「山川ヒストリカ 流れ図で攻略世界史図録」(山川出版社)

→高校生向け副教材をおとなのわたしが読む。
写真や図、解説が豊富でなんともすばらしい。
思うのだ。神が信じられなくても、仏を信じられなくても、
この歴史というものだけは宗教心がないひとも信じられるのではないか。
歴史をひと言でいうなら、栄枯盛衰である。仏教の用語でいうなら諸行無常。
ひとは生まれ、死ぬ。大部分は無名のままである。
個々の意志がどれほどもろく歴史の渦へのみこまれてゆくことか。
人間は幸福を欲する。だが、歴史のまえでは各人の希求などむなしいものである。
歴史はいつ動くのかだれにもわからない。
動かそうと努力したからといって、どうなるものではない。
当人が死んで三代あとになってから、ようやくわずかに動くようなこともあろう。
たまたま歴史に選ばれる人間がいる。
歴史は非情だ。かれの名誉とて長くは続かない。
生前はなんとか持ちこたえても、死後に非難されることがある。
いや、名君といまでも尊敬される英雄もいるかもしれない。
けれども、そう、死んでしまっているのである。
歴史は死人のうめきに満ちている。呪詛、怨恨、悲嘆が行間からもれ聞こえる。
心地がよいのだ。このうめきはどんな音楽よりもこうごうしい。
いまこのうめきを聞いているわたしもいずれ死ぬだろう。そのあとも歴史は続くのである。
「90分でわかる世界史の読み方」(水村光男/かんき出版)絶版

→まさか高校生がこの「本の山」を読んでいるとは思えないが、もしいたらの話である。
大学受験は世界史で受けなさい。後悔からの意見である。
この世界史というのは、受験だからと無理やりでも理由をつけて、
若いうちに勉強しないとあとで苦労する。
国際情勢、海外文学、宗教、哲学、絵画、音楽、あらゆる領域の基礎となるのが世界史。
わたしが受験科目に選択したのは日本史、地理。ああ、世界史にしておけば。
いくらシェイクスピアを読もうが、ギリシア悲劇を読もうが、
その背景になっている世界史をわかっていないと、もうまったくダメなわけ。
これはほんとうに経験から思うことである。
で、いまになって世界史を勉強しようとしても、脳が老化しているからか、
細かい用語がぜんぜん入ってこない。
中国史なんてちがうのは名前だけで、基本的にはおなじことの繰り返しだから、
どうしたって記憶力の勝負になる。高校生にかなうはずがない。

いちおう高校の授業で世界史を学んでいる。
けれども、最初から受験科目にするつもりがなかったから、いいげんな一夜漬けばかり。
やはり受験を前提に学んだものでないと長期記憶には残らない。

ここで思い出を書く。世界史の思い出。
ある教育実習生が強く印象に残っている。体育会系の情熱的な男子大学生。
かれの担当になったのはフランス革命。
おもしろいおにいちゃんだった。なにをするかというと、授業中にいきなり歌をうたう。
フランスの国歌。わざわざフランス語で。エネルギーがありあまっていたんだろうな。
新鮮だった。当時の世界史の教師というのが、いかにもオタク的な先生で。
授業にはメリハリがない。つい寝てしまう。
そんな感じだったから、若い元気な世界史の授業はとても好ましいものに思えた。
その実習生がこんなことを言うわけだ。なぜフランス革命が起こったのか。
それはフランス人に勇気があったからだ!
こんなことを授業のたびにフランス国歌をうたいながら主張するわけである。

教育実習期間が終了して、またもとの退屈な授業へ戻る。
そのとき、どういうタイミングだったのか。根暗な世界史教師がぼそっという。
教育実習生のことをである。ひと言。かれはバカです。
生徒へ人気のあった教育実習生への嫉妬かと当時は思ったものだが、
いまではあの世界史教師はただしかったのだとつくづく思う。
かれはバカです。うんうん、まったくである。
フランス革命というと、左翼系教育者は美化して教える。
市民の開放だの、自由だのといった美辞麗句とともに語られる。
だけど、ほんとうはそういうことではなくて、
フランス革命というのは、たんなる権力移動に過ぎないわけでしょう。
新勢力が旧勢力を追放した。事実はこれだけである。
フランス革命で得をしたひともいれば、損をしたひともいる。
そのことに善悪の価値をつけるのは間違えている。
それをあの教育実習生は……。
フランス人は勇気があるなどと称揚して、フランス国歌をがなりたてる。
まぬけというほかないよな。いちばん教師にしてはいけないタイプ。
しかし、あのような教育者が熱血漢として、なぜか生徒や保護者に人気がある……。
果たしてどちらがいいのか。
ウソを教える人気者の教師か、それとも事実を教える退屈な先生か。
「カリスマ先生の世界史」(植村光雄/PHP研究所)

