「無常」(唐木順三/筑摩叢書)

→いまから55年まえに書かれた古典的名著である。
著者は日本精神史を「あわれ」「はかなし」「無常」という3つの用語で追っていく。
ことさら解説もいらないだろうし、くだらぬ感想を書くのも野暮というもの。
黙々と心の琴線に触れたところを抜粋していく。
原文は旧仮名、旧漢字だが読者の便宜を考え新仮名、新漢字に変換する。

「『源氏物語』においては、「はかなし」は人と世のいわば存在的性格となっている。
はかなくないものはなにもない。
私は、この「はかなき存在」への同感、感情移入が、「あわれ」ではないかと思う。
それは美的同感といってもよい」(P59)


「男、女の間柄をふくめて世の中のはかなさ、頼りなさ、ひとの計り、計量、推理を
超えた計りなさの情緒的認知は、一方では「すく世」「宿世」という考え方へ誘う。
(中略) 「宿世」はおおよそ、人智を超えた事象の理由づけとして
使われているわけである。然(しか)しそれは単に理由づけとしてではなく、
その理に従うべきであるという一種の諦観、宿命観をもともなっている。
現世を現世内の原因結果の推論だけでは始末することができない、という意味で、
超現世的なものがそこにある。人の世の「はかりがたさ」を、
超現世によって規定しようとするところがあるわけである。
はかりがたき人の世、はかなき命の認知はおのずから超現世的なものを求めさせる。
頼みがたく、常なく、定めなき世を超えて、なにか恒常的なものをあこがれる」(P67)


仏教的無常観まであと一歩である。

「「はかなし」が王朝の宮廷という停滞社会における
女性の心理、情緒であったのに対し、
「無常」は、興亡、いや生死常ない戦いの世における男児、
「兵(つわもの)」の実存的体験といってよい。
そこでは、人も世もともどもに無常を露呈している」(P108)


ここで本書は「はかなし」から「無常」へ章を変える。
法然は9歳のときに父を仇(かたき)の兵から殺害される。
父の遺言はこうであった。
「敵人(あだびと)をうらむ事なかれ、これ偏(ひとえ)に千世の宿業也(なり)。
もし遺恨をむすばゞ、そのあだ世々につきがたかるべし。
しかじかはやく俗をのがれいゑを出て、我(わが)菩提をとぶらひ、
みづからが解脱を求(もとむ)には」(「法然上人絵伝」)
父の遺命にしたがって出家したのが法然である。

「法然の選んだ道は、どうすれば、うらむことなきところへ出られるか、
うらむことのないことはどうして可能であるか、の追求の道であった。
うらみは単純には消すことができない。
うらみを超えるといっても、単純に、一重に超えたのでは、うらみは何等かの形で残る。
うらみは、うらみを超えて、更に還って、うらみの対象をあわれむところにおいて、
初めて、「うらむことなき」ところへ出られる。
法然の一生はそれを実践的に示している。仇、敵をあわれむという慈悲によって、
仇、敵をも、衆生の一人として救済の相手に化しうる。
自己救済は他の救済なくしては全からず、自覚は覚他なくしては完成しない。
法然は求道者から救済者になった。
自力においてではなく、弥陀の本願を深信することにおいて、
自分一人ではなく、衆生をもその救済にあずからしめうることを証した。
これは日本宗教史において時代を画する事態である」(P140)


とはいえ、法然や親鸞は重いと唐木順三は言う。
そこで唐木は踊り念仏の一遍に着目する。
55年まえはまだよく知られていない存在であった。

「一遍によって鎌倉新仏教は初めて「軽み」をもつにいたった。
芭蕉が晩年にいいだした意味での「軽み」である。
無一物で、無念で、外へ出ていく自由である。構えのない表現である。
なにか存在の全体、宇宙にリズムというべきものがあって、
そのリズムに乗って行い、それに調べを合すといった生き方である」(P176)


以下は本書の絶唱であろう。

「……一遍が無常をいうとき、そこにはなにか浮々としたもの、喜々としたものがあり、
無常をいうことについて、格別に美文調に、雄弁になる傾向があるのはなぜか。
そういう問題が私の頭の中にある。「苦」とか「無常」とかいう場合に、
格別に美文調になるということは、変なことである。奇妙といってもよい。
その変で奇妙なことが、ふりかえってみれば、日本では当り前のこととなっている。
「はかなし」「はかなき」「はかなびたる」という王朝女流文芸に頻々と出てくる言葉も、
横か裏から見れば、「はかなきものは美しきかな」というような、
美的理念とさえ思われる場合が多い。それは「あわれ」の場合と同様に、
日本人の心情の深いところに関係していることである。
無常の場合も、古くから「無常美感」などといわれているように、無常をいうとき、
日本人の心の琴線は、かなしくあやしき音を立てる。
我々のセンチメントは無常において、
最もふさわしくみずからの在り所に在るという観を呈している」(P196)


わたしは感傷的で好きな作品はセンチメンタルなものが多いが、
たしかにそれらの基底にあるのは
「あわれ」であり「はかなし」であり「無常」である。
唐木順三は最終章で道元の「無常の形而上学」にいたるのだが、
感傷家に過ぎぬわたしには形而上学的なことはいささか難しすぎた。

「文学賞の光と影」(小谷野敦/青土社)

