「野の春 流転の海 第九部」(宮本輝/新潮社)

→宮本輝の父親は女癖が悪い大物ぶった口だけのゴロツキで、
母親はことさら料理がうまいわけでもないアル中の陰気なババアだったと思うが、
宮本輝はさんざん迷惑をかけられた両親をさも偉人であるかのように描いた。
これが創価学会の宿命転換であり、「野の春」は宮本輝の自己救済になったと思う。
宮本輝自身も学校の勉強こそできないが、
なにかを知っている大物の神童として描かれているが、
あなたのご両親もあなた自身も吹けば飛ぶような社会の塵芥。
いちばんましなのは資産家の娘で伸仁の恋人、大谷冴子(大山妙子)だろう。
育ちが悪いというのは宮本輝のためにあるような言葉で、お育ちが悪いと
ここまで嫌味な説教くさい善人ぶった
傲慢な野郎ができるのかと空いた口がふさがらない。
庶民――いわゆる学がない人間たちの
大物ぶりっ子をここまでうまく描いた小説はなかろう。
女に騙され部下に裏切られ、
みじめにもあわれにも犬死する松坂熊吾は最期まで大物ぶっている。
夫に殴られ蹴とばされ、
それは字もろくに書けない水商売あがりゆえの無教養の妻の房江は、
夫の愛人を怒鳴ることもできない下卑た根性の女で、
表面上は夫の愛人と気を合わせながら内心では軽蔑するが、
それを表面に出すこともできない陰にこもった精神が貧しい女としか思えない。
こういう両親をモデルにして、
さも男女が市井の聖人であったかのように宿命転換小説を描いた宮本輝は天才である。

すべては宿命として現証として現われる。
松坂熊吾は心根のいやしさを最後の最後で露顕している(正体を見せている)。
なんでも20年くらいまえに数年世話してやった年下の男が、
いまは東京で有名企業の社長になっている。
受験で東京に行った息子に、熊吾は大物ぶって会いに行かせるが無視された。
それはしようがないだろう。相手だって忙しいし、めんどうくさい人の子とは会いたくない。
松坂熊吾は自分が見えていないというほかなく、
いまのおまえは借金まみれで、事業に失敗して
妻子も養うことができなくなった田舎もん丸出しの「色きちがい」の暴力好き、
そのうえ糖尿病で喧嘩しても息がつづかない性格破綻者なのにもかかわらず、
老齢で金欠の熊吾は自分を関西の大将だと見誤り、
20年以上もまえの部下に恩を返せと出来の悪い息子を派遣する。
こんなのは無視するのが常識だと思うが、熊吾はそうは思わないで根に持つ。
そして、仕返しをするのが「流転の海」のクライマックスだが、それがせこいので悲しくなる。
女に溺れ零落したよれよれのスーツを着た田舎もんのおじいさんに成り下がった熊吾が、
かつておおむかし数年世話してやっただけの部下で、
いまは世間的評価も高い東京の光り輝く社長に再会したときどうするか。
相手の身になれよ。どうしてそういういやがらせを関西のやつはするのか。
そういうことをするおまえの宿命はなんなんだ?
いまをときめく東京の社長さんに、完全に落ちぶれた負け犬の犬死寸前の熊吾はいう。
負け惜しみ。

「こんなところでお逢いするとは。お久しぶりです。
大変なご英達、おめでとうございます」
「先日、息子を東京に挨拶に行かせました。
成人した息子を辻堂社長に見てもらいたいと思いまして」(P329)


70歳を超えているのにこの品性のなさ、常識のなさ、心根のいやしさはなんだろう。
辻堂社長はかつての上司、松坂熊吾をどれほど瞬座にあわれんだことか。
成功した辻堂社長は長年の2号さん(愛人)を連れていた。
零落してボロボロの松坂熊吾は、
自分にも顔に火傷をおった愛人がいるのにもかかわらず、
ゴロツキの本性を発揮して、女性に卑猥な言葉を投げかけ意気揚々と大勝利宣言する。

「お元気そうでなによりです。お若いころとかわらずお美しい」
「白粉(おしろい)つけて紅(べに)つけて股ぐらの周りに垢(あか)つけて」(P330)


70になる老いぼれが女性に対して、おまえのおまんこは垢ばかりだと、
子どものような悪口を公道路面で大声で非常識にも叫ぶのである。
相手が怒るのは当たり前だと思うが、非礼にもほどがあるのだが、
追い打ちをかけるように「化け猫顔になっちょりますぞ」と愚弄する。
宮本輝は「流転の海」最終部「野の春」で松坂熊吾の芯、正体、宿命をついに書いた。
かの作家は自分を見て、血筋家柄を見て、
宿命を観じて「流転の海」の松坂熊吾を書き上げた。
これはたいへんな仕事であった。しかとした文学であった。
よくやりました。
よく書き上げましたと、いま日本に生きる最高の文学者である宮本輝に敬礼したい。
本当によかった。何度も泣きました。

