「人生の道しるべ」(宮本輝・吉本ばなな/集英社)

→対話集だが、これはとくに宮本輝に言えるのだが、
作家というのはうまい(売れる)小説を書ける人というだけなのに、
どうして人さまの人生指南をしたくなってしまうのだろう。
やはり宗教が関係しているのかなと遠藤周作もそうだったなあと思う。
15年くらいむかしのわたしにとって宮本輝は絶対的な師匠ともいうべき存在で、
とにかく逢いたかったけれど師匠が池田大作を畏怖するのとおなじで、
わたしも宮本輝がとても怖い師匠に思えて逢うなどとんでもないと思っていた。
それがいまでは宮本輝にことさら逢いたくもないし、
怖い人どころか師匠とさえ思っていない。
これは紫綬褒章作家の宮本輝の成熟、老成の深みに、
わたしがついていけなくなったからだろう。
氏はわたしなんぞが理解するには及ばぬほどの文学的高みへお登りになられた。
宮本輝が堕落したのではなく、わたしの劣化が著しいのだろう。
氏は苦労自慢(不幸自慢)を好んでするが、
いまから見たら若干30歳で華々しく世に出て、
32歳の若さで軽井沢に別荘を購入している。
それから40年近く文壇の第一線で成功者として大勝利人生を歩まれておられる。
もう充分に人生のもとは取ったであろうが、その自信が宮本輝に説教をさせる。
おまえら、なんか文句があったらおれのように大勝利してから言えよ!

「いまは「あしたの千円よりもきょうの百円」でしょうから、
あしたのことまで考えてられるか、まして三十年後のことなんて、と。
「十年一剣を磨く」という言葉がありますが、
たとえば剣道なら十年竹刀を振り続ける。
最初の一日目なんてへろへろになるけれども、これを十年やることで、
ものすごい大きな結果へ至るようになる」(P48)


もう40年も富裕層として大勝利人生を満喫していらっしゃる氏は、
いまの社会底辺に埋もれている人のことをなにも知らないのだろう。
そもそも逢うことがないだろうし、逢っても通り一遍の励ましをするだけで、
胸襟を開いて話すということがない。
わたしはまだギリギリそこまで行っていないが本当の貧困中年にとっては、
「あしたの千円よりもきょうの百円」なのである。
その百円がなかったらあした派遣先の職場に行けないという感じで暮している。
それも彼の努力が足らないからというのではなく、
同身分ゆえ厚かましくも人生来歴を聞いてみると、よほどわたしよりがんばっている。
宮本輝は小説のなかで恵まれていないものを努力が足らない、
それは修業しなかったからだと老いた富裕層に批判させるが、
てめえの目でものを見てから言えと申し上げたくなるが、聞く耳を持たないだろう、
「10年やれ」というのは宮本輝だけではなく、多くの成功者が好むフレーズのようだが、
ブログ「本の山」はもう今年で12年になるが、まったく世間からは評価されず、
それどころかアクセス数は下がるいっぽうで、
むかしはよく来ていたメールもぱたりと来なくなった。
それが当方の人品の卑しさ、心根の悪さの「現証(結果)」なのだろうが、
こうまでだれからも相手にされず黙殺されると
無力感、不全感、孤独感に押しつぶされそうになる。ひとりでさみしい。
宮本輝はよく30年後を見据えて生きろと説教しているが、
どのみちこちらは不健康な生活をしているのでそんな長生きはできそうもなく、
30年後の1千万よりもいまの100万円がほしい。インフレだってないとはいえない。
いくら職人が30年腕を磨こうが技術革新で全部パア。
かなしくも熟練職人が失業者になってしまうのが進歩のやたら早くなった現代社会である。

売れなくなった老作家は(それでも過去の印税収入があるんだからいいだろう?)、
かならずといっていいほどいまの売れている作家を批判する。
本人は師匠先生きどりで若僧を叱っているつもりなのだろうが実際はパワハラだ。

「ぼくは、死生観が根底にない物書きは、ぐらぐらすると思います。
最近の作家たちでせっかくいい才能があるのに伸び悩んでいる人の脆弱さは、
ここに原因があるのと違うかな。
作家は生とはなにか、死とはなにかの問いに入らざるを得ない。
死という不可視なものを描くからこそ、
自分の生死に関する哲学や思想の立ち位置がものをいうと思う」(P111)


宮本輝の死生観は自分で考え尽くしたものではなく、
創価学会で教わった借りものだが、それでもないよりはいいのだろう。
だったら、わたしも創価学会に入りたいと思ってブログでアピールしても、
いまの創価学会さまはお偉くなったようで当方ごとき下層民は相手にしてくれない。
宮本輝の死生観は池田大作に教わったものらしいが、
宮本輝はそれにうまくだまされることで、
本当に自分のあたまで死を考えることから逃げている。
しかし、それが賢い生き方とも言えて、
なぜなら紫綬褒章作家の氏はいま大勝利という現証が出ているからである。
大勝利作家である宮本輝(池田大作)の死生観を拝聴しよう。
宮本輝は池田大作のことを創価学会機関紙(誌)以外では「ある人」「その人」という。
やはり自分が学会員であることを隠したい気持が働いているのだろう。

「その人は、人間一人一人の命を万年筆のなかのインクに譬(たと)えていました。
命が尽き、臨終を迎えたとき、このインクの一滴というあなたの命は、
海にぽとんと落ちると。落ちた瞬間はまだインクは青い。
でも、たちまち広がって、もうインクの色などなくなる。
しかしインクは消滅したのではないよね。そのインクは、
海水に溶けた状態で厳然と存在しているのだ、というのです。
海そのものになることが、死なのだと。(……)
海、あるいは大宇宙そのものに溶け込んでいくことで、
なんらかの縁が重なり合い、また別の存在として再び生まれてくると。(……)
これは輪廻転生ともまた違う捉(とら)えかたですよね。
そのまま戻ってくるんじゃなくて、また別のものになるわけです。
ともあれ、死を宇宙とまじっていくと考えると、なんか楽しいよね」(P116)


どのみち死後の世界はだれにもわからないのだから、
無になると考えるのも悪くないが、
氏のように楽しい死後の世界を思い描くのもよかろう。
わたしはまた別の物語を持っているが、これは優劣を競うたぐいのものではない。
いまもいま来世待ちというか、
いまもいま「死後の世界」を生きているようなところがある。
このため職場で東北弁のイワマとかいういかにも冴えないおっさんから
ラックを故意にぶつけられ意味不明なことを大声で怒鳴られようが、
それをどこか離人症的に「死後の世界」からながめることができて、
そこまでムカつくということはないし、だからだろう、明るくいられる。
ああ、こいつ、ある精神科医の書いた小説に出て来たアズマくんそっくりだ、
なんて思いながら。少しは大人になったのかもしれない。
明るい大人に少しだけ近づいたのかもしれない。
宮本輝いわく、大人とは――。

「自分の実人生と、自分が読んださまざまな小説が、
あるとき歯車のようにガチャッとはまるときが必ず来ます。
それが大人になるということかもしれませんよね」(P143)


宮本輝も吉本ばななも大人である。
たぶんおそらくいやかならずや宮本輝は吉本ばななの小説を理解できない。
同様に吉本ばななも宮本輝の描く通俗世界観に抵抗があるだろう。
しかし、ご両人とも大人だから、お互いの作品をこれでもかとべた褒めする。
大人、かっこいい♪
しかし、まだ吉本ばななは大人になり切れていないようで、
すぐ(学会員ゆえ)大声で怒鳴りそうな宮本輝を
あやうく着火させかねないひと言を口にしている。

「それでいえば、輝先生の小説を読んで、結婚に夢を抱き、
堅実であたたかい暮らしが永続することを、
ひとつの理想と感じる読者は多いかもしれません。
そこは意識されていますか?」(P143)


しょせん宮本輝の小説なんて通俗幸福家庭をなぞっているだけではないかと。
新しいものがなんにもないじゃないかと。
吉本ばななだけではなく、宮本輝も大人げない発言をしている。
気が小さい繊細な自信家である宮本輝は、
ネットで自作の感想のチェックを怠らないらしい。

「『水のかたち』は、ぼくにしてはちょっと荒唐無稽な夢物語に仕上げています。
だから、アマゾンのカスタマーレビューで「ただの夢物語」なんて、
みそくそに書いたやつがいたよ。(……)
正体がわかったら首絞めたるねん(笑)」(P24)


わたしもネットに似たような感想を書いているが著者には申し訳ないことをした、
首を絞めたかったら首を絞めに来い。お電話いただければ住所を教える。
土屋顕史(080-5188-7357)
どうせ専属秘書やテルニストと呼ばれる狂信者(愛読者)が来るのだろうが、
当方もはや現世にさほど執着はなくいつ絞殺死体になっても構わない。
武闘派学会員とうまく連携すれば首つり自殺に見せかけることなど朝飯まえだろう。
かつて宮本輝はわたしの師匠であった。
どうしたらあんなにすばらしい短編小説を書けるのか不思議でしようがなかった。
それを知りたくて調べていたら創価学会まで行き着いてしまったわけである。
そう、わたしは創価学会から仏教という広い海に分け入ったのである。
宮本輝はもう一度若いころのような作為のない短編を書きたいといっている。

「三十枚の短編の依頼を受けて、一日五枚、適当に書いとったら六日間でできる、
というような計算って、ちょっと違うと思うんです。そこには作為がついてまわる。
作為を自分で意識しないで、気がついたら完成しているって、
なかなかすごいものですよ。いずれにせよ、その「作為」にまつわる問題は、
重要なポイントになる気がします」(P64)


いまの宮本輝の長編小説って作為が見えまくりだもんね。
ああ、創価学会のあの教学で書いているんだと底の浅い設計図が透けて見える。
もう宮本輝がかつてのような珠玉の短編を書けなくなったのは、
あながち作者ばかりが悪いというわけではないのだろう。

「『泥の河』にしても『螢川』(新潮社)にしても、
全部自分の中に残っている風景の郷愁として書いてきたんです。
風景に触発されるところが多かった。
ところが、ある時期から風景に触発されなくなったんです。
それは日本のどこへ行っても同じ町ばかりになってしまったから。
いちど行きたいと思っていた地方の町へ足を踏み入れても、
ぼくのいま住んでいる伊丹とたいして変わらん。
大きな街道沿いに量販店があり、コンビニ、パチンコ店、モールがあって。
がっかりするんやね。そうすると、だんだん旅に行かなくなった。(……)
ぼくはなんと言うのかな。風景の中の一瞬を切り取った「部分の風景」が、
自分の心のものとかちっと合ったときに、物語が生まれると考えていたんですよ。
でもよほどの山里に行かなかきゃ固有の景色などない。
そんなとこ、人間も住んでないしね。
人間がいないと小説は生まれないから困る」(P133)


それもたしかにあるのだろうが、いま泥臭い世界の物語は受けないよねえ。
泥臭い世界に咲いている花じゃないと映(は)えないというところがある。
とすると、小説の舞台を現代ではなく、少し戻さなくてはならなくなる。
暗い時代のほうが一輪の花、一番星の輝きは目立つような気がする。
いまはなんでもオープンになってしまった、真っ白でフラットな公明世界だから。
このため宮本輝がネットで自作の感想を読んで殺意を燃え立たせるという。
わたしもむかしは暗かったけれど、いまはかなり明るくなっちゃった。
相変わらず強くはなく弱いままで、幸福がなにかなんてさっぱりわからないけれど。
最後は大勝利者である宮本輝師匠の人生指南でしめよう。