→「朝日賞は左翼の文化勲章」とか、ぶちまけがおもしろすぎる本である。
本書にも著者が好きな文壇ゴシップが満載で作家の名前がわかる当方は大笑いした。
ひっくり返せば、文学の世界になにも興味がない人が読んでもおもしろくない。
もういまは文学は将棋の世界になっていると思う。
詳しい人が見たら棋譜とかものすごくおもしろいのだろうけれど、
かろうじてルールを忘れていない程度のものが見ても意味がわからない。
棋士の名人とか将棋の世界の人にはあこがれなのだろうが、
失礼ながらわたしには、なに、このおっさんたちとしか思えない。
将棋はまだ明確な勝敗があってわかりやすいけれど、
文学は人事とか上下関係が細かすぎてたいへんわかりにくい。
本書は文学初学者が読んでも意味がわからないだろうから、そういう入門書ではない。
没落した文学中年を対象としたじつにおもしろい読み物であった。
むかしは柳美里がキラキラして見えたなあ、という夢破れしものたちの本である。

わたしはシナリオを文学への階段だと思っていて、
某大手シナリオ学校への怨念もあり、
数年間脚本のコンクールに狂ったように応募しつづけたことがある。
いまの人でこんなに読んでいる人はいないくらいだろうのシナリオの勉強もした。
しかし、10以上応募した拙作はどれも箸にも棒にもかからず、
気づいたらシナリオへの執着がまったく失せていたのである。
得た教訓は「努力は報われない」「まあ、人生そんなもの」であった。
名著たる本書も努力が報われなかった人たちが大量に登場して、
え、人生ってそんなに身もふたもない残酷なものなの?
というエピソードがあまた紹介されており(報われぬまま突然の早逝とか)、
「人生そんなもの」というわが信仰めいた現実感を心地よく補強してくれた。

いま文学なんて多少なりともまじめに読んでいるのは、
大学生、院生、助手、教員――大学関係者、
出版社員、編集者、書店員――商業従事者、
著者の血縁、友人、知人、同業作家、博識ぶりたい人――に限られるのではないか?
「文学的達成がない」なんていうほどバカらしい評言はないと思うし、
逆にネットでたたかれた「(現代文学は)対岸の火事」は正しいように思う。
いまだ早稲田には小説家養成コースがあるようだが、この名著を教科書にすべきだ。
とはいえ、経験から早稲田の学部生はこの程度の難易度の本さえ読めないはず。
同学後輩の指針にいささかでもなればと傑作名著、優良教科書から抜粋する。
著者は純文学について語っているが、いまは大衆文学もさんさんたる状況のようだ。
大衆小説以下と一般ではみなされている漫画家でさえ危なくなっている。

「……「純文学」と言われるものは、明治の昔から今日まで、
ぞっとするほど売れないものである。
たとえば芥川や久米が純文学短編集を出しても、部数は二千部くらいだ。
今は五千部は刷るが、増刷はまずしない。
仮に現在、二千円で売るとすると、
印税は一割が相場なので、二百円×五千部で百万円。
これを年に二冊も出せたらいいほうだ。
従って、雑誌や新聞に書く原稿料をあわせて、何とか凌ぐ。
大江健三郎のように有名になれば、講演料が馬鹿にならない」(P16)


本書は6年まえの公刊だが、いまでは初版三千部でもありがたいと聞く。
活字を大きくして紙質を厚くして千円で売る。そうすると百×三千で三十万である。
これでも単行本を出版社から出してもらえるだけで著者は感謝しなければならない。
新人作家は年収三十万なり五十万なりで、
各文芸誌をいやいや読み、同業界の人とツイッターで馴れ合い褒め合い、
アマゾンレビュアーを代表とする(わたしもその一員だが)バカどもの
心ない批評にぐさぐさ心臓を刺され血まみれにならないければならないのである。
大学時代、親がコピー会社の経営者だった三田誠広先生の(4年生の)
授業に一度もぐってみたら、
彼は嫌味な口調で作家という身分の優位を強調していた。
しかし、道産子の苦労人で稚拙な卒論を見逃していただいた久間十義先生は、
「作家なんてなるものじゃない。ほかでどうしようもなくなったものがなるんだ」
としきりにおっしゃっていた。思えば指導教授のお言葉が、
わがどうしようもない人生を予見していたような気さえする。
世間を知らない大学生は文学をさもすごいものかのように思っている。
しかし、実際は――。

「新聞に載る文藝時評というものは、
作者本人と編集者しか読まないと言われて久しい」(P137)


平成の樋口一葉がネットでたたかれていたが、
彼女は場末のキャバ嬢ほども人に関心を持ってもらえず、
収入も風俗嬢にはるかおよばず、容姿はこれから劣化するいっぽうだから、
川上未映子さんに嫉妬するほうが、言いたくないがあたまがどうかしている。
出版編集者はテレビドラマによく登場する花形職業だが、
出版社が社員の個性(自分勝手)を尊重してくれるとかは少なく、
きちがい作家対応(小谷野さんを担当できる編集者には人格的にひれ伏す)と
うるせえバカ政治団体へのゴマすりが実際の仕事内容なのかもしれない(わかりませんが)。

「『青年の環』は被差別部落問題を扱っており、岩波文庫に入って、
売れている様子もないのに絶版にもならずにいるのは、
解放同盟に対するリスクヘッジとしか思えない、
と呉智英は言っている(宮崎哲弥との対談『放談の王道』)。
もっともそれを言えば、
新潮文庫が住井すゑの『橋のない川』を入れているのもそうかもしれない」(P86)


創価学会の関連本を出せば、アンチや信者さんが大量にお買い上げくださる。
著者は作家のわずかにあるうまみにも目こぼしをすることはない。

「ただ、地方出身者の場合、芥川賞作家ともなれば、
地元へ帰って地方文化人となり、教育委員会の仕事をしたり、
講演をしたりして生き延びることが出来る。
川端康成と一緒に『新思潮』を始めた仲間のうち、二人は作家として消えたが、
鈴木彦次郎は、戦争中地元の岩手へ帰り、
図書館長や大学教授をして地方文化人になった」(P235)


作品の純粋評価はだれにもできず、少なからず人間関係が影響する。
大げさに言ったらば、作品評価とは人間評価のことかもしれない。
早稲田の小説家養成コースの出身だが、優秀な同窓はみな編集者になっていった。
みなさんご存知でしょうが、
いわゆる作家になるために近道は編集者になることである。
小谷野敦さんはこれを言って大丈夫なのか? 言っちゃいけないことを言っちゃった!

