「宮本輝 流転の歳月」(NHK/知るを楽しむ 人生の歩き方)

→天下の公器、NHKで放送された人生の大勝利者の体験発表である。
大勢の人のまえでの大勝利の体験発表を目的に生きている人って大勢いそう。
閻魔(えんま)さまのまえでの体験発表では、
「これこれこういうことがあって大勝利しましたが、結局死んでしまいました」
になるのが人生の矛盾でありおかしみであり哀しさだろう。
うちの父もそうだが、どうして庶民ってみんなNHKが好きなんだろう。
NHKで勝利者として体験発表するのが、あるいは日本人のゴールなのかもしれない。
選考委員の宮本輝が嫌っていたのに芥川賞を取った西村賢太もそのコースを歩んだ。

創価学会の宮本輝氏が信じているものとおなじものをわたしは信じている。
宮本輝氏は創価学会だから、いちおうは日蓮大聖人の南無妙法蓮華経だろう。
わたしは南無妙法蓮華経も信じているし、
(法然や親鸞のではない)踊り念仏の一遍の南無阿弥陀仏も信じている。
どうして南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏という違う言葉を信じてもいいのかって?
それは要するに南無妙法蓮華経も南無阿弥陀仏も「自分」だからである。
宮本輝が自分(南無妙法蓮華経)を信じているように、
わたしも自分(南無阿弥陀仏)を信じている。
すべてが自分のなかに眠っているのだろう。
男も女も、聖と俗も、貴と賤も、賢も愚も、有も無も、生と死も――。
それを信じるしかない。自分を信じるしかない。
それが南無妙法蓮華経であり南無阿弥陀仏であり南無釈迦牟尼仏である。
生きる目的も苦しむ目的も死ぬ目的も「自分」である。
つまり、南無妙法蓮華経であり南無阿弥陀仏であり南無釈迦牟尼仏。
昨日は目のまえで飛び降り自殺をした母の命日で父と逢った。
自分とは父と母である。自分とは父と母の「愛」である。
自分とは祖父と祖母の縁であり性欲であり関係性であり複雑性である。
それはどうなっているか人間にはわからないが、
かりに言葉にするならば南無妙法蓮華経や南無阿弥陀仏が
それなりに適当で妥当なのかもしれない。

ぜんぶ「自分」の奥深くに眠っていると信じることが、
南無妙法蓮華経であり南無阿弥陀仏であり南無釈迦牟尼仏ではないか。
創価学会の芥川賞作家の宮本輝氏と、
無宗教で非正規雇用アルバイトのわたしはおなじものを信じている。「自分」――。
突き詰めるものは「自分」しかないのだろう。
宮本輝先生は大勝利人生の体験発表として以下のようなことをおっしゃる。
成功者ほど過去に対して雄弁であるが、それはそんなもので、
わざわざそんな意地悪な指摘をしたら皮肉がすぎるのでよくない。

「子ども時代に住んだ土地を取材して訪ね、
僕の中にある親父の記憶を辿(たど)っていくと、
親父に関する思い出だけでなく、
さまざまな人や、さまざまな出来事が蘇(よみがえ)ってくるんです。
そこには生きる歓(よろこ)びや哀しみ、
憎悪や愛情が複雑に絡(から)み合った「とてつもない人間の世界」がある。
そして、そこにはいつも偶然ではない何か、うまく説明できないけど、
人間の業(ごう)だとか宿命だとか、
人知の働きを超えた不思議な力が常に作用していたような気がするんですよ」(P138)


わかるなあ。宮本輝氏の述懐はわたしにとっての真実真理でもある。
40年も生きていると、いやでも浮き沈みというものを見る。
40年という時間が自分にものを考えさせる。血縁を考えさせる。
宿命を運命を事件をご縁を、そのどうしようもなさを。
とてもとてもすべて偶然だったとは思えないのである。
おそらくすべては偶然なのだろうが、そうだとは思わせないのが「時間」である。
わたしはまえに南無妙法蓮華経の意味は「自分」だと書いた。
南無阿弥陀仏の意味も「自分」だと思っている。
言葉はいろいろな意味を持つ。言葉は伝わらないところに意味があるのかもしれない。
「時間」もあるのではないか。
南無妙法蓮華経の意味は「時間」で、南無阿弥陀仏の意味も「時間」。
「自分」と「時間」はおなじ意味で、いいかえたら南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏。
「自分」を信じるとは「時間」を信じること。
どうして「自分」が生まれてきたかといえば、両親の営みが関係している。
両親がこの世に生まれてきた因縁も、祖父母のそれによる。
「時間」経過とともに両親にも「自分」が生まれ結ばれ、
いまの「自分」がどうしようもなく存在している。
どうしてこうなったかはわからないが、その「わからない」は信じてもいいのではないか。
「自分」の正体はわからない。「時間」の本質はわからない。
その「自分」や「時間」のことを仏教では南無妙法蓮華経や南無阿弥陀仏という。
わたしは自分も時間も宮本輝も信じている。
なぜなら宮本輝から自分と時間を信じることを教わったからである。
悪名高いがわたしは嫌いではない創価学会の隠れ作家、宮本輝氏はNHKでいう。

「大豆が醗酵(はっこう)して味噌になるにはある程度の時間が必要ですが、
それと同じで一つの思い出や経験が、
僕の中で化学変化や醗酵を起こして、別のものになるのには
三年かかる場合もあれば、三十年かかる場合もある。
今釣り上げたばかりの魚を三枚におろして刺身にして
「さぁどうぞ」ってわけにはいかないのが、
小説の難しいところなんですよ」(P158)


おそらく小説のみならず人生でもおなじことがいえるのではないか。
わたしは生きようと思う。
母の眼前投身自殺体験が今後どのように醗酵するのか興味がある。
生きよう、生きよう、生きよう。
16年まえのあの日からわたしは宮本輝に生かされている。
偉大な庶民派作家である。自分と時間を知ろうとしている稀有な人気作家である。

「三十光年の星たち」(宮本輝/新潮文庫)

→読後、吐き気をもよおしたカルト的とも言いうる長編小説である。
何度も強調して断っておくが、ただたんに小説がカルト的だと言っているだけで、
著者の入信している創価学会がカルトであると言っているわけではない。
運がいいのか悪いのか学会員とはこれまでの人生でまったく縁がなく、
創価学会がカルトなのかどうかはわからない。

さて、吐き気をもよおすほどに気持が悪い小説だったのである。
2週間まえに読了した本だが、いまでもときおり内容を思い出し吐き気を感じるくらいだ。
どうしても自分のほうが「正しい」という自信を持てず、
この2週間のあいだ何度もメモした部分を読み返したものである(謙虚だなあ)。
主人公は30歳の無職男性。
三流私大を卒業後に小さな会社を転々として、いま恋人と起業したところ。
ところが、革製品を売る商売はうまくいかず借金をかかえる身になった。
そこに75歳の「先生」が現われ金を貸してやる代わりに青年を奴隷あつかいする。
この「先生」がとにかく偉いという設定らしいのだが、なんで偉いのかよくわからない。
大金を持っているというのが、おそらくいちばんの偉い理由だろう。
それから自分とおなじような成り上がり者の金持とコネがたくさんあるらしい。
性格はとても気難しく、いきなり金を借りている弱い立場の青年を怒鳴りつけたりする。
75歳の「先生」は群れるのが好きで、
自分のシンパと一緒に青年を巧みにマインド・コントロール(洗脳)する。
しだいに青年は自分のあたまで考える能力を失いはじめ、
「先生」への絶対的服従を誓うようになり、
道ばたでいきなり柔道の技で投げられたにもかかわらず感謝の念をいだくほどになる。
自分のあたまで考えるということを完全に放棄した青年は、
「先生」に言われるがまま
後継者のいない怪しげなB級グルメレストランの店長におさまる。
休日いっさいなしで朝6時に起きて深夜1時、2時まで働く生活を送るようになる。
なんのためか? なんのためにわざわざそんなしんどい生活を送るのか?
30歳の青年にとってもはや「先生」の教えを疑うなんて思いもよらないことだ。
「先生」は言った。30年後のおまえの姿を見せてみろ。
30年後に本当の「人生の勝負」がはじまるのだから。
わかりやすく言えば、30年後に他人と比較して「おれは人生で勝利したぞ」
と喝采をあげるためにいま「先生」のしもべとして365日早朝から深夜まで働け。
「先生」は自分が絶対に正しいと確信して金のない低学歴の青年を叱り飛ばす。

「三十年後の自分を見せてやると決めろ。
きみのいまのきれいな心を三十年磨きつづけろ。
働いて働いて働き抜け。叱られて叱られて叱られつづけろ」(上巻P334)


30年後に訪れる「人生の勝負」以外のことは考えるな。
考える暇があったら働け。もっと働け。いや、もっとできるだろう? 限界を超えろ!
なんだ、その反抗的な目はアホンダラ、金も学もない若僧のくせに。
叱られたら「ありがとございます」だろう。叱られたら感謝するんだよ、この貧乏人が。
おい、クソガキ、おまえ金をなんぼ持ってるんだ?
30年後におれのような人生の勝利者になりたかったら叱られて喜べ。
「先生」は絶対に正しいのだから、おまえは奴隷のように働いて叱られて感謝しろ。
遊ぶ? そんな無駄なことをしている時間がおまえにあるのか? 
30年後に人生で負けてもいいのか?
どうしておまえは反抗的な目をするんだ。考えるな。おれの言うことは正しいんだから。