「ぼく、楽観主義というのは、その人の天性のものではなく、
自己訓練の結果だとつねづね考えているんですよ。
自分の力では、いまはどうにもできないと覚悟して、ばたばたせず、
もうちょっとどっちへ行くかわからん小舟に乗っていられるかどうか。
こういうことは実人生においても、たくさんありますから。
そのとき幸福を求めている限りにおいて、人間は強くいられる」(P51)


わたしが「明るいニヒリスト」になったのには、
やはりいくばくかかつて師匠であった宮本輝氏の影響があるのかなあ。

「水のかたち(上)(下)」(宮本輝/集英社文庫)

→50を過ぎた志乃子とかいう、
もう子育ても終わりかけた閉経寸前の専業主婦のババアが、
ただでもらってきた骨董が3千万で売れ「わっはっは」と下品で無教養な大笑いをして、
さらにさしたる努力も信心もしていないのに次々に金が入ってきて、
最後には長年の夢だった骨董高級喫茶店を居抜きで任されるという夢物語である。
このババアは長年聖教新聞でも読んでいるのか、子どもには一丁前の説教をするのだ。
むかしの横綱は兄弟子からしごかれ、いじめられたが辛抱して努力して、
師匠の言葉を支えにして出世したんだから、おまえらも精進せえよみたいなさ。
実際に志乃子の息子は一人前の美容師を目指して師匠の先生について修業中である。
息子は師匠の美容師先生から毎日のように叱られ殴られ、
まずサービス早出を始めて、次にはサービス残業までするようになる。
ところが、母親の志乃子は厳しい修業をしないのである。
たまたま運よくいい食材(水、茶、コーヒー)の仕入れ先を紹介してもらい、
厚かましくも繁盛している喫茶店のマスターに仕事の仕方を無料で教えてもらう。
志乃子に次々と慶事が舞い込む理由を、
作者はこの中年女性の人柄のよさと運のよさに因縁づけている。
これはかなり「本当のこと」を描いているとも言えよう。

ほとんどあらゆる業界で先輩は新人に仕事を教えないで、
それどころかいじめて辞めさせようとうする。
というのも、新人はライバルなんだから、ほいほい仕事を教えてしまったら、
自分の優位性を保てなくなるし後輩や弟子から尊敬してもらえなくなる。
毎日大声で怒鳴るような師匠の先生は本当はインチキで、
たんに仕事を教えるのが下手な偏狭で意地悪な男なのかもしれない。
仕事を弟子に効率的に教えて自分より上手くなられてしまったら困るのは師匠。
弟子が仕事をおぼえないうちは師匠は自分を神秘化できるのである。
いったん師匠になれば弟子を殴っても蹴ってもいいし、
無給で何時間もただ働きさせることができる。
師匠とはいかに仕事を教えないで暴君として振る舞えるかが勝負なのだろう。
自分だって師匠になるまでは師匠からいじめ抜かれたのだから、
ひとたび師匠の座に着いたらどうして弟子をこれでもかといびらない手はあろうか?
創価学会の池田大作名誉会長は二代目会長の戸田城聖に奴隷あつかいされたから、
戸田が死んで自分が会長になったあとはおなじことを側近の部下にやり返した。
やられたことはやり返せ。人をいじめるほど楽しいことはない。
宮本輝も古株編集者や先輩作家から
「育てる」と称した陰湿な意地悪を数知れず経験したので、
自分が古株の芥川賞選考委員になったら新人の小説をクソミソにこきおろすのだ。
たぶん寿司をにぎる技術はけっこうかんたんに学校等で教えられるのだろうが、
どこどこで何年修業しましたとか苦労自慢をしないと箔(はく)がつかない。
飲食店経営は仕事の段取りと仕入れ先が勝負だろうが、
それは親切に教えようと思ったらこの小説のようにすいすい行くと思う。
しかし、庶民の苦労人は意地悪だから「鍛える」などといって相手をいじめようとする。

師匠や先生は弟子を奴隷あつかいでき、
かつ尊敬・崇拝してもらえるおいしいボジションなのである。
師匠や先生になったら弟子からいくらでも搾取することができる。
師匠や先生の役割は仕事を教えないで弟子をいじめることである。
師匠は絶対だとしたら目下のどんな仕事にもNGを出せる。
自分を超えそうな弟子がいたら早めに芽を摘み取るのも師匠の仕事のひとつだ。

小説のなかで、ブティックを経営する女社長は百パーセント創価学会員だろう。
女は気持の悪い学会的な指導を喜々として饒舌に語る。
彼女は南原というこれまた社長から鉄と鋼(はがね)の違いを教わったという。
いいか、気持悪いぞお。

「鉄の塊を真っ赤に熱して、それを大きな金槌(かなづち)で叩いて叩いて鍛えて、
鋼が出来あがっていくっていう喩(たと)えを引いて、
人間もまったく同じなんだって教えてくれました。
鉄を叩いて鍛えると、いろんな不純物が表に出て来るんですって。
それがあるあいだは、鉄は鋼にはならない。そんな鉄で刀を造っても、ナマクラだ。
鋼となった鉄でないと名刀にはならないって。
経済苦、病苦、人間関係における苦労。
それが出て来たとき、人も鋼になるチャンスが訪れたんだ。
それが出て来ないと永遠に鉄のままなんだ。
だから、人は死を意識するような病気も経験しなければならない。
商売に失敗して塗炭(とたん)の苦しみにのたうつときも必要だ。
何もかもがうまくいかず、悲嘆に沈む時期も大切だ。
だから、人間には、厳しく叱ってくれる師匠が必要なのだ。
師匠は厳しく叱ることで、弟子のなかの不純物を叩き出してくれる」(上巻P229)


何度読み返しても意味がわからない。人間は鉄ではないだろう?
「だから、人間には、厳しく叱ってくれる師匠が必要なのだ」は、
論理的に意味が通っていない。
「だから」で前後の文がうまく接続できていない。作者はもう一度、
師匠で世界一の名文家であられるいまもお元気な池田大作先生に、
震えが起きるほど厳しく叱られたほうがいいのではないか。
まさか自分はもう師匠格に成り上がったと慢心しているのだろうか。
無宗教の井上靖は名作「あすなろ物語」で人間を
永遠にヒノキにはなれないアスナロという樹木にたとえた。
学会員の宮本輝はアマゾンで絶賛されている名作「水のかたち」で人間を鉄にたとえ、
師匠から「焼き」を入れてもらうべしと指導・説教する。
師匠からの指導をパワハラだのなんだのというやつは根性が腐っている。
師匠から叱られたくらいでうつ病になるのは気合が足らねえんだよ。
これまた隠れ学会員かと思われる美容師見習いの青年は獅子吼する。

「パワハラなんて、オレの業界じゃあ伝統的な儀式みたいなもんだよ。
それが修業なんだ。
いじめられてへこたれて、いじけちゃうやつは、一人前になれないんだ」(下巻P12)


わたしは散髪はいつも千円カットだから一流の美容師がどういうものかはわからない。
しかし、高い散髪代を支払うお客がついている美容師は本物だろう。
この小説でもネタの使い回しというか、著者の俗物趣味である骨董の話がよく出て来る。
この感動的大作である啓蒙娯楽小説を何度も繰り返し読んで、
わたしは本物と偽物を見分ける眼を宮本輝先生から教わったような気がする。
身もふたもないことを言うと、本物とは高値がつくもののことである。
なんの修業も教養も必要なく、本物とは高額で売れるもののことである。
ある骨董品が本物か偽物かは、それがいくらで売れるかで判明する。
本物だから高値で売れるのではない。
高値で売れたことが当面それが本物であることを証明するのである。
結果(売値)が真贋(本物か偽物か)を証明するというのは、
創価学会の教える「現証」主義とおなじと言ってよかろう。
結果の出ない隠れた努力など意味はなく、現証(結果)がすべてである。
大勝利、大フィーバーしているものは金があるからその人物は本物ということになる。
商売の基本はいかに安くものを仕入れて、それをいかに高く売るかである。
ある人から健康食品業界の内幕めいたものを聞く機会があったがひどいものだ。
1円で仕入れてきたものになんやかんやと付加価値をつけて高額販売している。
新たな価値を創造するとはそういうことだ。
価値創造――創価するのは詐欺師めいた手腕を必要とする。

「水のかたち」で無学な主婦の志乃子は慢心して高笑いをしながら舌を出す。
「私には詐欺師の才能もあるかも」と(下巻127ページ)。
実際、志乃子はよく嘘をつくのである。
仕入れ先に転売額を正直に言うのはバカである。
バカ正直に本当のことなど口にするものではない。
志乃子はこざかしくも業者に裏金を何度かこっそり渡しているが、
商売とはそういうものなのである。キックバックは商売の基本と言ってよい。
志乃子という学会婦人部の教養のないババアは金を儲けたから本物なのである。
宮本輝も高収入で売れる作家だから本物である。
どうでもいいがこの文章の書き手は稼ぎが悪いから偽物である。
繰り返すが、宮本輝の定義では、本物とは高く売れるもののことだ。
ひっくり返せば、高く売られているものは本物ということになろう。
創価学会は日蓮正宗のコピーだが、
創価学会はコピー元より桁違いに金を持っているから本物なのである。
これが創価学会のいうところの「現証を見よ」だ。
愚かなものたちよ、現在の証拠――現証をしかと眼を見開いてご覧になられよ。

志乃子というどこにでいるような屑鉄めいたババアは、
ただでもらった骨董をまんまと3千万で売り飛ばすことに成功する。
ちゃっかり税金対策もしてもらい入金は千五百万ずつ2回に分割してだ。
金を手に入れたときの志乃子の描写が、
まったく品性のかけらもなく正直でとてもいい。
この小説でもっとも気に入ったところなので紹介したい。

「志乃子は銀行のATMで記帳をし、周りを窺いながら、八桁の数字を見た。
残高は一千五百十八万三千二百二十二円になっていた。
いままた財津ホームの横で自転車から降りたら、
早苗からのプレゼントらしいものの感想を述べて、
お礼を言わなくてはならないが、そんな心の余裕はない。
「虎よしパーラー」でフルーツみつ豆フロートを食べよう。
自分ひとりでお祝いをしながら、1518322という数字に浸るのだ」(上巻P287)


早苗というのは知り合いの若い娘で、
河原で拾ったとかいう一銭にもならない石ころをなんのつもりかプレゼントしてくれた。
なにかをもらったらお礼をするのが処世であり、庶民の習性である。
こういう庶民のゲスな習慣を宮本輝および学会員はことさら重んじて、
お礼を返してこないようなやつを世間を知らないとあざ笑うのが彼らの特徴だ。

「志乃子は自分の携帯電話で財津ホームに電話をかけ、フルーツみつ豆フロートを
ご馳走するから門前仲町の虎よしパーラーに来ないかと土屋早苗を誘った。
「虎よしパーラーって高いのよ」
そう早苗は言い、高いといってもたかが千二百円よと志乃子はつぶやき、
「わっはっは」
と声に出して笑った。
フルーツみつ豆フロートを運んで来たウェイトレスが、
志乃子と目を合わさないようにしてレジのほうへと戻って行った」(上巻P289)