「近ごろ、編集者が引退して本を出すと賞を取ることが多くなっていて、
しかもその多くは、世話になった作家が選考委員をしていて、
恩返し的に与えているのである」(P227)


新潮社で雑誌「○○○」を創刊したMさんは、
脚本家の○○○○さんに連載原稿を依頼する。
脚本家のエッセイはその作家の大ファンの当方からしたら、異常に晦渋ぶったものだった。
しかし、脚本家はそのエッセイで新潮社の小林秀雄賞を取る。
Mさんは編集者を辞めて作家になったのだが、書いた恋愛小説が大絶賛で読売文学賞。
脚本家もありえないほどMさんの小説を激賞して、公開対談をするほどだった。
Mさんはその後、書くものすべて評価される。
最新作は芸術選奨文部科学大臣賞のみならず河合隼雄物語賞もゲット。
あれ? 河合隼雄物語賞はMさんが創刊した雑誌で創設したものではないの?
わたしはこういう風潮を悪いとも思わないし、日本の伝統文化として評価している。
対談でお見かけしたMさんは好人物で、とてもためになるお話をしてくださった。
まだ読めていないが、きっと傑作なのだから、いつか読むのが楽しみだ。
繰り返すが、純粋な作品評価はできない。
どうしても人間関係のしがらみに巻き込まれてしまう。
おそらく「文学賞の光と影」とはそういうことであろう。
早稲田大学教授のセクハラ文芸評論家を葬り去った「MeToo」の後輩女性は
おもしろかったが、あれはおよそ文学世界というのをわかっていないと言わざるをえない。
しかしいまや文壇=文学世界など存在しないのだから、
そのことを世間さまにあからさまにした功労者たる傑女とも言えよう。チューしたい。
あ、まずっ、セクハラだこれ、万死に値するセクハラだ。謝罪します。

「日本恋愛思想史」(小谷野敦/中公新書)

→むかし上司のコカさんから近所の酒屋の角打ちで、、
「土屋さんだって、テレビに出て結婚したいって言えばひとりやふたり手を上げますよ」
と激励なのか侮蔑なのかいまいち判断が難しい助言をいただいたことがある。
5歳上のコカさんは本人も自虐に使っていたが、偏差値40くらいの高校出身。
一丁前に結婚していて息子さんもいて、いまは大企業の社員で高給取りである。
結婚までのいきさつを根掘り葉掘り泥酔したコカさんから聞いたが、
くっついたり離れたりしたようで、どうにも当方が小説で知った恋愛のイメージと合わない。
コカさんはなかなかいい男だったが、世の中にはどうしようもないカップルがいるでしょう?
ああいうふたりってどういう恋愛をして結婚しているのか想像がつかない。
でも、失礼ながらいっぱしに恋愛めいたことをしているはずなのだ、きっと。

恋愛研究家の小谷野敦さんの本を読んだら、
少しはそういう事情がわかるのではと期待するものの、それは甘かった模様。
最近わたしもしみじみ気づいたが世の99%の人は忙しくて本を読む暇はない。
圧倒的多数の庶民にしたら1月で1冊の新書でも読めば読書家になるのではないか。
たとえばわたしの年代のふつうのサラリーマンは早起きして晩まで会社で働き、
帰宅したらコンビニ弁当と一杯の晩酌であとは疲れていて寝るしかない。
平日はそんな感じで1日が終わってしまい、土日は休息を取るだけで終わる。
生活のどこにも読書をする時間的余裕はない。
これはこのまえ自動販売機の缶ジュース補充の相乗りのバイトをしたとき、
ナイスガイの男性から聞いた話。このまえはじめて街コンに行ったと言っていた。
小谷野敦さんは我われ庶民のための、
わかりやすい啓蒙的新書を多数上梓している。しかし――。

「テレビや新聞は絶大な影響力を持っているが、あまり私のいうようなことは、
テレビや新聞受けはしないようである。
とはいえ、私が書いているようなことを知っている人は、だいたい五千人、
[小谷野氏が誤りを指摘している]「恋愛輸入説」など
知っているのはだいたい多くて十万人と見て、
それ以外の数千万の日本国民は、時代劇が描くように、
戦国時代にも今のような「恋愛」があったと思っているのだから、
どうでもいいような気もする。
いわゆる知識人が考えているほどに、
世間は知識人の言っていることは知らないものである。
それが庶民の健全さというものであるかもしれない」(P215)


