間違えちゃったよ、てへへ。
今日は通院日ではなかったのに、うっかり信濃町にある某大学病院に行ってしまう。
じつはわたしは業病で仏罰のため(笑)、この病院に10年以上通っている。
もう寿命が残り少ないのかもしれませんので、みなさんたいせつにしてくださいね。
どうしてこんな勘違いをしたのだろう。
そういえばやたらお薬が余っていたが、本来の予約日は2週間後だという。
まあ、ミスが多い人生だから、マイナスもプラスと願兼於業(笑)。
信濃町といえば創価学会の聖地なのだが、
いままで10年以上もこの街に通っていたが聖地巡礼をしたことがなかった。
ああ、信濃町は不穏な地域で、
ちょっとでも変な真似をすると学会員から詰問されるというのは嘘も嘘よ。
わたしにとっては信濃町は慶應大学病院のあるところに過ぎないし。

あちゃあ、日にちを間違えちゃったよ。これからどうしようか。
総武線でお茶の水に行って、
ひさびさに古本屋めぐりをするのもいいが、時間も時間だし。
そうそう、信濃町といえば、信心が濃い町、創価学会本部があるところですよね。
わたしはこれだけ学会ファン(ストーカー?)なのに、
そういえば創価学会総本山の信濃町めぐりをしたことがなかった。
どこに創価学会施設があるかわからないので、駅前の地図を見るが書いていない。
なんとなく学会員っぽいおばさんの群れについていくと施設はわかったが、
どこも学会員以外はお断りと看板が立っている。
信濃町のちょっと奥に分け入ると、有名な黒服のガードマンが立っている。
とてもいい人そうなので、評判とは真逆で困ってしまう。

病院の予約も間違え、せっかくいま信濃町にいるのだから――。
本当に善人そうなガードマンさんに質問する。
「学会員ではないのですが」
「はい」
「聖教新聞や創価新報を読んでみたいのですが、どこで買えるのでしょう?」
むかしは販売場所があったがいまはないとのこと。
駅前の博文堂書店なら売っているかもしれないとのこと。
「学会員ではないのですが」
「はい」
「創価学会のことを知りたいので、どこか博物館のようなものはありませんか?」
「はい?」
「なんかどこも学会員以外は入ってはいけないようで」
「でしたら民音はどうでしょうか?」
「あれは博物館だったのですか?」
「はい」
「なにが見られるのですか?」
「なにか(ごめん忘れた……すごい)ピアノとか」
「どうもありがとうございます」

やっぱり学会員っていい人ばかりなんだよねえ。
信濃町は危ないなんて、まさかまさか。
民音は月曜日は定休日らしい。
創価学会に言いたいのは、せめて信濃町には創価学会博物館をつくったらどうか?
わたしのように興味のある人が行っても、なにもないのではどこが聖地なの?
それにさ、創価学会総本山の信濃町に、
聖教新聞や創価新報の買える販売所がひとつもないってどういうこと?
布教をする気がないとしか思えない。
そのうえ、そのうえ、興味のある人が来ても、
情報をいただける場所がないのはおかしくはありませんか?
聖教新聞や創価新報、第三文明、潮などのバックナンバーを無料で読めるところを
宗教団体ならどうしてつくらないのでしょうか?

しかし、まあいい。わたしは他人にほとんど期待をしていない。
信濃町の黒服ガードマンがあんなに低姿勢で親切だったので、
思わず泣きそうになってしまったくらいだ。
駅前の博文堂書店に行くが聖教新聞や創価新聞はない模様。
さすがに「ありますか?」とは恥ずかしくて聞けない。
そうそう、そうだった、そうかそうか。
ガードマンさんに逢うまえに駅前の創価学会土産店めぐりをしたのだった。
たしか3店あるのだが、いちばん奥の店がもっともサービスがよいのは、
まるでインドのお土産屋さんのようで笑ってしまった。
いちばん奥の土産店では、客のだれにもコーヒーサービスをする。
これはまるでインドの土産店である。
そして、無料で来年のカレンダーを配っている。
コーヒーは断わったが、
30円のあるもの(ゴミ?)を買ったらいろいろプレゼントしてくれたので驚いた。
30円のものを冗談で買ったらおなじ30円のものとそれ以外もいろいろくれた。
創価学会っておもしろいなあ。

「恩は返せ」「恩知らずは敵だ」「忘恩のものは消せ」というのが創価学会の教えだ。
よくわからないが、
いままでわたしは創価学会からいろいろお世話になっているような気がする。
よくわからないのは、みなさんは学会員ですか? と聞けないからだ。
気分気ままに行く派遣先の先々で学会員と思われる人が親切にしてくれるのだ。
しかし、「学会員ですか?」とはいくら厚顔なわたしでも聞けないから、
本当のことはわからない。
いままで創価学会から膨大な資金提供をされているかもしれないのである。
もしそうだとしたら、学会の悪口めいたものを
(よくお読みになられたらそうではないとご理解いただけるはずですが)
ブログにえんえんと書いている当方は忘恩の徒に見えるのかもしれない。
ちょっと恩返しでもしておこうと思う。
信濃町駅前の博文堂書店にて――。

「日蓮大聖人御書 佐渡御書」(池田大作監修/聖教文庫) 356円
「日蓮大聖人御書講義 種種御振舞御書」(聖教文庫) 483円
「ガイドブック 法華経展」(東洋哲学研究所) 977円


考えてみたら、創価学会っていい仕事もしているじゃん。
聖教文庫は岩波文庫よりも安いわけでしょう?
「ガイドブック 法華経展」は写真がいっぱいで解説も良心的でこの値段は奇跡に近い。
創価学会、グッジョブ! なんて言えるのは「外部」だからかもしれないけれど。
けれど、あの法華経展覧会の図録は本当にいい仕事よ。
あれを千円で売れる学会はすごい、とも言えなくはない。

今日は友人が忙しいらしく新宿御苑前のガストでいつものようには逢えず。
孤独だなあ、ひとりぼっちだなあ(笑)。
でも、昨日別の友人とおしゃべりしたからその内容を思い出してクスクス躁状態。
ブックオフ新宿靖国通り店。
そういえばこの近くにわたしのたったひとりの師匠、
「ゆきゆきて、神軍」の映画監督・原一男先生の疾走プロダクションもあるのだったか。
ともあれ、ブックオフである。
新宿靖国通り店だけかもしれないけれど、
ブックオフって創価学会の三色旗そのままの店舗スタイルだよねえ。

「これからの正義の話をしよう」(マイケル・サンデル/鬼澤忍訳/早川書房) 108円
「いのちの対話」(河合隼雄/潮出版社) 200円
「世捨て人のすすめ」(ひろさちや/実業之日本社) 108円
「嘘の見抜き方」(若狭勝/新潮新書) 108円
「週末バンコクでちょっと脱力」(下川裕治/朝日文庫) 108円


わたしは河合隼雄の大ファンだから、かえって困ることがある。
河合先生は著作が多数過ぎて、読んだかどうか覚えていないのだ。
ネットでの購入だったらブログ検索をできるが、
スマホを持たないガラケーの当方には調べられないので賭けになる。
帰宅して調べてみたら「いのちの対話」は家になかった(未読だった)。
まあ、これだけ河合隼雄の本を読んでいたら、いまさらどの本もおなじだけれど(笑)。
ひろさちやとおなじで精神安定剤のようなものかなあ。
でもさ、買った河合先生の本が潮出版社だというところが、今日は創価デーだという証。

河合隼雄つながり、ユングつながり、シンクロニシティつながりで言うと、
今日の新宿区は(法令で禁止されている)歩きタバコをしている人がやたら目についた。
なんだかちょっと嬉しかった。
わたしが創価学会を好きな理由は、
原色そのままというか、欲望そのままというか、
学会員さんはふつうなら隠したいような
あからさまな俗物的欲望を恥ずかしげもなく公開しているところである。
多くの人間は黒か白か、それともダークかなあ、
とかいろいろ悩みながら生きているのだが、
むろん学会員にも苦悩はあるのでしょうが、
そこを赤黄青のけばけばしい原色そのままで出してしまえるストレート直球勝負。
学会員のすばらしさであり、嫌われるところでもあろう。
見習いたいとも、真似しちゃいけないのではないか、とも同時に思う。
世の中はもしかしたら白か黒か(ダークか)ではなく、赤黄青かもしれないではないか。

