も最後には幸福になるから、
観客たる下層民は「恐怖と憐憫の情」(アリストテレス)を刺激されたうえで、
なおかつ終幕では勧善懲悪の結末にホッと胸をなでおろしたことだろう。

「義経千本桜」(原道生:編著/歌舞伎オン・ステージ21/白水社)

→歌舞伎台本「義経千本桜」を読む。シェイクスピアよりもおもしろいんじゃないかと思う。
歌舞伎は一度だけ観にいったことがあるが、
おもしろいつまらない以前に役者がなにを言っているかわからないのである。
客層も大嫌いな金持ばあさんばかりで、歌舞伎とは俗物の極みという結論にいたった。
セリフの意味がわからないのに役者の魅力に惹かれて感動するというのはおかしい。
このたびうざいほど注のついた本書で一字一句正確に「義経千本桜」を読んだら、
これは日本人にとってはシェイクスピアよりもおもしろい読み物ではないかと気がついた。
「義経千本桜」のテーマは「正義」でも「愛」でもなく「情」であろう。
もっと正しく言うならば「親子の情」「主君の情」を「義経千本桜」は描いている。
もちろん家族団らんや平和時代の主君関係を描いても芝居にならない。
いきおい「人の不幸」を古今東西芝居は描いてきたようなところがある。
「人の不幸」を見て楽しむのがわれわれなのかもしれない。

歌舞伎というと古典芸能だから清く正しい世界が描かれていると思われるかもしれない。
まったくそんなことはないのである。
むしろ、グロテスクと言ってもいいような気がする。
「義経千本桜」において衆人の目のあるなか、これ見よがしに自殺をするものは4人もいる。
息子を刃物で殺す父親がひとり。
自害したが死にきれないじつの娘の首を切ろうとする父親まで登場する。
芝居ならぬ現実世界で目のまえで母親に飛び降り自殺された人を知っているけれど、
その人が「義経千本桜」を読んだらだいぶ慰められるのではないか。
なぜなら「義経千本桜」でこころざしかなわぬまま無念のうちに自害するのもはみなみな、
とても美しく描写されているからである。
おめおめ生き恥をさらすよりも自ら死を選ぶほうが美しいという価値観がこの国にはある。
生きていればただそれだけでいいという現代の生命礼賛の醜悪さを、
よく読み込めばわれわれは「義経千本桜」から感じ取ることができるのではないだろうか。

「義経千本桜」の世界は――。
「生きる」ことよりも「死ぬ」ほうが美しい。
発展や栄華もいいのだろうが、
むしろ衰亡や滅亡の無念のほうが芝居ではよほど色鮮やかなのではないか。
居丈高な勝利宣言ほど気味悪いものはなく、
ままならぬ世界にむけて発せられた恨み言や嘆きのほうがはるかに人間的ではないか。
成就や幸運よりも失敗や不運のほうがどれほど彩りが深いか。
願いがかなったという達成感よりも思いかなわぬ無力感のほうが輝いているのではないか。
なにもかも人間の思い通りになるわけではないという苦い発見には、
その感情を役者のように演じ尽そうとうするならばそれなりに味わい深いのではないか。
いくら人間が願おうが祈ろうが春は夏になるし、夏が終わると秋が来る。
「春夏秋冬、生者必滅、会者定離」は無念だが、
その念をうまく言葉にしえたならばそれはとても美しいものになるのではないか。
葉が色づき止めようもなく散るのは敗北かもしれないが、
その1枚の葉がいだいた感情をうまく言葉に乗せたらば、
それは万民の心を震わせ名ゼリフになるのではあるまいか。
なぜなら彼も我もそのような存在だからである。

「義経千本桜」からいいなと思ったシーンを紹介する。
最低限の日本史知識がないとわからないでしょうから、そこはもうごめんなさい。
さて、平氏を成敗したはいいが兄の源頼朝ににらまれてしまったのが義経である。
鎌倉の頼朝は京都にいる義経に難癖をつけてくる。
どうして義経は平家方の娘である卿の君を妻としているのか?
この書状を鎌倉から持ってきたのが川越という男である。
じつのところ人には言えない事情があって卿の君は平家方の娘ではなく川越の娘であった。
さあ、卿の君を妻に持つ義経は困ってしまう。
ここで愛する義経のために卿の君は夫やじつの父親のまえで自ら命を絶つのである。
結局のところ自分が死ねば頼朝の怒りがおさまり兄弟の不仲は解消するのだから。
本当は川越の娘であると頼朝に本当のことを伝えるよりも、
平家方の娘として死んだほうが義経の役に立つ。
泣かせるじゃねえかい。卿の君は刃物で喉を突いたが死ぬに死にきれない。
川越はまことあっぱれな娘であることよと思う。
娘は死にきれぬ自分の首を切ってくれと本当の父親である川越に依願する。
この自分の首を頼朝に渡せば兄弟和睦につながるだろうと思ってのことである。
川越は刀を抜く。しかし、そこは女、娘は最期に父親のやさしい言葉がほしい。
「わが娘よ、よくやった」と言ってほしい。