「やれ、と言われたことを、やれ。
こんなことをして何になるんですかなんて、いちいち訊(き)くな。
なんでこんなことをさせられたのかは、何年かあとになってわかる」(下巻P130)


おまえは絶対に間違っている。なぜなら「先生」は絶対に正しいからだ。
自分をどこまで犠牲にして「先生」のためになにをできるか考えろ。
なぜ「先生」は偉いかなんて考えるな。
「先生」は年寄りで金持だからおまえよりも絶対的に偉く賢いんだから疑うな。
裕福な老人は低学歴で貧乏な若者を怒鳴りつけ反省をうながせる。
「三十光年の星たち」は毎日新聞に連載された小説だ。
いまや若者はほとんど新聞を読まず、いっぽう老人はあきれるほど新聞が大好きである。
新聞は正しい。宮本輝は正しい。ならば、新聞を読んでいる老人も正しい。
なぜ新聞が正しく偉いのかといえば、
紫綬褒章作家で芥川賞選考委員の宮本輝が小説を連載しているからである。
なぜ宮本輝が正しく偉いのかといえば、天下の大新聞社に認められているからである。
宮本輝は正しい。新聞は正しい。新聞を読んでいる老人は正しい。
新聞連載小説「三十光年の星たち」では老人が不遇な若者に反省せよという。
どう反省すればいいのか。

「俺が、いまの自分に不遇という言葉を使えば何物かに強く叱責されるだろう。
何かをめざして耐えるとか、つらい修業に身を投じるとか、
そんなことから逃げつづけて、俺は二十代を無為にすごしてきた」(上巻P184)


いま不遇な若者は自己責任なのだから不満など口にしたらぶっ飛ばずぞ。
反省したのちに働いて働いて働いて、そして叱られて叱られて叱られるがよい。
「先生」に叱られたら「ありがとうございます」だからな。叱責されたらありがとうだ。
ディープなファンのあいだで有名な
池田大作と宮本輝の「無言の叱責」事件というものがある。
創価学会会長(当時)の池田大作は文筆で評価されることを強く望んでいた。
ところがそれはかなわず、弟子の宮本輝が芥川賞を取ってしまったのだから、さあ大変。
池田大作は芥川賞作家の宮本輝に嫉妬して幼児的な完全無視をしたわけである。
宮本輝は最初、へへん、池田大作もこの程度の男かと本当のことにうっすら気づく。
しかし、池田大作および創価学会から見放される恐怖は、
ちょっと想像しただけでも人格が崩壊してしまうレベルのものだったのだろう。
低学歴で当時はまだ金をあまり持っていなかった宮本輝は庶民的な平伏を見せる。
池田大作先生は自分の慢心を見破ったから、あのような冷たい態度を取ったのだ。

「先生」は正しい。

宮本輝が心を入れかえたら池田大作先生が声をかけてくれるようになったという。
このときの経緯を宮本輝は「無言の叱責」という短文に書き残している。
もちろん、池田大作先生への恭順を示すためにである。
老作家の宮本輝はよほど書くことがなくなったのだろう。
(学会員ではない)一般人の憫笑を誘いかねないこのエピソードを、
美談めいたものとして「三十光年の星たち」にコピーしている。
骨董屋の見習いが「先生」の命令に逆らって無視されるという気持が悪い話である。
その見習いが自分で考えるのを放棄して、
「先生」は絶対的に正しいのだと考えるようになったら「先生」はやさしくしてくれた。
しつこいが、この小説のテーマであると思うためにまたおなじことを書く。

「先生」は正しい。

これは出世するための秘訣でもあるのである。
人間平等なんて嘘八百の話で、出世するためには上から認めてもらうしかないのである。
身もふたもないことを書くと、世の中は金を持ったやつと持っていないやつがいる。
権力を持った人と権力を持っていない人にわかれる。
クソみたいに下世話なことを書けば、
偉い人、正しい人とは権力や金を人より多く持った人のことである。
有名人の子どもならそうではないが、生まれが賤しい人間は
どの世界でも出世したかったら偉い人から引き上げてもらうしかない。
権力者の周辺には奴隷のような追従者が多く見られるのはこのためだ。
「先生」が正しいことはゆめゆめ疑ってはならないのである。
なぜなら「先生」は「先生」だから正しいのだ。
「先生」であることは正しいことを証明しているのである。
どういうことかと言えば、「先生」もその「先生」から引き上げてもらったということ。
「先生」の「先生」が正しかったから「先生」もまた絶対的に正しい。
おそらく最初の「先生」は狂人に近かったはずである。
なぜなら自分が絶対的に正しいなどと確信を持てるのは狂人寸前だからである。

しかし、ここまでお読みくださったみなさまは思われるかもしれない。
果たして「先生」は本当に偉く正しいのだろうかと。
概して「先生」は正しいことが多いというのもまた事実なのである。
実際、日本の伝統文化(伝統芸能)は師弟のあいだで継承されている。
そうなると新しいものは出てこようがないということになるのか。いな、である。
現実として日蓮の伝統仏教から、
いまや日本を完全に支配した巨大新興宗教団体の創価学会が誕生しているではないか。
「三十光年の星たち」にはツッキッコのスパゲティというゲテモノ料理が登場する。
イタリアのことをなにも知らないおばさんが新発明したインチキのパスタである。
これが庶民に大好評だったというのだから、まるで創価学会である。
カルト小説「三十光年の星たち」には一箇所だけ救いがある。
強制的にゲテモノ料理屋の店長に任命された青年がふと疑問に思う瞬間である。

「いや、それよりも何よりも、俺はツッキッコのソースの味を知らないのだ。
どんな香りでどんな味なのか、想像もつかないのだ。
もし今夜、初めて味見したソースを俺がうまいと感じなかったらどうなるのだ。
いや、佐伯平蔵[先生]がうまいと言ったのだから、絶対にうまいはずだ」(下巻P118)


自分の舌で味わうのはやめて「先生」の舌で味わおう。
自分の目で見るのはやめて「先生」の目で見よう。
自分の耳で聞くのはやめて「先生」の耳で聞こう。
自分のあたまで考えるのはやめて「先生」のあたまで考えよう。
自分の言葉を口にするのはやめて「先生」の言葉を使い回ししよう。
なぜなら――。

「先生」は正しい。

新聞小説「三十光年の星たち」を読んで吐き気をもよおしたと書いた。
これは身体的レベルで拒否感を示した、いや、心動かされたからだと思う。
人生の大勝利者である宮本輝は「正しい」ことを「三十光年の星たち」から教わる。
偉大なる宮本輝先生のおっしゃるとおりだと今後は心を入れかえることにする。
これからはグルメ評論家の絶賛するものをなるべく口にしようと思う。
映画評論家がほめている新作映画をできるだけ観に行きたいものである。
権力者が評価しているクラシック音楽や古典芸能に可能なかぎり触れていきたい。
これからは、これからは――。
くだらぬ自分の感想など捨てて権威ある「先生」のおっしゃることを信じて生きていく。
今日はわたしの人間革命記念日だ。宮本輝先生、ありがとうございます。
宮本輝先生の叱責はわが胸の底を揺り動かしましたぞ。

きちがいのニーチェがこんなことを言っている。

「すぐれた教育者は、
教え子が師に逆らってあくまで自分自身に誠実であろうとすることを、
誇りにしてよい場合があることを知っている」


(参考)「ニーチェからの贈りもの」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-2613.html

「慈雨の音」(宮本輝/新潮社)

→宮本輝は絶対的真理があると思っている。
正しくは絶対的真理があると「信じている」なのだが、
このふたつの大きな違いを作家は理解しようとしないだろう。
なぜなら人生で大勝利した芥川賞選考委員で紫綬褒章作家の宮本輝は、
自分は絶対的真理をすでにかなりのところまで悟っているという揺らぎない自信があるからだ。
自信の根拠は、おのれの大勝利である。どうだ、論より証拠、目を見開かれよ。
結果が出ているではないか。ものども、おれさまの大勝利が見えないか。
宮本輝の信じる絶対的真理は日蓮仏法であり、創価学会であり、池田大作の教えである。
このため、宮本輝は絶対的善も絶対的悪もあると信じている。

作者の自伝的大河小説「流転の海」第六部「慈雨の音」の主人公は、
宮本輝の父を模した松坂熊吾という
誇大妄想にとりつかれた口八丁手八丁のチンピラくずれだ。
本人は大物ぶっているが人目にはイカサマ師程度にしか見えないのだろう。
いまは金がないことを憐れまれて温情から駐車場の管理人をさせてもらっているが、
すぐに手が出る松坂熊吾なる暴力男は職務をまともにまっとうしないでいつも遊び歩いている。
与えられた仕事に満足せず、自分は管理人ごときの器ではないと信じるためだ。
息子も親に似たのか非常識極まりなく、
人様の駐車場でそこらじゅうに糞(ふん)をする鳩(はと)を飼い始めるしまつ。
管理会社のサラリーマンなら仕事として注意のひとつもしなければなるまい。
ところが、宮本輝はこの職務に忠実な善良な会社員を極悪人のような描き方をするのだ。
そのうえで善人という設定の粗暴な自動車修理工に
会社員を恫喝させて作者はひとり喝采をあげている。
これは自分や自分たち(家族、教団)を絶対正義(絶対善)と完全に信じている作家でなければ
書けない描写だろうと身震いしたが、もちろんこの震えは感動からではない。
作者のまったく他人の事情をかんがみない独善思考に恐怖したのである。
じつのところ悪よりも怖いのが正義である。
悪でもなしえない残虐な行為を人(びと)は正義の名のもとに平気で行いうる。
警察しかり、マスコミしかり、新興宗教しかり、
正義を自称する集団から目をつけられたらなにをされるかわからないところがある。
そして宮本輝もまた正義の一員である。宮本輝は正義の人である。宮本輝は正義を描く。