151130_1803~01

くいーん♪

151130_1805~01

くいーん、くいーん♪
連休だもの。昼から軽く酒をのんでひさびさに神保町へおもむく。
むかしは近所に住んでいたため週に数回は行ったものだが、いまはめっきりご無沙汰。
今年に入ってからははじめてである。なーに、やってんだかなあ。
いつも本ばっかじゃん。
バイトで本の仕分け、暇なときは本を読む、連休は本の買い出しか。
ああ、そう、神保町で古本屋のなかに入るのは田舎もんよ。だって、高いじゃん。
アーバンなプロは古本屋まえのワゴンをあさるのさ。
結局、ほしい本を探しているわけじゃないわけ。
こんな本があったのかと知らないものにめぐりあいたいという願望が強い。
だから、ワゴンの古本をごそごそあさっている、それだけで楽しい。
某古書店のワゴンに文芸誌のバックナンバーが100円でずらり。
ほほう、「すばる」がごっそりある。
すると、としたら、ならば、いまがあれと出逢うときなのか。
ずっと探していて、まあ見つかんないよねと思っていた、あれ。ゲットだぜい。

「すばる 1998年3月号」 100円

これに単行本未収録の山田太一の戯曲「あかるい郊外の店」が掲載されているんだよね。
読みたい所有したいとずっと思っていた。
日本に山田太一ファンは数知れずいるでしょうが、
いちばん山田太一のホンを読んでいるのはたぶん我輩さまではなかろうか。
山田太一さんとは逢ったこともないし話したこともないし、
どっちかが死ぬまで今後永遠に逢うことも話すこともないけれど、
むしろこういう関係ってすてきじゃね。
有名人に逢いたがる信者みたいなやつよりよほど自分のほうが上等だと思っている。
人とおなじことってしたくない。
しかし、どうして古本をごそごそあさるのがこんなに楽しいんだろう。
おお、これはこれはなんだろう。

「仏教聖典」(山口益編/平楽寺書店) 500円

箱入りの分厚い本でお経の現代語訳がたくさん入っている。
読みたいと思っていた大乗仏典のほうの「涅槃経」が収録されているので購入。
これはもしかしたらけっこうな掘り出し物なのかもしれない。
いま調べたらアマゾンでは4万8千円だぞ。
ヤフーオークションの実売価格でも7千円とかついている。
わたしが生まれるまえに出版された本で定価が3千5百円だからね。
これはおいしい、ただただおいしいわい。
こんなものを読んでも女にもてないし、
金はもうからないし、世間からは認められないのに、
いったいなにをしているんだか、ぼくぼくぼく。いいじゃん。男の子だもの。
男の子ってそういうものよ。男の子だもの、連休だもの。

神保町の古書店は黄金週間ゴールデンウイークでもやっていたが、
果たして早稲田、高田馬場の方面はどうなっているか。
神保町から九段下まで歩き、南北線で早稲田へ向かう。
早稲田大学の学生が大勢いたから、大学も今日はやっているんだね。
むかし4年間、ここに通っていたんだよなあ。
そしてそして、これを書いてもいいのかどうか。絶対に秘密にしてちょ。
ここだけの話、大学時代のほうがいまよりも稼いでいたんだよね。
週2の家庭教師(大学斡旋の中抜きゼロ)、
週2のコンビニ夜勤でじつのところいまよりも高い月収を得ていた。
きっと2000年の早稲田一文卒でわたしより落ちぶれた人はいないのではないか。
しかし、ここは非常に重要なのだが、いまとっても楽しいってこと。
世間的には零落者に見えようとも、本人はいまスーパー充実している。
正直、大学時代よりもいまのほうが楽しい。
基本さあ、悪い意味であたまのいい人にばかり囲まれて生きてきた。
むかしは知らなかった偏差値40の女子高生の目の輝きをいまのわたしは知っている。
そのほかいま現在進行形で、非常に偽善くさいしインチキくさいが、
大学では学べなかったことをいまもいま、いいおっさんがバイト先で経験している。

早稲田~高田馬場の古本屋は商売っ気がないんだなあ。
今日は平日なのにお休みばかり。文英堂書店も休みなのはショックだった。
もっと働けよお。いや、働かなくていいか。うん、これでいい。よろしい。
正直、ゴーリキー目当てのところがあった。
やたら古本のヒキが強いおれさまが神保町や高田馬場に行ったら
ゴーリキーくらい砂鉄のようにひっついてくるだろうと完全な自信があった。
それにゴーリキーなんてしょせん左翼だからいま人気はないでしょ?
求めているのなんておれくらいだから絶対に激安で入手できると信じて疑わなかった。
ところが、カンダでもババでも格安のゴーリキーは見当たらず。
ふうん、そうきましたか。
ババの古本屋は店じまいが早いので(カンダもそうだけど)ブックオフより先にまわる。

「ふかいことをおもしろく 創作の原点」(井上ひさし/PHP研究所) 200円
「小林秀雄をこえて」(柄谷行人・中上健次/河出書房新社) 100円


大学卒業後数年は中上や柄谷の通俗権威にだまくらかされたこともあったなあ。
でもさ、ぶっちゃけ中上や柄谷の言葉は時給850円労働者に伝わらないわけでしょう。
井上ひさし先生や僭越ながらわたくしめの言葉なら時給850円労働者に伝わる。
なら、どっちが偉いのって話。
文学って人になにかを伝えたいという行為ではありませんか。
人を笑わせたい、泣かせたい、つまり他者とかかわりたい、他人に影響をおよぼしたい。
だとしたら、中上や柄谷のどこが偉いのかって話になるわけ。
ひと通りババの古本屋をまわってから、早稲田のブックオフへ戻る。
早稲田のブックオフは土地柄か生きのいい本が安く買えるんだ。

「先生はえらい」(内田樹/ちくまプリマー新書) 108円
「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?」(木暮太一/星海社新書) 108円
「サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」が出ている」 (西内啓/マイナビ新書)108円
「医学部の大罪」(和田秀樹/ディスカヴァー携書) 108円
「どうせ死ぬなら「がん」がいい」(中村仁一・近藤誠/宝島社新書) 108円
「名短編、ここにあり」(宮部みゆき・北村薫編/ちくま文庫) 108円
「爪と目」(藤野可織/新潮社) 108円


えええ!? いつから消費税って5%から8%に上がったの? ちょーショック。
それと、ここらへんは大人の事情がからんでいて詳細は書けないけれど、
むかしは自分で買う本を決めて、自分が読み自分のために感想をブログに書いていた。
いまも基本は変わらない。
変わらないけれど、いまはバイト先のみなさんが買う本を決めて、
自分が読みみなさんのために感想をブログを書いているような気がしないでもない。
まあ、狂人の妄想だわさ。バイト先のみなさんが大好きだからおかしなことを妄想しちゃう。
高田馬場のブックオフには、新たな210円コーナーができていた。
定価の半額では売れないが、しかし108円には落としたくない本が並んでいた。
そこからいっぱい買っちゃったよ。

「西行物語 全訳注」 (桑原博史/講談社学術文庫) 210円
「フロイトとユング」 (小此木啓吾・河合隼雄/レグルス文庫) 210円
「やっぱり、人はわかりあえない」(中島義道・小浜逸郎/PHP新書) 210円
「~果てしない孤独~ 独身・無職者のリアル」(関水徹平・藤原宏美/扶桑社新書)210円
「あの人と「酒都」放浪」(小坂剛/中公新書ラクレ) 210円
「立派になりましたか?」(大道珠貴/双葉文庫) 108円


高田馬場から池袋に行き、埼京線に乗り換える。
年々思うのは、電車に乗るたびにきれいな女性が増えているような気がする。
あの人もこの人もきれいで、あの子もこの子もかわいいと思ってしまう。
そりゃあ、こちらの年齢は上がるばかりで劣化は進むばかりなのだから当然なのだが。
しかし、年々人のいいところを見抜く技術が高まってきたとも思えるわけだ。
なんでもない人の美しさ、輝きをいまのわたしは知っているのかもしれない。
ま、おれさまは特別だから(←おいおい……)。
とある大学病院での診察を終え表に出たとき、これは毎度のことなのだが、
あと何年生きられるのだろうかと思う。
どうしてか自分が50過ぎまでこの世にいるという実感がないのだ。
平均寿命まで生きるなんてありえないと思っている。
たぶんカモちゃん(鴨志田穣、享年42)くらいではないかと当たりをつけているが、
いまやむかしは軽んじていた(失礼!)鴨志田氏よりもこの世で実績を残す自信がない。
カモちゃんはカメラマン、ジャーナリスト、作家などいろいろ肩書があるけれど
すべて自称のようなもので、
いちばん知られているのは有名漫画家・西原理恵子先生の元旦那としてではないか。
ああいう不思議な夫婦を目の当たりにするとおかしなもので、
大真面目に前世や前々世の因縁といったものを信じたくなる。
歩きながら、夏が終わろうとしていることに気づく。
ひとつの季節が終わるごとにこれが最後ではないかと思っている。
なぜか来年また夏を迎えられるような気がしないのである。