小谷野は庶民が知識人の主張を知らないことを嘆くが、
たぶんいわゆる知識人の小谷野も庶民のことをよくわかっていないような気がする。
わたしは知識人の世界も庶民の世界もどちらもわかっているとは言いがたい。
読書は遅いし理解力も乏しいし、
そのくせ孤独を好み貧しい人的ネットワークしか持たぬ。
おそらく職場つながりでセクハラと言われるのを用心しながら、
バツ2くらいのメンヘラがかったおばさんにアタックするしかないのだろう。
しかしその女性が「本の山」を見つけてしまった時点で関係終了と相成る。
スウェーデンの文豪ストリンドベリは二番目の妻に、
自分の小説(「痴人の告白」)を読まぬよう誓わせたが、
彼女は約束を破り、その瞬間ストリンドベリのもとから逃亡したという。
コバヤシエイトという才媛を妻として捕獲に及んだ、
(小谷野敦から破門された元子分の)「山梨のトド」こと小林拓也ライターは偉い。
視野の広い恋愛研究の碩学(せきがく)のお言葉を引こう。

「では、西洋では、もてない男女はどうしているのか、といえば、
岡田斗司夫の『フロン』にも書いてあるし、私もカナダで実見したことだが、
選(え)り好みをしないでとりあえずカップルになるのである」(P26)


こばかにされているのか、好みのタイプは? と聞かれることがある。
「だれでもいいです」と決まって回答しているが、
いつか間違って「なんでもいいです」とお孫さんもいるおばさんに答えたら、
「じゃあ、犬や猫なんてどう?」とからかわれ、庶民っておもしろいなあ。
本音をもらすと収入の多い女性がいいが、そういう男はまず嫌われるだろう。
でもさ、シナリオ・センター講師の上原正志や浅田直亮レベルでも
半分ヒモになれていることを考えると、
目を凝らしてよく探せば裏道のような男女街道があるのかもしれない。
でも重度の顔面神経麻痺のわが顔を鏡で見ると肩を落とすほかなく、
上原さんや浅田さんもむかしは格好よかったのかしら。

「顔じゃなく心だといったきれいごとが横行するのは、日本では戦後のことだ。
米国では今も、「もてない男のための恋愛ガイド」のようなものでは
もてない男は「ugly men」となっていて、もてないとは醜いこととされている」(P65)


これほどまで人を苦しませ迷わせる恋愛の起源はどのようなものか。

「動物の牡(おす)は、交尾のために牝(めす)を追い回したりするが、
その場合、牝ならどれでもいい、となったら「恋愛」ではない。
人間=ホモ・サピエンスはだいたい十数年前にアフリカに発生したわけだが、
それから有史までの過程で、この女では嫌だ、あの女がいい、
という意識が生まれた時があったとしたら、それが恋愛の始まりだろう。
売春にいたっては、猿の牡が、
牝と交尾してもらうためにプレゼントを上げるというから、
これが既に売春になっているだろう。恐らく恋愛より売春のほうが、始まりは早い。
いずれにせよ、五、六千年の有史の間ではなく、それ以前からのものだろう」(P28)


最近、メクラめっぽう短編小説を読んでいるが、意外や恋愛小説がおもしろい。
二人が結ばれない恋愛小説がとくにおもしろいのである。
結ばれたらそれは生活になってしまうわけで、
そんなものを描写されても読者はおもしろくないわけだが。
恋愛小説ではくっつくのとうまくいかないのとどっちが多いのか
小谷野先生に質問したいが、ツイッターが嫌いだからなあ。
顔面障害や貧困を抱え込んだ恋愛弱者にも唯一許されているのは片思いで、
これならば自由だが、これでさえ相手が見つからない。
宮本輝の「青が散る」でヒロインが自分に片思いしていることを知っている主人公に、
自分が金持の先輩にベッドでおもちゃのようにもてあそばれ、
かつては男を知らなかった自分が、
日ごと性感帯を開発されていることを勝ち誇って告白するところは、
あらゆる小説のなかでいちばん好きなシーンと言ってよい。
宮本輝と小谷野敦の下品さは通じ合っているような気がするが同族嫌悪になるのだろう。

これにからめて小谷野敦さんの誤りめいたものをひとつおずおずと指摘しておこう。
正確には読解の相違といってもよく、
小谷野さんが間違っているわけではないのかもしれない。
どちらも正しい可能性もある。法華経の女人成仏に関する認識の違いである。

「武士的価値観も手伝っているが、まず女人往生の思想が変化し、
『法華経』の「提婆達多品」にある龍女という女が、
成仏するためにいったん変生男子、
つまり男に生まれ変わって成仏するという逸話を基に、
女はそのままでは成仏できないという思想が広まる」(P78)


正確にはインドの釈迦の時代から奈良仏教まで女性は蔑視されていた。
女性が成仏したいなんて生意気を、どの口で言っているんだという。
どんな美女も糞袋なんだよというのが古来仏教の女性認識であった。
このため、法華経の女人成仏が受けたのである。
いわば法華経は女性のご機嫌取りをしたわけで、
小谷野さんのおっしゃるように女性差別を広めたわけではない。
ねえねえ、創価学会のみなさんもそう思うでしょう?
小谷野さんは婦人部の怖さを知らないな。
「女はそのままでは成仏できないという思想」はそれまでの常識で、
法華経ならば女も変生男子によって
成仏することが可能だと新しい女性観が生まれた。
まあ、どっちでもいいんだけれどね。
わたし学者じゃないし、小谷野さんを怒らせていいことなんてひとつもないから。

はい、批判はここまで。
小谷野さんの本はわかりやすくて、バカの当方には非常に勉強になる。
むかしの新書を引っ張りだして来て、部分的に再読することも少なくない。
以下、そうだったのかと勉強になったところを備忘用に列記する。