→PHPの「カリスマ先生」シリーズは、ナツメ社の「図解雑学」シリーズに打ち勝つか。
このシリーズのコンセプトはものすごいぞ。
「図解雑学」のほうのポリシーは、なんとしてでもわからせるであったと思われる。
この「カリスマ先生」は、それをもあきらめる。宣伝文句にずばっと書いてある。
「『わかった気になれる』オトクな1冊」だそうである(巻末宣伝文)。
読者をなめきっているのか、それとも手取り足取りの意思表明なのか。
このシリーズの著者は予備校講師。別名、チョーク芸人。
わかった気にさせるプロである。よし、こちらも受験生に戻ろうと思い立つ。
以下、Q&A形式を用いる。間違っているところがあったら教えてください。

Q.東洋史を極力簡潔に説明せよ。

A.外的には中華思想。すなわち、常に中国がナンバー1という姿勢を保つ。
周辺諸国には朝貢形式を要求する。これを崩壊させたのが日清戦争。
内的には延々と続く王朝交代の歴史。国家体制が弱まると農民が反乱する。
すると、どこからともなく新しい王が顔を出す。

Q.現在のヨーロッパ諸国の起源はどこか。

A.中世の民族大移動。

Q.中世の王制の特徴を述べよ。

A.地域のボスといったイメージ。
キリスト教の教会は、国境を越えて君臨する。
ゆえに教会権力が国王のそれを凌駕した。
のちに貨幣経済が発達すると、商業の保護者が必要とされる。
絶対王制の誕生である。

Q.なぜフランス革命のあとも同国へ独裁政権がたびたび生まれるのか。

A.わかりません。だれか教えて。

Q.なぜ第二次世界大戦が起こったか。

世界恐慌が原因。この世界恐慌の発生の理由は、資本主義の宿命、限界。
列強各国は自国の経済を守ろうとする。
そのために植民地とのブロック経済が行なわれた。
生産と市場の保護である。
だが、ドイツ、イタリア、日本は植民地に恵まれなかった。
不景気がつづく。自国民が貧窮する。なんとかして国を豊かにしなければならない。
強い指導力が要請される。ファシズム政権が誕生する。武力化する。
国が武器を発注すると、民間で武器を製造する。失業者が労働者になる。
武器は使わなくては新しいものを注文できない。よって戦争になる。

Q.世界史の勝ち組はどこか。

A.アメリカ。アメリカはイギリスからの移民が元になって誕生した国である。
そのイギリスといえば、もとは「ヨーロッパの田舎」だった。
島国のため他国からの干渉が比較的少ない。
アメリカ大陸といった巨大な植民地をもつ。
以上、2点の理由で世界に先駆け産業革命に成功。「世界の工場」となる。
ここから分離したのがかのアメリカ合衆国。
ヨーロッパ大陸における第一次大戦を尻目に国力を上げる。
第二次大戦での大勝。原子爆弾の投下。一躍、世界のボスになる。
西欧諸国とはことなり伝統があまりない新興国のため自由な決断がしやすい。


理解の度合いというのは、書いてみれば一発でわかってしまう。
わかっていれば文章にすることができるということである。
うえの記述でわかったでしょう。
なにがって、わたしが世界史をさっぱり理解していないことである。
いいおとなの世界史認識がこの程度というのは、とても恥ずかしい。
書いてみたら、じぶんがどれだけ世界史をわかっていないかがわかってしまった。
やはり「カリスマ先生」はダメということか。
わかった気になるだけではなく、世界史をほんとうに理解したい。だが、いかに。
2005/08/25(木) 19:01:25

「瞑想するアジア」(森本哲郎・編/文春文庫ビジュアル版)絶版

→森本哲郎が3人の学者と対談する。
テーマは「モエンジョ・ダロの謎」「仏陀の世界」「クメールの光芒」。
この本もきれいなカラー写真がこれでもかといわんばかりに収録されている。
二番目の仏陀の話はついていけたけど、前後のふたつは難しかったです。

こんな学問分野もあるのかと感心した。
考古学はこういうふうにして事実を確定するのか〜。
歴史学者は地質学も知らなければならないんだ〜。
ふむふむ、そうですかぁ、はあはあ、なるほどと首肯するだけでした。

ところで森本哲郎さん、ちょっと電波が入ってるんですかね?
たまに対談相手の学者さんが絶句するときがあって、
そこで論じられている内容の詳細はわからないながらも、
そのおかしな間(ま)が楽しかったりしました。
2005/07/08(金) 14:33:05