正義の人である宮本輝の知る絶対的真理のひとつは「世法の機微」である。
これは宮本輝の造語で、意味は人情の機微とおなじようなものになるのだろう。
「世法の機微」とは具体的には、恩人には何度も付け届け(贈り物)をすること、
だれかにお世話になったらやむをえない場合は郵送でもいいから謝礼金を送ることである。
世の中でうまくのしていくためには「世法の機微」を知らなければならない。
「慈雨の音」はほとんど全編「世法の機微」を描いたものとさえ言ってもよいだろう。
「世法の機微」とは言い換えたら「世間の常識」や「人間としての礼儀」になる。
作者が信じる絶対的真理のひとつ「世法の機微」は、
あったかい人情のみならず鋭い刃をも隠し持っている。
「あの人は世間の常識を知らないんじゃない」「人間としての礼儀に欠けるわよね」――。
松坂熊吾の一家は「世法の機微」を知っているからすばらしく模範的だという理屈だ。
まだ中学生の少年・松坂伸仁が友人をつくるために小狡く相手に小銭を渡すのだから、
松坂熊吾は毎日のように息子を殴りながらよほど厳しく「世法の機微」を仕込んだのだろう。
「慈雨の音」は学のない夫婦が妙に世知長けたふりをして粋がる気持悪い小説である。
まだ純真であるべき年齢の息子までが、
恥ずかしながらいい年をしたわたしなどがいまだできない、
ませた大人びた処世術をさらりと披露するので、
こうなるとどうしても生まれの差というものを考えずにはいられない。

正義の人・宮本輝が「慈雨の音」で描いている絶対的真理がもうひとつある。
それは創価学会の教義ともつながるバリバリの自力主義、努力主義である。
たとえどれほど悪い星のもとに生まれたとしても、
人間はだれもが正しい努力しだいで人生を切り拓いていけるという真理(信仰)だ。
みずから正しい環境を求め正しい教育(創価の?)を受けたら人間は変わることができる。
これは松坂熊吾と宮本輝の核になっている思考だろう。

「その子が蛭(ひる)になるのも
凶暴な獣になるのも良識をわきまえた上等な人間になるのも
環境と教育次第で、血筋といったものはそれによって冥伏(みょうぶく)
してしまうものだと自分は信じている」(P296)


これはどんな悪しき宿命も転換することができるという、
(ある意味では遺伝子の存在をまったく認めない)創価学会の根本思想である。
人は努力して正しい仏法や「世法の機微」を学べば人間革命を起こすことができる。
人生に負けるようなやつは努力が足らないせいだから、もっともっとがんばれ!
松坂熊吾は古い流行歌の「こんな女に誰がした」というフレーズが嫌いだという。
おそらく池田大作も宮本輝も「こんな女に誰がした」と歌うような女が嫌いなのだろう。
よほど毛嫌いしているのか二度も小説内で敵性思考として槍玉にあがっている。

「暗くなったビリヤード場のなかに、
近くの路地のどこかでかけているレコードの音がいやに大きく聞こえてきた。
昔、流行った歌謡曲の歌詞が、熊吾をひどく不快にさせた。
中学を卒業してすぐに能登から大阪へ働きに出て来て、
電器部品の工場で一日中ハンダ付けの作業に明け暮れ、
安い賃金でこき使われて心身ともに疲弊していたときに、
この「ラッキー」という新しい働き場所を得た働き者の康代が、
従業員思いの[店主の]磯辺に隠して子を堕ろした。
あの娘も、そうやって浮世の片隅の塵芥(ちりあくた)となっていくのか。
こんな女に誰がした、じゃと? てめえでなったんじゃ」(P265)


松坂熊吾にも宮本輝にも壮大な自信があるから、こういう心情をもらすのだろう。
もし自分ならばどんな劣悪な環境に生まれ落ちても清く正しい人生を送れる。
「浮世の片隅の塵芥」になるものは「てめえでなったんじゃ」という自己責任論である。
堕胎経験のある非正規雇用の女性は「浮世の片隅の塵芥」であるという、
まこと偽善のない正直な差別観の吐露でもある。
宮本輝は「仏法は勝負」という創価学会の教えにのっとり努力して人生で大勝利した。
「浮世の片隅の塵芥」(返す返すもすごい本音の差別的表現だ)をだれのせいでもなく、
「てめえでなったんじゃ」と冷たく突き放せる根拠は、
宮本輝が芥川賞作家、紫綬褒章作家に「てめえでなったんじゃ」と信じているからだろう。

宗教啓蒙小説「慈雨の音」のクライマックスは松坂熊吾の大勝利宣言である。
松坂熊吾という男は、いまではお情けで駐車場の管理人をさせてもらっている人生の敗者だ。
堕胎経験のある街角の女給を「浮世の片隅の塵芥」とさげすむ尊大な精神は失っていないが、
いまのところはだれがどう見ても人から同情されるほど落ちぶれた人生の敗北者である。
この松坂熊吾という男もむかしは小商いであぶく銭を稼いでいた時期があった。
そのときの使用人であり弟分であったのが海老原太一という優秀な人材である。
太一はのちに松坂熊吾のもとを去り、自分の会社をはじめ大成功を遂げ、
現在では国会議員に立候補するほどの大物になっている。
独善的で被害妄想が強い松坂熊吾は、
弟分の海老原太一に裏切られたと長らく根に持っている。
これはよくある話である。
かつてちょっとだけ世話をしてあげた人があとで成功すると、
かならずおれが育ててやったのにあいつは恩知らずだと憤慨するやつがでてくるもの。

さあ、この恩知らずの裏切り者を物語作家の宮本輝はどのように裁くか。
いまでは熊吾と天と地ほどにも差がある高身分の海老原太一が自殺したという話にしてしまう。
正義は勝ったのである。どうだ、見たか! 裏切り者はこのような裁きを受けるのだぞ!
このときもしつこく「こんな女に誰がした」の音楽をかけて、
「てめえでなったんじゃ」と松坂熊吾に宮本輝は言わせることで勝利の快感に打ち震えている。
いまは駐車場の管理人にまで落ちぶれた松坂熊吾が、
国会議員まであと一歩だった海老原太一に勝利した。これが宮本輝の描く勝利の物語である。
「仏法は勝負」と教える創価学会の宮本輝の描く物語はこうである。
松坂熊吾は旧知のものの死に際していちおうは善人気取りなのだが、
なお勝ち誇っているところがまこと人間味を感じさせる。
自分を飛び越して大出世した後輩が自殺したときの底の浅い感傷とザマアミロという勝利感を、
宮本輝がこれほどうまく描けるのは
作家がおのれの心中の畜生界、修羅界、地獄界をよく見つめているからだろう。
もしかしたら「正義」は「悪」よりも「地獄」に近いのかもしれない。

「太一よ、なんで首なんか吊ったんじゃ。
そんなお前に、よくもエビハラ通商なんて立派な会社が築けたことよ。
お前も自分の器以上に出世しすぎたのお。
生きちょったら、また何かの縁でお互いに心を通わせるようになって、
ジャンジャン横丁の串カツ屋で立ったままコップ酒を飲みながら、
大将、申し訳ありませんでした、
いやいや、お前の晴れの日に人前で恥をかかせたわしが悪い、
と言い合(お)うて、ふたりで笑える日が来たかもしれんぞ。
大将、あの名刺、破ってしもて下さいと駄々っ子が物をねだるみたいに、
なんでわしに直接頼まんかったんじゃ。
それができたら、お前という人間は大きくなれたのに。
蛹(さなぎ)から蝶へ変われたのに……」(P362)


引用文中の名刺というのは、海老原太一のスキャンダルの証拠である。
いまは敗北者の松坂熊吾はじつのところ勝利者の海老原太一の弱みを握っていた。
海老原太一が自殺した原因も、おそらくこの名刺にあるのである。
正確な因果関係は文中からはわからないけれど、
松坂熊吾が知り合いのチンピラヤクザにこの名刺をハナムケとしてプレゼントしたことが、
海老原太一の自殺と大きく関係しているのは疑いえない。
にもかかわらず、熊吾はいっさい罪悪感や自責の念をいだくことはない。
自殺した旧知の太一に「てめえでなったんじゃ」と言いたげである。
しかし、文面を正しく追うと熊吾がチンピラに名刺をあげたことが自殺の遠因であろう。
では、なぜ熊吾が観音寺のケンというチンピラヤクザにそんな重要な名刺をあげたのか。
たまたま偶然に古くからの知り合いである観音寺のケンと京都駅で再会したからである。
そのときの気まぐれに過ぎない。
そうだとしたら、なぜ自分は京都駅へ行ったのか。本来はべつのところに行くはずだった。
京都駅で観音寺のケンと再会した直後、熊吾は茶屋で回想する。