「卿の君 コレノウ、そのあかの他人のお手を借るも深き御縁。
 とてもの事にたった一言。
川越 アヽ、親子の名乗りは未来でせん(ト思い入れ)。
 南無阿弥陀仏(ト思い入れ)」(P49)


南無阿弥陀仏と言ったあとに父親はじつの娘の首を切り落とした。
これでうまくいくかといったらそうはならないのである。
おりしも敵方に館(やかた)を囲まれていたのだが、
無視を決め込めばよかったのだけれども、
武蔵坊弁慶が主君のためを思って
敵陣に斬りかかってしまい、このため義経と頼朝の不和は決定的なものとなる。
卿の君の文字通り命をかけた行為は結局のところ無駄に終わってしまったわけだ。
人間は行為を選択することはできるが、結果はかならずしも思うがままにならない。

行為(選択)→?→結果(禍福)

古今東西の芝居台本を読み込んできたが、名作は常にこの構造を持っていると言えよう。
シェイクスピア劇も「義経千本桜」もこの構造を秘めていることには変わりはない。
なぜなら古今われわれもこの構造の下に生きているからである。
われわれはある行為を選択するが、その結果がどうなるかはまるで予測がつかない。
弁慶とて主君義経のためを思ってよかれと判断して行動したのである。
結果、義経一行は京を追われ流浪の旅に出ることになる。
いままで連勝続きで得意の絶頂にあった義経はおのれの宿運の衰えを知る。

「義経 古人は人を恨みず。傾く運のなす業(わざ)と思えば、恨みも悔やみもなし。
 武蔵[弁慶]が無骨を幸いに、都を開かば[開け放てば]、綸命も背かず、
 兄頼朝が怒りもやすまる。これを思えば、卿の君が最期、残り多や。
 我も浮き世に捨てられて、駅路の鈴の音(おと)聞かん。
 片岡、伊勢[家来]も供致せ」(P53)


義経は卿の君のみならず弁慶もまた、
自分のためを思って行動を起こしたことを知っているのである。
しかし、どちらの行為も意図とは正反対の結果を招くことになってしまった。
こういう人間を超えたものの采配を描くのが古今東西の芝居なのだろう。
なぜわれわれがそれを見て胸打たれるかと言ったら、
われわれもまたそのようにままならぬ世界を生きているからなのである。

さて、漂泊する義経一行を待ち受けるのが平知盛である。
史実では知盛は安徳天皇らと一緒に壇の浦の合戦で死んでいるけれども、
「義経千本桜」ではひそかに生きながらえて船宿の主人に変装しているという設定だ。
幼い安徳天皇をお守りしながらである。
むろんのこと、いつか平氏を滅ぼした義経に復讐をするためである。
ようやく絶好のチャンスがめぐってきて、いま知盛は義経に復讐しようとしている。
しかし、裏の裏をかかれてしまい知盛サイドは敗色濃厚である。
この幕における主役は勝った義経ではなく、負けた知盛なのである。
人生で思いかなわなかった知盛のほうに多く見せ場が与えられている。
勝利者の義経の役よりも敗北者の知盛の役のほうがよほど演じがいがあるかと思われる。
もはや知盛の敗北は決定的でお付きの女ふたりは早々と自害している。
知盛の願いはかなわなかった。

「知盛 チエヽ、残念や、口惜しや。
 我、一門の仇を報わんと心魂(しんこん)を砕きしに、
 今夜、暫時に手立て顕れ、身の上までは知られしは、天命天命」(P125)