「わっはっは」

なんの努力もせずにうまうまと千五百万を手に入れ「わっはっは」と高笑いする志乃子。
さすがにこれでは品がなさすぎると宮本輝も気づいたのだろう。
唐突に宮本輝はロダンの言葉を挿入して作品の下品なインチキくささをごまかしている、
なんでも早苗という女の子がくれた河原の石ころにカードがついていた。
そこに早苗がインターネットで調べた名言を書き込んでくれたのだという。
――石に一滴一滴と喰い込む水の遅い静かな力を待たねばなりません。
ロダン(高村光太郎訳)――
ロダンの意味ありげな言葉を挿入すると偽物が本物っぽくなることを、
よき詐欺師(小説家)である宮本輝はしっかり計算しているのである。
ロダンだけではまだ知的アクセサリーが足りないと大衆作家は判断したのか、
直後に今度はホイットマンの詩を持ち出して来て、
おのれと志乃子の無教養ぶりを隠匿(いんとく)しようと画策する。
ここは妙にツボにはまって笑いがとまらなくなったところである。
宮本輝の下品さと教養への劣等感がおかしなミックスを見せており、
そこが言うなればフルーツみつ豆フロート的な独特な味わいとなっている。
創価学会もたとえるなら抹茶というよりはフルーツみつ豆フロートである。

「お金があるというのはいいものだと志乃子は思った。
精神的安定、それも大きなところでの安定が得られるのだ。
夫の表情にそれがあらわれているし、茜[娘]も、
年齢特有の軽くてあぶなっかしいところが消えた。
あの一千五百万のお陰だ。
そして来年の三月には、さらに一千五百万円が入るのだ。
そう思いながら、夫と娘の朝昼兼用の食事を作り始めると、
突然、脳味噌の襞(ひだ)の奥から湧き出るようにして、
「大地、それだけで充分である」という言葉が甦(よみがえ)った」(上巻P305)


棚からぼた餅のような感じで三千万円の大金を手に入れた無学な主婦が、
「わっはっは」と大笑いしたあとで、
もっともらしく「大地、それだけで充分である」などとのたまうのは、
なんかバランスが狂っていて、
その不均衡なところがいかにも創価学会というごちゃ混ぜの、
フルーツみつ豆フロートな感じがして笑えるのである。
たぶん読者はここで感動すると作者は本気で思っていそうなところも笑える。
宮本輝はひと財産を築いたあとで金ぴかの真理を描くのがうまくなったと思う。
金さえあれば「大地、それだけで充分である」のは金ぴかの真理と言ってよかろう。
金ぴかでもなんでも、真理は真理である。お金ほどたいせつなものはない。
あるものを本物か偽物か見分けるのはお金という物差しがいちばん有効である。

「水のかたち」は宮本輝のこれまでの小説と色彩がいささか異なる。
なんの努力もしていない女としても終わった屑鉄のような50過ぎのババアが、
次々とおいしい思い(フルーツみつ豆フロート!)をしていくのである。
理由は、運がいいから、である。
いっぽうで精一杯努力をしてきたのに報われていない同年齢の女性が登場する。
売れないジャズシンガーをしている木本沙知代である。
現証(結果)が出ていないのにジャズシンガーは、
一人前ぶって一丁前のようなことを言う。

「しかし、どんな歌も、喋ろうと企んだら途端にいんちき臭くなる。
だから私は喋らない。
いんちきがばれないために、学んだとおりに懸命に歌う。
先生に言われたとおりにする。
先生を超えて、自分の歌を確立しようなどとは考えない。
これから歌うのは、私の先生の教えどおりに歌う歌だ……」(上巻P231)


先生のコピーをするだけなら、先生がふたりできるだけで、
ちっとも創価(価値創造)していないではないか?
そもそも英語を母国語としていない日本人がいくら外人にジャズを習っても、
正確に模倣することさえできないのではないか?
宮本輝は池田大作になろうと思っても宮本輝だし、
どれだけ井上靖にあこがれようと宮本輝は宮本輝でしかないし、
結局「桜梅桃李(おうばいとうり)。桜は桜、梅は梅だよ」(下巻188ページ)――。
50を過ぎたおばさんに運がいいというだけで大金が舞い込み夢がかなう物語は、
アマゾンレビューによると無学な中年女性読者の好評を勝ち得ている。
売れないジャズシンガーだが、
運よくも金には困っていないモアイというあだ名のババアは、
またまた金ぴかの真理を語り出す。これはわたしも真理だと思う。

「私だって、若いときからいろんな商売をしてきたのよ。
商売の難しさは、いやってくらいわかってるわよ。でもね、これだけは言えるわ。
運のいい人は何があろうと結局はうまくいく。志乃ちゃんは運がいい。
だけど、自分の運の良さを過小評価したら、その途端に運は逃げていく」(下巻P159)


宮本輝は古株学会員らしく、
人の不幸をせせら笑う下品な正直さを隠し持っているところが庶民らしくていい。
やたら籤(くじ)の運がよく、
宝くじで百万を当てたことがあるという松子といういまは死んだ老女を、
志乃子の母がバカにするのだが、
それがあたかも脱会者の不幸を仏罰だとあざ笑う学会員のような語り口でとてもいい。

「世の中にはこんなに籤運(くじうん)の強い人がいるんだって、
私、感心するよりも、なんか恐ろしかったわ。
でもねェ、松子さんの人生は、籤運が悪かったわねェ。
亭主は大酒飲みのギャンブル狂。あげく女をつくって家には寄りつかない。
息子は名うての不良で借金まみれ。
娘は高校を中途で辞めて品のないチンピラとかけおち。
五年後にふたりの子供をつれて帰って来たときには、
まだ二十二なのに四十女に見えたわよ。
まともだったのは、いちばん下の息子だけ。
それなのにその息子の嫁と憎しみ合いつづけて……。
上ふたりの子供のことで悩んで悩んで、
やっと下の息子が酒屋と海雛[居酒屋]の商売に精を出すようになったと思ったら、
癌で死んじゃった。松子さんのあの籤運の強さは、
あの人の人生に何ひとつ役立たなかった……」(上巻P92)


むかしの創価学会の座談会(会合)って、こんな話ばっかりだったんでしょう?
わたしは創価学会も宮本輝も、こういうところが好きなのである。
無学な主婦がロダンだのホイットマンだの背伸びするところがかわいらしいじゃないか。
創価学会も宮本輝も詐欺師めいていてインチキくさくて金ぴかで、
しかし、ではなく、であるがゆえに本物なところが非常によろしい。

「売られたケンカは買おうじゃないか。買ったかぎりは勝とうじゃないか。
その言葉が、自分のなかから即興で出たものなのか、
どこかで聞いたか読んだかして心に残っていたものなのか、
志乃子にはわからなかった」(下巻P294)


志乃子、おまえ学会員だろ!?

「わっはっは」「わっはっは」「わっはっは」

「宮本輝 流転の歳月」(NHK/知るを楽しむ 人生の歩き方)

→天下の公器、NHKで放送された人生の大勝利者の体験発表である。
大勢の人のまえでの大勝利の体験発表を目的に生きている人って大勢いそう。
閻魔(えんま)さまのまえでの体験発表では、
「これこれこういうことがあって大勝利しましたが、結局死んでしまいました」
になるのが人生の矛盾でありおかしみであり哀しさだろう。
うちの父もそうだが、どうして庶民ってみんなNHKが好きなんだろう。
NHKで勝利者として体験発表するのが、あるいは日本人のゴールなのかもしれない。
選考委員の宮本輝が嫌っていたのに芥川賞を取った西村賢太もそのコースを歩んだ。

創価学会の宮本輝氏が信じているものとおなじものをわたしは信じている。
宮本輝氏は創価学会だから、いちおうは日蓮大聖人の南無妙法蓮華経だろう。
わたしは南無妙法蓮華経も信じているし、
(法然や親鸞のではない)踊り念仏の一遍の南無阿弥陀仏も信じている。
どうして南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏という違う言葉を信じてもいいのかって?
それは要するに南無妙法蓮華経も南無阿弥陀仏も「自分」だからである。
宮本輝が自分(南無妙法蓮華経)を信じているように、
わたしも自分(南無阿弥陀仏)を信じている。
すべてが自分のなかに眠っているのだろう。
男も女も、聖と俗も、貴と賤も、賢も愚も、有も無も、生と死も――。
それを信じるしかない。自分を信じるしかない。
それが南無妙法蓮華経であり南無阿弥陀仏であり南無釈迦牟尼仏である。
生きる目的も苦しむ目的も死ぬ目的も「自分」である。
つまり、南無妙法蓮華経であり南無阿弥陀仏であり南無釈迦牟尼仏。
昨日は目のまえで飛び降り自殺をした母の命日で父と逢った。
自分とは父と母である。自分とは父と母の「愛」である。
自分とは祖父と祖母の縁であり性欲であり関係性であり複雑性である。
それはどうなっているか人間にはわからないが、
かりに言葉にするならば南無妙法蓮華経や南無阿弥陀仏が
それなりに適当で妥当なのかもしれない。

ぜんぶ「自分」の奥深くに眠っていると信じることが、
南無妙法蓮華経であり南無阿弥陀仏であり南無釈迦牟尼仏ではないか。
創価学会の芥川賞作家の宮本輝氏と、
無宗教で非正規雇用アルバイトのわたしはおなじものを信じている。「自分」――。
突き詰めるものは「自分」しかないのだろう。
宮本輝先生は大勝利人生の体験発表として以下のようなことをおっしゃる。
成功者ほど過去に対して雄弁であるが、それはそんなもので、
わざわざそんな意地悪な指摘をしたら皮肉がすぎるのでよくない。

「子ども時代に住んだ土地を取材して訪ね、
僕の中にある親父の記憶を辿(たど)っていくと、
親父に関する思い出だけでなく、
さまざまな人や、さまざまな出来事が蘇(よみがえ)ってくるんです。
そこには生きる歓(よろこ)びや哀しみ、
憎悪や愛情が複雑に絡(から)み合った「とてつもない人間の世界」がある。
そして、そこにはいつも偶然ではない何か、うまく説明できないけど、
人間の業(ごう)だとか宿命だとか、
人知の働きを超えた不思議な力が常に作用していたような気がするんですよ」(P138)


わかるなあ。宮本輝氏の述懐はわたしにとっての真実真理でもある。
40年も生きていると、いやでも浮き沈みというものを見る。
40年という時間が自分にものを考えさせる。血縁を考えさせる。
宿命を運命を事件をご縁を、そのどうしようもなさを。
とてもとてもすべて偶然だったとは思えないのである。
おそらくすべては偶然なのだろうが、そうだとは思わせないのが「時間」である。
わたしはまえに南無妙法蓮華経の意味は「自分」だと書いた。
南無阿弥陀仏の意味も「自分」だと思っている。
言葉はいろいろな意味を持つ。言葉は伝わらないところに意味があるのかもしれない。
「時間」もあるのではないか。
南無妙法蓮華経の意味は「時間」で、南無阿弥陀仏の意味も「時間」。
「自分」と「時間」はおなじ意味で、いいかえたら南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏。
「自分」を信じるとは「時間」を信じること。
どうして「自分」が生まれてきたかといえば、両親の営みが関係している。
両親がこの世に生まれてきた因縁も、祖父母のそれによる。
「時間」経過とともに両親にも「自分」が生まれ結ばれ、
いまの「自分」がどうしようもなく存在している。
どうしてこうなったかはわからないが、その「わからない」は信じてもいいのではないか。
「自分」の正体はわからない。「時間」の本質はわからない。
その「自分」や「時間」のことを仏教では南無妙法蓮華経や南無阿弥陀仏という。
わたしは自分も時間も宮本輝も信じている。
なぜなら宮本輝から自分と時間を信じることを教わったからである。
悪名高いがわたしは嫌いではない創価学会の隠れ作家、宮本輝氏はNHKでいう。