「道に出している長椅子に腰を降ろし、
熊吾は草餅を二皿と抹茶を註文し、煙草を吸った。
そして、大津行きの列車に乗り換えていたら、
観音寺のケンと出くわすことはなかったのだなと思った。
さして珍しくもない人の世の不思議だが、それにしても、
なぜ自分はふいにあの名刺を観音寺のケンにくれてやったのか。
それが一瞬のいかなる心の動きによるものなのか……」(P173)


この「一瞬の心の動き」をむかしの宮本輝はじつにうまく描写したものである。
(どうでもいいが、この「一瞬の心の動き」を創価学会用語で「一念三千」という)
永遠に通じているところの「一瞬の心の動き」は、
おそらく「五千回の生死」(宮本輝の短編小説のタイトル)と関係しているのだろう。
「五千回の生死」まで視野に入れたらば、「てめえでなったんじゃ」も納得がいく。
だが、いま文壇の重鎮になってしまった大勝利者の宮本輝は、
もはや「五千回の生死」を見通す眼力を失ってしまっているような気がする。
いまの宮本輝にはせいぜい三世(過去世、現世、来世)くらいしか見えていないのではないか。
老いたらば視力を失うのは自然であるから作家の弱視を、
浅薄な自己責任論のように「てめえでなったんじゃ」と裁くことはしたくない。
宮本輝はこの小説で通底音のように「てめえでなったんじゃ」と人を冷たく裁くが、
わたしは善人だからというわけではなく自分が裁かれたくないという狡さのために、
人様を紫綬褒章作家のように「てめえでなったんじゃ」とさげすむことができない。
宮本輝は「てめえでなったんじゃ」を絶対的真理と信じていそうだが、
わたしはそれは疑わしいのではないかと思っている。どちらが真理かはわからない。
もしかしたら「てめえでなったんじゃ」が絶対的真理なのかもしれない。

この小説のもうひとつのテーマに「失うは得る」というものがある。
宮本輝の少年時をモデルにした松坂伸仁は飼っていた鳩との別れを経て、
人生における目に見えない大きなものを得ている。
この松坂伸仁が長じて創価学会入信ののち大勝利の人生を歩むことになるのである。
松坂伸仁(=宮本輝、本名は宮本正仁)はこれから
妻子、文学賞、財産、邸宅、別荘、骨董、孫、紫綬褒章といった多くのものを得ることになる。
「失うは得る」ならば「得るは失う」である。
「慈雨の雨」を読んで多くのものを獲得した宮本輝老人がなにを失ったかがわかった。
目に見えるものをたくさん得ると、そのぶん目に見えない大きなものを失うのかもしれない。
もしかしたら勝つと失うものがあり、負けても得るものがあるのではないだろうか。
それにしても「てめえでなったんじゃ」という言葉は突き刺さる。
この痛みを幸運な人間は人生に勝ち続けていく過程で失ってしまうのではあるまいか。
むかしの宮本輝はいまよりずいぶん人の痛みに敏感だったような気がする。
「てめえでなったんじゃ」と言われたら深く傷つく青年だったような気がする。
青年は作家になり「錦繍」を「青が散る」を「幻の光」を書いた。それだけで十分なのだろう。
他人に多くを望むには、いつの間にかこちらも年を取りすぎてしまったようである。
いつしか勝利と縁がないままに中年になってしまった。「てめえでなったんじゃ」――。

「三千枚の金貨(上)(下)」(宮本輝/光文社文庫)

→なんでいま980円の靴を履いている人間が、
1300円も払ってこんな小説を読ませられなきゃならないのか、
本当にもう人生というものがいやになった。
どういう話かというと、40過ぎのエリートサラリーマン3人が、
3000枚の金貨がどこかの木の下に埋まっているという話を聞きつけ見つける話だ。
金貨は1億円相当らしく、
金のために動くというのがいかにも創価学会員のようで笑おうとしたが笑えなかった。
結局、見つけるのだが、掘り出すのは20年待とうなどと
成熟した大人ぶるところが、いかにも善人ぶりたい学会員のようでうんざりした。
金が目当てで動いたくせに、いざ金が見つかったらきれいごとを言うなよ。
主人公が銀座のバーで山盛りのキャビアをシャンパンで流し込むシーンがあるのだが、
980円の靴を履いているこちらはキャビアもシャンパンも
人生で一度として口にしたことがないので(別に食べたくも飲みたくもないがね)、
そういう舌の肥えた富裕層にしかこの小説のよさはわからないのかもしれない。
こちらとそう年齢が変わらないにもかかわらず、美しい妻のいるエリートサラリーマンが、
400万も若い水商売の女に金をつぎ込むところで泣きたくなった。
こちらはもう妻をめとるのでさえあきらめているのに、
なかにはちゃんとした奥さんもいるのに若い愛人までつくる果報者がいるのか。
40歳を過ぎると骨董がわかる、なんて話もどこの世界の話ですか? と悲しくなった。
貧乏人が売れっ子作家に成り上がると、
キャビアだのシャンパンだのゴルフだの愛人だの骨董だのと
自慢たらしく小説に書きたくなる気持はわからなくもないが、
毎日のように健康にもいい美食を召し上がっていらっしゃると、
そうでない読者がいることに想像が及ばなくなってしまうのだろうか。
いま思いついたが宮本輝氏の優秀なご子息ふたりは、
この小説に出てくるエリートサラリーマンのような恵まれた生活を送っているのだろう。
ちなみにご子息ふたりとこの文章を書いているものはそう年齢が変わらない。
どうしてあちらばかり恵まれているのか。
夫を若い小娘に寝取られたエリートサラリーマンの妻の発言にヒントがあろう。

「自分は宗教というものを持っていないが、
仏教には宿命とか宿業という言葉があるそうだ。
これまでその言葉について考えるというようなことはなかったのに、
いざ自分の身に夫の浮気という事態が生じて、
しかもその女が家にまで押しかけてくるなどという屈辱を味わってみて、
自分はこれこそが、柏木家の女たちの宿命、
もしくは宿業というものなのかもしれないと考えた。
もしそうであるならば、どこかでそれを完全に断ち切らねばならない。
だが、どうやったら断ち切れるのか……」(上巻P265)


やっぱり創価学会に入って宿命転換するしかないのかな。
宿命転換したらキャビアの山盛りをシャンパンで流し込めたり、
ゴルフ練習をしながら若い愛人を囲ったり、
50万もする美術骨董品を購入できるのだろうか? でも、そんなの幸福?
おそらく、創価学会にとっての幸福はそうなのだろう。

「損か得かで物事を決めることも大事でっせ」(下巻P124)

「忘れることが勝つことだ。傷をひきずらないことが勝つことなのだ」(下巻P128)


損より得を取れ。負けるな。勝て、勝て。創価学会精神をまるで隠さない作家である。

「何事にも表と裏がある。表が正、裏が邪というわけではない。
表と裏で一枚なのだ」(下巻P133)


社会や政治、芸能界の裏側でもしかして学会が暗躍していたりするのですか?
そういう表舞台には一生縁がなさそうなので、もうどうでもいいのだけれどさ。

小説を読みながらまったく笑いも泣きも生じなかったので、
細かなアラをチェックする意地悪おっちゃんになってしまったよ。
30歳そこそこのいまの女性が会話の語尾に「わ」をつけるのはありえないわ。
他人の海外旅行話ほどつまらないものはないのだが、
日ごろ周囲からちやほやされていると現実認識が鈍るのでしょうか。
知らない中年男の旅行話を楽しそうに聞いてくれる女子高生なんていないわ。
40過ぎのサラリーマンでメールの送信ができないやつもいないと思うわ。
それとこれは校正者のミスでもあるのだろうが、
4、50年前の会話に「真逆」という言葉が使われているのはおかしいわ(下巻P155)。
「真逆」は2000年ごろから使われ始めた最近の言葉だわ。

登場する芹沢由郎が池田大作氏、セリザワ・ファイナンスが創価学会の暗喩とも
読めなくはないので、ここだけは関心があって、どう描くのか期待していたら、
なんだか尻すぼみに終わってしまったので、これがもっとも残念だったわ。
池田大作氏が死なないうちはまだ書けないことがあるのかもしれないわね。
しかし、1300円を投入してなんでこんな悲しい気分にならなければならないのでしょう。
しつこいようだが、キャビアとかシャンパンとかフォアグラとか、なんだかな。
そういう高級食品って1300円で買えますか?
もちろん、わたしのこのつたない感想が正しいわけでは断じてない。
紫綬褒章作家の小説を正しく理解できないのは読み手が到らないからだと思う。
たぶん「三千枚の金貨」(金、金、金のすごいタイトルだよな……)は、
キャビアやシャンパンのようなものなのである。
わたしなんか下手をしたらいざキャビアを食べてもまずいと思うかもしれない。
シャンパンを飲んでもそうと知らなかったら焼酎のほうがうまいとも言いかねない。
だから「三千枚の金貨」は味のわかる、違いのわかる大人のための傑作小説なのである。
おもしろさを理解できないのは幼いせいと考えてまず間違いないだろう。
この小説は読者が果たして大人かどうかが残酷にもわかってしまう試金石と言えよう。
ぜひご一読をおすすめしたい。