話は脱線するが、自分の死を考えるほど甘い陶酔をもたらすものはない。
どういう死に方をするのが理想か思いを馳せるとうっとりしてくるのである。
いいおじさんがなにをバカなことを妄想しているのかとあきれられてしまうかもしれない。
いまのところ、いちばん熱望している死に方は菩薩的、利他的な死かな。
ほんとうはもっとも利他的な死が、同時に自利的(利己的)な絶命でもあるのだろう。
だれかを助けて死にたいとぼんやり空想することがある。
電車のホームから線路に誤って子どもが落ちてしまう。
とっさにわたしも飛び降り子どもを助け、身代わりとして電車に轢かれる。
これがいまのところわたしにとって最高の死だといえよう。
その子どもは大きくなっても、こんなダメなわたしのことを記憶しているだろうから。
しかし、人生はなかなかうまいこといかない。
さすがにこのような劇的な死を望むのは欲が深すぎるだろう。
ならば、こういう死に方をしたい。
明日でもいいから末期ガンで余命宣告をされたいのである。
余命数ヶ月がもっとも望むところ。
そして、痛み止めのみしてもらいながら、逢いたかった人と再会するのである。
こんなわたしにももう一度逢いたい懐かしい人が少数ながら存在する。
いまは縁が切れていても、死ぬとなったら一回くらいなら逢ってもらえるでしょう。
そのうえで、しみじみと「ありがとうね。あなたと逢えてよかったよ」などと、
いっぱしの愁嘆場を演じてみたいのである。

先日、小児ガン専門医の細谷亮太氏の著書「医者が泣くということ」を読んだ。
成人もしていない子どもが次々に死んでいく現実に胸が詰まる思いがした。
世の中、どこまでも不平等なものなのである。
生きたいと強く願っている子どもが無残にも死んでいく一方で、
多くの五体満足のものが投げやりに死にたいと願っているのだから。
だれかが悪いわけでも間違っているわけでもないと思う。
ただただ世の中とはそういうものなのだろう。矛盾した理不尽なものだ。
不条理のひと言に尽きる。
ブックオフ新宿靖国通り店で大学教授の竹内一郎先生の本を立ち読みする。
大ベストセラー「人は見た目が九割」で成り上がった先生である。
人は(わたしは、といえ!)105円の本でもなかなか買わない。
自戒をたっぷり込めて書くが、
だれかから自分の文章を読んでもらえるだけでどれほどありがたいか。
書いたもので対価を得られるなど、奇跡にも近い僥倖なのである。
竹内教授は不遇の時代が長く、かなりの年月をヒモとして暮らしていたらしい。
ようやく成功者になったので、
いままでの怨念を晴らすべく人生マニュアル本を書いたようだ。
損益分岐点がどうのというタイトルの新書であった。
世の中、結局は「勝てば官軍」なのである。
勝ったらなんとでもいえるが、負けたものがなにをいってもだれも耳を傾けない。
人生の敗北者は妬み深くなるばかりで、たとえ105円でも勝利者の本を買おうとしない。
ブックオフ早稲田店に移動して本を3冊購入する。

「シナリオ対訳 ノッティングヒルの恋」(リチャード・カーティス/照井しずか・荒川良訳/愛育社) 105円
「愛する言葉」(岡本太郎・岡本敏子/イースト・プレス) 105円
「決断なんて「1秒」あればいい」(桜井章一/ソフトバンク文庫) 105円


買った本を見たらその人がわかると思うが、ご覧のようにくだらぬ男である。
チープな本がお似合いのチープな男だ。
早稲田から高田馬場まで古本屋めぐりをしながら、
いわゆる「ババ歩き」をするが収穫はなし。
思えば、この近くの大学に通っていたときが人生のピークだったのだろうか。
あのころは古本などさわる気にもならなかった。
この日、霊感商法や合同結婚式で知られる統一教会のトップが亡くなったからだろう。
高田馬場の芳林堂書店のまえで信者さんが本を配っている。
60前後と思しき女性が多く、みなさんいちように幸福そうでうらやましい。

「平和を愛する世界人として 文鮮明自叙伝」(文鮮明/創芸社) 0円

いただいた本は読むようにしているので、これも近々目を通すと思われる。
ネット検索で知ったのだが、有名ブログの作者には出版社から新刊が贈呈されるらしい。
調べてみたら匿名ブロガー程度にも献本はなされているのである。
「本の山」は実名ブログなのに、一度も出版社から本をもらったことがない。
けっこう検索順位で上に出る自信はあるのだが、
出版社のわたしへの評価はこの程度なのだろう。匿名ブロガー風情にも劣る。
いくらわたしでも献本されたものを酷評するほどあれなやつではないのだが。
これを書いていいのか迷うがブログをやっていていちばんむかつくのは、
作者筋からコメント欄で自著(や寄稿雑誌)の宣伝をされることである。
そんなに読んでほしいのなら送ってくるのが礼儀じゃないか。
表面上は情報感謝といってペコペコしておきながら、
腹の底では絶対に買ってやるもんかといつも憤っている。
そういうことをされると買うどころか立ち読みをする気さえ失せる。
はっきりいうと、立ち読みしてもらえるだけでも書き手は感謝しなければならないのだ。
ほとんどの人が他人の書いた文章になどさらさら興味を持たないのである。
無名のあなたやわたしの書いた文章など、飛ばし読みをする価値さえないのだよ。

ビッグボックス古書感謝市でシッタカブラーと遭遇する。
シッタカブラーとは古本祭などで女子に知ったかぶりをする若年読書男子のこと。
あれは恥ずかしいよね。しかもなかなか場を離れないので迷惑この上ない。
「博士、博士、ちょっとそこいいですか?」
と動かないシッタカブラーに声をかけようと思ったが、
あからさまに喧嘩を売っているようなのでやめる。
女のまえでええかっこしておる男をからかうと殴られる危険さえある。
尊敬する芥川賞作家の西村賢太氏のように逆に恫喝してやればいいのだが、
ぼくはお育ちがよろしいので、いかつい氏のようなハレンチ行為はできない。
ちなみに回り込んで顔を見るとシッタカブラーはイケメンで、女子は一段下であった。
男なんて目を見てハイハイ話を聞いてあげれば、
楽勝で落ちることを女はみな熟知しているのだから油断してはならないぞ。
内心でシッタカブラーに声をかけるが、果たして伝わったであろうか。
ブックオフ高田馬場店に足を向ける。
わたしは新刊でも本を買うが、ごくたまにブックオフに行くこともあるのだ。
断じて出版社の敵であるブックオフのヘビーユーザーではない。ほんとなんだからっ!

「熱帯夜」(早坂暁/大和書房)絶版 105円
「風のとおる道」(井上ふみ/潮出版社)絶版 105円
「“せんべろ”探偵が行く」(中島らも+小堀純/文藝春秋) 105円
「母子寮前」(小谷野敦/文藝春秋) 105円
「人生には好きなことをする時間しかない」(大林宣彦/PHP)絶版 105円
「人生の価値それとも無価値」(ひろさちや/講談社) 105円
「天風先生座談」(宇野千代/廣済堂文庫)絶版 105円


なかなかの収穫であった。上から順に――。
いま早坂暁さんにシナリオを依頼する人っていないよね~。
文豪酒豪の井上靖は、元愛人の暴露本と正妻の美談本、どちらがおもしろいのだろう。
「中島らも酔いどれ紀行」は酒をのみながらしっかり味わいたい。
ひとつ正直に感想を書いていいのか迷う本があるような気がする。
大林宣彦の映画はセンチメンタルなところが学生のころから好き。
ここだけの話、ひろさちや先生のご本を新刊で買ったことはないかもしれません。
中村天風って新興宗教の怪しい教祖みたいなもんだと思っていたけれど、
宇野千代がはまっていたのか。わたしは怪しげな人がチューしたいくらい好き。
なんだかさ、オカルトめいたことをいうと、読むべき本というのは、
どう生きていても、自然に向こうからやってくるような気がする。
本は読みたいものを苦労して探すものではなく、
上のほうから降ってくるような感じとでもいおうか。
本だけではなく人もそうだったらいいな、と高田馬場でわたしは思った。
こんばんは、こんばんは。お久しぶりです。みなさん、お元気ですか?
こうして更新をするのは、変な人がいるため。
ブログを更新しないと、わたしが死んだのではないかと思って、
コメントを何度もくださる御仁がいるのである。
それもふつうのコメントならまあ、ありがたいのだが、いささか珍妙なのだ。
HNを毎回変えてコメント欄に書き込んでくる。
いくらパソコン音痴のわたしだってIPホストくらいはわかるので同一人物だと知る。
心配してくれるくらいならいいのだが、しまいには怒りだすのだから。
自分がこんなに心配しているのに反応を示さないのはおかしいとお叱りまで受けた。
さらには無関係のネット掲示板でわたしの安否を問うしまつ。
この人はさすがに気味が悪くコメントを書き込めない設定にさせていただきました。
埼玉県ご在住だったか。
というのも、そんなに心配ならメールを1本よこしてくれよって話で。
即座に「生きていますが、なんでしょうか?」と返信する。
そちらが本名を名乗るのであれば携帯番号を教えてもいい。
その御仁のなにがいやだったのかといま考えると、
自分は安全地帯にいたいというところかな(もとより、わかりませんが)。
メールの1通も出せないくせに、あなたの心配をしていると言われてもわけがわかりません。