「谷崎潤一郎なども、遠慮して、近松はいいけれど、
と「所謂痴呆の藝術について」では書いているが、
「恋愛及び色情」を見ると、近世町人は女を蔑視していたから、
かぐや姫のような崇高性は近松の女にはないと書いている」(P103)


かぐや姫は天皇をも振った女だからねえ、そりゃあ近松劇の女は勝てんよ。
これに関係して、谷崎潤一郎以外でもう一人――。

「もう一人、中村真一郎も近世町人文藝のダメさに気づいた人であった。
中村は、近代になって日本文学史を作った際、いちばん得をしたのは、
近世後期の洒落本、黄表紙、滑稽本などで、あれはその当時、
文学らしいものがほかになかったから入れられたので、
同じ基準で近代文学史を編んだら、
膨大な量の通俗小説に埋もれてしまうだろうと書いていた」(P118)


身もふたもない本音でおもしろいよなあ。
いまきっと(おそらく大して売れまい)平成日本文学全集とか企画されているんだろうな。
そこでまた派閥あらそいとか勢力の変化があると思われる。だれを入れるかって。
平成純文学全集とか数万円もらっても読みたくない。
一部では三島の再来、平成の三島とも言われた平野啓一郎だが、
あの渦中、早稲田の文芸演習で教授がこのなかで読んだ人いる?
ま、いないよね、と久間十義氏はため息をもらしたが、
果たして80人くらい教室にはいたのであったが結果はあわれゼロであった。
ついに待ちに待った天才が現われたみたいな騒ぎ方を本屋でしていた記憶がある。
しかしコネで大出世した京大生は新人賞あがりよりも信頼できるところがある。
新人文学賞に応募したことはないが、
応募したらどうしても賞ねらいの作品になってしまう気がする。
受賞しても単行本化されず、原稿を編集部に持ち込んでも突き返される。
ある編集者から惚れられるのがいちばんいいのだが、
いまはもう編集者も忙しく人間関係も複雑で、
自分の味覚に絶対的とも狂的とも言うべき自信を持つ、
退社も辞さないほどにひとりの作家を愛せる破天荒な編集者は少ない。
それどころが編集者のほうが目立ちたがりテレビに出ると大喜びしてツイッターで拡散。

ツイッターもインスタも、文学的なもの、恋愛的なものを薄める気がする。
百年後に研究者がいまの日本恋愛事情を見たら、どのような感想を抱くのか。
庶民のブログやツイッター(のまとめ)に基礎文献は残っているのである。
かつてこんな時代はなかったのである。
みずからもツイッターきちがいの小谷野敦氏は言う。

「学問的に言うなら、近世後期より以前の庶民が何を考えていたかなど、
まったく分からないに等しい」(P154)


じつは去年の1月に人工知能関連のシナリオ仕事を依頼されたことがある。
あまりにもメチャクチャな要望だし(人間には不可能と思われた)、
給金もお小遣い程度だったし、エクセルのやり方がよくわからなかったし、
せっかくお声をかけていただいたのにお断りさせていただいた。
NTTが親元の依頼先であったと記憶しているが詳細は定かではない。

以下に本書でいちばん感銘を受けた東大卒の小谷野敦博士の名文を紹介する。
早稲田大学の第一文学部の肝心かなめの文芸専修に在籍していたわたしでさえ、
こんなことを知らなかったのだから博士に一日中笑われてもそれを責められない。

「文学研究の基本の一つは、ある作品が先行する作品から
どのように影響されているかを考えることにあって、
比較文学ではましてやそれが基礎作業である」(P165)


ノータリンのわたしはいま古い小説を亀のように遅々とした歩みで読み進めているが、
ほとんど最近の作品を読まないのはパクリや盗作になってしまう危険性を感じるからで、
古い名作をお勉強いたしますとそれはパクリや盗作ではなく「影響」でございます。
年輪を重ねるごとに(知識が増すごとに)小谷野さんのすごさ、おもしろさがわかってきた。
早稲田分派、小谷野学派の継承を正式に宣言したいが、
それをすると宮本輝の追手門学派を裏切ってしまう。
だが、宮本輝ファンクラブ入会拒否、山田太一ファンクラブ追放処分、
シナセンからも創価学会からも毛嫌いされ、行き着く先は……。
わたしは小谷野敦先生および奥さまの坂本葵先生をイエスや仏陀のように尊敬していて、
坂本葵さんを一夜でもお貸しくださったら滂沱の涙を流すだろう「もてない男」であります。
いい本でした。これからのご執筆にも期待大です。

「文豪の女遍歴」(小谷野敦/幻冬舎新書)

→完全なブサキモ底辺中年男になりきったいま、
文壇の売れっ子ゴシップライターの小谷野敦さんはむかしの親友のようなもの。
業界ごとに暗黙のルールみたいのがあるじゃないですか?
文学(=出版&研究)業界のそれにやたら詳しいのが東大卒の小谷野博士である。
トヨタの部長だといったら業界内では有名かもしれないが、
それ以外の人は「だから、なに?」に近い感覚をいだくと思う(そうでもないのかな?)。
小谷野さんは文学業界の細かい格差に異常なほど精通しておられる。
たとえば川端康成賞がどのくらいのポジションで、
どこからの支持(引きやプッシュ)があれば取りやすいとかさ。
一般人は川端康成は「伊豆の踊子」と「雪国」の人ってだけでしょう?
なんとなく偉い人なんだろうなということはわかるが、それはよそにあるブランドって感じ。
多数派の大衆庶民は川端康成なんかよりテレビの刑事ドラマのほうが好きなのである。
それから無知蒙昧な庶民はワイドショーの芸能人ゴシップが大好き。
人の下半身の話って、どうしてこんなにおもしろいんだろう?
山田太一ドラマで知った言葉だが「下半身に人格なし」って下品でいいよねえ。
本書では人格の壊れた文豪たちの愉快な下半身事情が紹介される。
高速で書き飛ばしたせいだろう。
これまでの氏の著書とは異なり、読みにくい部分が多々あったのが少し残念。
しかし幻冬舎新書に多くの期待をするほうが間違えている。業界を知らない。