「避暑地の猫」(宮本輝/講談社文庫) *再読

→宮本輝は仏教者である。類いまれな天才仏教文学者である。
仏教には大乗仏教と小乗仏教があるが、天才はどちらの資質も併せ持つ。
大乗仏教というのは、要するに欲望を肯定した宗教である。
宮本輝は徹底的に人間の欲望を肯定する。

「邪淫ほど甘いものが、この世にあろうか」(P43)

「私、お金持ちになりたいわ。
口じゃなくてお金で、何もかも食べてやりたいわ」(P73)

「私は復讐してやる」(P195)


大半の人間は邪淫を味わえない。金持になれない。復讐もできない。
このため、邪淫、金持、復讐を描いた「避暑地の猫」は、
多くの読者から支持されたのである。
これはまさしく大勢の人間を救おうとした大乗仏教精神の発現といってよい。
たぶん、作家は邪淫を経験できなかったことから小説を書いている。
さらに、仏教徒でもある著者が復讐を敢行できたとは思えない。
しかし、お金持になることはできたようである。
大乗仏教の信者ならば、裕福は恥ずべきことではない。
宮本輝の恐ろしいところは小乗仏教的な感覚も持っていたところである。
創価学会員の作家は、小乗仏教の教えを虚無と同一視した。
小乗仏教は「生きることを捨てた」思想と宮本輝は思っていたようだ。

「志津の表情には、自分の母を死に至らしめたぼくへの憎しみが、
ひとかけらもなかった。何かを悟りきった、別の言い方をすれば、
生きることを捨てた人特有の、どこかあっけらかんとしていて、
なおかつある種の粘着力を感じさせる光を、
その垂れ目気味の丸い目にたたえていたのだった。
そして、生きることを捨てたという表現を使うならば、
ぼくとて同じだったのだ」(P146)


この「生きることを捨てた」粘っこい目に引かれてわたしは宮本輝を愛読した。
作者の粘着力のある視線があるため初期小説の「避暑地の猫」はとてもよかった。
だが、どうやら成功を重ねた小説家は後年、小乗仏教精神を完全に捨て去ったようである。
これは断じて善悪や正邪で審判されるべきものではないと強調したいが、
たまたま菩提心のないわたしは宮本輝の過剰な大乗仏教精神に拒否反応を示した。
過剰な大乗仏教精神とは、端的に言えば説教臭いということ。
とはいえ、説教されるのを快く感じる読者もいよう。人それぞれだ。
要はそれだけのことで、だれが正しいわけでも間違っているわけでもないのだろう。
いまでもわたしは「邪淫を味わいたい」し「金持になりたい」し「復讐したい」けれども、
同時に「生きることを捨てた」どうにでもなりやがれという、
投げやりな底知れぬ虚無を有し、自堕落で退廃的な精神もまた失っていないのである。
できましたら、こちらも善悪や正誤で裁いてほしくありません。

「夢見通りの人々」(宮本輝/新潮文庫) *再読

→たいがいの作家なんてものは生涯にひとつふたつ名作を書ければいいものだが、
「錦繍」「青が散る」「優駿」「幻の光」、
そしてこの「夢見通りの人々」という大傑作を書き上げた宮本輝には恐れ入る。
このオムニバス短編小説集は、現代版「日本霊異記」であり、簡易版「法華経」である。
なにより偉大なのは、日本霊異記や法華経よりもはるかにおもしろく、
しかし同時にわかりやすくそのエッセンスを伝えているところである。
ウソばかりの小説である。
設定された商店街も実在しないウソだし、登場人物もウソばかりつく。
人はどうしてウソをつくのだろう。なぜウソを好むのだろう。
いったいなにゆえ宮本輝はこうもウソがうまいのであろうか。
ヒントになるのは、これまた日本霊異記や法華経である。
どちらもフィクションだが書き手は唯一絶対の真実を書いているつもりなのである。

宗教史は、人がウソに救われてきた歴史と言えるのではないかと思う。
ウソをほんとうだと信じるとき人間にある種の救いがもたらされるのだろう。
考えは人それぞれだが、わたしはあらゆる宗教はフィクション(=ウソ)だと思っている。
人生という現実にどれだけ痛めつけられようが、ウソがあれば人は生きていける。
繰り返すが、すべての宗教はフィクションだという考えをわたしは支持する。
もしそうであるならば、創価学会の宮本輝は、
日蓮の仏法(=ウソ)を唯一絶対の真実だと信じていることになる。
このとき宮本輝の書く小説(=ウソ)は果たしてなんになるのだろうか。
ウソをほんとうだと信じる人のつくウソ(小説)はほんとうになるのではあるまいか。
というのも、ほかならぬわたしがこのウソだらけの小説「夢見通りの人々」から
強い真実性を感じたがためである。

この小説に竜一という獣(けだもの)めいた性欲の持ち主が登場する。
あるいは大乗仏教の思想家である龍樹あたりをモデルにしたのかもしれない。
竜一の祖父も、「頭のてっぺんから足の爪先(つまさき)まで、
ぜーんぶ、おちんちんや」と女から言われるほど淫欲が激しく、
昼日中でも催(もよお)すと嫌がる妻を押し倒し事に及んだという。
ところが、その息子は結婚後に妻が次男を産み早世すると不能になってしまう。
子どものころに父親が嫌がる母親を力尽くで犯しているところを盗み見た。
この記憶がよみがえって欲望はあるのに女体を抱けなくなってしまったと物語られる。
さて、その息子の竜一が祖父ゆずりの精力絶倫である。
竜一のなじみにしている淫売(いんばい)の明美は昼はふつうの会社に勤めている。
どうしてか金の関係に過ぎぬのに竜一と明美はお互い惹かれあっている。
ある晩、情事のあと明美がこんなお話をするのである。
自分の母親は、父親が会社に行っている留守に、何人もの男を引っ張り込んでいた。
小学生だった私はそれを盗み見たことがある。
いま私がこんな娼婦めいたことをしているのはお金のためではないと最近わかった。

「死ぬほど嫌いやったお母ちゃんと私とは、おんなじ人間やったんや。
あんたがそれを教えてくれるねん」(P108)


似た宿命の持ち主が惹かれあっていたのである。
どうしようもなくある男とある女は宿命によって出逢ってしまう。
親と子が持って生まれたもので通じているならば、男と女もそうなのではないか。
おのれの宿命の断片を知った明美は竜一に言う。

「私、あんたのおもちゃになってあげるし、
あんたのお母ちゃんにもなってあげるわ」(P108)


3歳のときに母を亡くした竜一は、
明美に自分のなにかを見られたような気がして不快である。
おまえになにがわかるもんか、とも思う。

「男はどいつもええ女とやりたいわい。
なんぼ上品ぶってても、胎(はら)の底はおんなじや。
ただ俺は普通よりもちょっとだけ精が強いんや。
それはしょうがない。生まれつきや」
「私、生まれつきいうのは、人のせいとは違うと思うわ。
それも、あんたに教えてもろたんよ」(P109)


ウソ八百の小説のひとコマなのだが、どうしてかとてもほんとうっぽいのである。
祖父母と両親の顔を思い浮かべ、
さらにこれまで自分が出逢い別れてきた男女を思うとき、
この竜一と明美のようなことが実際に起こっているのではないか、という気がするのだ。
これはそれぞれがおのおのの来歴を凝視するしかないのだが……。
相当程度に持って生まれたものが人生を決めているのではなかろうか。
両親の持って生まれたものと自分のそれは強く結びついている。
ということは、両親と祖父母にも持って生まれたものの類似がかならず見られる。
このため、三代に渡って因果がめぐるようなことが実際にあるのではないか。
いまいち関係ないかもしれないが、
「目は一代、耳は二代、舌は三代」なんてことも言われているでしょう。
三代を経て結実するような因果や宿命もまたあるような気がするのである。
少なくとも、わたしの実人生を見るかぎり存在するとしか言いようがない。
この持って生まれたもの=宿命を宮本輝以上にうまく描く作家はいないのではないか。
宮本輝の創る因縁話はウソなのに、なぜかとてもほんとうらしいのである。

別の章では顔に痣(あざ)があるスナックのママが登場する。
ちなみに、女性の顔の痣を描いた先行作品に井上靖「霧の道」がある。
むろん、パクリなどという低俗なものではなく、尊敬するがゆえのオマージュであろう。
井上靖もまた人間の持って生まれたものに鋭い視線を向けた作家であった。
さて、宮本輝はスナック経営者の因業なママを次のように描写するのである。
生まれたときから顔に痣がある不幸な40歳の女性は奈津という。

「彼女が水商売に入ったのは二十歳のときで、
最初はキタ新地の二流のクラブに勤めた。
彼女の持って生まれた不幸は、ある部分を必要以上に磨(みが)く結果となった。
機知と、人情の機微に通じるということを、知らぬまに身にそなわせたのである。
そして同時に、その二つの美徳を十全に発揮させなかったのも、
持って生まれた不幸によってであった。
痣を隠す特殊な化粧は、奈津を一種の異相の持ち主にしたので、
彼女の真の優しさを伝えるためには、自然な機知に、
余分な演技とか言葉をつけくわえなければならなかった。
それがしばしば機知をずるさに、人情の機微をお節介にと、
取られる結果となった」(P205)