「長流の畔 流転の海 第八部」(宮本輝/新潮文庫)

→母親に目のまえで飛び降り自殺されたとき以降、
宿命を描く作家、創価学会の宮本輝に完全に目覚めたが、ぐちゃぐちゃだから。
人をやっちゃって刑務所に行った人とも仲良くなり、何べんも酒を酌み交わした。
8年、風俗で女を働かせ、
ヒモとして博打や女遊びをしていたという年上男性ともこのまえ新宿で飲んだ。
そういう人と仲良くなるような根の悪さをたぶん自分は持っている。
仁義として聞いたことをそのままは書けないが、
びっくりするような覚醒剤の輸入方法も、むかしの賭博場での裏も教えてもらった。
ヒモがいる風俗嬢の女がそれでも口内発射はいやだとか、
しかし150万も月収を取っていたのに、
わずか1万円のいざこざで男と別れてしまうことも聞いた。よかった。おもしろかった。
わたしは善悪観念が(踊り念仏の一遍の影響で)乏しいから、
かなりの話を河合隼雄のように「はい」でえんえんと聞き続けることができる。
一時的な大衆習慣であるところのいわゆるモラルなんてないし、
基本ルールは「ばれなければいい」で、そういうところの根が宮本輝と通じている。
70近いのに34、5の女に夢中になった松坂熊吾は開き直る。
熊吾は50歳で奇跡のように宮本輝という息子を授かってから運が落ち、失敗続きである。
さらにそのうえ、この数年の零落は自分でも信じられないほどだが、
なにを間違えたのか。なにもかもうまくいかない。

「俺が犯した失敗は、博美の体に再び手を出したこと。
それだけだ。たったそれだけだ。
そんなものは、そこいらの不見見(みずてん)芸者とのひとときの性交と変わりなく、
男なら誰しも似たようなことをする。
女房にばれなければそれで済むのだ。
しかし、上等の娼婦といちどだけ寝るにしても七十万円[現在換算8、9百万円]
は高すぎる。あの厄介なならず者と別れさせてやったのだから、
せめて半年くらいは俺に楽しみを与えろという欲が生まれた。
いまもその欲は捨てきれずにいる。まさか六十六歳にもなって、
ひとりの女の体に溺(おぼ)れるとは予想もしていなかった。
俺は、男の機能も糖尿病とともに萎えたとばかり思っていたが、
博実の体は別格で、いつも若いころと同じくらい漲(みなぎ)らせてくれる」(P12)


運勢から考えると、全体としてのバランスはうまく取れていると言えなくもない。
50を過ぎてから一人息子を授かるという幸運を得たら、
事業の成功は全体としてありえない。
古希(70歳)に近い年齢になって娘ほども若い女とねんごろになるという幸運は、
断じてご商売の開花とは結びつかない人生現象であろう。
どこかでいい思いをしたら、
かならずどこかで悪いことがあるというのが人生のバランスだ。
三田佳子がひとりいい思いをしたら、
三田次男が覚醒剤に夢中になるのが人生というもの。
宮本輝は今回の人生でだいぶいい思いをしているが、
それは息子や孫の人生に反発として魔のようなものが出てくるだろう。
父親がいい思いをしたら、息子や孫にいきなりの魔が出現するのが運勢の法則というか。
宮本輝はどこから見てもどう考えてもお父さまの運を奪っているわけである。
宮本輝のご子息は陽平と大介だが、彼らの子どもあたりに魔が出てくるのではないか。
ちょっと宮本輝はひとりで運を取りすぎたところがあるし、にもかかわらず傲慢である。
熊吾の妻の読み書きさえおぼつかない、水商売あがりの文盲に近い房江は語る。

「運がなくなると、やることなすこと裏目に出て、
どんな人間も坂道を転がるように落ちていくことは
新町の「まち川」でいやというほど目にしてきた。
あのころに見た幾人かの男たちの凋落(ちょうらく)と夫のそれには共通したものがある。
この運というしかないものは、いったん切れると際限がない。
その運を取り戻すには、松坂熊吾は齢を取り過ぎた。
あと三年ほどで七十歳になるのだ」(P390)


まさか小説を事実と思うものはいないのだろうが、
房江がアル中から立ち直ったそぶりを見せ、
多幸クラブ[法華ホテル]で働き始めたのは、
自殺未遂直後ではなく、事実では父親の犬死後だが、勘違いしている読者が複数いた。
しかし、熊吾の運が落ちた分、
妻の房江の運が上がることもありえるということをうまく描いているとも言える。
人生は勤行唱題の数――努力ではなく運であることを宮本輝は知っている。
当人によかれとしてしたことでもマイナスになるし、
意地悪でしたことがプラスになることもある。
運よ運、この不可思議なるものに熊吾は思いを馳せる。
いま自分は他人に世話を焼いたが、これが当人のマイナスになるやもしれぬ。