「大豆が醗酵(はっこう)して味噌になるにはある程度の時間が必要ですが、
それと同じで一つの思い出や経験が、
僕の中で化学変化や醗酵を起こして、別のものになるのには
三年かかる場合もあれば、三十年かかる場合もある。
今釣り上げたばかりの魚を三枚におろして刺身にして
「さぁどうぞ」ってわけにはいかないのが、
小説の難しいところなんですよ」(P158)


おそらく小説のみならず人生でもおなじことがいえるのではないか。
わたしは生きようと思う。
母の眼前投身自殺体験が今後どのように醗酵するのか興味がある。
生きよう、生きよう、生きよう。
16年まえのあの日からわたしは宮本輝に生かされている。
偉大な庶民派作家である。自分と時間を知ろうとしている稀有な人気作家である。

「三十光年の星たち」(宮本輝/新潮文庫)

→読後、吐き気をもよおしたカルト的とも言いうる長編小説である。
何度も強調して断っておくが、ただたんに小説がカルト的だと言っているだけで、
著者の入信している創価学会がカルトであると言っているわけではない。
運がいいのか悪いのか学会員とはこれまでの人生でまったく縁がなく、
創価学会がカルトなのかどうかはわからない。

さて、吐き気をもよおすほどに気持が悪い小説だったのである。
2週間まえに読了した本だが、いまでもときおり内容を思い出し吐き気を感じるくらいだ。
どうしても自分のほうが「正しい」という自信を持てず、
この2週間のあいだ何度もメモした部分を読み返したものである(謙虚だなあ)。
主人公は30歳の無職男性。
三流私大を卒業後に小さな会社を転々として、いま恋人と起業したところ。
ところが、革製品を売る商売はうまくいかず借金をかかえる身になった。
そこに75歳の「先生」が現われ金を貸してやる代わりに青年を奴隷あつかいする。
この「先生」がとにかく偉いという設定らしいのだが、なんで偉いのかよくわからない。
大金を持っているというのが、おそらくいちばんの偉い理由だろう。
それから自分とおなじような成り上がり者の金持とコネがたくさんあるらしい。
性格はとても気難しく、いきなり金を借りている弱い立場の青年を怒鳴りつけたりする。
75歳の「先生」は群れるのが好きで、
自分のシンパと一緒に青年を巧みにマインド・コントロール(洗脳)する。
しだいに青年は自分のあたまで考える能力を失いはじめ、
「先生」への絶対的服従を誓うようになり、
道ばたでいきなり柔道の技で投げられたにもかかわらず感謝の念をいだくほどになる。
自分のあたまで考えるということを完全に放棄した青年は、
「先生」に言われるがまま
後継者のいない怪しげなB級グルメレストランの店長におさまる。
休日いっさいなしで朝6時に起きて深夜1時、2時まで働く生活を送るようになる。
なんのためか? なんのためにわざわざそんなしんどい生活を送るのか?
30歳の青年にとってもはや「先生」の教えを疑うなんて思いもよらないことだ。
「先生」は言った。30年後のおまえの姿を見せてみろ。
30年後に本当の「人生の勝負」がはじまるのだから。
わかりやすく言えば、30年後に他人と比較して「おれは人生で勝利したぞ」
と喝采をあげるためにいま「先生」のしもべとして365日早朝から深夜まで働け。
「先生」は自分が絶対に正しいと確信して金のない低学歴の青年を叱り飛ばす。

「三十年後の自分を見せてやると決めろ。
きみのいまのきれいな心を三十年磨きつづけろ。
働いて働いて働き抜け。叱られて叱られて叱られつづけろ」(上巻P334)


30年後に訪れる「人生の勝負」以外のことは考えるな。
考える暇があったら働け。もっと働け。いや、もっとできるだろう? 限界を超えろ!
なんだ、その反抗的な目はアホンダラ、金も学もない若僧のくせに。
叱られたら「ありがとございます」だろう。叱られたら感謝するんだよ、この貧乏人が。
おい、クソガキ、おまえ金をなんぼ持ってるんだ?
30年後におれのような人生の勝利者になりたかったら叱られて喜べ。
「先生」は絶対に正しいのだから、おまえは奴隷のように働いて叱られて感謝しろ。
遊ぶ? そんな無駄なことをしている時間がおまえにあるのか? 
30年後に人生で負けてもいいのか?
どうしておまえは反抗的な目をするんだ。考えるな。おれの言うことは正しいんだから。

「やれ、と言われたことを、やれ。
こんなことをして何になるんですかなんて、いちいち訊(き)くな。
なんでこんなことをさせられたのかは、何年かあとになってわかる」(下巻P130)


おまえは絶対に間違っている。なぜなら「先生」は絶対に正しいからだ。
自分をどこまで犠牲にして「先生」のためになにをできるか考えろ。
なぜ「先生」は偉いかなんて考えるな。
「先生」は年寄りで金持だからおまえよりも絶対的に偉く賢いんだから疑うな。
裕福な老人は低学歴で貧乏な若者を怒鳴りつけ反省をうながせる。
「三十光年の星たち」は毎日新聞に連載された小説だ。
いまや若者はほとんど新聞を読まず、いっぽう老人はあきれるほど新聞が大好きである。
新聞は正しい。宮本輝は正しい。ならば、新聞を読んでいる老人も正しい。
なぜ新聞が正しく偉いのかといえば、
紫綬褒章作家で芥川賞選考委員の宮本輝が小説を連載しているからである。
なぜ宮本輝が正しく偉いのかといえば、天下の大新聞社に認められているからである。
宮本輝は正しい。新聞は正しい。新聞を読んでいる老人は正しい。
新聞連載小説「三十光年の星たち」では老人が不遇な若者に反省せよという。
どう反省すればいいのか。

「俺が、いまの自分に不遇という言葉を使えば何物かに強く叱責されるだろう。
何かをめざして耐えるとか、つらい修業に身を投じるとか、
そんなことから逃げつづけて、俺は二十代を無為にすごしてきた」(上巻P184)


いま不遇な若者は自己責任なのだから不満など口にしたらぶっ飛ばずぞ。
反省したのちに働いて働いて働いて、そして叱られて叱られて叱られるがよい。
「先生」に叱られたら「ありがとうございます」だからな。叱責されたらありがとうだ。
ディープなファンのあいだで有名な
池田大作と宮本輝の「無言の叱責」事件というものがある。
創価学会会長(当時)の池田大作は文筆で評価されることを強く望んでいた。
ところがそれはかなわず、弟子の宮本輝が芥川賞を取ってしまったのだから、さあ大変。
池田大作は芥川賞作家の宮本輝に嫉妬して幼児的な完全無視をしたわけである。
宮本輝は最初、へへん、池田大作もこの程度の男かと本当のことにうっすら気づく。
しかし、池田大作および創価学会から見放される恐怖は、
ちょっと想像しただけでも人格が崩壊してしまうレベルのものだったのだろう。
低学歴で当時はまだ金をあまり持っていなかった宮本輝は庶民的な平伏を見せる。
池田大作先生は自分の慢心を見破ったから、あのような冷たい態度を取ったのだ。

「先生」は正しい。

宮本輝が心を入れかえたら池田大作先生が声をかけてくれるようになったという。
このときの経緯を宮本輝は「無言の叱責」という短文に書き残している。
もちろん、池田大作先生への恭順を示すためにである。
老作家の宮本輝はよほど書くことがなくなったのだろう。
(学会員ではない)一般人の憫笑を誘いかねないこのエピソードを、
美談めいたものとして「三十光年の星たち」にコピーしている。
骨董屋の見習いが「先生」の命令に逆らって無視されるという気持が悪い話である。
その見習いが自分で考えるのを放棄して、
「先生」は絶対的に正しいのだと考えるようになったら「先生」はやさしくしてくれた。
しつこいが、この小説のテーマであると思うためにまたおなじことを書く。

「先生」は正しい。

これは出世するための秘訣でもあるのである。
人間平等なんて嘘八百の話で、出世するためには上から認めてもらうしかないのである。
身もふたもないことを書くと、世の中は金を持ったやつと持っていないやつがいる。
権力を持った人と権力を持っていない人にわかれる。
クソみたいに下世話なことを書けば、
偉い人、正しい人とは権力や金を人より多く持った人のことである。
有名人の子どもならそうではないが、生まれが賤しい人間は
どの世界でも出世したかったら偉い人から引き上げてもらうしかない。
権力者の周辺には奴隷のような追従者が多く見られるのはこのためだ。
「先生」が正しいことはゆめゆめ疑ってはならないのである。
なぜなら「先生」は「先生」だから正しいのだ。
「先生」であることは正しいことを証明しているのである。
どういうことかと言えば、「先生」もその「先生」から引き上げてもらったということ。
「先生」の「先生」が正しかったから「先生」もまた絶対的に正しい。
おそらく最初の「先生」は狂人に近かったはずである。
なぜなら自分が絶対的に正しいなどと確信を持てるのは狂人寸前だからである。

しかし、ここまでお読みくださったみなさまは思われるかもしれない。
果たして「先生」は本当に偉く正しいのだろうかと。
概して「先生」は正しいことが多いというのもまた事実なのである。
実際、日本の伝統文化(伝統芸能)は師弟のあいだで継承されている。
そうなると新しいものは出てこようがないということになるのか。いな、である。
現実として日蓮の伝統仏教から、
いまや日本を完全に支配した巨大新興宗教団体の創価学会が誕生しているではないか。
「三十光年の星たち」にはツッキッコのスパゲティというゲテモノ料理が登場する。
イタリアのことをなにも知らないおばさんが新発明したインチキのパスタである。
これが庶民に大好評だったというのだから、まるで創価学会である。
カルト小説「三十光年の星たち」には一箇所だけ救いがある。
強制的にゲテモノ料理屋の店長に任命された青年がふと疑問に思う瞬間である。

「いや、それよりも何よりも、俺はツッキッコのソースの味を知らないのだ。
どんな香りでどんな味なのか、想像もつかないのだ。
もし今夜、初めて味見したソースを俺がうまいと感じなかったらどうなるのだ。
いや、佐伯平蔵[先生]がうまいと言ったのだから、絶対にうまいはずだ」(下巻P118)


自分の舌で味わうのはやめて「先生」の舌で味わおう。
自分の目で見るのはやめて「先生」の目で見よう。
自分の耳で聞くのはやめて「先生」の耳で聞こう。
自分のあたまで考えるのはやめて「先生」のあたまで考えよう。
自分の言葉を口にするのはやめて「先生」の言葉を使い回ししよう。
なぜなら――。