弁慶は成仏しろよとでも言いたげに知盛の首に数珠(じゅず)をかけてやる。
しかし、知盛はあきらめきれないのである。
正義のためでもなく愛のためでもなく、
強いて言えば死んだいまはなき親族への情のために知盛は義経に復讐したい。
正義よりも愛よりも人間にとって怨恨の情というものは強いのである。
嫁姑の怨恨や上司の非道な振る舞いへの怒りほど人間を突き動かすものはあるまい。
このために「義経千本桜」は人気があるのだろう。
われわれがみんなやさしい正義の人だったら、だれが「義経千本桜」など見るものか。
弁慶にお情けで数珠を首からかけられた知盛のセリフはすばらしい。
敗北者の恨み節ほど人間の胸にしみいるセリフはないのではないか。
どうしてかといったら、われわれみなが
どのみち無念の思いで死んでゆかねばならぬ敗北者だからである。

「知盛 エヽ、さては、この数珠かけたるは、知盛に出家とな。
 エヽ、穢(けが)らわしい穢らわしい、
 そもそも四姓[源氏・平氏・藤原氏・橘氏]始まって、
 討っては討たれ、討たれて討つは源平の習い。
 生き替わり、死に替わり、恨みをなさで置くべきか。

    ♪思い込んだる無念の顔色、眼(まなこ)血走り、髪逆立ち、
    この世から悪霊の相を現わすばかりなり」(P125)


決してあきらめぬ知盛だったが、その眼前でまた側近がひとり自殺する。
もはやこれまでと平知盛は断念する。
平家物語では「見るべきほどのことをば見つ。今はただ自害をせん」と言って、
平知盛は壇の浦で死んだことになっているが、「義経千本桜」では――。
この芝居ではこのシーンがいちばん好きでである。
敗北に敗北を重ねた知盛が最後の復讐にも失敗して言うセリフがとてもいい。
このセリフまわしは仏教の六道輪廻の思想が基調にある。
知盛の父は清盛だが、
清盛は女子だった安徳天皇を男子だと偽ったという俗説があるらしい。
注釈によると、ここでの知盛のセリフはその俗説にかこつけているとのこと。
知盛は不遇な幼い安徳天皇を見て涙が止まらない。

「知盛 アッ、果報はいみじく、一方の主(あるじ)と生まれさせ給えども、西海の波に漂い。

    ♪海に臨(のぞ)めど、潮(うしお)にて水に渇せしは、これ餓鬼道。
    またある時は風波に遭い、お召(めし)の船を荒磯へ吹き上げられ、
    多くの官女が泣きさけぶは、阿鼻叫喚。

 陸(くが)に源平戦うは、とりもなおさず修羅の苦しみ。

    ♪または、源氏の陣所陣所に数多(あまた)の駒のいなゝくは、畜生道。

 いま賤しき御身となり、人間の憂き艱難、目前に六道の苦しみを受け給う。
 これというも、父清盛、外戚の望みあるによって、姫宮を男(おのこ)宮と言い触らし、
 権威をもって任官させ奉り、弓矢の神に偽り申せしその悪逆、
 積もり積もりて一門、わが子の身に報いしか(ト思い入れ)」(P127)


こう物々しく語ったあとに知盛は安徳天皇を義経に託し壮絶な自害を遂げる。
おめおめ生き恥をさらすよりも死ぬべきときに死ぬほうがどれほど美しいか。
不幸や不遇はきちんと言葉にしさえすれば、
怠惰な幸福などよりもはるかに人の心を打つことがわかるだろう。
幸福よりも不幸、無念、怨念、怨恨のほうが謳いあげるべき内容があるのである。
喜びよりも物悲しさのほうが万民の心を震わせるのではないだろうか。

話はがらりと変わって義経も弁慶も登場しない寿司屋の話になってしまう。
ある寿司屋ではむかしの恩義ために平家の落人である平維盛をかくまっている。
この寿司屋の長男は、いがみの権太と呼ばれる札付きのワルである。
といっても根っからワルなのではなくせいぜいゆすりたかりくらいの小悪党だ。
寿司屋の主人はとっくにいがみの権太を勘当している。
さて、寿司屋にかくまっている平維盛に源氏の追手が迫ってくる。
いままで親不孝だったいがみの権太は改心して、維盛を守ろうと一工夫する。
一工夫どころではなく自分の妻子を身代わりに追手に差し出すほどの改心ぶりである。
ところが、寿司屋の主人はいがみの権太の心変わりを見抜けず、
もうこいつはどうしようもないと本当は親孝行な息子をそうとは知らず刀で刺してしまう。
寿司屋の主人は弥左衛門という。女房は泣きだしている。