「まったくなにがどうなっていくのか「お先真っ暗」であると同時に
「前途はつねに洋々」でもある。
前者となるか後者となるかは、いったいいかなる作用と力によるのであろう。
ここ三、四年間の俺は、まさに四つ角を曲がるたびに魔と出くわしてきたようなものだ。
うまくいくはずの道へと曲がったのに落とし穴だらけで、
害を為す人間とばかり知り合ってしまう。
時代に恵まれず人に恵まれないとなると、
運に恵まれない貧乏神そのものになってしまったというしかない。
いつのまにかそんな人間になってしまったとしたら、俺はこれからどうしたらいいのか。
答はひとつだ。なにもしてはいけない」(P436)


夜半、駐車場の管理人をしているアル中の房江が隠れて酒を飲んでいたら、
同敷地内にある会社寮の17歳の青年が事務所に入って来る。
許されないことだが、いつもやっていることで、みんなどこか黙認していること。
17歳の青年が事務所にこっそり忍び込んできたのは、
門の鍵を取って駐車場の車で、
同年齢のガールフレンドと深夜のドライブをするためである。無免許運転。
アル中の房江は酒を盗み飲みしていたのをばれるのがいやで物陰に隠れる。
結果、どうなったか。青年と同い齢の近隣食堂で住み込みで働く少女は、
トラックに衝突して、
だれがだれだかわからぬほどぐちゃぐちゃになってふたりとも死んでしまうのである。
これを書けるのが宮本輝の本当の神仏に比すほどの絶対天才である。
そのとき房江が注意をしていたら、青年も少女も死ななかった。
人生のこの不思議はなんだろう。
ここは久々に小説を読みながらぞくぞく震えた。
宮本輝はこれを書ける作家なんだ。宮本輝は天才で、
いまわたしに2千円以上するハードカバーを定価で買わせる作家は氏しかいまい。
氏は関西人だが、関西弁というのは「本当のこと」を言うのに適した言語かもしれない。
妻の房江から「色きちがい」と言われた夫で小説の主人公の熊吾は、
それにもめげずいっぱしに考察する。美人の女房がいる佐竹善国は――。

「話題とは無関係のことを突然口にするのが佐竹善国の癖だったが、
それは語彙が少ないからだと熊吾は気づいた。
だから、言いたいことがつづかない。
語彙と語彙が組み合わさって論理が形成されるが、
その語彙を持たないと智慧も豊富な経験も説得力を持って伝えられない」(P447)


わかるわかる、わかるよなあ。底辺派遣で働いていると、
いい人なんだけれど語彙がないため、いきなり怒鳴る人が少なからずいた。
その感情を言葉にする語彙を持っていないという学がない哀しみ。
村上春樹を読むのはえせインテリか売女で、龍を読むのは自己啓発ビジネス男で、
われらが宮本輝先生を愛読するのがわれらが人情の機微を知った、
人間の悲喜の感動を体験から知っている本当の庶民である。宮本輝は知っている。

「満月の道 流転の海 第七部」(宮本輝/新潮文庫)

→宮本輝の父と母をモデルにした大河小説もいよいよ終盤に入りおもしろくなってくる。
実際の宮本輝のお父さまはいっぱしの事業家ぶって口だけは大きなことを言うが、
手がける商売はどれも失敗した小学校しか出ていないヤクザまがいのゴロツキだった。
お母さまは学がないため読み書きもおぼつかない水商売に売られた女で、
夫の繰り返す家庭内暴力と異常な浮気癖のためアル中になり、
新興宗教をいくつもめぐり騙され続け、
最後は創価学会の信心に行き着いたという偏狭で孤独、とても不幸な婦人だ。
それを宮本輝はホーリーファミリーのように装飾してしまうのだからさすがである。
宮本輝の父も母も市井を生きぬく人情の機微をよく知った賢者として描かれる。
ふたりとも小憎らしいほど妙に世知長けているのがいやらしい。
自分は人間の腹の底を知っているという威勢をよく張るのだが、
「流転の海」7、8、9巻はそんな粋がったふたりが壊れていく話なので、
宮本輝の愛誦句「ざまあみやがれ」をわたしも叫びたくなり、読んでよかったと思う。

宮本輝の父をモデルにした松坂熊吾はいつも他人の礼儀作法をなっていない、
気遣いが足らないと苛立ち、そういうわかっていないやつに内心の腹立ちを隠さないが、
「ひとたびはポプラに臥す」を読んだら宮本輝もそういう人なので、これが宿命なのか。
松坂熊吾はわかったようなことを言うが、実際にわかっているのである。

「背が低いっちゅうのと、学歴がないっちゅうのが、男の最大の劣等感なんだ。
男の二大劣等感というてもええ。
わしらの世代では、わしの身長は平均じゃけん、
若いころ、そのことで劣等感を持ったことはないが、
学歴に関しては、この齢になっても、劣等感がある。
尋常高等小学校しか出とらんけんのお」(P49)