とはいえ、ほかにもいらっしゃるかもしれない。
こんな過疎ブログをわざわざ読んでくださるかたにご心配をおかけしたくない。
そうはいっても、とりたてて書きたいこともない。
というわけで、むかしやっていた買った本の報告でも久々に復活させようかと思う。
最近ではめずらしいことに5千円以上も本を買ってしまったこともあり。
8月11日、東急東横店の渋谷大古本市におもむく。

「大乗仏典」(中村元編/筑摩書房) 1050円

これはいい本を見つけたと思う。
わずか1冊ながら、そのうえ経典も抄訳が少なくないが、
それでも12もの大乗仏教経典を採録しているのだから。
まさにいまこういう本を探していたといってもよい。
ぶっちゃけさ、もう夢とかなーんにもないんだよね。
夢というのは、「○○になりたい」という子どもじみた願望のこと。
そりゃあ、むかしはいろいろありましたよ。
わたしの人生はあきらめの連続だとも言えるのだろう。
結婚をあきらめ、金持になることをあきらめ、長寿をあきらめ……最近は出世することも。
さすがに40近くなると「○○になりたい」という夢はなくなります。

で、なにが残るのかというと徹底的にやってやろうというテロリズムかしら。
なにものにもなれなかった老いぼれだが、しかし一発だけどこかに仕返ししてやりたい。
だから日蓮というのはおかしな話だが、いま創価学会をふくめ日蓮系の新興宗教は多い。
日蓮系団体は決まって大乗仏典の法華経を異様なまでにあがめている。
それがなにゆえかというと、おおむかしのシナの坊さん、智顗(ちぎ)が根拠である。
法華経礼賛は、シナ天台宗の智顗という坊主が、いちばん偉いのは法華経と言ったがため。
これを日蓮業界人は教相判釈(きょうそうはんじゃく)と言っている。
中国人の智顗が多くの仏典を読破した結果、
法華経こそ最高と言ったから、このため、そうなのだというお約束が教相判釈だ。
でもさ、これっておかしいじゃん。
どうして智顗が法華経バンザイと言ったから、それが絶対的に正しいと言えるわけ?
だったら冥土(めいど)の土産にマイ教相判釈をやってやろうじゃないか!
自分の目で複数の大乗仏典を見比べて、フフ、どれがもっとも偉いか決めてやろう。
このたび「大乗仏典」(筑摩書房)を購入したゆえんである。
断っておくと、たぶんこれがわたしの限界。
この本よりもはるかに大部の大乗仏典全集(全10巻以上!)
もかつて出版されたらしいけれど、
さすがにそれは読めない(∴想定寿命、知的忍耐力および経済力)。

「大乗仏典」(中村元編/筑摩書房)1050円はいい買い物をしたと思う。
帰宅して調べたら、いまだ絶版ではなく通常ルートで入手可能らしい。
ただし定価は4千円。むろん定価を払っても十分に元が取れる内容である。
とはいえ、いまのわたしには1050円が精一杯だ。
ついでだからセットでこちらも買っておく。

「原始仏典」(中村元編/筑摩書房) 1050円

いま思っているのは、とりあえず回り道をしたいってことかな。
どこに到達したいという目的地はからきしないけれど、回り道だけはしてやりたい。
非効率的で無駄なことをしたい。バカなことをしたい。アホになりたい。
わかりやすく言うと、くいーん、アッカンベーをしたいのでR♪
どこに行ってもいい、どうなってもいい、だって最後はみんな死んじゃうのですから。
死ぬまで、まあ回り道をしたい。道草を楽しみたい。
こんなことを考えるようになったのは、
40を過ぎてから猛スピードで出世した例の怪物めいた先生の影響か。

「河合隼雄著作集9 仏教と夢」(岩波書店) 500円
「明恵上人集」(岩波文庫) 350円


明恵ちゃんの文庫はたしかいま限定復刊されているけれど、
読むかどうかもわからない本を定価で買いたくない。
しかし、買わなければ絶対に読まないので、いちおうカゴに入れておく。
そういえば、明恵の伝記も積ん読してるしね。
明恵はアキエではなくミョウエと読みます。
どうでもいいけどさ、私淑かつ兄事する芥川賞作家・西村賢太氏の
モトカノ秋恵さんみたいに尽くしてくれる女人がほしいにゃ~。
そうそう秋恵さんは市井の女性だけど、明恵さんは鎌倉時代の聖なる坊さんで男性だから。

「山頭火――句と版画 蛍の母」(小崎侃・村上護/グラフィック社)絶版
「山頭火――句と版画 風の旅人」(小崎侃・村上護/グラフィック社)絶版
「山頭火――句と版画 雑草風景」(小崎侃・村上護/グラフィック社)絶版


全3冊で千円ポッキリ。
それにしても村上護先生はうまく世渡りして山頭火利権を独り占めしたよな、パチパチ。
本物の山頭火を知る老人には下手からすりよる一方で、反面、相手次第では権威者ぶる。
いまや実際の山頭火を知るものは存命していないから先生の独り勝ちといってもよいだろう。
村上先生から学ぶことがあるとすれば、既存の権威に頼るよりも、
自らが自分こそ権威たらんと野望することが出世のこつなのだろう。
よしんば山頭火がこういう処世の知恵を知っていたら、さあ、どうなっていたか。
皮肉なようだが、おそらくは国語便覧に載るような偉人にはなっていなかっただろう。
さてさて、山頭火を好きなのは決まって愚昧(ぐまい)な大衆なのだ。
インテリの学者先生は嫌味たらしく「甘い」だの「おセンチ」だの
さんざん種田山頭火を愚弄した挙句、東大卒の尾崎放哉をベタぼめする(上野千鶴子!)。
大衆でなにが悪いか。インテリなんか大嫌いだ。どうせおれはバカだよ、けっ。

「NHKこころをよむ/河合隼雄・明恵を語る/濱田泰三・道元を語る」品切れ 315円

NHKラジオ講座のテキストのようです。
ろくろく本も読めないようなバカな主婦や定年老人が好むもの。
わたしは河合隼雄さんの痛い信者だが、
たしかこのNHKテキストは書籍に収録されていないはず。
これは貴重なものを手に入れたわい、とホクホクしながらカゴに入れる愚人である。
ときにインテリの学者先生に殺意を抱いたりするあわれなクソ庶民であります。

「NHKこころをよむ/瀬戸内寂聴・最澄を語る/梅原猛・空海を語る」品切れ 315円

本来ならば百円(ないし105円)でしか買わないような本だが、
つい最近両氏の対談本を2冊続けて読んだため、うっかりカゴに入れてしまう。
くうう、カゴが重いぜ。まるでおれさまの脳みそも重くなったようでなんだか嬉しい。
もっと重くなれ! もっと、もっとだ!

「日本思想大系 民衆宗教の思想」(岩波書店)品切れ 500円

この日買ったなかでいちばん分厚い本。
ううん、ええと、なんかさ、
江戸時代末期の黒船来航で弾(はじ)けちゃった人がいろいろ新しい宗教を始めたらしい。
本書は如来教、黒住教、天理教、金光教、丸山教の主要経典を集めたもの。
はっきり言うと、こういうものに興味を抱くほど人生に絶望している。
絶望しているけれど、お勉強欲はある。
関係あるのかないのか、ある人から大学院に行って学者にでもなればと助言された。
わたしは生意気にも傲岸にも不遜にも(ほんとうにごめんなさい!)、
教えを乞いたいと思うような学者はいまの日本にいない、と答えたのだったか。
河合隼雄先生をはじめお逢いしたい学者先生は故人ばかりだし、
たとえ存命でも山田太一先生はインテリ嫌いの庶民で、
なおかつ弟子を取るような人ではない。
申し訳ないけれど、たとえば河合隼雄、山田太一、両先生と比較したら、
ひろさちや、小谷野敦、中島義道、植島啓司、春日武彦、各先生は立派でなおかつ、
現代では最高レベルに優秀であることを否定しないが(大先生!)、
こちらの拙い主観では(バカなんですよ)師事(絶対帰依)するような対象ではない(反省!)。