いったい宮本輝はどのような過程を経て、このような宿命観を獲得したのだろう。
井上靖のほかに宮本輝に強い影響を与えた人物がもうひとりいる。
あの男が小説家の宿命思想になにか関係しているのだろうか。
その男とは創価学会名誉会長の池田大作である。
もしや池田大作から宮本輝は宿命を学んだのではないか。
以下はまるで池田大作の持って生まれたものを描写しているようで驚く。

「そのうち奈津は、人格も風貌も立派なその男の、
奇妙な感情の振幅に気づき始めた。
揺らぎようのない自信の底に、理解しがたい不安の翳(かげ)を見、
負ける筈(はず)のない相手への病的とも言える嫉妬に驚き、
何をこれ以上とあきれるほどの
社会的自己顕示欲や名誉心の強さに首をひねった」(P206)


「その男」とは池田大作のことではないか――。
さて、宮本輝は持って生まれたものに強くこだわるが、
これだけが人生を決めるとは思っていない。
持って生まれたものはたしかに大きいが、人生はそれだけではない。
こういう説教をするのは最近の宮本輝の小説ならば、かならず年老いた成功者である。
人生に勝利した年寄りが、
こいつはいったいなにさまなんだと思うくらい偉そうにふんぞり返って、
おごり高ぶり上から目線の極地といったかたちで長々と説教してくる。
ところが、「夢見通りの人々」を書いたとき宮本輝は39歳であった。
「夢見通りの人々」で金言を述べるのはペテン師なのである。
競馬予想の詐欺で食っているいかさま師の男が教えを垂れるのがおもしろい。
本来、新興宗教の教祖なんていうものはみな天才的詐欺師のようなものなのだ。
にもかかわらず、ではなく、このために人は騙され救われるのである。
40にも達していない宮本輝がこの時期、健全な宗教感覚を持っていたことに驚く。
いんちき競馬予想で多くの人を騙して大儲けしている、
まるでどこぞの名誉会長のような人が、なかなかいいことを言うのだから。
「過去は未来ではない」――。

「競馬場に限らず、賭博場というところは、どんなに理性的な人間をも、
神秘的なものに目をくらませる魔力が渦巻いとるんだよ。
過去の結果を突きつけられて、それがそのまま未来の結果につながるという、
じつに人間的な錯覚におちいる。
だが、過去は未来ではない。未来の予兆を孕(はら)んでいるが、
それはあらゆる縁によって変わって行くんだよ」(P139)


「過去は未来ではない」

これは名言だと思うのね。過去は未来ではない。
人間にとって持って生まれたものは大きいが、それでも過去は未来ではない。
しつこいほどに繰り返すが、過去は未来ではない。
これは宮本輝の所属する創価学会をも否定せざるを得ない金言ではないだろうか。
過去に宮本輝という人が創価学会に入って成功したからといって、
未来にあなたがおなじような果報を得られるとはかぎらない。
いくら多くの学会員さんが過去に金持や有名になっていようが病気を治していようが、
「過去は未来ではない」のであなたの未来がそうなるとは言えまへんがな。

わたしは読書しながらメモを取る癖があります。
この小説は本来再読するつもりはなかったのだが、「幻の光」を読んで感涙して、
思わず酒をのみはじめてしまったので、
ならばもうかたい読書はできないということで読み始めたのだった。
読みながらわんわん泣いて、「すごい、すごい」と何度もひとりごちたのでした。
メモには乱れた字で、でかでかとこう書いてある。
「日本でいちばん偉いのは宮本輝」――。
血縁者にひとりでも以下のようなことを言う人がいたら、
たぶんあなたは宮本輝の作品に向いているでしょう。
なぜなら、持って生まれたものが似通っているからであります。

「お父ちゃんはなァ、金が一番大切やと思うてるでェ。
愛やの心やの言うても、金がなかったら何にも出来ん。
金があったうえでの心や。金があったうえでの健康や。
誰に何と言われようが、これがお父ちゃんの本心や」(P77)


よしんばこの文句に息子が反抗しようが、孫は祖父に同意するだろう。
宮本輝が名作「夢見通りの人々」で描いたのは、人間のこのような宿命である。
人間の持って生まれたものを実におもしろくわかりやすく天才小説家は描写した。

「星々の悲しみ」(宮本輝/文春文庫) *再読

→宮本輝の初期短編小説集を読んで思ったことをつらつらしたためる。
宮本輝は井上靖から「さみしさ」を継承しているといえよう。
以下の引用部分など、いかにも井上靖の小説のようである。
浪人生の「ぼく」は星が見たくなり望遠鏡を持つ高校の同窓、勇のところへ行く。

「ぼくは時間も忘れて、望遠鏡にしがみついた。
「さびしいもんやなァ」
ぼくは心からそう感じて呟いた。
「うん、さびしいもんやろ」
勇も同じように呟いて、それきり黙ってしまった」(P47)


しかし、宮本輝は孤独=「さみしさ」を克服するのである。
なんによってか。新興宗教の仲間との連帯からである。
宮本輝の小説は、異常なほど人と人との距離が近い。
いきなりおなじアパートの住人がシュウマイを土産にやってくるのだから。
訪問のみならずズカズカと上がりこんでくる。
これは創価学会の流儀で、戸別訪問や家庭訪問といわれている。
むかしだから人と人との距離が近かったわけではないのである。
宮本輝の描くのは学会員さんで、われわれとは少し頭の回路が異なるのである。

「俺、何をやっても、あいつには勝たれへんような気がしてたけど、
やっぱりそうやったなァ」(P55)


登場人物がいちいち勝ち負けにこだわるのも創価学会の教義と関係している。
宮本輝の小説を読んで感心するのは、どんなときでも金銭をないがしろにしないところだ。
かならずなにをして食べているか異常なまでの執念をもって書き込んでいる。
人になにかを頼むときは絶対といってよいほど金品を差し出すのもおもしろい。
人は金品以外ではなかなか動いてくれぬことを宮本輝は腹の底から知っているのだ。
実際、金がなかったらお話にならないのだから当たり前である。
登場人物が金に執着を見せぬ村上春樹の小説など宮本輝は断じて認めないだろう。
人間は金のために生きるのかもしれない。
金は稼ぐほかに盗むという手もある。
どうしてこんなに宮本輝の小説に窃盗の主題が頻出するのかわからなかったが、
本書を読んであれは前世での借りのイメージになっているのではないかと気づく。
相手から金を盗んだらそれは借りとなるではないか。
宮本輝の信仰に従うならば、現世で不幸なのは前世で借りを作ったからである。
このため現世における貸借の象徴として窃盗行為がたびたび描かれるのかもしれない。
個人的な感想だが、手癖が悪いやつにはかなわないという思いがある。
わたしは育ちが関係しているのか、どうしても盗むことができない。
人のものを平気で盗む宮本輝の世界の住人には生命力でかなわないと思ってしまう。

初期作品ながら早くも創価学会の比喩として病院が取り上げられている。
井上靖から継承した「さみしさ」を創価学会で克服したのが宮本輝である。
結核で入院した寺井は、おなじ病室の戦友ともいうべき患者を見て思う。

「朝食が配られて、みんな思い思いの方向に体を向けて丸椅子に坐り、
無言で食パンを頬張り始めた。二年間、寺井は毎朝、
この味気ないぱさぱさのパンを銀紙に包まれた小さなマーガリンで塗りたくり、
冷たい牛乳で無理矢理飲み下してきたのであった。
高嶋さんは八年間も、二階のおばちゃんは十年間も。そう思った瞬間、
寺井は、いったいこの人たちは誰であろうかという思いにかられた。
自分にとって、金さんやケンちゃんや、ヒデさんやトウホクさんは、
いったいどんな意味を持つ人間なのであろうか。病気にさえならなければ、
決して知り合うこともなかった縁もゆかりもない他人ではあったが、
そのときの寺井には、それが単なる偶然であるとは思えなかったのだった。
同じ病院の一室で、長い辛い日々を暮らすはめになることを、
もうとうから約束しあっていた、深い間柄の人たちに思えて仕方がなかった」(P216)


これは創価学会でいうところの宿命転換が起こった瞬間なのかもしれない。
前世からの因縁があると信じられる仲間たちを得たときの感動はどれほどか。
宮本輝の「蛍川」が芥川賞の候補作になったとき、
関西の創価学会は一丸となって同志の受賞を祈願するお題目を送ったという。
そんな仲間がいてくれたらば、ともに闘ってくれたら、
どんな不幸な境涯にいようが苦しかろうが人生に勝利できるのではあるまいか。
孤独などよりも美しい連帯を書きたいと宮本輝はエッセイで語っている。
しかし、創価学会に入らないと、そのような仲間はめったに得られないのである。
経験したことがあるが、学会員さんは仲間以外にかなり厳しいところがある。
連帯どころか村八分を仕掛けてくるのが学会員さんともいいうる。
とはいえ、創価学会になじめたらこんな幸福なことはないのである。

わたしは宮本輝が好きで好きで、氏の愛読したという小説を片端から読んだ。
最後に創価学会まで行き着き、どうしても入っていけない世界を感じてしまった。
しかし、いま仏教に興味を持っているのもすべて宮本輝の影響である。
わたしは宮本輝にとって、ブッダに反逆したダイバダッタのような存在なのかもしれない。
もしかしたらダイバダッタはだれよりもブッダを愛していたのかもしれない。
ほかのだれよりもブッダを理解していたから、
ダイバダッタはかつての師に反旗をひるがえすことができたのではないだろうか。
いや、いささか妄想が過ぎた。