そういう男が劣等感を克服するには金儲けと暴力である。
松坂熊吾は戦前は中国で手広い商売をやっていたという設定だが、
本当はどうなのだろう。
本当はかなりイカサマでアコギなことをしてあぶく銭を稼いでいただけではないのか。
「満月の道」では、松坂熊吾は馬脚をあらわしまたもや商売でヘタを打つ。
こいつはできるとか松坂一流の「人を見る目」で信頼していた部下に裏切られ、
大金を横領着服される。
むかしの愛人に再会しヤクザのヒモと付き合っているのを見た大将こと松坂熊吾は、
70万(現在換算したら8、9百万)の手切れ金を払ってやるが、それは人情ではない。
なにかといったら性欲と損得勘定である。
仕事をさぼりながら昼日中から愛人の身体をまさぐる自称大物の他称大将である。
休憩するために愛人の家に毎日のように行くわけではない。

「くつろぐどころか、俺は博美の体に溺(おぼ)れて、
天性のものとしか思えない性の技巧に巻き込まれ、何もかもどうでもよくなってしまって、
自堕落な疲労をここちよく感じながら、
寄り道をして妻と子のもとに帰る日々を送っている……。
まあ、それだけのお返しをしてもらってもいい。
俺はこの女をたちの悪い男と手を切らせるために七十万という金を払ったのだ」(P430)


女に溺れるとか宮本輝も経験したかっただろうし、こちらも同感する。
宮本輝は宿命をだれよりもうまく描く作家だが、そちらの血は引かなかったのだろうか?
女癖の悪さというか、浮気癖のことである。
宮本輝は多くの小説で浮気や不倫を「悪」とかなり断定的に描いているし、
奥さまの妙子さんは怖そうだから、一度も浮気をしていない可能性もあると見ている。
すべては父と母のなかに眠っているというのが井上靖の人生観で、
先輩作家のそれを踏襲してさらに宿命観として深めたともいえるのが宮本輝である。
繰り返すが、すべては父と母のなかに眠っている。
これが大河小説「流転の海」シリーズのテーマといってもよかろう。
すべての人間はなにかを持っていて、それは父と母から与えられたものだ。
それは影のようについてまわり、決してその影から逃れることはできない。
いくら名前を変えたとしても、父と母という宿命から逃げ切ることはできない。

熊吾の妻の房江は読み書きはうまくできないが、女というものをよく知っている。
むかしの知り合いの美しい少女と再会して、
もうこの一家とは関わりあいたくないと内心では嫌悪の念をいだきながら、
それでも下世話な好奇心には勝てず、常識がないのか相手のことを根掘り葉掘り聞き、
事件を起こした一家の娘が変名したことを知る。

「津久田咲子という本名を捨てて、これからは桜井峰子として生きていくのか。
好きにすればいいが、津久田咲子であることからは決して逃げられないのだ。
新町の花街の「まち川」で女将(おかみ)代理として働いていたとき、
私はそんな女をいやというほど見てきた。
彼女たちの行く末はみな絵に描いたように似かよっている。
どんなに姓名を変えても、本性は変わりようがなく、
どこへどう逃げても自分の影は離れられない。
津久田咲子から桜井峰子へ? 不幸な子だ。あの美しさが、
あの子をこれからもっと不幸にしていくことであろう……。
房江は、痛々しいものを見る思いで、
津久田咲子が百貨店の角を曲がって姿を消してしまうまで、
交差点の信号機の下にたたずんでいた」(P117)


これを書けるのが宮本輝の才能で、わたしはこの水商売的な世界観をよく知らない。
高校からはトップどころだし、働きに行ってもふつうのおねえさんや主婦しかいない。
キャバクラとかガールズバーに行けば少しはわかるのだろうが、そんな金はない。
「女に狂う」とか「男を惑わせる」という言葉の意味の理解が、
どこかお上品で観念的で皮相なのだ。
危険なことをいうと、女に狂ってみたいし惑わされてみたいが、
宿命としてそういうことが平凡で並以下の顔の自分には起きないような気がする。
熊吾の妻の房江は同性である女をとても冷たい目で見るが、
この底意地の悪さは芯からの育ちの苦労とそれゆえの歪みを感じさせ、
この手の女ほど敵に回したら怖いものはないと思われる。
房江は麻衣子という親戚の20代半ばの女性に久しぶりに会う。
そこで世間の苦労をこれでもかと知った下女まがいのひんやりとした人間観察をする。
この麻衣子という女は――。

「気が強くて頑固で、男運が悪く、始末が悪いことに器量がいい。
女から見れば冷たい美貌だが、それが逆に男の気をひくらしく、
麻衣子の周りには下心むきだしの男たちの目がある。
潔癖そうに振る舞ってはいても、男の扱い方を心得ていて、
時に応じて媚(こび)を小出しにする。
触れなば落ちんといった風情を漂わすのだ」(P385)