(注)もっともわたしが知らないだけで、
教わるべきことが山ほどある偉大な先生は日本に数知れずおられるのでしょう。
ほんとうに無知で申し訳ありません。


どこかで恩師は原一男先生ひとりと思い定めているので(それだけ絶対的な経験でした)、
これ以上の師は求めていないこともある。
ちなみにシナリオ・センター講師のUさんは、
読んでもいないアリストテレスを講義するというたいへん笑える芸の持ち主だったが、
作品もなにもない、ただ奥さんがN○K社員であるということだけが誇りの五十男を、
いくら本人が新井某の威光を借りて偉ぶっていようがさすがに先生と呼ぶことはできない。
先生と尊敬するどころかむしろ白状すると軽蔑していて、
いや彼の無知をあわれんでいて、いつか再会して
アリストテレスや劇作について教えてあげなければならないとさえ思っている。
自称先生の無知は罪である。
自称指導者の思い誤りは、きちんと正しておかなければ後世のためによくないではないか。
そうはいっても、たしかに尊敬はさらさらしていないが、わが退屈な人生で
シナリオ・センターのUさんが「忘れえぬ人々」の一員であることは認めているのだ――。
出逢ってしまったのは前世か前々世の因縁とお互いあきらめましょう。

突然、携帯電話が鳴る。
めったにないことなので慌てて出ると、シナリオ・センターの生徒さんからだった。
40間近のおばさんで、メールでたいそう無名のわたしを持ち上げてくれるので逢った。
そうしたら、とんでもない人で、さんざん無礼を働いてくれたのである。
そうそう、その思い出を数日前ブログに書いたのだったか。
女は明日までにブログ記事を消しなさいと高圧的に命令してくる。
自分は強大なバックが守ってくれているというのである。
聞くと、シナリオ・センターが自分の味方だという。
シナセンでチューターをしている某君が、
「うち全体であいつを潰してやる」と息巻いていたとのこと。
でもね、明日までにブログ記事を消すのなら、私がそれをとめてあげるから。
腹が立ったので強く拒絶したのだった。それどころか、売られた喧嘩を買った。
「ゴタゴタ言うならあんたの実名を書くぞ!」
「ストーカー、ストーカーとうるさいが、
だれがあんたのようなおばさんをストーカーするかよ、ハハハ!(←性格最悪だな……)」

電話を先に切ったのは向こうだった。
このことは忘れようと古本がたくさん積まれたカゴを惚れ惚れと見やる。
買い残しはないか会場をうろうろしていると、携帯電話に女からのメールが入る。
読んでみると、これが想像以上にひどいのである。
そのまま引用するとまたワーワー騒ぎそうだから、
当人の心情を想像したうえで、遺憾ながらこちらで無断で改変したものを記しておく。

「バッカじゃないの~。残念でした。
あのとき(逢ったとき)伝えた名前も経歴もぜんぶウソだよ~ん。
もしかして本気にしていたの? バーカ! 私を舐めるなって。
明日までにブログ記事を消さなかったら警察沙汰にするからね!
わかる? 警察ってわかる? あなた逮捕されるよ、ザマアー♪
さあ、大変だ。警察沙汰だよ、警察沙汰。ガクガク? ブルブル?
シナリオ・センターも警察も私の味方。ふふん、どうするの?
いま私は楽しくて仕方がないからね~♪♪♪」

電話番号もメールアドレスも明日変更するからご返信不要というのである。
それどころか、今後連絡してきたらすべて警察に通報する。
やはりシナリオ・センターの生徒さんはすごいと感心する。
もうすぐ40なのに長年専業主婦でテレビドラマばかり見てきたせいで、
本気でいまから売れっ子脚本家になれると信じているのだから。
刑事ドラマを毎日のように見ていたのだろう。
警察がか弱き女性たる美しき自分(おばさーん!)を保護して、
悪人罪人のわたしを捕まえてくれると思い込んでいる。これだけではないのだ。
この後、わたしを陥れるべく女は警察相手にいろいろやらかしてくれたのだから。
この件に関してはまた日を改めて書きたい。
最後にメッセージ。
うちのブログを定期閲覧してくださっているお偉いシナリオ・センター事務局の某君に告ぐ。
シナリオ・センター全体であいつ(=わたし)を潰すもなにも、
とっくのとうにこちらはぺしゃんこになっていますから、アハハ。

帰宅。飲酒。忘却。
買った古本をニヤニヤしながら何度もなでる廃人寸前中年男性でした。
5080円なり。
定年老人にひそかに人気のカテゴリー「買った本の報告」を1日限定で復活する。
本日、「第52回 東京名物神田古本まつり」に遠路はるばるおもむく。
むかしは近所に住んでいたため、
開催中は二度や三度は足を運んだものだが世は無常である。
いまや田舎住まいの身(ぎりぎり都内)。たしか去年は行かなかったのではなかったか。
今年も本来なら行かないつもりだった。
というのも、この「東京名物」とははなはだ相性が悪いからだ。
いままで神田古本まつりで大収穫があったという記憶がない。
そのうえ客層もあまりよくない。言い方は悪いが、シロートばかりなのである。
観光気分でカップルや仲間連れで来るものがやたら多い。
だが、本とはそういうものではないだろう。
書物はどうしようもなく孤独な人間が買い求め、孤独のただなかで読むものではなかったか。
読書とは、まさしく孤独の快楽ではないか。

神田古本まつりは明日で終わりだが、この時期に来るのがいちばんいいと確信する。
なぜなら終了直前、さらに平日のため人が少ないからである。
どのみち、このフェスティバルでは掘出物とは縁がないのだ。
ならば混雑する開催初日や休日に行くのは阿呆のすること。
終わりが近く雰囲気もだらけてきた平日に冷やかし半分で行くのが通というものだろう。
いざ到着してもわたしのような神保町の常連(過去です)は、
特設ブースになど目を向けない。
いくら古本まつりとはいえ、お得なのはいつもの地元の古本屋なのである。
ちなみに、神保町で好きなのは田村書店ワゴンと小宮山書店ガレージセール。
景気づけに田村さんのワゴンから1冊拾っておく。

「アラブ飲酒詩選」(アブー・ヌワース/岩波文庫)品切れ 100円

この後、小宮山書店やひいきの書店を物色するもめぼしいものはなし。
ようやくのんびりと特設ブースに目を向けるが、
こんなに本があるのにわたしのほしい本は1冊もない。
しかし、気持はいささかも荒れていない。むしろ太平楽。
なぜなら、はなから期待していないため。期待するから失望するのである。
これは本のみならず対人関係や社会全般、自然現象にまで当てはまるのではないか。
むかしから神田古本まつりとは相性が悪かったので、この日もまったく期待していない。
がために、買いたい本がなくてもさらさら痛痒などない。
かえって予定どおり、計画どおりといった笑みさえ浮かべる始末。

野外の特設ブースも残りわずかとなったところで1冊購入を迷う本にめぐりあう。
「市川森一センチメンタルドラマ集」(映人社)である。テレビドラマのシナリオ集。
定価は2千5百円で、売価は2千円になっている。
心憎いのは値札の3千円が赤線で消されて割引価格の2千円になっているところ。
このような割引にケチの男は弱いのである。買おうかどうか迷い三度手に持つ。
問題なのは価格ばかりではない。もうシナリオの勉強などやめようと思っているからだ。
「ビニールを開けましょうか」
ブースのおばさんから声がかかる。この店のオーナー筋のようだ。
「実際に中身を見ないとわからないんじゃない?」
そう、このシナリオ集はビニールがかかっていたのである。
「いえ、そんなことをしてもらうと、買わなきゃいけないような気になりますから」
わたしは断わる。
が、「いいから、いいから」とおばさんはビニールを取り外す。
その強引さに思わず本音をもらしてしまう。
「この本、むかし千5百円で見かけたことがあって、買おうか迷ったんです」
繰り返しになるが、いまこの本の価格は2千円。
千5百円だったら買おうと思っていたのは事実。
これではまるであからさまに5百円値引きしてくれと言っているようなものである。
なんと図々しい客か。古本屋のおばさんから「はい」と本を渡される。
むかし荻窪のささま書店でこの本の美品を千5百円で見かけたことがある。
当時は山田太一作品が好きなだけで、
まさか自分がシナリオを書くようになるとは思ってもいなかった。
本を開くと目次に書き込みがあるのを見つけてしまう。読んだかどうかのチェックである。
「ここに書き込みがあるんですけれど」
内心では、これでもう千5百円に負けてもらい、買う羽目になるのだと思い込んでいた。
しかし、おばちゃんは値段を下げようとは断じて言わない。
「ほら、ビニールを開いてみてよかったじゃない(=私は正しい?)」
しばらく沈黙のときが流れた。
「ごめんなさい」となぜかわたしがあやまり、その場から逃げ出した。