「幻の光」(宮本輝/新潮文庫) *再読

→宇野千代が小説は話すように書いていると言っていたが、
宮本輝は「幻の光」をまさしく話すように書いている。
女が若くして自殺した亡夫に話しかけるという文体だ。
これはもう恐ろしい小説でありまして、読んでいて嗚咽(おえつ)がとまらず、
本書を読み終えて、なにやら濃いものを身体に入れたくなり、
禁じているまだ明るいうちからの酒に手を出してしまった。
ウイスキーを濃いロックでのむまで神経の昂(たか)ぶりは収まらなかった。
「幻の光」は現代の説経節と言いたいほどの迫力があるのだが、
説経節を知らないとこれがどれだけの賞賛なのかわからないかもしれない。
人間の悲しみと喜び、切なさと愛おしさを、見事に言葉に乗っけている。
われわれは小説を読むというが、
実のところは目で活字をいったん音声化して耳で聞いているのかもしれない。
それほど宮本輝の言葉は音楽のようにわれわれの耳に心に響いてくる。
人生にどうしようもない悲しみは尽きないが、
しかしわれわれ人間はその悲しみを哀切として謡(うた)いあげることができる。
悲しみはどうしようもなく悲しみだが、
心を込めて哀切として謡いあげきったならば、そのとき悲しみは希望になる。
人間の悲哀は希望に通じているということが「幻の光」を読むとよくわかる。
ならば、どうすれば人生の絶望が希望に転換するのか。
物語ることである。お話として絶望を語りきれば、その先にかならず光が見える。

人生で起こることはすべて偶然であると言えなくもない。
だが、人間はたまたまの偶然を主観で物語に仕立て上げることができるではないか。
「幻の光」で主人公「わたし」の祖母は、20年まえ突然失踪してしまう。
ちょうどおなじ時期に、のちに「わたし」の夫となる少年が引っ越してくる。
この夫が結婚後、小さな子どもがいるにもかかわらず自殺してしまう。
みなみな万事が偶然かもしれないのである。
しかし、「わたし」はこう物語る。繰り返すが、このお話に希望が芽生えるのである。
「わたし」は「あんた(自殺した亡夫)」に向かって話しかける。

「そして世にも不思議な消え方で、
この世から去って行ったお祖母ちゃんと入れ変るみたいにして、
あんたがわたしの前にあらわれたことに、
何かぞっとするような恐ろしさを感じてしまうのです」(P36)


あらゆる偶然は偶然ではなく、もしや宿命ではあるまいか。
すべての偶然が物語ろうと思えば宿命として観ずることができるのである。
「正しい」かどうかわからぬが偶然に過ぎぬ人生を宿命として観ずるとき、
拓(ひら)かれてくるものがあるのではないか。
たとえば、顔のそばかすのようなものからして宿命とは考えられないか。
宮本輝が「幻の光」でそばかすを宿命の象徴として描いているのはほぼ間違いないだろう。

「随分昔、まだ二人が二十歳になるかならんかのころ、
わたしの目の下にばらばらに散っているそばかすを見ながら、
あんたがあの独特の、
どこかほかのところを見つめてるような視線を注いでこう言うたことがある。
「ゆみちゃん、まだほかにも、ぎょうさんそばかす隠してるんのと違うかァ?」
それは子どものころから仲の良かったあんたが初めて口にした、
わたしへの何やら怪しげな言葉やった。わたしはその瞬間、
みぞおちのあたりをきゅうんとさせながら、
恥ずかしそうな振りをして笑い返したのやけど、
言葉の意味が判ってたつもりのわたしは、
何の理由もなしに自殺してしもたあんたのことを考えるたびに、
それは女の体のことやなかったと気づくようになった。
ほんとは煩(わずら)わしいてたまらんくせに、
あんたの指にあわせてるうちにその気になってくる自分の女の部分を、
まだ一緒になるまえから言い当てられてたんやと、わたしは思い込んでたのでした。
あのそばかすの意味も、考えれば考えるほどややこしいなって、わたしは、
あんたの自殺の理由が、ますます判らへんようになっていくんです」(P12)


「わたし」は大して魅力もないこぶつきの中年男と生活のために再婚する。
その男から尻(しり)にそばかすがあると指摘されるのは意味深い。
自分で知る宿命ばかりでなく、他人に教えられる宿命もあるのだろう。
いや、他人に教えられたそばかすが宿命であるかはわからない。
ただその新しく知ったそばかすを宿命と思えるかどうかで人生が変わるのだろう。
わたしは断固として宿命を認めずに滅び去ってゆく生き方もあっていいと思うが、
宮本輝は勝利や宿命転換といった荒々しい希望の物語に執着するのである。
しかし、初期作品の「幻の光」では、
滅び去る「あんた」に作者はかぎりない愛惜の念を寄せている。
自殺したものを罰が当たったと裁くような冷たさは「幻の光」にはない。
だから、いい。とてもいいのだ。

「胸の香り」(宮本輝/文春文庫) *再読

→宮本輝はどうしてこうもお話がうまいのだろう。
氏の信仰する創価学会自体のお話といったらたぶん大したことはないのである。
創価学会では末端で座談会という会合が開かれ、日夜体験談が発表されている。
あれらが創価学会のお話といってもよいだろう。
重い白内障でもう目が見えなくなると医者からはいわれていたんですが、
学会に入って身を入れて勤行したら失明せずに済みました。
ひどく貧乏で安酒ばかりのんでいましたが、騙されたと思ってお題目を毎日唱えていたら、
酒をのむ気がなくなり正社員登用されて、いま結婚を考えてる彼女がいます。
みなさん、聞いてください。先日学会をやめたAさん、いたでしょう。
Aさんの息子さん、交通事故に遭って、両足切断ですって。罰が当たったのね。
――まあ、創価学会のお話といったらこの程度なのである。
たしかにこの手の話は日本霊異記にも採録されているから普遍的ではあるのだろうが、
宮本輝の小説のようにおもしろくはない。
なぜなら、しょせんは善因善果、悪因悪果のねつ造に過ぎないからだ。

宮本輝のお話は単純な善因善果、悪因悪果ではない。
小説家の描く不思議なお話を要約したら以下の一文に象徴されるのではないか。

「それにしても、世のなかというものは、
なんと奇妙な因縁に満ちていることだろう」(P89)


宮本輝は「奇妙な因縁」を描くのが絶妙にうまいのである。
作家は宿命を描いているつもりなのだろう。
なぜなら、宿業は「奇妙な因縁」を契機として、その姿をわれわれのまえに現わすからだ。
宿命とはなにかわからなかったら、漢字に注目するといい。
宿命とは、命を宿すということだ。
子どもが生まれるときに、人は宿命の顕現を目の当たりにする。
赤子の誕生は運命ではなく、宿命なのだろう。
宿された命は時間とともに「奇妙な因縁」に導かれてその正体を現わす。
短編小説集「胸の香り」における「奇妙な因縁」は――。
なぜ愛人と別れ話をするためにたまたま泊まった旅先の宿の若夫婦が離婚するのか。
どうして一度しか逢っていない女性と異国の地で再会するようなことがあるのか。
なぜ入院したとき隣のベッドにいた女性の旦那さんが、
あろうことが自分の死んだ夫の隠し子なのか。
いったいどういうわけで浮気をした男の息子は長じて父とおなじ行為をするのか。
これらの「奇妙な因縁」の原因はみなみな宿命(宿業)になるのだろう。
では、なぜ宮本輝にはほかの人には見えぬ宿命が見えるのだろう。
氏の所属する創価学会は現世利益を盛んにうたっているが、それでも仏教団体である。
さて、古い仏典に「ジャータカ(本生経)」というものがあり、
ここでは宿業を以下のように定義している。

「たとい百劫を経ても、行なった業は亡びない。
因縁がたまたま遇うときに、果報はかえって自ら受けるのである」


この教えに従うならば、「奇妙な因縁」がたまたま起こるとき、
それはみずからが無限の過去世で行なった業の報いを受けているのだ。
ジャータカの「因縁がたまたま遇うとき」が宮本輝のいう「奇妙な因縁」だろう。
だとしたら、しっかり宿業を見つめていたら「奇妙な因縁」も見えるのか。
しかし、宮本輝はいったいだれの宿命を見たのだろう。
おそらく自分の宿命を見たのだろう。
なぜ自分という命が宿されたのかを突きつめて考えたのだろう。
そのうち父や母の宿命もまた見えてきたのではないか。
ここから「奇妙な因縁」を描くまでにどんなステップがあったのだろうか。
そこに創価学会がどう関係してくるのか。
底辺庶民の仏教信仰は日本霊異記のむかしから、
仏恩(現世利益)と仏罰に尽きるのである。
創価学会の教えも結局は「金が儲かるで」「病気が治るで」「罰が当たるぞ」だ。
宮本輝はおのれの低俗な仏教観を隠そうとはしない。
以下の引用文など、極めて創価学会的といえよう。

「それにつけても、自分たちは恩知らずだったと思う。
貴女に対して、言葉にするのもおこがましいくらい恩知らずだった。
その罰は、なんとも恐ろしいほどに、母も私も受けつづけた。
母が死んで、ちょうどことしで二十年になる」(P107)