「弥左衛門 泣くな女房、なに吠える。不憫(ふびん)なの可愛(かわゆ)いのと、
 こんな奴を生け置けば、世界の人の大きな難儀じゃわい。
 門端も踏ますなと言いつけおいたに、内へ引き入れ、大事の大事の維盛様を殺し、
 内侍様や若君様をよう鎌倉へ渡したな。
 腹が立って立って、涙がこぼれて胸が裂けるわい。
 三千世界に子を殺す親というのはおのればかり。
 あっぱれ、手柄な因果者にようしおったなあ」(P203)


弥左衛門は息子を刺したあとに真実に気がつくのである。
いがみの権太は維盛様を殺すどころか率先してお守りしていた。
鎌倉側に引き渡したのは内侍様や若君様ではなく自分の妻子だった。
いがみの権太はよかれと思ってやったことが過去の悪行から父親に誤解され、
いまのように刺されて命を終えようとしている。
一方で弥左衛門も忠義心から息子を刺したのだが、それは間違いだったことに気づく。
人間は選択(行為)を間違える生き物である。
われわれは生きている以上、
選択(行為)をするがその結果どうなるかはだれにもわからない。
しつこいが、これこそ古今東西の芝居の持つ構造である。

行為(選択)→?→結果(禍福)

いまとなっては弥左衛門はどうして自分が息子を刺したのかその理由がわからないだろう。
自分の手が刺したのではないような気がしているのではないか。
なにか大きなものがおのれの手を操り息子を刺すように仕向けた。
その考え方は間違いではなく、弥左衛門は台本に書いてある通りに息子を刺したのだ。
これが芝居の構造である。
だとしたら、われわれも芝居をしていると考えたら、どこに人間の自由があるのだろうか。
われわれとてもじつのところ台本があって、
それを正確になぞっているだけとは考えられないか。
シェイクスピア劇もそうだが、
いい芝居というものは常にこの人生と演劇のからくりを観客に考えさせるようにできている。
さて、父親に刺され血が止まらない、いがみの権太はいまや虫の息である。
女房はせめて死に目に会ってくださいと夫の弥左衛門に頼む。
弥左衛門はそれを振り切って維盛様のお供として旅に出ようとしている。

「弥左衛門 現在血を分けた倅(せがれ)を手にかけ、どう死目に会わりょうぞ。
 死んだを見ては、一足も歩かるゝものかいの。
 息ある内に、叶わぬまでも、助かる事もあろうかと、思うがせめての力草。
 止めるそなたが胴欲じゃわいの[むごいじゃないか]。

    ♪言うて泣き出す父親に、母はとりわけ、娘はなお、不憫不憫と、
    維盛の首には輪袈裟、手には衣、手向けの文も阿耨多羅(あのくたら)」(P213)


結局、この寿司屋の悲劇はどのようにまとめられるのか。
この幕に登場するなかでいちばん高位なものは平維盛である。
おそらく、維盛のこのセリフにしか人間の救いのようなものはないのだろう。

「維盛 弥左衛門が嘆き、さる事なれども、逢うて別れ、逢わで死するもみな因縁」(P208)

一度は別れた義経一行と愛妾の静御前だったが、吉野でまた再会する因縁があったようだ。
別れの際、義経は法皇からたまわった貴重な鼓(つづみ)を静に手渡している。
静には義経の忠臣である佐藤忠信が寄り添い危険が生じると常に護衛の役を買って出た。
なんの因縁か吉野でふたたび義経と静御前が会いまみえることになったわけである。
ところが、ここで不思議なことが生じる。佐藤忠信がふたりいることになってしまうのである。
ひとりはいまもいま亡母のとむらいを終えて主君義経のもとに参上した忠信。
もうひとりは、静御前とこれまで一緒に旅をしてきて、たったいま吉野に到着した忠信である。
いったいどちらが本物の忠信なのか。
静と一緒に旅をしてきたほうの忠信が正体を明かす。
自分の正体は狐(きつね)で、いままで忠信に化けていたのだと白状する。
では、いったいどうしてそんなことをしたのか。
じつは静御前の持っている鼓は、狐である自分の両親の皮で作られたものなのだという。
幼いころに両親は殺されて鼓になってしまったため自分は親孝行をできなかった。
だから、せめて親孝行にでもなればと鼓を持つ静御前を守るために忠信に化けた。
そうしたら源九郎義経様から源九郎の名前をおまえに与えるという言葉までいただいた。
こんな嬉しいことはなかったと狐忠信は言う。
ここは泣かせどころだから狐忠信のセリフを原文で紹介すると――。