開き直る。居直る。
もうシナリオの勉強などやめようと思っていたのだから、
これでいいのだ、と自分に言い聞かせる。
いまという時代にシナリオを勉強するのは無意味である。
どれだけがんばっていいシナリオを書いても、
どうせ現場で断りもなく好き勝手に書き換えられてしまう。
それ以前に、である。
シナリオが現場に行くまでの間にも10回、20回、
ときには30回と書き直しをやらされるのが映像業界の通例だ。
これは実際にお世話になったプロデューサーさんからうかがった話だが、
なかには決定稿に近づいてはじめて本気になる脚本家もいるという。
名前はぼかすが、元脚本家で有名校で講師をしているS氏も、
最初はわざと手を抜きPの顔を立てるというテクニックを指南書で紹介していた。
そもそもシナリオなど(現代では)一生懸命に勉強するものではないのかもしれない。
重要なのは、いかにお偉いさんに気に入られるか。
自分の書きたいものではなく、いかに他人の書いてほしいと思っていることを書くか。
それよりなにより、いかに権力者にかわいがってもらうか。
いまという時代、脚本家に必要なのは創作力ではなく対人能力なのだろう。
だから、むしろシナリオの勉強などするのは邪魔になる。
いかに自分を消すかが勝負。どのようにして上層部のお偉いさんに媚びを売るか。
名門シナリオ学校の講師から、「僕の言ったように書け」と何度も叱られたのを思い出す。
「僕の言ったとおりそのままに書きなさい」
「どうせライターなんか自分の好きなものを書けないんだよ」
ライター経験のない講師だったが、彼の教えはあるいは正しかったのかもしれない。
だとしたら、「市川森一センチメンタルドラマ集」など買わなくてよかった。

話を神田古本まつりに戻す。この次のブースで長年の探求書にめぐりあう。
こういうことのあるのが、古書の世界なのである。
手に取ったとき、思わず小声で「キター」と叫んでしまった。
5年以上も探していた本ではないか。

「シェピー」(「サマセット・モーム全集22 戯曲集Ⅱ」/新潮社)絶版 800円

むかし郊外のさびれた古本屋で見かけたが2千円以上したと記憶している。
高いフザケルナと買わなかった。
あまり知られていないが、モームの戯曲はとにかくおもしろいのである。
私見では、モームは小説よりも劇作の才があったような気がする。
サマセット・モーム、テレンス・ラティガン、ノエル・カワードは、
あまり知られていない英国の天才劇作家たちである。
ちなみに、わたしはラティガンを勝手にイギリスの山田太一と命名している。

みみっちいと侮られる方がいるかもしれない。本に金を惜しむな。
最初に見つけたときに(たとえ少々高価でも)買っていればよかったのではないか。
それは違うというのがわたしの考えだ。
いきなりいじけた皮肉を言うが裕福な人気作家なんざ本当に幸福かしら。
どんな高価な本でも迷わず買えてしまうというのは、
むしろ人生の楽しみを失しているのではないか。
買おうかどうか迷うのが楽しいのである。
そのうえどんな高額な書物をいくら購入したところで、
売れっ子作家は社交や執筆に忙しくて好きな本を読む暇さえないと思う。
探求書発見で勢いづいたか、この次のブースでも買物をする。

「ブッダの道 二千四百年」(横山宗一郎/京都書院)絶版 200円
「海神別荘 他二篇」(泉鏡花/岩波文庫) 200円
「新潮日本文学アルバム 泉鏡花」(新潮社) 400円


先ほどのモーム戯曲集購入の際もそうであったが、
レシートが出ないのでつい「領収書をください」などと言ってしまう。
けっ、文筆業者や出版業界人を気取っているつもりかよ。
とはいえ、いま考えたら領収書なんざ不要だったのかもしれない。
というのも、今年の年収はおそらく……。
予定では、目論見では、あれかあれを受賞していたから今年は3百万円の年収だったのだ。
そのときに書籍代を経費で落とそうと思っていた。
これは明々白々の自慢だが(こんなことが自慢になるのがそもそもおかしいのだけれど)、
昨年度は職業欄ライターで確定申告をした(えっへん)。
今年度も同様にするつもりで、さらに収入は最低でも3百万円にいたる腹づもりであった。
しかし、実際は、その……ああ……もし来年も……再来年は……いったいどうなるのだろう。
いや、来年のことなど考えるのはやめよう。先々なにが起こるかわからない。
東京大地震が発生してみんな死んでしまうかもしれない。
自然災害ではなく交通事故、あるいは脳卒中や心筋梗塞でころり往生することもありうる。
ハイパーインフレが起こって、
価値体系がメチャクチャになるかもしれない(万札がいまの1円玉程度に!)。
あるいはもしかしたら大会社のエリート女子社員が、
かわいそうなわたしを憐れんでヒモとして飼ってくれるかもしれない。
そうだ、希望はまだある。本年も年末ジャンボ宝くじは1枚だけ買うつもり。
今年はなんだかとても当たりそうな気がするのである。大丈夫。なんとかなる。
といっても、たとえ3億円当たろうが、わたしは生活を変えるつもりはない。
贅沢は性分に合わないし、金になびく女性に興味を持てない。
おそらく、万が一大富豪になったとしても(いやきっと当たる! 今年は当たる!)、
以前とつゆ変わらずコンクールに応募して落選を嘆くことだろう。
金の心配はしないようにしよう。いざとなったら、きっとなんとかなる。
私淑かつ兄事する芥川賞作家の西村賢太氏は、
同棲相手の実家からまんまと350万もの大金を借りるのに成功したというではないか!
人生なにが起こるかわからない。

三省堂神田本店で山田太一さんの最新刊を買う。
まえに赤羽の中型書店で探したけれどなかったから、
おそらくロット数(出版数)が相当少ないのだろう。
むかしからこの国では戯曲やシナリオの類は売れないと決まっている。
そうと知りながら、ほどほどの価格で限られたファンのために出版してくれた小学館に感謝。

「読んでいない絵本」(山田太一/小学館) 1680円

収録作品は短編小説×5、戯曲1、シナリオ1。
みなさんもどうかご購入ください。
こちらから↓



こういうふうにアマゾンの広告を張っていると、
さぞかしわたしが儲かっているように思われるのではありませんか?
アハハ、ばらしちゃおう。先月の「本の山」広告収益は438円!
わたしからしたらブックオフで本が4冊も買えるのだから、これでも十分にありがたい。
そうそう、どうせ焼け石に水ですから、
上記のアマゾン広告などクリックなさらなくて結構です。
文字ばかりのうちのブログにとっては広告=飾りなので。

さあて、11月が始まりました。みんな、がんばろうぜ! えいえいおう♪
(関係各位様、コメント返答等しばらくお待ちください)
マーケティング方法のひとつに禁止があるらしい。
広告であえて買わないでということで買わせようとする商人の知恵のことです。
これを意識してか、たまにブログでも「読まないで」と宣伝文に書いてあるところがあります。
バーカ、なら読まねーよとひねくれたこちらは思う(ごめんなさい、実際本当に読みません)。
きっとみなさんもそうだと信じて言っちゃいます。
ブックオフオンラインでは買わないでください。
あまりにも安すぎます。
注文は3回目ですが、(初回は遅かったけれど)あまりにも注文してから来るのが早すぎます。
商品の状態も概していい。ほとんど新品同様。
みながみなブックオフオンラインを使ったら出版社や書店は潰れてしまう。
だから、みなさん、ネットのブックオフはスルーしてください。
(ええと、ひねくれた読者はマーケティング理論に逆らうはずですから……)
命令をされると消費者は反抗すると思っている宣伝者の逆を行くのが我われ(苦笑)。
それって命令に従うことじゃん? はい、そうなんです。
ブックオフオンラインから買わないのが(たぶん)正しい(のかどうか……)。

「人の心がつくりだすもの」(河合隼雄) ¥300
「心理療法入門 」(河合隼雄) ¥300
「未来への記憶(上)(下)」(河合隼雄) ¥500
「悩むなら美しく悩みなさい」(ひろさちや) ¥100
「捨てちゃえ、捨てちゃえ」(ひろさちや) ¥200
「けちのすすめ 仏教が教える少欲知足 」(ひろさちや) ¥250
「お念仏とは何か」(ひろさちや) ¥350
「クヨクヨ気分が晴れる本 こころがすっと楽になる9つの扉」(ひろさちや) ¥100
「ロマンティックな狂気は存在するか」(春日武彦) \100
「おふくろの夜回り」(三浦哲郎) ¥150


計11冊で2350円。
購入を決めたのは、どうしてかいちばん下の三浦哲郎氏の随筆集です。
こういう心理はぜったいにマーケティングからは理解されないと思う。

またもう、ひろさちやばかりヒロポンのように……と思われるかもしれません。
みなさんはどうしていかがわしい人間の面白味を理解しないのでしょう。
ひろ先生はこういう人物なんですよ↓

http://www.u-canshop.jp/hirosachiya/?cid=ovt170224

インチキ臭いでしょう。ええ、胡散臭いですとも。そこがいいのですよ。
こちらはリンクを張りませんが、もしひろ氏の講演会の写真をご覧になったら……
ごめんなさい、聴衆はいかにも負け組の老いぼればかり(本当にたいへん失礼!)。
先行きのない老人でさえ救う(騙す)教えなのだから、
まだ彼(女)らに比べたら若いわたしへの効き目といったらありません!
こんかいこれだけひろさちや(ヒロポン)を入荷しましたから、
とうぶんはかなりの不運に耐えられるはず!