昭和の色気がある美女を宮本輝はなんとうまく描写することか。
たぶんむかしよりいまのほうがきれいな女性は多いはずだが、
メイクだか整形だかでみんなおなじ顔になってしまっていて、心が騒ぐということがない。
生まれ持った業のようなもの、つまり宿命はもっとも端的に顔に現われるのだが、
いまはメイク技術が発達しちゃったし、プチ整形で顔なんて簡単に変えられちゃうから、
そこがいい時代とも、おもしろくないともいえよう。

みんなから大将と呼ばれ、若い愛人からはお父ちゃんと呼ばれる松坂熊吾は、
とにかく自分に自信がおありなようで、
ことさら誇っているのが「人を見る目」だったのだが、
「満月の道」の終わりで信頼していた部下に裏切られ、
おのれの正体(宿命)にうっすら気づく。自分は同じ失敗ばかりしているのではないか。

「熊吾はやって来た電車に乗って座席に腰を降ろすと、
同じ失敗とは、商売における金銭への杜撰(ずさん)さや、
信頼しすぎて社員まかせにしてしまうことだけではなく、
親分風を吹かせて身の丈以上のことを請負って、
いい気持になってしまうことだと思った。
それはたぶん俺にとって、たまらない快楽なのであろう、と」(P483)


「流転の海」の松坂熊吾はネットでは大好評だが、わたしには抵抗感がある。
まず松坂熊吾のようになりたいとも思わないし、ああいうお山の大将めいた
人情家きどりの豪傑ぶった見栄坊に「大将」と媚びを売ることもできない。
それができていたら、いまごろもっと上に行っていたのかもしれないが、
宿命として「大将、大将」とボス猿みたいな説教好きにペコペコすることができない。

いまに始まった話ではないが、
宮本輝は「満月の道」でも自分がモデルの伸仁をあたかも神童のように描いている。
どうしたらここまで厚顔になれるのかの秘密は創価学会に入るしかわかる道はないのか。
高校生の松坂伸仁(宮本正仁/宮本輝)が
大学教授の書いた難解な仏教説話集(ジャータカ/釈迦前世譚)を読んで、
年上の浪人生に教えを説いたというのである。
その浪人生というのは熊吾の会社で経理をしている20そこそこの若者。
彼が法華経を語っちゃうのが、創価学会の宮本輝ワールドである。
ジャータカにこういう話があるという。
提婆達多(だいばだった)という仏教でいちばん有名な悪人がいるけれど、
実は男は過去世で釈迦の師匠の仙人だった。
釈迦は王様だったが万民を救いたいと思い出家して、
法華経を教えてくれるという仙人のほぼ奴隷に近い弟子になった。
釈迦は千年(提婆達多の過去世の)仙人に奴隷のように尽くしたが、
結局法華経は教えてもらえなかった。
これを「千歳給仕」というらしい。千年奴隷という意味。
これの解釈はいろいろ分かれるらしく、
仙人が法華経を教えなかったのは、どのお経も価値があって、
法華経ばかりが最勝というわけではないと
高校生の松坂伸仁(宮本正仁/宮本輝)の読んだ本の著者は解説していた。
しかし、自分は違うと思うと大学にも入れない20そこそこの青年は獅子吼する。
「千歳給仕」、つまり師匠に逆らわず千年奴隷をする行ないこそが法華経の内容だと。
おそらく宮本輝のお父さんは法華経なんて読んだことはなかったはずだが、
松坂熊吾はそれこそ正しいジャータカの解釈だと断定し、
法華経こそがもっとも優れており、大学教授なんかバカだと根拠もなく言い放つ。
それを青年に気づかせるきっかけになったのが松坂熊吾の息子である、
高校生の松坂伸仁(宮本正仁/宮本輝)なのだという恐るべき自画自賛。
いったいどういう才能を持っていたらこういう名作が書けるのだろう。

熊吾も房江も損得勘定からよく嘘をつくが、その嘘が巧妙で狡猾なところに舌を巻く。
熊吾は熊吾で愛人とよりを戻すために、
ヒモのヤクザとの手切れ金の交渉の際、うまい嘘で相手を騙している。
房江も世間を知っているというか、駐車場の管理人の期間延長を依頼されたとき、
自分たちはもう引っ越し先を決めて敷金を払ったと嘘をつき相手に恩を売っている。
わたしの解釈では法華経の意味は「嘘も方便」だから、彼らはよき学会員といえよう。