「比較文明の社会学」(米山俊直・吉澤五郎編/放送大学教育振興会)絶版

→放送大学のテキストが安く(古本で)買えると嬉しくないですか。
入学試験のない大学。だれでも入れる放送大学。
そんな放送大学のテキストはものすごーくわかりやすいのではないだろうか(妄想)。
でも難点が。やたら高いんだ放送大学テキスト。いちばん薄いのでもいまは2000円とる。
そんなテキストが今回、200円で買えてとってもうれしかったのです。
流れとしては、「文明の生態史観」(梅棹忠夫)のつづきというのか。

執筆は15人の学者さんが分担。
「宗教と文明」「音楽と文明」「都市と文明」……と、
いろんな切り口から文明を比較してみようという構成。
なかにはひどい学者もいた。
専門用語を注釈なしで使って、参考文献にはじぶんの今までの著作を(おそらく)全部。
まあ、比較文明学の始祖・梅棹忠夫そのものが(学問的に)胡散臭いおかただから(笑)。

比較文明論はたぶん主観の要素が強いのだと思う。悪くいえば妄想。
このテキストでも「海と文明」を担当した学者さんが
なかなか質のいい妄想を展開している。
いままでは陸を中心に世界史をとらえていたけど、それを海中心に見たらどうなるか。
つまり陸地史観から海洋史観へ。
歴史教科書の眠くなるような情報提示とは異なり、かなり斬新な物語になっていた。
2005/07/08(金) 11:14:54

「文明の生態史観」(梅棹忠夫/中公文庫)

→間違っていないか。浜島書店「国語便覧」で紹介されている。
「高校生が読んでおきたい評論50」だって。
おい、浜島書店編集者。ほんとうにそれでいいと思っているのか。

これは学術論文でもなんでもない。
わたしから言わせればインド本の亜流。
インド本。はじめてインド旅行をしたひとがカルチャーショックを受け、
異様な興奮状態で熱に浮かれたように書いてしまうエッセイのこと。
50年前、著者はインドを旅して悟っちゃったわけです。
世界の仕組みがわかったと(笑)。
それから宗教の開祖みたいなことを言いだす。

以下、梅棹忠夫の「世界史モデル」。
世界は第一地域と第二地域にわかれるという。
これが大前提。
第一地域とは西欧と日本。
第二地域は西欧と日本の中間に位置する地域
(東欧、アラブ、インド、中国、東南アジア等)。
そして世界の歴史は進んだ第一地域が牽引してきたとつづける。
第一地域が第二地域よりも常に進歩(産業革命など)しているのは地理的に見て必然。
なぜなら西欧、日本ともにユーラシア大陸のはじっこに位置しているからである。
その位置的利点を梅棹は説く。
さらに西欧史と日本史(=第一地域の歴史)の類似を指摘しながら、
梅棹は言い放つ。

「鎖国のために、東南アジアに対する日本の侵略と植民地化のうごきは、
200年以上おくれることになってしまった。(……) 
鎖国なんかして、おしいことをした、といっているのではない。
日本という国は、歴史のすじがきからいうと、東南アジアにとっては、
しょせんイギリス、フランス、オランダなどとおなじ役わりを
はたすような国なのだ、ということである。
それはかならずしも、明治以来の軍国主義のもたらした結果ではない。
それは、本来的には、日本と東南アジア諸国との、
文明史的なシチュエーションのちがいによるものであり、
また、日本と西ヨーロッパ諸国とのシチュエーションの類似にもよることである」(P223)

なんでこんな本が古典的名著のあつかいを受けロングセラーをつづけているのか。
おそろしいことにこの本を契機として「比較文明学会」なるものまでいまはあるという。
いいんですか? やっちゃっていませんか大失敗を! 

これが学問ですか。
2005/06/07(火) 16:36:41

「図解雑学 世界の歴史」(岡田功/ナツメ社)*再読

→何度でも読む。
なにかを学習するのって、おなじ参考書を何回も読むに尽きると思った。
受験生時代は新しい参考書に目移りしてばかりいたけど、もうおとななのだから。
だけど、何回読んでもイスラム史はよくわからん。
東洋史もそう。あれ基本的におなじことの繰り返しでしょ東洋史って。
国ができて衰退して滅ぼされるという。名前がかわるだけで。
あと、つねに周辺の遊牧民におびえつづける。
それでも、こうして何回も読んでいると、
なんとなくわかったような気にならなくもない。
たぶん勘違いだと思う。


「ニューステージ 世界史詳覧」(浜島書店)

→あれですあれ。学校で配られる副教材。
書店で買うと890円。信じられない。安すぎだって。
こんなにたくさん写真が載っていて、しかも総カラー。詳しい解説までついている。
で、1ページ目から最後まで順に読んでいくわけです。
たいがい授業では、あ、ミケランジェロはこれね、と参照するくらいだろうけれども。
おとなはしっかり読む。作成者もわたしみたいな読者がいて喜んでいるのでは(笑)。