「狐忠信 (……) 前世に誰を罪せしぞ、人のために仇(あだ)せる者、
 狐に生まれ来るという因果の経文[「業報差別経」のこと]恨めしく、
 日に三度、夜に三度(ト思い入れ)。

    ♪五臓をしぼる血の涙、火炎と見ゆる狐火は胸を焦がす炎ぞや。

 かほど業因深き身も、天道様のお恵みで、不思議にも初音の鼓、
 義経公の御手に入り、内裏を出ずれば、恐れもなし。
 ハア、嬉しや、喜ばしやと、その日より付き添うは、皆大将のおかげ。
 稲荷の森にて、忠信があり合わさばとの御悔やみ、せめて御恩を送らんと、
 その忠信殿の姿に変わり、静様の御難儀を救いし御褒美とあって、
 勿体なや、畜生に清和天皇の後胤源九郎義経という御姓名を賜りしは、
 空恐ろしき身の冥加(みょうが)。
 これというも、わが親に孝行が尽くしたい、親大事親大事と思い込んだ心が届き、
 大将の御名を下されしは、[畜生ならぬ]人間の果を受けたる同然、
 いよいよ親がなお大切。片時(へんし)も離れず付き添う鼓(ト思い入れ)」(P255)


このセリフを思い入れをたっぷり込めて読み上げたらさぞかし気持がいいことだろう。
古典芸能の歌舞伎とはいえやはり演劇で、
ならば必然として役者のほうが観客よりはるかに楽しいのだと思う。
観客が安価で役者の気分にひたれる方法が唯一存在する。
台本を古本やら図書館で手に入れてセリフを役者になった気分で読めばいいのである。
この記事は何度も自分が読み上げたいから名ゼリフを書き写している面がある。
さて、狐忠信はどうするのか? 忠信がふたりもいたら迷惑になってしまう。
いまは鼓となったふた親も、このあたりで姿を消せと言っているような気がする。
親への名残はたいそう深いけれども、お役目終了なのだから自分は消えよう。
だれにでも化けられる狐だから、あっという間に消えるのも得意である。
義経と静は狐の悲しい物語にいたく感動する。もう一度、狐に会いたい。
鼓を鳴らしたらいつものように狐は現われるのではないかと義経は静に提案する。
ところがである。いくら静が鼓を打っても音が出てこないのである。
これはいったいどういうことか?

「静 さては、畜類の魂残すこの鼓、親子の別れを悲しみて、音(ね)を留めたに疑いなし。
 人ならぬ身も、それほどに、子ゆえに物を思うかいのう。

    ♪打ちしおるれば、義経公。

義経 我とても、生類の恩愛の節義、身にせまる。
 一日の考[親孝行]もなく、父義朝を長田に討たれ(ト思い入れ)

    ♪日陰、鞍馬にひとゝとなり[少年期を鞍馬で過ごし]。

 せめては兄の頼朝にと、身を西海の浮き沈み、忠勤仇なる御憎しみ。
 親とも思う兄親に見捨てられし義経が名を譲りし源九郎[狐]は、
 前世の業(ごう)。我も業。
 そも、いつの世の宿酬(しゅくじゅう)にて、かかる業因なりけるぞや(ト思い入れ)。

    ♪身につまさるゝ御涙に、静はわっと泣き出せば、目にこそ見えぬ庭の面(おも)、
    わが身の上と大将の御身の上を一口に、勿体涙に源九郎[狐]、
    保ちかねたる大声に、わっとさけべば、
    我とわが姿を包む春霞、晴れて姿を現わせり」(P259)


姿を消していた狐は、
義経公のセリフや静御前の涙に感激して思わず叫んでしまったのである。
義経様ともあられる方が、畜生に生まれた自分の業とご自身の業を重ね合わせて
感慨にふけってくださっていると思うと、狐は叫ばずにはいられなかった。
うっかり叫んでしまったせいで妖術が解けて、狐は姿をふたたび現してしまったわけだ。
義経は狐の孝行ぶりに胸打たれて、この鼓は狐が持っていたほうがいいと手渡す。
ありがたく頂戴する親孝行な狐であった。
だいたい親子なんてものは仲が悪いのがふつうだから、
「義経千本桜」のこのシーンを見た観客は(セリフの意味がわかれば)
みなみな涙したことだろう。
じつは義経一行がひそむ吉野にも追手が迫って来ていたのである。
狐忠信は鼓の恩返しとばかりに、妖術を用いて敵方を翻弄するのだが、
これを見た観客は胸がすくような思いをしたことだろう。