「ひとたびはポプラに臥す6」(宮本輝/講談社) *再読

→宮本輝がクソダメだと思うのは、あの人、ひとりっ子でしょう。姉や妹がいない。
ワールドが男漢で息苦しくなるときがある。
この旅行記でもしつこく繰り返し創価学会の宿命転換思想を語っているが、男の子。
床屋政談みたいなのが大好きなのが、宮本輝、男の子。
バックパッカーをシリーズで繰り返しバカにしていた大尽旅行の、
お連れを大勢配下にはべらせて大冒険をしたふりをする宮本輝は男の子。
一丁前のいっぱしの事業家ぶって恥ずかしくないのか、男の子。
小説なんていまは女の子しか読まないのに偉ぶって、男の子。
なにこいつ? 自分が総理大臣にでもなりたいのかって男の子。
偉そうな大物ぶった男の子のお仲間との資金あふれるシルクロード旅行記でした。
感激感動座布団三枚。

「ひとたびはポプラに臥す5」(宮本輝/講談社) *再読

→現代日本文学の三本柱といえば村上春樹、村上龍、宮本輝だと思うが、
いまのわたしは春樹も龍もお金をもらっても読む気がしないが(ごめんなさい)、
輝さんは最新刊をハードカバーでお金を払っても読みたい作家なのである。
自分に近いっていうのかな。だって、龍も春樹もあれはアメリカ、アメコウの世界。
宮本輝は先輩絶対の日本体育会系で暑苦しいが、それでも七五調は守っている。
40を超えた男がいまさら龍や春樹なんて読めないが、宮本輝はいまでもおもしろい。
関西弁を追手門学院大学で勉強したいくらい宮本輝のことが好きだ。
昭和の天皇陛下を政治ができない男とバカにした宮本輝は、
今度は朝日新聞の東京本社で自決した右翼の野村秋介の俳句を
バランスを取るように絶賛する。
「俺に是非を説くな激しき雪が好き」
「昂然とゆくべし冬の銀河の世」
宮本輝が好きだ。宮本輝はいう――。

「私は小説を書きたかった。この先どうなるのかは考えもしなかった。
体中の血が騒いだのだ。自分が書く小説で人を酔わせ、感動させたかった。
その一点に向かって、私は私の血の騒ぎをしずめることはできなかった。
是非なんか、どうでもよかった。
そこが極寒の吹雪であろうが、死の砂漠であろうが、私は行ったにちがいない。
誰も私を止めることはできなかった」(P32)


宮本輝の言葉は現にこうしてわたしに届いている。

「ひとたびはポプラに臥す4」(宮本輝/講談社) *再読

→宮本輝は小説で、
どうしようもない田舎のどん百姓は女房子どもに威張ると書いていたが、
それをご本人さまがまざまざと実地で見せつけてくれる名著である。
長男の宮本陽平はうまく父親の宮本正仁(宮本輝)から逃げたが、
次男の宮本大介は変な助平根性があったのを父に見破られ、
これでもかと悪口を書かれている。
これをおかしいと思わないほうがおかしいのよ創価学会。
紫綬褒章作家の宮本輝いわく、息子の幻冬舎の宮本大介営業部長は――。

「いちばん若いのに、いちばん気がきかん。疲れてると疲れてる顔見せるし、
最後に残っていたおかずを、食べてもいいですかとも聞かずに食べやがる。
どんな躾(しつけ)をされたのか、親の顔が見てみたい。親は、俺や」(P83)


宮本輝には自分絶対の宮本輝ルールがあり、それに逆らったら息子でも粛清される。
皿に最後まで残っているものを食べるのこそ優しさだと思うが、創価学会では違うらしい。
この人、あたまおかしいと思うけれど、なんでこんなに関東でも評判が高いのだろう。
幻冬舎の宮本大介営業部長もお子さんにおなじようなことをしているのだろうか?
女房子どもに威張るのって、最悪の格好悪い男じゃないですか?
「流転の海」シリーズでうまそうだと思った中華大鍋料理は、
開高健の小説のパクリだったのかと知る。
93ページに書いている。
ウイスキーの「ジョニ赤」を1万円で買ったアホな宮本輝の舌はいかがわしくてよろしい。

「ひとたびはポプラに臥す3」(宮本輝/講談社) *再読

→宮本輝は海外に行くたびに「ジャップ」や「バイシュン」とバカにされると書いている。
それは自分の下卑た根性を見透かされているせいではないかと自己分析していて、
さすがさすがの芥川賞、紫綬褒章作家である。
わたしは海外で外人にバカにされた経験は少ないが、
それが宮本輝との持って生まれたものの差だろう。
すぐにバカにされたと感じ怒るのが宮本輝と幻冬舎の宮本大介営業部長。
なんでそこで怒るの? とわからないところが両親子でふんだんにある。
それが創価学会なのかもしれない。
息子が体調が悪いと言い、朝食はいいから寝ていたいと父の宮本輝にお願いした。
このくらいで紫綬褒章作家の宮本輝は癇癪(かんしゃく)を起こすのだから、
ただただひたすらもう幻冬舎の宮本大介営業部長には同情いたしますですね。
朝食はいらない、ただそれだけよ。宮本輝は――。