(追記)書いていないだけで、古書市や古本祭にはかなり行っております。
みなさまに運よくお逢いできましたらこんな幸いはありません。
当方パンダの着ぐるみをまとっておりますので、よろしければお声をかけてください(嘘)。
自戒としてあまりラッキーだったことは人に話さないようにしている。
なんのことはない、天下人・河合隼雄氏の真似だ。
しかし、自身が不景気なときはあえて幸運を公開するのも悪くないのではないかと思う。
これは1ヶ月以上まえに近所のブックオフで経験した話である。

話は脇にそれるが、ネットでしか古書を買わない御仁もいらっしゃるのではありませんか?
ほしい本があるのならネットで買えばいい。わざわざ探すなど時間の無駄。
彼(女)はまったく古書店や古本祭に行かなくなる。
金で(本を探す)時間を買うという方法なのだと思う。
ノー! それはいけませんであります!

わたしもいまブックオフオンラインにはまっているけれど、
基本的にネット古書店ではほしい本しか買えないのだ。
いいではないかと抗議されるかもしれない。ほしい本を短時間で買えればいいと。
ううん、どうでしょうか?
それだとほしい本しか買えないではありませんか? まだわかりませんか?
古本屋めぐりやデパートの古書市は、探してもいない本がたまたま見つかるからいいのだ。
ネットでは探していた本しか買えない。
しかし、ぶらぶら歩きまわれば探してもいない書物との出逢いがあるのである。
効率ばかり追い求めちゃダ~メ♪ 無駄をラ~ブしよう♪

いちばんいい例(なのかわからないが)は「本の山」でいうなら、
「花過ぎ 井上靖覚え書」(白神喜美子/紅書房)だろう。
国民的作家・井上靖氏の元ご愛人による暴露本だ。
たまたま早稲田から高田馬場までふらふら歩いているときに見つけた。
こんな本があったのかと驚いたものだ。
当時、ネットではかの大作家の愛人の存在はほとんど知られていなかったと思う。
井上靖氏もご家族も関係者も、
まさか将来インターネットなるものが幅を利かすなどと思っていなかったのではないか。
弱小版元から出た暴露本など世間は無視するだろうと相手にしなかったはずだ。
たしかに出版当時はそうであった。しかし――。

世は移り変わり無常というほかない。
いま井上靖で卒論を書くものがいれば(いないか……)ネットで検索するだろう。
あるいはリタイアしたお年寄りが覚えたてのパソコンで調べるかもしれない。
そこでうちのブログがヒットしたら、
かならずやかならずや井上靖を見る視線が深まるはずである!

――はあはあ。なにが言いたいのか。足を使え、であります!
指先でクリックして古書を購入するのではなく、足を使って古書と戯れてください。
そうそう、あれは1ヶ月くらいまえだったか。
両手にスーパーの買物袋をぶらさげていました。
最寄り駅近くのブックオフのまえを通りかかる。
「雑誌・児童書半額」のチラシが!
たまたま見かけた広告に釣られてうっかり入ったら、そこには――。
井上靖の新潮社版全集が(第1巻を除き)すべて500円でした。
ブックオフではなぜか箱入りの文学全集は雑誌扱いだから250円!
あのね、たとえば井上靖全集別巻なら定価1万1千円なのよ。それがわずか250円。
暑さのためすでに汗だくでしたが、この光景にさらに汗が出る。
平均価格8500円の好きな作家の全集がどれも250円。目まいがした。

思い出した。この日は禁酒4日目だった。
ぱらぱら立ち読みをして、この全集はエッセイの巻が買いどころと見破る。
小説の巻は、ほとんど文庫で持っている(読んでいる)。
なかなか単行本に収録されないエッセイが全集ではきれいにまとめられている。
結局、買ったのは――。
「7巻(後期短編と初期戯曲収録)」「23~28巻(エッセイ収録)」「別巻」。
定価で買っていたら7万円近くしたものがわずか2千円である。
代金を支払い一度帰宅したあとオロナミンCをのみ自転車で引き取りに行った。
この日も禁酒して無理やりカレーライスを胃に押し込んだあと、
購入した井上靖全集をめくりながらどれほど楽しかったか!
ああ、池田大作との往復書簡まで収録されている(井上靖ぶんのみ)!
めったに読めない講演会内容まで入っている!
井上靖のあらゆる(ほとんどね)雑文を手に入れたということだ。
ここからどんな文壇ゴシップを知ることができるのだろう。
なにせ井上靖が選考委員を務めた新人賞の選評すべてがいまやわが手中にあるのだから。
もしその気になればたったの250円で買ったのだから、
お酒をのみながら大好きな井上靖のエッセイを読むことも可能(汚してもぜんぜんOK)。
そういえば井上靖も酒豪だったな。

だらだら書いてきたが、なにを言いたかったのか。
いやね、アハハ、この記事もお酒をのみながら書き飛ばしているから、
途中でわけがわからなくなってさ。
そうだ、思い出した。古本屋めぐりはいいだ。ブックオフも古本屋だからいい。
うん、たまたまを愛そう。無駄を愛そう。
なんの役にも立たないけれど本を読もう。時間と金の無駄でしかない酒をのもう。
ネットをぶらぶら散歩していたら、もうリタイアしている年下がいるのね。
すでにひと財産を築きあげて、
これからは資産運用しながら余生としてのんびり生きようと決意した年少者がいる。
こっちは一刻でも早く出世したい(世に出たい)と焦っているのに……。
どこに違いがあるのだろうと、しばし年少リタイア組のブログを読みふけったものだ。
なんでも缶ジュースを自動販売機で買ってはいけないらしい。
スーパーでならはるかに安く売っているペットボトルをあの価格で買うバカはいるか!
トホホ、おバカさんで~す。
炎天下にお散歩していて喉がからからに乾いたときなんか、
もうほとんど金額を見ないで自販機から冷たい飲み物を買ってしまう。
だから、金が貯まらないのか、くうう。
しかし、待てよ。
リタイアさんのブログを読んでいると、2千円近くするビジネス本を平気で買っている。
それ、お金の無駄じゃないですか? ブックオフなら、きっとそれ105円あるよ!
暑くて町歩きたくないなら、あるよあるよ、ブックオフオンラインあるよ!

「人生学ことはじめ」(河合隼雄) ¥250
「いいかげんのすすめ」(ひろさちや) ¥150
「世間の捨て方 日本がどうなっても楽しく生きるテクニック」(ひろさちや) ¥250
「ひろさちやのあきらめ力」 ¥250
「捨聖・一遍上人」(梅谷繁樹) ¥200
「恋愛のディスクール」(植島啓司) ¥150
「嫁ぐ娘、嫁がぬ娘へ」(山田太一編) ¥150
「懐かしドラマが教えてくれるシナリオの書き方」(浅田・仲村) ¥150


計8冊で1550円――。
驚くべきは、お盆直前に注文したこれらの本のうちもう6冊を読んでいること。
ネット古書通販が嫌いだったのは、立ち読みができないから。
味見ができないのがいやだったのだ。
このたびネット購入のプラス面もマイナス面も同時に味わう。
河合隼雄の「人生学ことはじめ」は氏の名言集(引用集)で、
まさにこういうものが読みたかった。
どうせ大した本ではないだろうと思っていたので現物を見て嬉しかった。
これは古典的な通信販売の楽しみかもしれない。
失敗したと思ったのは、ひろさちやの「いいかげんのすすめ」。
絶版になった過去の本からの丸写し(焼き直し)だった。
いまのひろさちや氏の奇天烈ぶりが好きなのに――。
現物を見ずにネットに記載された出版年度から判断したらすっかり騙されてしまった。

まあ、ひろ先生の本は騙し(インチキ)に満ちているからいいのである。
「人生は金じゃない」と言いながら印税目当てに新書を粗製乱造する氏の矛盾を愛している。
挫折や失敗という人生の傷にいちばん効くのはヒロポンならぬひろさちや!
このたび買ったヒロポンはもうすべて吸引してしまった。
するとあっという間に痛みは引いた。人生はいかにおのれをごまかすか!
あえて騙されるのがうまく生きるテクニックなのだろう。やはり死んではいけませんよ……。
禁を破る。とうとうネット通販のブックオフからも本を買ってしまう。
店舗のブックオフで本を買うだけでも罪悪感があったのに、
よもやネットでもお世話になってしまうとは。
賢明なみなさんはとっくのとうにご存じでしょうから、
いまさらボンクラ大学文学部出身のわたくしめが語るのは気恥ずかしいのですが、
ものを安く買うというのは合法的殺人行為をなしているに近い。
激安価格の裏側には多くの人間の血と汗と涙、
つまり辛苦、不満、絶望があることを忘れてはならないと思う。
我われがものを安く買うことで(たぶん相当数)自殺している人がいる!