いちばん楽でおいしい恋愛は、
有名人が自分の信者や弟子から性的搾取することなんだなあ。
むかしの文豪もファンレターをもらうと目を輝かせて女体を求め始める。
本書では書かれていなかったが、
井上光晴はうさんくさい新興宗教のような文学伝習所を主宰していて、
そこの生徒である婦人を複数、お皿いっぱいお腹いっぱいに召し上がっていらした。
これは井上光晴をドキュメンタリー映画で撮影した監督から聞いた話だが、
かの高卒の大学教授もまるっきりおなじようなことをしていた。
高卒のアングラ映画監督なんてそこらへんの主婦にも相手にされないが、
大学教授の地位を得て、さらに相手が映画ファンなら入れ食いなのである。
処女でも美少女でも食べ放題、飲み放題である。
そして食べたぶんがそのまま栄養になり次作に生かされる。
これが芸術家の生き方だ。文豪はこう生きた。
倉田百三なんかいまは知っている人のほうがめずらしいだろうが
(「出家とその弟子」は死ぬほどつまらんかった)、
かの文豪(?)は46歳のときに17歳の少女からファンレターをもらい舞い上がり、
色めきだち、有名人という権威を最大利用して文通をスタート。
まず言葉たくみに46歳は17歳の処女に陰毛を送らせ、
じわじわとお得意の言葉で相手を支配して19歳のときに少女の貞操を奪ったという。
倉田百三なんていまでは笑いのネタにもならないのに当時はそれほどすごかったのだ。

基本的に心底から人のこころを動かす作品は、作者の実体験から生まれていると思う。
エンターテイメントだったら計算や法則、マーケティングでつくりだせるが、
文学的なものは作者の純体験が入っていないと安っぽさを見抜かれがちである。
「小説の題材」のために奇行、色恋沙汰を繰り広げるのがかつての文豪であった。
わたしも人恋しいが、それは純粋な孤独感ではなく、創作意欲の発露である。
たとえば恋愛なら恋愛をして、仕事もそうだし、修羅場みたいのを味わって、
その実感から自分の既成の言語体系を揺さぶられ破壊され、
評価されるかはともかく、新しい言語表現を創作してみたい。
おれなんかもうどんな壊れかかった年増の子持ちババアでもいいから、
言語表現(文学←笑い)のために女に振り回され、いろいろ仕掛けられてみたいのである。
わたしは太宰治タイプではないと思う。あんなイケメンじゃないしさ。
小谷野敦は太宰を恋はできない男だと指摘する。

「太宰は「道化」と自称するようなところがあったが、
これは「絶対道化になりたくない」という意思の表明にほかならない。
恋をするというのは、その逆の、道化になってもいい、
という意思(というより、そんなことを考えない人格)から生まれるので、
太宰には恋はできないのである」(P187)


わたしは女性に公開されたら死ぬほど恥ずかしいメールを送ったことが何度もあるが、
しかし太宰のように「いっしょに荒川に飛び込んで死のう」とか迫ったこともあり、
その承諾をもって安心するようなきちがいめいたところがある。
かなりハレンチなバカ行為を(文豪のように)しかねない自覚(自信?)はある。
近代日本最大の歌人らしい斎藤茂吉もやばかったようだ。
52歳の業界最高権力者の茂吉は25歳の新米女性歌人に、
いまならばパワハラともセクハラともいわれかねないことを平気でしている。
威圧的ともとらえかねない恋文を世間知らずの処女に大量に送りつける。
婚約者の相談に乗る振りをしながら「日本最大の歌人」老権力者の斎藤茂吉は、
うまうまと業界の新人である処女をお召し上がりになる。
その後に試食感を当人に向かって書いたセクハラ手紙が本書で紹介されているので、
「日本最大の歌人」いわば言葉の魔術師の手紙を孫引きさせていただく。

「ふさ子さん! ふさ子さんはなぜこんないい女体なのですか。
何ともいへない、いい女体なのですか。
どうか大切にして、無理してはいけないと思います。
玉を大切にするようにしたいのです。
ふさ子さん、なぜそんなにいのですか」(P105)


文豪さんさあ、おまえら大人の分別ってものがないのかよ。国語便覧に書けないだろ。
いまわたしは欲望がほとんど消えた涅槃状態だが、
わずかながら女性さまと交際したい、色恋沙汰に巻き込まれたいという夢がある。
年齢、顔面偏差値、職業収入借金不問。子持ちOK。バツはいくつでも許容。

「作家(男)にとっては、女(男)を知ることは小説に使うという意味合いもあり、
川端の『雪国』なども典型的な例だが、本当に好きでつきあったのか、
小説に使うつもりだったのか、女(男)としては気になるだろうが、
双方あいまってということが多いようだ。
しかし[徳田]秋聲の場合、水商売の下層の、必ずしも美しくない女が主で、
さして羨ましさも感じない」(P91)