「先生」は正しい。

新聞小説「三十光年の星たち」を読んで吐き気をもよおしたと書いた。
これは身体的レベルで拒否感を示した、いや、心動かされたからだと思う。
人生の大勝利者である宮本輝は「正しい」ことを「三十光年の星たち」から教わる。
偉大なる宮本輝先生のおっしゃるとおりだと今後は心を入れかえることにする。
これからはグルメ評論家の絶賛するものをなるべく口にしようと思う。
映画評論家がほめている新作映画をできるだけ観に行きたいものである。
権力者が評価しているクラシック音楽や古典芸能に可能なかぎり触れていきたい。
これからは、これからは――。
くだらぬ自分の感想など捨てて権威ある「先生」のおっしゃることを信じて生きていく。
今日はわたしの人間革命記念日だ。宮本輝先生、ありがとうございます。
宮本輝先生の叱責はわが胸の底を揺り動かしましたぞ。

きちがいのニーチェがこんなことを言っている。

「すぐれた教育者は、
教え子が師に逆らってあくまで自分自身に誠実であろうとすることを、
誇りにしてよい場合があることを知っている」


(参考)「ニーチェからの贈りもの」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-2613.html

「慈雨の音」(宮本輝/新潮社)

→宮本輝は絶対的真理があると思っている。
正しくは絶対的真理があると「信じている」なのだが、
このふたつの大きな違いを作家は理解しようとしないだろう。
なぜなら人生で大勝利した芥川賞選考委員で紫綬褒章作家の宮本輝は、
自分は絶対的真理をすでにかなりのところまで悟っているという揺らぎない自信があるからだ。
自信の根拠は、おのれの大勝利である。どうだ、論より証拠、目を見開かれよ。
結果が出ているではないか。ものども、おれさまの大勝利が見えないか。
宮本輝の信じる絶対的真理は日蓮仏法であり、創価学会であり、池田大作の教えである。
このため、宮本輝は絶対的善も絶対的悪もあると信じている。

作者の自伝的大河小説「流転の海」第六部「慈雨の音」の主人公は、
宮本輝の父を模した松坂熊吾という
誇大妄想にとりつかれた口八丁手八丁のチンピラくずれだ。
本人は大物ぶっているが人目にはイカサマ師程度にしか見えないのだろう。
いまは金がないことを憐れまれて温情から駐車場の管理人をさせてもらっているが、
すぐに手が出る松坂熊吾なる暴力男は職務をまともにまっとうしないでいつも遊び歩いている。
与えられた仕事に満足せず、自分は管理人ごときの器ではないと信じるためだ。
息子も親に似たのか非常識極まりなく、
人様の駐車場でそこらじゅうに糞(ふん)をする鳩(はと)を飼い始めるしまつ。
管理会社のサラリーマンなら仕事として注意のひとつもしなければなるまい。
ところが、宮本輝はこの職務に忠実な善良な会社員を極悪人のような描き方をするのだ。
そのうえで善人という設定の粗暴な自動車修理工に
会社員を恫喝させて作者はひとり喝采をあげている。
これは自分や自分たち(家族、教団)を絶対正義(絶対善)と完全に信じている作家でなければ
書けない描写だろうと身震いしたが、もちろんこの震えは感動からではない。
作者のまったく他人の事情をかんがみない独善思考に恐怖したのである。
じつのところ悪よりも怖いのが正義である。
悪でもなしえない残虐な行為を人(びと)は正義の名のもとに平気で行いうる。
警察しかり、マスコミしかり、新興宗教しかり、
正義を自称する集団から目をつけられたらなにをされるかわからないところがある。
そして宮本輝もまた正義の一員である。宮本輝は正義の人である。宮本輝は正義を描く。

正義の人である宮本輝の知る絶対的真理のひとつは「世法の機微」である。
これは宮本輝の造語で、意味は人情の機微とおなじようなものになるのだろう。
「世法の機微」とは具体的には、恩人には何度も付け届け(贈り物)をすること、
だれかにお世話になったらやむをえない場合は郵送でもいいから謝礼金を送ることである。
世の中でうまくのしていくためには「世法の機微」を知らなければならない。
「慈雨の音」はほとんど全編「世法の機微」を描いたものとさえ言ってもよいだろう。
「世法の機微」とは言い換えたら「世間の常識」や「人間としての礼儀」になる。
作者が信じる絶対的真理のひとつ「世法の機微」は、
あったかい人情のみならず鋭い刃をも隠し持っている。
「あの人は世間の常識を知らないんじゃない」「人間としての礼儀に欠けるわよね」――。
松坂熊吾の一家は「世法の機微」を知っているからすばらしく模範的だという理屈だ。
まだ中学生の少年・松坂伸仁が友人をつくるために小狡く相手に小銭を渡すのだから、
松坂熊吾は毎日のように息子を殴りながらよほど厳しく「世法の機微」を仕込んだのだろう。
「慈雨の音」は学のない夫婦が妙に世知長けたふりをして粋がる気持悪い小説である。
まだ純真であるべき年齢の息子までが、
恥ずかしながらいい年をしたわたしなどがいまだできない、
ませた大人びた処世術をさらりと披露するので、
こうなるとどうしても生まれの差というものを考えずにはいられない。

正義の人・宮本輝が「慈雨の音」で描いている絶対的真理がもうひとつある。
それは創価学会の教義ともつながるバリバリの自力主義、努力主義である。
たとえどれほど悪い星のもとに生まれたとしても、
人間はだれもが正しい努力しだいで人生を切り拓いていけるという真理(信仰)だ。
みずから正しい環境を求め正しい教育(創価の?)を受けたら人間は変わることができる。
これは松坂熊吾と宮本輝の核になっている思考だろう。

「その子が蛭(ひる)になるのも
凶暴な獣になるのも良識をわきまえた上等な人間になるのも
環境と教育次第で、血筋といったものはそれによって冥伏(みょうぶく)
してしまうものだと自分は信じている」(P296)


これはどんな悪しき宿命も転換することができるという、
(ある意味では遺伝子の存在をまったく認めない)創価学会の根本思想である。
人は努力して正しい仏法や「世法の機微」を学べば人間革命を起こすことができる。
人生に負けるようなやつは努力が足らないせいだから、もっともっとがんばれ!
松坂熊吾は古い流行歌の「こんな女に誰がした」というフレーズが嫌いだという。
おそらく池田大作も宮本輝も「こんな女に誰がした」と歌うような女が嫌いなのだろう。
よほど毛嫌いしているのか二度も小説内で敵性思考として槍玉にあがっている。

「暗くなったビリヤード場のなかに、
近くの路地のどこかでかけているレコードの音がいやに大きく聞こえてきた。
昔、流行った歌謡曲の歌詞が、熊吾をひどく不快にさせた。
中学を卒業してすぐに能登から大阪へ働きに出て来て、
電器部品の工場で一日中ハンダ付けの作業に明け暮れ、
安い賃金でこき使われて心身ともに疲弊していたときに、
この「ラッキー」という新しい働き場所を得た働き者の康代が、
従業員思いの[店主の]磯辺に隠して子を堕ろした。
あの娘も、そうやって浮世の片隅の塵芥(ちりあくた)となっていくのか。
こんな女に誰がした、じゃと? てめえでなったんじゃ」(P265)


松坂熊吾にも宮本輝にも壮大な自信があるから、こういう心情をもらすのだろう。
もし自分ならばどんな劣悪な環境に生まれ落ちても清く正しい人生を送れる。
「浮世の片隅の塵芥」になるものは「てめえでなったんじゃ」という自己責任論である。
堕胎経験のある非正規雇用の女性は「浮世の片隅の塵芥」であるという、
まこと偽善のない正直な差別観の吐露でもある。
宮本輝は「仏法は勝負」という創価学会の教えにのっとり努力して人生で大勝利した。
「浮世の片隅の塵芥」(返す返すもすごい本音の差別的表現だ)をだれのせいでもなく、
「てめえでなったんじゃ」と冷たく突き放せる根拠は、
宮本輝が芥川賞作家、紫綬褒章作家に「てめえでなったんじゃ」と信じているからだろう。

宗教啓蒙小説「慈雨の音」のクライマックスは松坂熊吾の大勝利宣言である。
松坂熊吾という男は、いまではお情けで駐車場の管理人をさせてもらっている人生の敗者だ。
堕胎経験のある街角の女給を「浮世の片隅の塵芥」とさげすむ尊大な精神は失っていないが、
いまのところはだれがどう見ても人から同情されるほど落ちぶれた人生の敗北者である。
この松坂熊吾という男もむかしは小商いであぶく銭を稼いでいた時期があった。
そのときの使用人であり弟分であったのが海老原太一という優秀な人材である。
太一はのちに松坂熊吾のもとを去り、自分の会社をはじめ大成功を遂げ、
現在では国会議員に立候補するほどの大物になっている。
独善的で被害妄想が強い松坂熊吾は、
弟分の海老原太一に裏切られたと長らく根に持っている。
これはよくある話である。
かつてちょっとだけ世話をしてあげた人があとで成功すると、
かならずおれが育ててやったのにあいつは恩知らずだと憤慨するやつがでてくるもの。

さあ、この恩知らずの裏切り者を物語作家の宮本輝はどのように裁くか。
いまでは熊吾と天と地ほどにも差がある高身分の海老原太一が自殺したという話にしてしまう。
正義は勝ったのである。どうだ、見たか! 裏切り者はこのような裁きを受けるのだぞ!
このときもしつこく「こんな女に誰がした」の音楽をかけて、
「てめえでなったんじゃ」と松坂熊吾に宮本輝は言わせることで勝利の快感に打ち震えている。
いまは駐車場の管理人にまで落ちぶれた松坂熊吾が、
国会議員まであと一歩だった海老原太一に勝利した。これが宮本輝の描く勝利の物語である。
「仏法は勝負」と教える創価学会の宮本輝の描く物語はこうである。
松坂熊吾は旧知のものの死に際していちおうは善人気取りなのだが、
なお勝ち誇っているところがまこと人間味を感じさせる。
自分を飛び越して大出世した後輩が自殺したときの底の浅い感傷とザマアミロという勝利感を、
宮本輝がこれほどうまく描けるのは
作家がおのれの心中の畜生界、修羅界、地獄界をよく見つめているからだろう。
もしかしたら「正義」は「悪」よりも「地獄」に近いのかもしれない。

「太一よ、なんで首なんか吊ったんじゃ。
そんなお前に、よくもエビハラ通商なんて立派な会社が築けたことよ。
お前も自分の器以上に出世しすぎたのお。
生きちょったら、また何かの縁でお互いに心を通わせるようになって、
ジャンジャン横丁の串カツ屋で立ったままコップ酒を飲みながら、
大将、申し訳ありませんでした、
いやいや、お前の晴れの日に人前で恥をかかせたわしが悪い、
と言い合(お)うて、ふたりで笑える日が来たかもしれんぞ。
大将、あの名刺、破ってしもて下さいと駄々っ子が物をねだるみたいに、
なんでわしに直接頼まんかったんじゃ。
それができたら、お前という人間は大きくなれたのに。
蛹(さなぎ)から蝶へ変われたのに……」(P362)