「親子の情」というテーマは、性別年代を問わず万民の胸を震わすものなのだろう。
なぜならば、人として生まれたもので親がいないものはひとりとしていないのだから。
そして、子は親を選べない。子は親を選んで生まれてくるわけではない。
人間を超える宿命とでも呼ぶべきものの象徴が親でありきょうだいなのだろう。
恋愛なんかよりも「親子の情」は、人間の深いところを描くことができる主題だと思う。
なぜなら恋愛は男女の同一平面上の関係にすぎないが、
親子やきょうだいの間柄は神や仏にも通じるような宿命的な結びつきだからである。
この記事を書くついでにYouTubeで歌舞伎の「義経千本桜」をちらっと見た。
相も変わらず歌舞伎役者がなにをしゃべっているのかちっとも聞き取れなかった。
きついことを言うと歌舞伎鑑賞はまったく知性をともなわぬ金持の俗物的な道楽なのだろう。
海老蔵がステキって、だったら歌舞伎役者は俳優ではなく人形みたいなもんじゃないか。
歌舞伎役者が俳優になりたいならば、客にわかるような発声をしてからにしてほしい。
芝居は言葉だ。
言葉を伝えられないならば歌舞伎は芝居ではなくファッションショーと称したほうがいい。

「ビギナーズクラシックス 源氏物語」(角川ソフィア文庫)

→急に向上心が芽生え自分を高めたいという気分になったので「源氏物語」を読む。
といっても全集ではなく(うちに新潮版を購入済み)ビギナーズクラシックスだ。
要所要所の名場面のわかりやすい現代語訳と原文が紹介されている。
ぜんぶ読んだわけでもないのに、あの「源氏物語」の感想を書けと言われてもなあ。

まあ、たとえ稚拙でも自分の思ったことを正直そのままに書くしかない。
「源氏物語」を読んで思ったのは、禁じられた恋は楽しいんだろうなってこと。
親からすすめられた縁談の何百倍も、してはいけない密通は興奮するのだろう。
なぜなら、いわゆる禁じられた恋とは秘密をふたりだけで共有することである。
強い秘密を共有することは孤独な人間同士を深く結びつけるのではないか。
もしかしたら肉体的交渉よりも秘密の共有における精神的連帯のほうが、
よりふたりを親密にさせるのかもしれない。
「これ秘密ね!」というのが、味気ない退屈な人生の隠し味なのかもしれない。
なにか秘密があればこそ多くの人は噂話をすることで倦怠から逃れることができる。
真偽定かならぬ噂話や、そこから発生する悪口ほどおもしろいものはなかなかない。
かえって真偽がわからなければわからないぶんだけおもしろいとも言いうる。
「源氏物語」は女という生物が大好きな色恋ゴシップの集大成とも言えよう。
「源氏物語」はいまで言えば、芸能人スキャンダルのようなものではないか。
有名人の隠し子騒動とか、やっていることはいまもむかしも変わらないのだろう。

「源氏物語」でいちばん好きなところはここである。
光源氏は父親の後妻を好きになって秘密の関係を持ってしまう。
いわば父親を裏切ったわけである。
その結果として生まれた子どもが天皇になったのだが、だれもこの真相を知らない。
これは当時としては最大級のスキャンダルではないか。
さぞかし源氏は女とのあいだの強い結びつきを感じたことだろう。
その源氏が中年になったころ、断れない縁談を持ち込まれ若い娘と結婚する。
ところが、この美しい娘っ子が若い男に股を開いてしまうわけである。
むかし父親の女を寝取った源氏が今度は反対に女を寝取られてしまう。
ああ、もしかしたら父親は自分の行為を知っていたのだろうか?
年月を隔てて父親の気持を身をもって知ることになったわけである。
女がはらんで自分とは血のつながらぬ赤子を産むのもおなじだ。
なんと不思議なことがあるものか。これではまるで報いではないかと源氏は思う。

「さてもあやしや。我、世とともに恐(おそろ)しと思ひしことの報いなめり。
この世にて、かく思ひかけぬことにむかはりぬれば、
後の世の罪も、少し軽みなむや」(P309)