もうだれも知らないだろうが(わたしもよく知らない)、
かつて与謝野鉄幹という出版業界権力者がいた。
結婚もしていたが、正妻の座を奪ったのがあの与謝野晶子とのこと。
与謝野晶子まで知らないと言われちゃうと、わたしもお手上げ。
さて、与謝野晶子は夫を踏み台にして華々しい文学的地位上昇を遂げたという。
小谷野敦は「夫婦同業で妻のほうが出世してしまう」ことを、
この例にならい「与謝野鉄幹コンプレックス」と命名している。
小谷野さんのいまの奥さんは東大卒の文学研究者、坂本葵さんだが、
かの才女はどうやら与謝野晶子にはなれなさそうだ。
夫のコネで売れない小説を1冊出してもらい、作家という名誉肩書をもらったくらい。
作家志願者はお互いを食い合う関係にある。
山本周五郎も井上靖も井上光晴も周囲を冷酷にも食らいつづけた。
開高健の妻はおなじ同人誌出身で7歳年上の詩人、牧羊子だが、
彼女ははやばやと開高健青年の才能に気づき、
食おう食おうと虎視眈々とチャンスをうかがい、念願の捕食にいたったという。
しかし、成り上がったのは牧羊子ではなく開高健だった。
中卒芥川賞作家の柳美里氏のご長男のお父さまは、
たしか広告代理店とかテレビ局とか、そういうエリートの男性なんでしょう?
柳美里を食ってやれと手を出し中に出したら、
私小説「命」シリーズで逆にメシの種にされてしまったという悲劇だか喜劇だか。
わたしはいま尊敬する小谷野敦先生の正妻であられる、
作家の坂本葵さんとつきあってみたい。
おれはまんま粗雑で野卑な底辺階級の下層民だし、
ぼくを食べたら坂本葵さんは作家として磨かれるのではないか?
ひと皮むけるというか? 
小谷野敦先生もそうだけれど、坂本葵さんも底辺世界をぜんぜんご存じないでしょう?
そこでぼくをもぐもぐしたらどうかって話。おもしろいスキャンダルになるのではないか?
小谷野先生に仕込まれた玉のような女体に触れたらコチコチ(カチカチ?)になるだろう。
先生だって、そういうことがあれば私小説に書くネタができて、
もはやあきらめておられる芥川賞の再チャンスが舞い込むかもしれない。
いいか、文豪とはそういうものだし、小説を書くとはそういうことだ。
文豪になりそこねた小谷野敦さんは書いている。

「久米正雄と松岡譲もそうだが、漱石門下では、
女をめぐって友人を絶交する事件が二つも起きている。
おのずと『こゝろ』を模倣するのであろうか」(P130)


コバヤシエイトさんに興味はないが、
美人作家の坂本葵さんにはおなじ小谷野門下としてひかれるなあ。
スキャンダルを起こしたくて味わいたくて、それを書きたくて、
つまりいま流行らない文豪ごっこをしてみたい。
作家志望の女性とかぼくちんを食べたら文学史に名を残すような文豪になれるかもよ。
文学なんて、食うか食われるか。ご連絡をお待ち申し上げております。

「病む女はなぜ村上春樹を読むか」(小谷野敦/ベスト新書)

→知る人ぞ知る日本最高の文芸評論家の鋭書を遅ればせながら拝読する。
大学時代に好きだった女の子が村上春樹を好きだったので、
好きな子が好きな本を読むという傾向はありがちだと思うけれど、
2000年までのノーベル賞候補作家・村上春樹氏の本はほとんど読んでいる。
大学卒業直後に家族のリアルな不幸があり、
それ以降はフィクションの春樹はどうでもよくなった。
おなじ大学だったので文学部キャンパスの描写にはウフフンと思った記憶がある。
とはいえ、いまとなったら村上春樹の小説はほとんど覚えていない。
文キャン女子のハルキスト率は高く、
ライフコース教授にもハルキストを公言しているО先生もいたくらいだ。
小谷野敦御大は珍説(最新の学説?)をご披露なさっている。

1.村上春樹の小説にはフェラチオ(口淫/チン棒おしゃぶり)をする女が頻出する。
2.じつのところ東大のおれ(小谷野)もフェラチオが好きだ。
3.セックスよりも好きなくらいだ。
4.しかし、東大のおれは、女サイドはフェラチオを嫌っていると長らく思っていた。
5.だが、出会い系で会った女にこころの底からフェラチオが好きだという変態女がいた。
6.その女は春樹小説登場女性レベル以上にこころが壊れ病んでおり恐怖だった。
7.東大のおれはこのバカ女は嫌いだが、早大の春樹はこういうバカ女が好きなのではないか。
8.おれが春樹の小説を嫌いな理由がわかった。
9.春樹はフェラ好き女が好きな俗物で、おれはもっと文化的に高尚なのだ。
10.春樹ファンの女はフェラチオが好きに違いない。
11.そういう変態女からおれは嫌われるので、自著読者の男女比率は男が非常に高い。
12.しょせん春樹を愛読している女なんて1日中でもペニスをしゃぶっていたいバカ女っしょ?
13.春樹はせいぜい変態女をカモにしてくださいね。春樹ファンの女は最低だなあ。
(以上は本書の68~70ページを独自に要約[意訳/妄想])したものです)

そんなにバカな女ってダメかなあ。
バカな女は言い方を変えれば、情が深い女にもなるような気がするけれど。
日本最高の評論家である小谷野敦氏の現在の奥さまは葵さんだったか?
いつ彼女との秘め事(房事/夜の営み/おセックス)が公開されるのかと思うと、
会社をクビになり生活はギリギリながらもおちおち死にきれないではないか。
西村賢太さえ凌駕(りょうが)する現在日本一の私小説作家の小谷野氏は言う。