当たり前のことですが、ブックオフで本を買っても著者には1円も印税が入らない。
出版社にも同様。
本来なら買ってもらえるはずだった新刊書店の収益も大幅に減少する。
かといって、ブックオフが一人勝ちしているのかといったら、もうわからないのではないか。
いまではつぶれるブックオフ店舗もちらほら見られる。
かの新古書店も安く人件費を買い叩いているがために本を安く売れるのだ。
コンビニ店長の地獄は広く知られるところだが、果たしてブックオフはどうなのか。

ブックオフオンラインさんから買った本は以下の7冊で計1550円。
ブックオフのネット通販のどこがすごいかといったら、
わずか1500円以上の買物で送料が無料になってしまうところ。
そのうえブックオフ総本山だから在庫量が半端ない。
ネット古書店のデメリットは送料のせいで相場よりも高くなってしまうこと。
このマイナス点をネットのブックオフは完全に解消している。
いまさら言っても遅いのだろうが、
ネットのブックオフをどうにかしないと
さらにさらに新刊書店や出版社の斜陽化は進むのではないか。
毛唐のだれだったかの言った「見えざる手」は日本の書籍文化をどうしようというのか。

「家族はどこへいくのか」(河合隼雄、谷川俊太郎、山田太一) ¥450
「鈍獣」(宮藤官九郎) ¥150
「山頭火 漂泊の跡を歩く」(石寒太) ¥150
「山頭火と歩く」(村上護、吉岡功治) ¥250
「これからの日本」(河合隼雄) ¥150
「日本人の心のゆくえ」(河合隼雄) ¥250
「快楽は悪か」(植島啓司) ¥150


サイトの検索欄にうっかり「山田太一」と入れたのがよくなかった。
罪を告白することを懺悔という。どうか懺悔させてください。ごめんなさい。
まったくふざけたことに、これでも不満を抱いてしまうのですから。
・注文確認から送付まで丸2日かかった。
・「山頭火と歩く」にラインがあり、中の汚れがひどかった。
しかし、ねえ? ぜんぶでわずか1550円でしょう? 送料まで入れて。
S急便はいったいいくらで配送を請け負っているのでしょうか?
1500円以上送料無料というのはふつうに考えたら恐ろしいことなのだ。
S急便の人が朝から晩まで休みなく酷使されていることのみならず、
劣悪な労働環境のせいで自殺者が出ていることさえネット社会では暴露されている。

安いからうっかりブックオフのネット通販を利用してしまった。
我われが安くなにかを買うことで、おそらくだれかが自殺している。
もっと早く送ってほしい願うことで、たぶんだれかが過労死している。
快適ではなかったとクレームを入れることで、だれかが上司から罵倒されている。
「安く早く快く」をここまで突き詰めた国は日本だけではないかと思う。
もっと安くしろ。もっと早くしろ。もっと快適にしろ。
もしかしたら年間自殺者3万人の背景にあるものは「安く早く快く」なのかもしれない。
しかし、我われは、いやわたしはだ。
このたび少なくとも「安さ」には逆らうことができなかった。
この買物をすることで、だれかを殺したのだろう。
殺してはいないのかもしれない。しかし、間違いなくだれかを泣かせたはずである。
久々にこのコーナーを1日だけ復活させてみよう。「買った本の報告」。
長らく更新をためらっていた。
もう本を買うのはやめようと思っていたからである。
新しく本を買ってしまうと、ついつい読んでしまう。ものを書かなくなる。
これでは成功や賞金と縁遠くなってしまうではないか。
と思いつつも、わたしはブックオフ中毒。書籍購入依存症だ。
ブログには書かなかったが、実のところブックオフとの蜜月は続いていた。
ってゆーか、出版社のみなさん、目を覚ましてください!
ブックオフをどうにかしないと、御社はご倒産いたしますことよ♪
一度2千円オーバーのハードカバーを105円で買ったら、
もう正規の書籍購入ルートは使えないと思う。

某大学病院の診察を済ませ、新宿の国島書店へ。
ここは午前中は開いていないことが多いので要注意。

「過ぎ去りし日日」(井上靖/日本経済新聞社)絶版 300円

おなじく井上靖の「白い風赤い雲」という小説の単行本が、なんと3千円!
もしかしたら、これは文庫になっていないのだろうかと携帯電話にタイトルをメモ。
それから誕生年ごろ出版の絶版官能小説を1冊購入。
エロゲーどころかAVも理解できない身ゆえ、もしかしたらとの希望がありまして。
結果はNG。著者は左翼出身の芥川賞候補作家。
名前を出して批判したらあまりにも可哀想なので、こういう形でとどめておく。
「ダメなやつは一生ダメ」を目の当たりにすると打ちひしがれる。
とぼとぼとブックオフ新宿靖国通り店へ。

「写真集 ガンガー生々」(安藤亨/中公文庫)絶版 105円
「内舘牧子の仰天中国」(JTB) 105円
「二十四の瞳からのメッセージ」(澤宮優/洋泉社) 105円


最後の「二十四の瞳~」は、なんとも物悲しい。
著者は利益度外視で出版したのでしょう。
ところが、アマゾンでレビューはつかない。
新宿界隈の文化人に贈呈した本も読まれないでブックオフに売られてしまう。
悲しみがあれば喜びも。
「写真集 ガンガー生々」は、むかし半額で買わないでよかった♪
インド、ガンジス河を中心とした写真集。
わたしは5年前、ガンジス河の河口から源流まで旅をしました――。
ブックオフ大久保明治通り店へ。

「白い風赤い雲」(井上靖/角川文庫)絶版 105円

先ほど3千円で買おうかどうか(少しだけ)迷った書籍の文庫版が105円!
おのれの古本の引きのよさには、いまさらながら驚く。
顔も頭も性格も、目も鼻も口もよくないが、書籍との縁だけはどうしてかいいのである。
おなじブックオフで――。

「仏教の源流―インド」(長尾雅人/中公文庫BIBLIO) 105円
「道元禅師語録」(鏡島元隆/講談社学術文庫) 105円
「だましの手口」(西田公昭/PHP新書) 105円
「トラベルライターになる方法」(樋口聡/青弓社)絶版 105円
「いくたびか、アジアの街を通りすぎ」(前川健一)絶版 105円


本を買うならブックオフ♪ である。
しかし、この行為は日本の文化を衰退させてしまう。
なぜなら権利者(著者、出版社)に正当な利益を与えていないからだ。
うふふ、まあ、わたしひとりくらい構わないか。
そのうち成功したら、何千円の本だって、定価で買いますから。うん、約束したぜ!
ブックオフ詣では続く。早稲田駅前店へ。
ここは規模縮小(以前は本館と別館があった)から先、
ろくな収穫がなかったけれど、この日はとんだ漁獲高!
わたしは田畑をこつこつ耕すタイプではなく、マグロ漁で一攫千金を狙う山師なのだろう。
たかだがブックオフの105円棚で発見する自分――。お笑いくだされ。

「アキバ通り魔事件をどう読むか!?」(共著/洋泉社) 105円
「TVドラマはこう書く!」(西条道彦/映人社) 105円
「図解雑学 人間関係の心理学」(斎藤勇/ナツメ社) 105円
「2時間登頂ハイキング 関東編」(紀村朋子/山と渓谷社) 105円
「問題は躁なんです」(春日武彦/光文社新書) 105円
「河岸に立ちて」(井上靖/新潮文庫)絶版 105円
「山口瞳「男性自身」傑作選」(嵐山光三郎・編/新潮文庫) 105円


ムック「アキバ通り魔事件をどう読むか!?」は「本の山」の読者で、
大学の後輩でもあるフリーライターの小林拓矢クンが寄稿している。
出版されたときに購入を迷ったが、定価で買わないでごめんな、小林クン!
「TVドラマはこう書く!」は定価が3千円。こんな本もブックオフなら105円で買える。
井上靖の「河岸に立ちて」は、世界各地の河川写真とエッセイ。
この書籍を見たのは初めて。
ガンジス河、チャオプラヤ川、黄河、荒川に生かされているわたしには必読の書。

この時点で18冊も買っているが、まだまだ貪欲である。
ついている日はとことんまで果実を味わい尽くすのが流儀。
だって、ついてない日は、どうしたってダメなのだから、ならば今日くらいは――。
早稲田-高田馬場の古本屋街を冷やかすが、収穫はなし。
ブックオフ高田馬場店へ。重たいリュックが肩に食い込む。

「アジア写真旅 エイジアン・ガール」(日比野宏/新評論)絶版 105円
「敦煌行」(健吾/潮文庫)絶版 105円


これで本日は合計20冊の本を買ったことになる。
本は読むのも楽しいけれど、買うのはもっとスバラシイ。
あと経験していないのは本を上梓する喜び。
よしんば夢が実現したら、ブックオフが生み落とした最初の作家ということになろう。