引用文中の名刺というのは、海老原太一のスキャンダルの証拠である。
いまは敗北者の松坂熊吾はじつのところ勝利者の海老原太一の弱みを握っていた。
海老原太一が自殺した原因も、おそらくこの名刺にあるのである。
正確な因果関係は文中からはわからないけれど、
松坂熊吾が知り合いのチンピラヤクザにこの名刺をハナムケとしてプレゼントしたことが、
海老原太一の自殺と大きく関係しているのは疑いえない。
にもかかわらず、熊吾はいっさい罪悪感や自責の念をいだくことはない。
自殺した旧知の太一に「てめえでなったんじゃ」と言いたげである。
しかし、文面を正しく追うと熊吾がチンピラに名刺をあげたことが自殺の遠因であろう。
では、なぜ熊吾が観音寺のケンというチンピラヤクザにそんな重要な名刺をあげたのか。
たまたま偶然に古くからの知り合いである観音寺のケンと京都駅で再会したからである。
そのときの気まぐれに過ぎない。
そうだとしたら、なぜ自分は京都駅へ行ったのか。本来はべつのところに行くはずだった。
京都駅で観音寺のケンと再会した直後、熊吾は茶屋で回想する。

「道に出している長椅子に腰を降ろし、
熊吾は草餅を二皿と抹茶を註文し、煙草を吸った。
そして、大津行きの列車に乗り換えていたら、
観音寺のケンと出くわすことはなかったのだなと思った。
さして珍しくもない人の世の不思議だが、それにしても、
なぜ自分はふいにあの名刺を観音寺のケンにくれてやったのか。
それが一瞬のいかなる心の動きによるものなのか……」(P173)


この「一瞬の心の動き」をむかしの宮本輝はじつにうまく描写したものである。
(どうでもいいが、この「一瞬の心の動き」を創価学会用語で「一念三千」という)
永遠に通じているところの「一瞬の心の動き」は、
おそらく「五千回の生死」(宮本輝の短編小説のタイトル)と関係しているのだろう。
「五千回の生死」まで視野に入れたらば、「てめえでなったんじゃ」も納得がいく。
だが、いま文壇の重鎮になってしまった大勝利者の宮本輝は、
もはや「五千回の生死」を見通す眼力を失ってしまっているような気がする。
いまの宮本輝にはせいぜい三世(過去世、現世、来世)くらいしか見えていないのではないか。
老いたらば視力を失うのは自然であるから作家の弱視を、
浅薄な自己責任論のように「てめえでなったんじゃ」と裁くことはしたくない。
宮本輝はこの小説で通底音のように「てめえでなったんじゃ」と人を冷たく裁くが、
わたしは善人だからというわけではなく自分が裁かれたくないという狡さのために、
人様を紫綬褒章作家のように「てめえでなったんじゃ」とさげすむことができない。
宮本輝は「てめえでなったんじゃ」を絶対的真理と信じていそうだが、
わたしはそれは疑わしいのではないかと思っている。どちらが真理かはわからない。
もしかしたら「てめえでなったんじゃ」が絶対的真理なのかもしれない。

この小説のもうひとつのテーマに「失うは得る」というものがある。
宮本輝の少年時をモデルにした松坂伸仁は飼っていた鳩との別れを経て、
人生における目に見えない大きなものを得ている。
この松坂伸仁が長じて創価学会入信ののち大勝利の人生を歩むことになるのである。
松坂伸仁(=宮本輝、本名は宮本正仁)はこれから
妻子、文学賞、財産、邸宅、別荘、骨董、孫、紫綬褒章といった多くのものを得ることになる。
「失うは得る」ならば「得るは失う」である。
「慈雨の雨」を読んで多くのものを獲得した宮本輝老人がなにを失ったかがわかった。
目に見えるものをたくさん得ると、そのぶん目に見えない大きなものを失うのかもしれない。
もしかしたら勝つと失うものがあり、負けても得るものがあるのではないだろうか。
それにしても「てめえでなったんじゃ」という言葉は突き刺さる。
この痛みを幸運な人間は人生に勝ち続けていく過程で失ってしまうのではあるまいか。
むかしの宮本輝はいまよりずいぶん人の痛みに敏感だったような気がする。
「てめえでなったんじゃ」と言われたら深く傷つく青年だったような気がする。
青年は作家になり「錦繍」を「青が散る」を「幻の光」を書いた。それだけで十分なのだろう。
他人に多くを望むには、いつの間にかこちらも年を取りすぎてしまったようである。
いつしか勝利と縁がないままに中年になってしまった。「てめえでなったんじゃ」――。

「三千枚の金貨(上)(下)」(宮本輝/光文社文庫)

→なんでいま980円の靴を履いている人間が、
1300円も払ってこんな小説を読ませられなきゃならないのか、
本当にもう人生というものがいやになった。
どういう話かというと、40過ぎのエリートサラリーマン3人が、
3000枚の金貨がどこかの木の下に埋まっているという話を聞きつけ見つける話だ。
金貨は1億円相当らしく、
金のために動くというのがいかにも創価学会員のようで笑おうとしたが笑えなかった。
結局、見つけるのだが、掘り出すのは20年待とうなどと
成熟した大人ぶるところが、いかにも善人ぶりたい学会員のようでうんざりした。
金が目当てで動いたくせに、いざ金が見つかったらきれいごとを言うなよ。
主人公が銀座のバーで山盛りのキャビアをシャンパンで流し込むシーンがあるのだが、
980円の靴を履いているこちらはキャビアもシャンパンも
人生で一度として口にしたことがないので(別に食べたくも飲みたくもないがね)、
そういう舌の肥えた富裕層にしかこの小説のよさはわからないのかもしれない。
こちらとそう年齢が変わらないにもかかわらず、美しい妻のいるエリートサラリーマンが、
400万も若い水商売の女に金をつぎ込むところで泣きたくなった。
こちらはもう妻をめとるのでさえあきらめているのに、
なかにはちゃんとした奥さんもいるのに若い愛人までつくる果報者がいるのか。
40歳を過ぎると骨董がわかる、なんて話もどこの世界の話ですか? と悲しくなった。
貧乏人が売れっ子作家に成り上がると、
キャビアだのシャンパンだのゴルフだの愛人だの骨董だのと
自慢たらしく小説に書きたくなる気持はわからなくもないが、
毎日のように健康にもいい美食を召し上がっていらっしゃると、
そうでない読者がいることに想像が及ばなくなってしまうのだろうか。
いま思いついたが宮本輝氏の優秀なご子息ふたりは、
この小説に出てくるエリートサラリーマンのような恵まれた生活を送っているのだろう。
ちなみにご子息ふたりとこの文章を書いているものはそう年齢が変わらない。
どうしてあちらばかり恵まれているのか。
夫を若い小娘に寝取られたエリートサラリーマンの妻の発言にヒントがあろう。

「自分は宗教というものを持っていないが、
仏教には宿命とか宿業という言葉があるそうだ。
これまでその言葉について考えるというようなことはなかったのに、
いざ自分の身に夫の浮気という事態が生じて、
しかもその女が家にまで押しかけてくるなどという屈辱を味わってみて、
自分はこれこそが、柏木家の女たちの宿命、
もしくは宿業というものなのかもしれないと考えた。
もしそうであるならば、どこかでそれを完全に断ち切らねばならない。
だが、どうやったら断ち切れるのか……」(上巻P265)


やっぱり創価学会に入って宿命転換するしかないのかな。
宿命転換したらキャビアの山盛りをシャンパンで流し込めたり、
ゴルフ練習をしながら若い愛人を囲ったり、
50万もする美術骨董品を購入できるのだろうか? でも、そんなの幸福?
おそらく、創価学会にとっての幸福はそうなのだろう。

「損か得かで物事を決めることも大事でっせ」(下巻P124)

「忘れることが勝つことだ。傷をひきずらないことが勝つことなのだ」(下巻P128)


損より得を取れ。負けるな。勝て、勝て。創価学会精神をまるで隠さない作家である。

「何事にも表と裏がある。表が正、裏が邪というわけではない。
表と裏で一枚なのだ」(下巻P133)


社会や政治、芸能界の裏側でもしかして学会が暗躍していたりするのですか?
そういう表舞台には一生縁がなさそうなので、もうどうでもいいのだけれどさ。

小説を読みながらまったく笑いも泣きも生じなかったので、
細かなアラをチェックする意地悪おっちゃんになってしまったよ。
30歳そこそこのいまの女性が会話の語尾に「わ」をつけるのはありえないわ。
他人の海外旅行話ほどつまらないものはないのだが、
日ごろ周囲からちやほやされていると現実認識が鈍るのでしょうか。
知らない中年男の旅行話を楽しそうに聞いてくれる女子高生なんていないわ。
40過ぎのサラリーマンでメールの送信ができないやつもいないと思うわ。
それとこれは校正者のミスでもあるのだろうが、
4、50年前の会話に「真逆」という言葉が使われているのはおかしいわ(下巻P155)。
「真逆」は2000年ごろから使われ始めた最近の言葉だわ。

登場する芹沢由郎が池田大作氏、セリザワ・ファイナンスが創価学会の暗喩とも
読めなくはないので、ここだけは関心があって、どう描くのか期待していたら、
なんだか尻すぼみに終わってしまったので、これがもっとも残念だったわ。
池田大作氏が死なないうちはまだ書けないことがあるのかもしれないわね。
しかし、1300円を投入してなんでこんな悲しい気分にならなければならないのでしょう。
しつこいようだが、キャビアとかシャンパンとかフォアグラとか、なんだかな。
そういう高級食品って1300円で買えますか?
もちろん、わたしのこのつたない感想が正しいわけでは断じてない。
紫綬褒章作家の小説を正しく理解できないのは読み手が到らないからだと思う。
たぶん「三千枚の金貨」(金、金、金のすごいタイトルだよな……)は、
キャビアやシャンパンのようなものなのである。
わたしなんか下手をしたらいざキャビアを食べてもまずいと思うかもしれない。
シャンパンを飲んでもそうと知らなかったら焼酎のほうがうまいとも言いかねない。
だから「三千枚の金貨」は味のわかる、違いのわかる大人のための傑作小説なのである。
おもしろさを理解できないのは幼いせいと考えてまず間違いないだろう。
この小説は読者が果たして大人かどうかが残酷にもわかってしまう試金石と言えよう。
ぜひご一読をおすすめしたい。

「避暑地の猫」(宮本輝/講談社文庫) *再読

→宮本輝は仏教者である。類いまれな天才仏教文学者である。
仏教には大乗仏教と小乗仏教があるが、天才はどちらの資質も併せ持つ。
大乗仏教というのは、要するに欲望を肯定した宗教である。
宮本輝は徹底的に人間の欲望を肯定する。

「邪淫ほど甘いものが、この世にあろうか」(P43)

「私、お金持ちになりたいわ。
口じゃなくてお金で、何もかも食べてやりたいわ」(P73)

「私は復讐してやる」(P195)


大半の人間は邪淫を味わえない。金持になれない。復讐もできない。
このため、邪淫、金持、復讐を描いた「避暑地の猫」は、
多くの読者から支持されたのである。
これはまさしく大勢の人間を救おうとした大乗仏教精神の発現といってよい。
たぶん、作家は邪淫を経験できなかったことから小説を書いている。
さらに、仏教徒でもある著者が復讐を敢行できたとは思えない。
しかし、お金持になることはできたようである。
大乗仏教の信者ならば、裕福は恥ずべきことではない。
宮本輝の恐ろしいところは小乗仏教的な感覚も持っていたところである。
創価学会員の作家は、小乗仏教の教えを虚無と同一視した。
小乗仏教は「生きることを捨てた」思想と宮本輝は思っていたようだ。