世の中には不思議なことがあんがいあるのかもしれない。
そして、くだらない処世術かもしれないが、アンラッキーなことがあったら
これで来世では少しはいいことがあるだろうとおのれを騙すのもまた悪くない。
妻を寝取られたらこれで来世の罪が消えたと思えばよい。
「源氏物語」から道徳を引き出すならば、
なんのために結婚するかといったらおそらく浮気を楽しむためになるのだろう。
もちろん、妻が寝取られる程度のリスクは一種のサービスだと思えばよい。
もっと不倫をしようと「源氏物語」はけしかけているのかもしれない。
ありきたりの男女交際ではなく、できるだけ道ならぬ恋をしようではないか。
そのほうが秘密をたくさん持てるから生きる味わいが深まることになる。
墓場までどれほど人に言えない秘密を持っていけるかが、
それぞれの人生の味の濃淡の差になるのではないか。
「私」とはなにかといったら、だれも知らない秘密こそ「私」になろう。
あなたと他の人間を分けるものは秘密であるとも言いうる。
藤壺は継子(ままこ)の源氏との密通事件を死ぬまでうちに秘めていたのである。
秘密が生まれるとき、秘密を知るとき、秘密が世にばれるとき――。
秘密を知りながら素知らぬふりをするとき――。
「源氏物語」はよくできた物語や芝居がそうであるように秘密の取り扱いがうまい。

さて、「源氏物語」は恋愛小説とみなされている(いない?)。
とにかくまあ、男女の関係を描いた物語という表現には批判はこないだろう。
果たしてこのような男女関係は恋愛なのか少し考えてみたい。
光源氏による朧月夜(おぼろづきよ)のレイプ事件である。
暗闇で女が近づいてくると、さっと抱きしめて押し倒したのである。
娘が突然のことに驚き「人を呼ぶわよ」と言ったときの源氏の対応がすばらしい。

「まろは、みな人に許されたれば、召し寄せたりとも、何でうことかあらむ。
ただ忍びてこそ」(P95)


おれに逆らえるやつなんていないから、人なんて呼んだって無駄だぜ。
おとなしくしろ。
朧月夜は相手が身分の高い源氏であることを知り、みずみずしい身体を与える。
いったいこれは恋愛なのだろうか? これが果たして恋愛か?
源氏がたくさんの女の身体をもてあそぶことができた理由は、
まず彼がイケメンであったこと、それから生まれがよく高身分だったからである。
「まろは、みな人に許されたれば」(おれはなにをしてもいい)
と思っている出世した高身分のイケメンにあまたの女が惚れるわけだ。
もし源氏がブサイクで水呑百姓だったらば、どの女も相手にしなかったのだ。
ならば、果たして「源氏物語」は恋愛小説なのか?
わたしは、「源氏物語」は極めて「正しい」現代にも通じる恋愛小説ではないかと思う。

恋愛=「男の顔、地位、金」

源氏が朧月夜を口説いたときの歌がいい。
おれとおまえは前世からの縁(=契り/ちぎり)があるんだよ、
と決めつけてしまうのである。
このテクニックはいつか人生で真似したいが、そんなチャンスは来るだろうか。

「深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろげならぬ契りとぞ思ふ」(P95)

朧月夜は政敵の妹だから、これもまた禁じられた恋である。
道ならぬ恋におぼれたふたりは逢瀬(密会/デート)を重ねる。
しかし、ついに秘密が露見するときが来て、
このスキャンダルが原因となって源氏は失脚してしまう。
結果として源氏は華やかな京を離れ、須磨という田舎に引きこもることになる。
不思議な夢を見たこともあり、源氏は赤石の君という田舎娘と出逢う。
赤石の君は気立てはいい子なのだが、身分は田舎インテリの子女程度である。
出世争いに敗れた源氏とはいえ釣り合わないという見方もできなくはない。
心根のいい田舎娘は夜の奉仕活動を怠らなかったのか。
うまうまと玉の輿に乗ることに成功する(この時代の貴族さまは重婚OK)。
ところが、この赤石の君こそアゲマンだったのである。
赤石の君と結婚してから源氏には幸運が舞い込み続ける。
京都では再評価がなされ貴族社会でどこまでも偉くなった。
では、どうして源氏はアゲマンの赤石の君とめぐりあえたのか。
失脚して須磨という田舎に引きこもったからである。
では、なぜ失脚したかというと政敵の妹との恋仲がばれたからだ。
源氏は本能のおもむくままに女に手を出しているが、
それが長い目で見ると結果的にうまくいっていると言えなくもないところが、
なにやら人生の深い真理をあらわしているように思えなくもない。
さて、田舎の娘っ子の赤石の君とはどのような女だったのか。
少女はまるで林真理子のような(性格はきつくないが)野心家だったのである。
田舎の女の子はこんなことを思っていた。
――あたしは田舎ものだから、身分の高い人のお嫁さんにはなれないのかなあ。
でも、ほどほどの人生なんて絶対にいや!
ほどほどで手を打つなら尼になったほうがまし。海の底に沈んだっていい。