「私は怒って、たとえ何も食べなくても、みんなと一緒に食堂へ行けと言った。
団体行動というのはそういうものだ。
起きるのがつらくて、少しでも寝ていたいというわがままを、
朝食をとらないのが自分の習慣だと誤魔化しているにすぎない。
体調がよほど悪くて、寝ていなければならないのならともかく、
そのようなわがままは断じて許さない。
もし、それが気に入らないのなら日本へ帰れ」(P31)


19歳の宮本大介さんはお父さんのメシの種にされるのがいやだったのに、
親孝行からふざけたシルクロード旅行について来たのに、
こんな理不尽なことを言われる。輝は絶対に大介をメシの種にしているわけ。
それでこれだけ怒るなんて横暴がすぎるのではないか、と思うが、
宮本輝が死んだあとに書かれるはずの、
幻冬舎の宮本大介営業部長の暴露本にたまらなく期待が高まる。

「ひとたびはポプラに臥す2」(宮本輝/講談社) *再読

→作家とはいかにウソ書きできるかが勝負で鳩摩羅什の法華経もウソ書きである。
インド語の原典を鳩摩羅什はかなり自己流に法華経にウソ書きしている。
この旅行エッセイによく出てくる料理は「大盆鶏」といわれる肉料理。
どこの食堂にもあると書いてあるが、
わたしは2ヶ月近く南北中国を旅したがどこのメニューにもこれはなかった。
西安からトボトボぼちぼち敦煌に行ったのだが、本当にどこにもなかった。
「大盆鶏」が宮本輝のウソ書きだったら、この人は本当の鳩摩羅什のような天才である。
なんでもいんちき通訳のフーミンちゃんが大好きな料理で、
どこでもいちばん値段が高かったという。
貧乏なフーミンちゃんはどうせ経費で落ちると見破りもっとも値が張る「大盆鶏」を
毎回のように注文したと思うのだが、しかし「大盆鶏」なんて中国のどこで食えるのか。
安食堂しか行かなかったせいかもしれない。
宮本輝ご一行さまは、臆病で、19歳のご次男くらい、もっとがんばれよと思うが、
生野菜や生緬を異常なほど怖がっている。
30オーバーのわたしは中国で生野菜も平気で食べていたが、なにも起きなかった。

宮本輝ご一行さまが敦煌で泊まったホテルを調べたら超高級で、
あはん、あはは、そういうことなのか。
幻冬舎の宮本大介営業部長とか成金の父親のことを本音では大嫌いだと思う。
宮本輝が敦煌名所の莫高窟を「つまらない」と正直に書いていたのは大笑い、同感した。
鳩摩羅什が莫高窟を見てもなにも感じなかっただろうとウソ書きしている。チョー同感。
しかし、敦煌の莫高窟の入口近くに池田大作先生の石碑があったのだが、
それを書いていいのか。敦煌の莫高窟は批判していて、
井上靖が好きなゴッホの「星月夜」には
一転して感動したふりをするのは人間としていかがなものか。
わたしは敦煌もゴッホも同様におもしろくない。くそおもしろくもないが、悪いか。

大作家の宮本輝、昭和天皇は政治(賄賂)をできないやつと批判する。

「<大きい、小さい>のなかで、うまくやるのが役人というやつなのだと思い、
占領軍の親玉、マッカーサーを思い出し、
背の高いマッカーサーと一緒に写っている<天皇>を思った。
しょせんマッカーサーは政治的すぎる軍人だったかもしれないが、
天皇は政治家ではなかったよなァ……と思いながら、
ゴビの暑さをじりじりと感じ、
戦争という分水嶺の恐ろしさについて朦朧(もうろう)と考えたが、
戦後生まれ私に実感としてわかるはずがない」(P12)


「ざまあみやがれ」と宮本輝は書いている。ざまあみやがれ。
俺は大成功して大金を遣うこんな大尽旅行をいましているぞ、ざまあみやがれ。
150ページに書いてある。創価学会の宮本輝の根性は「ざまあみやがれ」だと思う。
ざまあみやがれ、ざまあみやがれ、ざまあみやがれ。俺は紫綬褒章を取った。

「ひとたびはポプラに臥す1」(宮本輝/講談社) *再読

→井上靖と池田大作が大好きな宮本輝が書いたシルクロード旅行記。
ふたつのことをまず記しておくと、これを書いたとき宮本輝は47、8歳。
いまのわたしはそのわずか5歳下くらい。
旅した時期は94年か、95年で、
わたしも(敦煌までだが)おなじようなルートを07年にひとりで行っている。
本書は北日本新聞社の経費を丸遣いした宮本輝の大尽旅行記である。
記者、カメラマン、私的秘書のみならず自分の息子まで連れて行った観光旅行の記録。
公私混同あまりあるが、どうせ経費で落ちるのだからと通訳の中国人までついている。
大冒険のようなことを本人は書いているが、10年でどう変わったのかわからないが、
あのくらいのルートで冒険家づらをされちゃたまらない。
あんなコースはひとりでも行けるし、お仲間に囲まれて通訳までいるのに、
宮本輝はヒイヒイ言っているのだが、どれだけ成功疲れしているのか?