うん、おもしろい。世界史にはすべてが包まれていると思う。
哲学、科学といったあらゆる学問。
絵画、彫刻、音楽、文学といった芸術もそう。
宗教も。仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教……。
この「世界史詳覧」を読んでいると実感させられる。
古今東西、あらゆる人間の営みの集積が世界史なんだなぁと。
なんか読み終わるころになると、勇ましい音楽(?)を作曲していた。
それを口笛でぴいぴい吹いていた。人間ってすごいな、世界ってひろいな。
こりゃあ、恥ずかしいぜ!
2005/06/07(火) 15:22:03

「東洋の発見」(岩村忍/講談社学術文庫)絶版

→これは「講談社学術文庫66」だけど、この文庫、初期に名作を多数発刊している。
これも隠れた名著。
世界史をなんとか身近にという目的で手にとったら。元は講演。
東西の交流を中心にすえて世界史全体を捉えなおそうというのがこの本。
薄い。わずか123ページ。だけど、世界史をすっきりまとめている。
世界史って1000ページの本を書くのは実はあんがい楽では?
起こった事件を書き連ねていけばいいんだから。
こうやって100ページ強にまとめるのこそ作者の技量が問われると思う。

ほんとわかりやすい。
ギリシアは独創的、ローマは凡庸だがギリシア精神を広める実務的な能力があった。
キリスト教の普及は文化レベルの後退であった。
キリスト教はじぶんの主張とはあわない学問・思想をすべて抹殺したのだから。
こうゆうふうに教えてくれて、次にルネサンスの意味へと入る。
もやもやしていた世界史像がはっきり見えてきます。

西欧=「ギリシア・ローマ」→「キリスト教」→「ルネサンス」→「産業革命」。
中国はこのパターンとはまったく無縁。
始皇帝が統一したときから何度も王朝は変われど、支配構造はみんなおんなじ。
インドはアーリア人が入ってきて作ったカースト制が現代まで生きている、それだけ。
7Cにイスラームの「キリスト」として現れたモハメド。戦争を繰り返すイスラム教。
しかしイスラム教世界にはルネサンスも産業革命も起こらず現代にいたる。

こういった世界観のもと、東西交流を見てみる。
東西交流=「アレクサンドロス大王の遠征」→「モンゴル帝国」→「大航海時代」。
大航海時代までは上記ふたつの例外をのぞいて、西は西、東は東でやっていた。
西はゲルマン人が暴れまわり、
東はずっと中国がじぶんこそ世界の中心だと言い張って(笑)。
それが西の産業革命、大航海時代を経て、東の本丸=中国が植民地化されることで、
利益衝突が生じ、世界戦争のかたちで大規模な東西交流が行なわれて今にいたると。

なんだか世界史がわかってしまったような愉快な心地が。
この本に感謝、感謝です。
2005/06/07(火) 15:00:15

「歴史を考えるヒント」(網野善彦/新潮選書)

→久しぶりに日本史の本を。
まあ、雑学本の類かと。
江戸時代まで日本は農業中心だったというのはウソだ。
じつはその頃にはかなり貨幣経済(商業)が発達していた。
そんな感じに、教科書的な常識をくつがえすことが眼目。
ふーん、歴史学ってこんなことを研究するものなのか。
2005/05/22(日) 10:47:46

「新版 歴史新聞」(歴史新聞編纂委員会/日本文芸社)

→世界史学習計画の一環。
売れたらしいねこれ。世界史・日本史を一緒くたに
新聞の紙面(どちらかというとスポーツ新聞のノリ?)形式で遊ぼうという。
遊び。だからこんな広告も載っている。
「ただいま万葉集編纂中、秀歌募集しています!」みたいな(苦笑)。

日本史はいいのだ。
なんとかして世界史を身近なものにしたいとわらにもすがるつもりで、
こういうおちゃらけた本にまで手を出してしまう。
売れたのはわかる。とっつきやすそうだから一見は。
だけど、これを読了したひとは少ないのでは。
わたしもかなり難渋した。
よく考えたら遊びながら歴史がわかる、そんな都合のいい話などあるものか。

のべ5日かかった。5章にわかれているから1日1章ずつ。
読まない日もあったから読了までに1週間以上は経過している。
かといって読後、達成感があったかというと、所詮は歴史新聞だから……。
アマゾンでは絶賛されているけど、なんかあれ自演くさいな。
売れているはずなのにレビューも2つしかなかったし。
どうなんでしょう。いい年をしてこういう本を買って、
しかももったいないという理由だけで読了してしまうメンタリティー(ため息)。