こういう書き出しの手紙から「奇妙な因縁」が物語られるのである。
ある程度の時間が経過しないと因縁は熟さない(この話では二十年)。
ならば、時間をよく見つめていたら宿命や「奇妙な因縁」が見えてくるのか。
しかし、果たして宮本輝の描いているのは「正しい」因縁なのか。
そもそもお話に過ぎぬ因縁に「正しい」や「間違い」があるのか。
もしや因縁話はお話というかぎりにおいてすべて「正しい」のではあるまいか。
宮本輝の書く因縁話は「正しい」かどうかを通り越して、とにかく「おもしろい」のである。

「真夏の犬」(宮本輝/文春文庫) *再読

→宮本輝がいちばん影響を受けた作家は井上靖ではないかと思う。
書斎の写真を見たら、なぜか池田大作の本は見当たらず、
井上靖の全集が重々しく並んでいた。
以前、宮本輝は結局井上靖まで至らなかったと僭越ながら評したことがある。
このたび短編小説集「真夏の犬」を読み返して前言を撤回したく思う。
わたしは井上靖の短編小説も歴史小説以外ほとんどすべて読んでいるが、
宮本輝の短編小説は師匠ともいうべき井上靖を超えていると断言できる。
とくに「真夏の犬」に収録された作品それぞれがよろしい。
おそらく40を過ぎてから書かれたものだからと推測している。
初期の短編小説よりも遊び心が発揮されていてよい。
身もふたもないことをいえば、新人作家は小説で極力改行と会話をカットして、
センテンスの長い文章を書かないと純文学雑誌には掲載されないのだ。
へんてこな表現で風景描写とやらをもったいぶってやらないと純文学でなくなってしまう。
宮本輝もデビュー当時は決まりを守っていた。
しかし、「真夏の犬」の執筆時期はもはや売れっ子作家である。
だれが決めたかわからぬ純文学ルールなど守る必要がない。
この短編小説集で宮本輝の持つ才能が十全に発揮されているゆえんである。

「真夏の犬」収録作品は読みながらどれも熱いものが込み上げてきた。
この人はほんとうに大天才なんだとだれかに向けて叫びたくなった。
小説とは、どこまでもお話なんだと作家が信念を持って描いているのがよくわかる。
だれかのお話が小説なのである。
たとえば旧友と再会して彼(女)の口にするお話が宮本輝の小説なのである。
なぜ宮本輝はお話にこだわるのか。
いまわれわれが苦しんでいるとしたら、それはお話であるからだ。
われわれを幸福にするのも不幸にするのも実はお話なのである。
われわれはお話を生きている。お話に生かされている。
ならば、どうして小説家はお話を書かないのか。もっとお話にこだわらないのか。
お話を多少学問的にいいかえたら物語だが、宮本輝はお話を書く作家だ。
作家はほんとうにあったお話ではなく、ウソのお話を描く。
なぜならたぶんウソのほうがほんとうよりもリアルであることを知っているからだ。
底辺庶民出身の作家は、ウソのおもしろさを熟知していることもある。
まがいもののほうがホンモノよりも価値のあることがある。
ニセモノをホンモノと思ってしまうときがある。

本書収録の「力道山の弟」は、作者の意図はわからぬが、
氏の信仰する創価学会のパロディとしても読めるので驚いた。
実際はニセモノなのだが「力道山の弟」を自称するものが露天でインチキ薬を売る。
ひとりサクラがいて、この人はほんとうの弟だと認めるから、みな騙されるのだ。
実のところ、創価学会の池田大作も「力道山の弟」のようなものだ。
宮本輝をはじめ多くの人(サクラ)が池田大作は偉いとほめるから、
なかには騙されるものも現われるのだ。
しかし、ホンモノとはなんだろうか。
インチキ行商人の「力道山の弟」は果たしてニセモノだったのか。
というのも、ある美しい女をはらませて去っていったのだから。
いままで貞操を守ってきた女性が「力道山の弟」には心を(股を)開いてしまう。
その女性は、(主人公の)父親の親友の元恋人であった。
父親はいわば親友から女性を託されたようなもの。
にもかかわらず、女は「力道山の弟」ごときのインチキ野郎に身を任せてしまう。
うまいこと「ただまん」をされて、子種を残される。
これを知った父親が絶叫するのだが、下品なところが実にいい。

「よりによって、あのどこの馬の骨かわからん香具師(やし)と……。
女はアホか。俺には気が狂うたとしか思えん。
力道山の弟やなんて言うて、わけわからん粉を売ってる、薄汚い男と……。
そんなに男のチンポが恋しかったら、
なんで俺の勧めた男と所帯を持たなんだや」(P143)


創価学会にたいせつな家族を奪われたものもおなじ絶叫をするのだろう。
名誉会長やなんて言うて、わけわからんご本尊を売ってる、薄汚い男に……。
しかし、「力道山の弟」はチンポを突っ込まれた女にはホンモノだったのだ。
ならば、池田大作がホンモノでないとだれがいえようか。
もちろん、宮本輝は池田大作をモデルに「力道山の弟」を書いたわけではない。
だが、そういうふうに読めなくもないのである。
これは宮本輝が信仰と真剣に向き合う才能ある作家であることを証明している。

本書収録の「暑い道」も好きだ。
作者と思しき少年の住む貧民街にある日、同学年の美少女が引っ越してくる。
遠縁の叔父にもらわれてきたという。
少年と仲間は、14歳の少女の美しさに圧倒される。

「栗色の髪、どことなく青みがかった目、高くて形のいい鼻、
知らない者は誰も中学二年生とは思わないだろう胸の隆起と腰のくびれ……。
私たちは生まれて初めて、
日本人とアメリカ人との混血の少女を目にしたのだった」(P42)


貧民窟(ひんみんくつ)に舞い降りてきた混血の美少女はさつきという。
少年をふくめ四人はなんとか美少女のさつきを悪いやつらから守ろうと決意する。
いつしか時は進み、少年は大学受験を間近に控えている。
さつきの美しさは増すばかりだが、いい噂は聞こえてこない。
仲間のひとりがさつきとやったのではないかという話も聞いた。
大学受験も直前に控えたころ、家にひとりでいるとさつきが姿を見せる。
お別れを告げに来たのだという。
「淫売(いんばい)の娘は、やっぱり淫売や。
叔父さん、そう怒鳴って私を殴るのよ」とつぶやいた。

「そして、背を向けたまま、私のことを好きだと言った。
四人の中で、いつも一番好きだったと。
夕陽が落ちてしまったとき、私とさつきは、畳の上に横たわった。
さつきは、私の耳たぶを噛んだ。私は、さつきに言われるままに動いた。
目がかすんで、心臓が破れそうになった。
あっけなく終わったあと、なお乳房に触れつづける私の頭を、
さつきは両手でいつまでも撫でた。
夢心地とは、まさにあのような状態を言うのだと私は思う。
私は、自分がきっと幸福になるような気がして、
何日もさつきの体の感触の中でさまよった」(P48)


最後の一文がとくにいい。「自分がきっと幸福になるような気がして」がいい。
いったいどんな狂気を内に秘めていたら、
宮本輝のようにさらさら経験もしていないことを美しく描写できるのだろう。
狂ってもいなかったら、ウソのお話をああも美しく物語れないと思うのだが。
宮本輝作品には狂人も多く登場する(本書では「赤ん坊はいつ来るか」)。
現実を認められなくなったときに、人は狂気の世界にひた走る。
あまりに現実がひどいと狂気に逃げ込むしかなくなってしまうのだ。
むかしの創価学会は貧乏人、重病人の巣窟だったらしいから、
狂人半歩手前といった底辺庶民が大勢いたのだろう。
なにより宮本輝自身が発狂するのではないかとの恐怖におびえて(不安神経症)、
アル中の母親に導かれ創価学会の門を叩いたのであった。

「俺の兄貴のつれあいが、お産のあと、ちょっとおかしいなったことがあるんや。
どこがどうおかしいっちゅうわけやないんだけど、やっぱりおかしい目になった。
あの女の目は、どう見ても、おかしな目やないんやなァ……(中略)
目を見たらわかるよ。うちの工場の社員の中にも、
いままで五人くらい頭がおかしいなって入院したやつがおる。
ある日突然、いつもの目と違う目になりよる。
妙に吊りあがったり、膜がかかったみたいになったり、
逆に光りすぎるくらい光ってたり……。
うまいこと口では説明できんけどなァ」(P89)


この狂人が過激な新興宗教団体に入ると、集団の狂気のなかでむしろ毒気が取れ、
うまく集団のお話に自身を同化することによって(洗脳されて)、
これまで不可能だった社会生活が営めることがあるのだから、宗教を舐めてはいけない。
しかし、これが可能なのは新興宗教だけである。
宮本輝の所属している創価学会は、ことさら過激なことで知られる新興宗教団体だ。
もし宮本輝が創価学会に入っていなかったら、
十中八九狂人として身を持ち崩していただろう。
だが、たまたま宮本輝がうまくいったからといって、
みなが創価学会に入ればよくなるというわけではない。
とはいえ、創価学会に入ってよくなる人もなかにはいるのだから、
かの団体を壊滅せよなどと決めつけるものでもないと思う。
ともあれ、よくも悪くも宮本輝は創価学会の作家である。