しかし、ファンから見たらおもしろい旅行記である。
なんでも法華経を漢訳した鳩摩羅什(くまらじゅう)の足あとをたどる旅らしい。
西安から旅は始まるが、あそこで鳩摩羅什といえば草堂寺しかない。
わたしも宮本輝のことを考えながら草堂寺にバスとバイタクで行ったことがあり、
当時のわが純情を思い返すと涙が出てくる。
宮本輝はおもしろくてさ。取材費で草堂寺の住職に会って話を聞いたのだが、
その中国人僧侶の悪口をメタクソに書いている。
お礼の200元(当時の2000円強=円高だったんだなあ)を返せとか書いている。

宮本輝はおもしろくて、氏のご次男は幻冬舎の宮本大介営業部長だが、
公刊されるこの本で部長が高校時代、喫煙で3回も無期停学になったことをばらしている。
部長もまた19歳のころから父親に似て偉そうで、人の金で貴重な旅をしておきながら、
お仲間に守られながら現地で警察官に日本語で喧嘩を売るという蛮勇を見せている。
ザ・宿命というほかない父親と息子の相似形、近似形がそこにあった。
宮本輝は大尽旅行記で中国人女性労働者を概して人相が悪いと評しているが、
わたしが行ったときはみな親切だったので、
それはご自分の心中の「悪」を投影しているだけではないか、
と言えなくもないがわからない。

通訳のフーミンちゃん(男性)が悪そうで、そこがたまらなくおもしろい。
本当は無料で行けるところでも200元かかりますと言えば、
それはフーミンちゃんの丸取り。
だって、ご一行さま、だれも中国語の数字すらわからないし、勉強しようという気もない。
通訳のフーミンちゃんは賄賂(わいろ)を払うのが大好きだったそうだが、
たしかに中国社会は賄賂なのだが、あそこまで賄賂を払うのはどう考えても異常だ。
賄賂を払ったと称して、現金をふところに入れていたとしか思えない。
宮本輝の劣等感がわかるのは、他人を「さん」で呼ばないところ。
常識的にふつう他人は「さん」で呼ぶと思うが、
低学歴の宮本輝は高学歴の記者や中国人通訳を
「くん」や「ちゃん」で呼んで自分の優位を示そうとする。気分が悪い。
50近い、いいおっさんがそんな幼稚なことをするのだから、
関西語ネイティブの宮本輝はやっぱりおもしろい。関西のおっちゃんは言う。

「男を堕落させようと企むやつは、たいていの場合、酒と女を用意するなァ。
俺が羅什やったら、酒をくらって女と寝るな。
だって、俺って堕落しやすいんだよね」(P235)


酒と女、あとひとつ男には必要なものがある。それはなんでしょうか?

「この世には、有り得べかざることがあり、統計的にも理論的にも、
決して不可能というわけではないのだが、
それでもほとんど奇跡に近いことが起こるのである。
我々にそれを教えてくれるのは、
もっとも身近なものではスポーツとギャンブルであろう」(P173)


宮本輝は麻雀を、あれは地獄を生きていないと勝てないという。

「自分のなかに地獄があることを知り、地獄を地獄として生きる……。
そのとき、何かが、その地獄を善なる何かに転換する。
その<何か>とは何か。
鳩摩羅什は、そのこともまた東方に伝えようとしたのだった」(P178)


ちょっと学術研究者きどりで輝ちゃん、かわいい。ご次男の大介営業部長よりも、かわいい。

「血の騒ぎを聴け」(宮本輝/新潮社) *再読

→ひたすらムカムカするだけの関西人の俺エッセイ。
そんなにおまえは偉いのかよって話。命令形のタイトルってなに?
しかし、いい話もあって、それがスパゲティーのミートソース。
大学生の宮本輝の父が大ぼらを吹きながら借金まみれで亡くなったとき、
名家のお嬢さんの大山妙子さんがホテルのロビーでミートソースをおごってくれたという。
むしゃぶるようにスパゲティーを食っていた宮本輝を見て大山妙子が泣いたという話。
この話はどこまでも泣ける。「野の春」でも使われていた。
いまは糖尿病の宮本輝さん、糖質制限でパスタなんか食えないんだろうなあ。
プロレスの天龍源一郎でも、テレビの山田太一でもおなじことが言えると思うが、
宮本輝(本名は宮本正仁)は女房(の大山妙子)がつくった創作かもしれない。
すべては大山妙子のなかに眠っていた。