「志津の表情には、自分の母を死に至らしめたぼくへの憎しみが、
ひとかけらもなかった。何かを悟りきった、別の言い方をすれば、
生きることを捨てた人特有の、どこかあっけらかんとしていて、
なおかつある種の粘着力を感じさせる光を、
その垂れ目気味の丸い目にたたえていたのだった。
そして、生きることを捨てたという表現を使うならば、
ぼくとて同じだったのだ」(P146)


この「生きることを捨てた」粘っこい目に引かれてわたしは宮本輝を愛読した。
作者の粘着力のある視線があるため初期小説の「避暑地の猫」はとてもよかった。
だが、どうやら成功を重ねた小説家は後年、小乗仏教精神を完全に捨て去ったようである。
これは断じて善悪や正邪で審判されるべきものではないと強調したいが、
たまたま菩提心のないわたしは宮本輝の過剰な大乗仏教精神に拒否反応を示した。
過剰な大乗仏教精神とは、端的に言えば説教臭いということ。
とはいえ、説教されるのを快く感じる読者もいよう。人それぞれだ。
要はそれだけのことで、だれが正しいわけでも間違っているわけでもないのだろう。
いまでもわたしは「邪淫を味わいたい」し「金持になりたい」し「復讐したい」けれども、
同時に「生きることを捨てた」どうにでもなりやがれという、
投げやりな底知れぬ虚無を有し、自堕落で退廃的な精神もまた失っていないのである。
できましたら、こちらも善悪や正誤で裁いてほしくありません。

「夢見通りの人々」(宮本輝/新潮文庫) *再読

→たいがいの作家なんてものは生涯にひとつふたつ名作を書ければいいものだが、
「錦繍」「青が散る」「優駿」「幻の光」、
そしてこの「夢見通りの人々」という大傑作を書き上げた宮本輝には恐れ入る。
このオムニバス短編小説集は、現代版「日本霊異記」であり、簡易版「法華経」である。
なにより偉大なのは、日本霊異記や法華経よりもはるかにおもしろく、
しかし同時にわかりやすくそのエッセンスを伝えているところである。
ウソばかりの小説である。
設定された商店街も実在しないウソだし、登場人物もウソばかりつく。
人はどうしてウソをつくのだろう。なぜウソを好むのだろう。
いったいなにゆえ宮本輝はこうもウソがうまいのであろうか。
ヒントになるのは、これまた日本霊異記や法華経である。
どちらもフィクションだが書き手は唯一絶対の真実を書いているつもりなのである。

宗教史は、人がウソに救われてきた歴史と言えるのではないかと思う。
ウソをほんとうだと信じるとき人間にある種の救いがもたらされるのだろう。
考えは人それぞれだが、わたしはあらゆる宗教はフィクション(=ウソ)だと思っている。
人生という現実にどれだけ痛めつけられようが、ウソがあれば人は生きていける。
繰り返すが、すべての宗教はフィクションだという考えをわたしは支持する。
もしそうであるならば、創価学会の宮本輝は、
日蓮の仏法(=ウソ)を唯一絶対の真実だと信じていることになる。
このとき宮本輝の書く小説(=ウソ)は果たしてなんになるのだろうか。
ウソをほんとうだと信じる人のつくウソ(小説)はほんとうになるのではあるまいか。
というのも、ほかならぬわたしがこのウソだらけの小説「夢見通りの人々」から
強い真実性を感じたがためである。

この小説に竜一という獣(けだもの)めいた性欲の持ち主が登場する。
あるいは大乗仏教の思想家である龍樹あたりをモデルにしたのかもしれない。
竜一の祖父も、「頭のてっぺんから足の爪先(つまさき)まで、
ぜーんぶ、おちんちんや」と女から言われるほど淫欲が激しく、
昼日中でも催(もよお)すと嫌がる妻を押し倒し事に及んだという。
ところが、その息子は結婚後に妻が次男を産み早世すると不能になってしまう。
子どものころに父親が嫌がる母親を力尽くで犯しているところを盗み見た。
この記憶がよみがえって欲望はあるのに女体を抱けなくなってしまったと物語られる。
さて、その息子の竜一が祖父ゆずりの精力絶倫である。
竜一のなじみにしている淫売(いんばい)の明美は昼はふつうの会社に勤めている。
どうしてか金の関係に過ぎぬのに竜一と明美はお互い惹かれあっている。
ある晩、情事のあと明美がこんなお話をするのである。
自分の母親は、父親が会社に行っている留守に、何人もの男を引っ張り込んでいた。
小学生だった私はそれを盗み見たことがある。
いま私がこんな娼婦めいたことをしているのはお金のためではないと最近わかった。

「死ぬほど嫌いやったお母ちゃんと私とは、おんなじ人間やったんや。
あんたがそれを教えてくれるねん」(P108)


似た宿命の持ち主が惹かれあっていたのである。
どうしようもなくある男とある女は宿命によって出逢ってしまう。
親と子が持って生まれたもので通じているならば、男と女もそうなのではないか。
おのれの宿命の断片を知った明美は竜一に言う。

「私、あんたのおもちゃになってあげるし、
あんたのお母ちゃんにもなってあげるわ」(P108)


3歳のときに母を亡くした竜一は、
明美に自分のなにかを見られたような気がして不快である。
おまえになにがわかるもんか、とも思う。

「男はどいつもええ女とやりたいわい。
なんぼ上品ぶってても、胎(はら)の底はおんなじや。
ただ俺は普通よりもちょっとだけ精が強いんや。
それはしょうがない。生まれつきや」
「私、生まれつきいうのは、人のせいとは違うと思うわ。
それも、あんたに教えてもろたんよ」(P109)


ウソ八百の小説のひとコマなのだが、どうしてかとてもほんとうっぽいのである。
祖父母と両親の顔を思い浮かべ、
さらにこれまで自分が出逢い別れてきた男女を思うとき、
この竜一と明美のようなことが実際に起こっているのではないか、という気がするのだ。
これはそれぞれがおのおのの来歴を凝視するしかないのだが……。
相当程度に持って生まれたものが人生を決めているのではなかろうか。
両親の持って生まれたものと自分のそれは強く結びついている。
ということは、両親と祖父母にも持って生まれたものの類似がかならず見られる。
このため、三代に渡って因果がめぐるようなことが実際にあるのではないか。
いまいち関係ないかもしれないが、
「目は一代、耳は二代、舌は三代」なんてことも言われているでしょう。
三代を経て結実するような因果や宿命もまたあるような気がするのである。
少なくとも、わたしの実人生を見るかぎり存在するとしか言いようがない。
この持って生まれたもの=宿命を宮本輝以上にうまく描く作家はいないのではないか。
宮本輝の創る因縁話はウソなのに、なぜかとてもほんとうらしいのである。

別の章では顔に痣(あざ)があるスナックのママが登場する。
ちなみに、女性の顔の痣を描いた先行作品に井上靖「霧の道」がある。
むろん、パクリなどという低俗なものではなく、尊敬するがゆえのオマージュであろう。
井上靖もまた人間の持って生まれたものに鋭い視線を向けた作家であった。
さて、宮本輝はスナック経営者の因業なママを次のように描写するのである。
生まれたときから顔に痣がある不幸な40歳の女性は奈津という。

「彼女が水商売に入ったのは二十歳のときで、
最初はキタ新地の二流のクラブに勤めた。
彼女の持って生まれた不幸は、ある部分を必要以上に磨(みが)く結果となった。
機知と、人情の機微に通じるということを、知らぬまに身にそなわせたのである。
そして同時に、その二つの美徳を十全に発揮させなかったのも、
持って生まれた不幸によってであった。
痣を隠す特殊な化粧は、奈津を一種の異相の持ち主にしたので、
彼女の真の優しさを伝えるためには、自然な機知に、
余分な演技とか言葉をつけくわえなければならなかった。
それがしばしば機知をずるさに、人情の機微をお節介にと、
取られる結果となった」(P205)


いったい宮本輝はどのような過程を経て、このような宿命観を獲得したのだろう。
井上靖のほかに宮本輝に強い影響を与えた人物がもうひとりいる。
あの男が小説家の宿命思想になにか関係しているのだろうか。
その男とは創価学会名誉会長の池田大作である。
もしや池田大作から宮本輝は宿命を学んだのではないか。
以下はまるで池田大作の持って生まれたものを描写しているようで驚く。

「そのうち奈津は、人格も風貌も立派なその男の、
奇妙な感情の振幅に気づき始めた。
揺らぎようのない自信の底に、理解しがたい不安の翳(かげ)を見、
負ける筈(はず)のない相手への病的とも言える嫉妬に驚き、
何をこれ以上とあきれるほどの
社会的自己顕示欲や名誉心の強さに首をひねった」(P206)


「その男」とは池田大作のことではないか――。
さて、宮本輝は持って生まれたものに強くこだわるが、
これだけが人生を決めるとは思っていない。
持って生まれたものはたしかに大きいが、人生はそれだけではない。
こういう説教をするのは最近の宮本輝の小説ならば、かならず年老いた成功者である。
人生に勝利した年寄りが、
こいつはいったいなにさまなんだと思うくらい偉そうにふんぞり返って、
おごり高ぶり上から目線の極地といったかたちで長々と説教してくる。
ところが、「夢見通りの人々」を書いたとき宮本輝は39歳であった。
「夢見通りの人々」で金言を述べるのはペテン師なのである。
競馬予想の詐欺で食っているいかさま師の男が教えを垂れるのがおもしろい。
本来、新興宗教の教祖なんていうものはみな天才的詐欺師のようなものなのだ。
にもかかわらず、ではなく、このために人は騙され救われるのである。
40にも達していない宮本輝がこの時期、健全な宗教感覚を持っていたことに驚く。
いんちき競馬予想で多くの人を騙して大儲けしている、
まるでどこぞの名誉会長のような人が、なかなかいいことを言うのだから。
「過去は未来ではない」――。

「競馬場に限らず、賭博場というところは、どんなに理性的な人間をも、
神秘的なものに目をくらませる魔力が渦巻いとるんだよ。
過去の結果を突きつけられて、それがそのまま未来の結果につながるという、
じつに人間的な錯覚におちいる。
だが、過去は未来ではない。未来の予兆を孕(はら)んでいるが、
それはあらゆる縁によって変わって行くんだよ」(P139)


「過去は未来ではない」

これは名言だと思うのね。過去は未来ではない。
人間にとって持って生まれたものは大きいが、それでも過去は未来ではない。
しつこいほどに繰り返すが、過去は未来ではない。
これは宮本輝の所属する創価学会をも否定せざるを得ない金言ではないだろうか。
過去に宮本輝という人が創価学会に入って成功したからといって、
未来にあなたがおなじような果報を得られるとはかぎらない。
いくら多くの学会員さんが過去に金持や有名になっていようが病気を治していようが、
「過去は未来ではない」のであなたの未来がそうなるとは言えまへんがな。