「高き人は我を何の数にもおぼさじ。ほどにつけたる世をばさらに見じ。
命長くて思ふ人々に遅れなば、尼にもなりなむ。海の底にも入りなむ」(P133)


赤石の君の身のほど知らずの出世欲はとても好感が持てる。
田舎の少女は少しでも偉くなりたくて、
源氏といういまは落ちぶれた貴族と結婚したのである。
露悪的かもしれないけれど、いまの通俗恋愛結婚だっておなじと言えなくはない。
どれほどの「顔、地位、金」を持った男と結婚できるかが女同士の勝負だ。
赤石の君によって源氏のツキが好転して後の栄華を迎えることになる。

話は変わって「源氏物語」でいちばん好きな女登場人物はだれか?
これで男も女も、傾向性のようなものがわかる気がする。
東大卒のベストセラー作家(お若い奥様も東大卒で作家)の小谷野敦氏は、
いったい「源氏物語」に登場するだれがお好みなのだろう。
どうでもいいわたしの話をすると、玉鬘(たまかずら)がもっとも好きだ。
不幸な生い立ちの美少女である。
源氏とむかし関係のあった夕顔の娘であるため、
流浪中のところ源氏の家に娘のように引き取られる(源氏と血縁関係はない)。
その美少女ぶりは広く知れ渡り恋文がひっきりなしに来る。
なによりよろしいのは玉鬘がイケメン権力者の源氏を振っているところである。
セクハラを仕掛けてくる天下の源氏を、「おっさん、きもいよ~」と袖にしているのがいい。
源氏を振ったのは他に空蝉(うつせみ)、朝顔がいるらしいけれど、
空蝉は一度源氏と寝ているし朝顔は源氏を嫌っていたわけではない。
玉鬘は読み方によっては源氏に無関心どころか嫌っていた気配さえある。
いまは貧乏美少女だから仕方なく玉鬘は源氏の家にやっかいになっている。
しかし、源氏の正体を「顔、地位、金」だけじゃないかと見破っているのが鋭い。
いままで「顔、地位、金」にまかせてどんな女も自由にしてきた源氏は、
玉鬘のほんものを見抜く目にゾッとしたのではないだろうか?
あんがい源氏がいちばん愛した女は玉鬘だったのかもしれない。
このため、いつでも手を出せる状態だったのに美しいものに触れられなかった。
源氏は自分の権勢をもってしても落とせない女の存在に、
そうであるからこその輝きを見いだしたと言うこともできるのではないか。
玉鬘が髭黒(ひげぐろ)の大将と結婚しているのもたいへんよろしい。
髭黒なんていう名前だから絶対にイケメンではなかったはずである。
おそらく髭黒の大将は、優男(やさおとこ)の源氏と正反対のタイプだったのではないか。
玉鬘は外見に騙されないでほんものを見破るちからを持っていたとしか思えない。

しっかし、漫画の影響なのかネットで調べてみたら女って「源氏物語」が好きだよなあ。
ということは、当然、主人公の光源氏が好きなわけでしょう?
源氏は生まれのいいイケメンだから光っているのである。
源氏は地位もあり金もあるから光っているのである。
だとしたら、女は女性誌の内容が証明するように
男の「顔、地位、金」に目がくらむものではないか。
そんな本当のことを言ったらば、男だってと「源氏物語」を証拠として反逆されかねないが。
男はみんな潜在的ロリコン。男はすぐやらせてくれる女が好き。男の理想は一夫多妻。
いやね、男はもっと多岐に渡っていて女ほど一律化していないような気がするけれど。

向上心が目覚めて「源氏物語」を読んだが、いったいなにを得たのだろう。
「源氏物語」は女性誌レベルに女くさくて、そこが評価の分かれるところだろう。
女よりも女々しく女の腐ったような男である自覚があるわたしは、
やはり名作と言われているだけあって「源氏物語」は悪くないと思った。
そんな偉そうなことを思った。
それから、いつか「この人に契りのおはしけるにやあらむ」
と思える人に逢いたいと思った。もう出逢っているのかもしれない、とも思った。
それから、それから――。
紫式部ってほとんど恋愛体験のようなものを持たなかった人じゃないかなあ。