わたしは読書しながらメモを取る癖があります。
この小説は本来再読するつもりはなかったのだが、「幻の光」を読んで感涙して、
思わず酒をのみはじめてしまったので、
ならばもうかたい読書はできないということで読み始めたのだった。
読みながらわんわん泣いて、「すごい、すごい」と何度もひとりごちたのでした。
メモには乱れた字で、でかでかとこう書いてある。
「日本でいちばん偉いのは宮本輝」――。
血縁者にひとりでも以下のようなことを言う人がいたら、
たぶんあなたは宮本輝の作品に向いているでしょう。
なぜなら、持って生まれたものが似通っているからであります。

「お父ちゃんはなァ、金が一番大切やと思うてるでェ。
愛やの心やの言うても、金がなかったら何にも出来ん。
金があったうえでの心や。金があったうえでの健康や。
誰に何と言われようが、これがお父ちゃんの本心や」(P77)


よしんばこの文句に息子が反抗しようが、孫は祖父に同意するだろう。
宮本輝が名作「夢見通りの人々」で描いたのは、人間のこのような宿命である。
人間の持って生まれたものを実におもしろくわかりやすく天才小説家は描写した。

「星々の悲しみ」(宮本輝/文春文庫) *再読

→宮本輝の初期短編小説集を読んで思ったことをつらつらしたためる。
宮本輝は井上靖から「さみしさ」を継承しているといえよう。
以下の引用部分など、いかにも井上靖の小説のようである。
浪人生の「ぼく」は星が見たくなり望遠鏡を持つ高校の同窓、勇のところへ行く。

「ぼくは時間も忘れて、望遠鏡にしがみついた。
「さびしいもんやなァ」
ぼくは心からそう感じて呟いた。
「うん、さびしいもんやろ」
勇も同じように呟いて、それきり黙ってしまった」(P47)


しかし、宮本輝は孤独=「さみしさ」を克服するのである。
なんによってか。新興宗教の仲間との連帯からである。
宮本輝の小説は、異常なほど人と人との距離が近い。
いきなりおなじアパートの住人がシュウマイを土産にやってくるのだから。
訪問のみならずズカズカと上がりこんでくる。
これは創価学会の流儀で、戸別訪問や家庭訪問といわれている。
むかしだから人と人との距離が近かったわけではないのである。
宮本輝の描くのは学会員さんで、われわれとは少し頭の回路が異なるのである。

「俺、何をやっても、あいつには勝たれへんような気がしてたけど、
やっぱりそうやったなァ」(P55)


登場人物がいちいち勝ち負けにこだわるのも創価学会の教義と関係している。
宮本輝の小説を読んで感心するのは、どんなときでも金銭をないがしろにしないところだ。
かならずなにをして食べているか異常なまでの執念をもって書き込んでいる。
人になにかを頼むときは絶対といってよいほど金品を差し出すのもおもしろい。
人は金品以外ではなかなか動いてくれぬことを宮本輝は腹の底から知っているのだ。
実際、金がなかったらお話にならないのだから当たり前である。
登場人物が金に執着を見せぬ村上春樹の小説など宮本輝は断じて認めないだろう。
人間は金のために生きるのかもしれない。
金は稼ぐほかに盗むという手もある。
どうしてこんなに宮本輝の小説に窃盗の主題が頻出するのかわからなかったが、
本書を読んであれは前世での借りのイメージになっているのではないかと気づく。
相手から金を盗んだらそれは借りとなるではないか。
宮本輝の信仰に従うならば、現世で不幸なのは前世で借りを作ったからである。
このため現世における貸借の象徴として窃盗行為がたびたび描かれるのかもしれない。
個人的な感想だが、手癖が悪いやつにはかなわないという思いがある。
わたしは育ちが関係しているのか、どうしても盗むことができない。
人のものを平気で盗む宮本輝の世界の住人には生命力でかなわないと思ってしまう。

初期作品ながら早くも創価学会の比喩として病院が取り上げられている。
井上靖から継承した「さみしさ」を創価学会で克服したのが宮本輝である。
結核で入院した寺井は、おなじ病室の戦友ともいうべき患者を見て思う。

「朝食が配られて、みんな思い思いの方向に体を向けて丸椅子に坐り、
無言で食パンを頬張り始めた。二年間、寺井は毎朝、
この味気ないぱさぱさのパンを銀紙に包まれた小さなマーガリンで塗りたくり、
冷たい牛乳で無理矢理飲み下してきたのであった。
高嶋さんは八年間も、二階のおばちゃんは十年間も。そう思った瞬間、
寺井は、いったいこの人たちは誰であろうかという思いにかられた。
自分にとって、金さんやケンちゃんや、ヒデさんやトウホクさんは、
いったいどんな意味を持つ人間なのであろうか。病気にさえならなければ、
決して知り合うこともなかった縁もゆかりもない他人ではあったが、
そのときの寺井には、それが単なる偶然であるとは思えなかったのだった。
同じ病院の一室で、長い辛い日々を暮らすはめになることを、
もうとうから約束しあっていた、深い間柄の人たちに思えて仕方がなかった」(P216)


これは創価学会でいうところの宿命転換が起こった瞬間なのかもしれない。
前世からの因縁があると信じられる仲間たちを得たときの感動はどれほどか。
宮本輝の「蛍川」が芥川賞の候補作になったとき、
関西の創価学会は一丸となって同志の受賞を祈願するお題目を送ったという。
そんな仲間がいてくれたらば、ともに闘ってくれたら、
どんな不幸な境涯にいようが苦しかろうが人生に勝利できるのではあるまいか。
孤独などよりも美しい連帯を書きたいと宮本輝はエッセイで語っている。
しかし、創価学会に入らないと、そのような仲間はめったに得られないのである。
経験したことがあるが、学会員さんは仲間以外にかなり厳しいところがある。
連帯どころか村八分を仕掛けてくるのが学会員さんともいいうる。
とはいえ、創価学会になじめたらこんな幸福なことはないのである。

わたしは宮本輝が好きで好きで、氏の愛読したという小説を片端から読んだ。
最後に創価学会まで行き着き、どうしても入っていけない世界を感じてしまった。
しかし、いま仏教に興味を持っているのもすべて宮本輝の影響である。
わたしは宮本輝にとって、ブッダに反逆したダイバダッタのような存在なのかもしれない。
もしかしたらダイバダッタはだれよりもブッダを愛していたのかもしれない。
ほかのだれよりもブッダを理解していたから、
ダイバダッタはかつての師に反旗をひるがえすことができたのではないだろうか。
いや、いささか妄想が過ぎた。

「幻の光」(宮本輝/新潮文庫) *再読

→宇野千代が小説は話すように書いていると言っていたが、
宮本輝は「幻の光」をまさしく話すように書いている。
女が若くして自殺した亡夫に話しかけるという文体だ。
これはもう恐ろしい小説でありまして、読んでいて嗚咽(おえつ)がとまらず、
本書を読み終えて、なにやら濃いものを身体に入れたくなり、
禁じているまだ明るいうちからの酒に手を出してしまった。
ウイスキーを濃いロックでのむまで神経の昂(たか)ぶりは収まらなかった。
「幻の光」は現代の説経節と言いたいほどの迫力があるのだが、
説経節を知らないとこれがどれだけの賞賛なのかわからないかもしれない。
人間の悲しみと喜び、切なさと愛おしさを、見事に言葉に乗っけている。
われわれは小説を読むというが、
実のところは目で活字をいったん音声化して耳で聞いているのかもしれない。
それほど宮本輝の言葉は音楽のようにわれわれの耳に心に響いてくる。
人生にどうしようもない悲しみは尽きないが、
しかしわれわれ人間はその悲しみを哀切として謡(うた)いあげることができる。
悲しみはどうしようもなく悲しみだが、
心を込めて哀切として謡いあげきったならば、そのとき悲しみは希望になる。
人間の悲哀は希望に通じているということが「幻の光」を読むとよくわかる。
ならば、どうすれば人生の絶望が希望に転換するのか。
物語ることである。お話として絶望を語りきれば、その先にかならず光が見える。

人生で起こることはすべて偶然であると言えなくもない。
だが、人間はたまたまの偶然を主観で物語に仕立て上げることができるではないか。
「幻の光」で主人公「わたし」の祖母は、20年まえ突然失踪してしまう。
ちょうどおなじ時期に、のちに「わたし」の夫となる少年が引っ越してくる。
この夫が結婚後、小さな子どもがいるにもかかわらず自殺してしまう。
みなみな万事が偶然かもしれないのである。
しかし、「わたし」はこう物語る。繰り返すが、このお話に希望が芽生えるのである。
「わたし」は「あんた(自殺した亡夫)」に向かって話しかける。

「そして世にも不思議な消え方で、
この世から去って行ったお祖母ちゃんと入れ変るみたいにして、
あんたがわたしの前にあらわれたことに、
何かぞっとするような恐ろしさを感じてしまうのです」(P36)


あらゆる偶然は偶然ではなく、もしや宿命ではあるまいか。
すべての偶然が物語ろうと思えば宿命として観ずることができるのである。
「正しい」かどうかわからぬが偶然に過ぎぬ人生を宿命として観ずるとき、
拓(ひら)かれてくるものがあるのではないか。
たとえば、顔のそばかすのようなものからして宿命とは考えられないか。
宮本輝が「幻の光」でそばかすを宿命の象徴として描いているのはほぼ間違いないだろう。

「随分昔、まだ二人が二十歳になるかならんかのころ、
わたしの目の下にばらばらに散っているそばかすを見ながら、
あんたがあの独特の、
どこかほかのところを見つめてるような視線を注いでこう言うたことがある。
「ゆみちゃん、まだほかにも、ぎょうさんそばかす隠してるんのと違うかァ?」
それは子どものころから仲の良かったあんたが初めて口にした、
わたしへの何やら怪しげな言葉やった。わたしはその瞬間、
みぞおちのあたりをきゅうんとさせながら、
恥ずかしそうな振りをして笑い返したのやけど、
言葉の意味が判ってたつもりのわたしは、
何の理由もなしに自殺してしもたあんたのことを考えるたびに、
それは女の体のことやなかったと気づくようになった。
ほんとは煩(わずら)わしいてたまらんくせに、
あんたの指にあわせてるうちにその気になってくる自分の女の部分を、
まだ一緒になるまえから言い当てられてたんやと、わたしは思い込んでたのでした。
あのそばかすの意味も、考えれば考えるほどややこしいなって、わたしは、
あんたの自殺の理由が、ますます判らへんようになっていくんです」(P12)


「わたし」は大して魅力もないこぶつきの中年男と生活のために再婚する。
その男から尻(しり)にそばかすがあると指摘されるのは意味深い。
自分で知る宿命ばかりでなく、他人に教えられる宿命もあるのだろう。
いや、他人に教えられたそばかすが宿命であるかはわからない。
ただその新しく知ったそばかすを宿命と思えるかどうかで人生が変わるのだろう。
わたしは断固として宿命を認めずに滅び去ってゆく生き方もあっていいと思うが、
宮本輝は勝利や宿命転換といった荒々しい希望の物語に執着するのである。
しかし、初期作品の「幻の光」では、
滅び去る「あんた」に作者はかぎりない愛惜の念を寄せている。
自殺したものを罰が当たったと裁くような冷たさは「幻の光」にはない。
だから、いい。とてもいいのだ。