「私小説作家は、周囲の人びとを犠牲にし、作家は友達をなくす。
私小説でなくても、作家は周囲の人をモデルにするから、
相手が気づけば関係が悪化するかもしれない。
もちろん、谷崎潤一郎の『細雪(さめゆき)』のように、
妻松子の姉妹を美しく描いて成功することもあるが、
作家の周囲は死屍累々(ししるいるい)である」(P32)


そういえば当方も氏の私小説のモデルになるという偉大な栄誉を頂戴したことがある..
現代日本最高の文芸評論家であり私小説作家の氏は、
どうして三浦哲朗には言及しないのだろう。
高井有一が死んだのは最近になってようやく耳にした。
訃報拡散人としても高い評価をお持ちの氏にはブログできちんと仕事をしてほしかった。
なんにせよ本書の著者はいまわたしが日本でいちばん期待している文学者である。
そう村上春樹なんかよりもはるかに、である。


「貧乏するにも程がある」(長山靖生/光文社新書)

→副題は「芸術とお金の“不幸"な関係」。要するに芸術は食えないということだ。
で、なにをして食っていたんだということを著者は主に文芸方面から攻め込んでいる。
世間のことにはまったく疎いけれども、
芸術家に(自称のみならず他称にも)まちがっても聞いてはいけないことは、
なにをして食っているんですか? だということはわたしでも知っていることだ。
その世間のタブーを破るのが本書なのだろう。
芸術というものは、いうなれば暇と金が作るものだと思う。
暇と金がなければ、なかなか芸術への眼が開かれない。
芸術へとりつかれると人は自分も創作を行なうようになる。
で、この時点において問題になるのが芸術の受け手が極めて少ないということである。
いくら個人が芸術作品なるものを完成させても、
世間の大衆は金や暇がまったくといっていいほどないので
(幸運にして金があるものはたいがい暇がない)、その価値がわからないままに終わる。
したがって、芸術家(文学者)は食えないので芸術を捨てるか餓死するかの選択に迫られる。
――と考えるのが常識人の浅さだと傑作たる本書を読んで気がついた。
金がなくなった芸術家(文学者)はどうしたらいいのか。
芸術を捨てて生活のことしか考えぬ賃労働者になるか、餓死(自殺)するしかないのか。
いな、もうひとつの第三の道があるのである。それは――、借金のようだ。
本書によると、借金はいろいろと文学志望のもののために都合がよろしいとのことである。
家に財産がなくても、働かなくても、ヒモになれなくても、
もしあなたがどうしても芸術(文学)というフィクションの世界に生きたいなら、
借金があるではないか。

「借金は「ドラマ」を創り出す。だから人生にドラマを求める人間は、
借金をするなり、借金をされるなりするのがいい。
するとその人の人生には、否応なくドラマが生まれる。
[内田]百閒も[夏目]漱石も、どこかでそれに気づいていた節がある。
借金魔が愛されるのは、そこにドラマがあるからで、
読者は他人のドラマが好きなのだ」(P120)


著者は著書多数にもかかわらず生活の安定のために歯科医をしている文芸評論家だ。
長山さん、もしあなたも人の迷惑をかえりみず借金をする恥知らずで厚顔な勇気があったらば、
ちんけな文芸評論家ではなく芸術家(文士)になれていたのではないか。
いや、著者が歯科医の本業を持っているのは、おそらく営業をしたくないからだろう。
どこぞの安っぽいライターのように出版社にすがる乞食にはなりたくなかった。
たぶん、いやまちがいなく著者は自分のことを「作家」だと思っているはずである。
長山靖生氏は自分のことをライターではなく「作家」だと思っている。
ならば、「作家」とはなにか?

「作家というのは、待つのが仕事だといった作家がいる。
取材をしたり、資料を集めたり
自分の実人生でさまざまな破綻や危機を経験したりというアクティヴな面もあるが、
それらを踏まえた上で、主題が熟成して小説になるのを待つのが、
いちばん大切な作家の仕事なのだという。
だから、作家は家などでごろごろしている時が、
取材中よりも真剣に努力している場面なのだという。
仕事を仕事として成立させる場面でも、同じことがいえるらしい。
作家というものは、本質的に自分から売り込みをするべきではないし、
ましてや自分から資金を出して、映画の自主製作よろしく、
自費出版したりしてはいけないらしい」(P99)


あと一歩なのである。著者は作家まで、文学まで芸術まで、あと一歩なのだと思う。
ぜひとも著者の書いた小説を読んでみたいと思う。
そのためには歯科医という安定した職業を捨てたほうがおもしろみが俄然出る。
いざとなれば借金をすればいいではないか。
才能ある著者にはいまからでも遅くないので、文筆一本に賭けていただきたい。
繰り返すが、いざとなれば借金があるし、
借金をしたらしたでそこで生まれるのがドラマだから、それを書いたらいいではないか。
もう歯科医とか文芸評論家とかいう、くだらぬ肩書は捨ててしまってもいいのではないか。

「突然のキス」(植島啓司/ちくま文庫)

→副題は「恋愛で読み解く日本文学」。
いちおう宗教人類学者という肩書をキープしている植島啓司さんの読書感想文集である。
作品感想と自分の桃色体験がとてもお洒落に語られている。
もてるのは知っていたが本書を読み、
正直ここまでもてる人がいるのかと驚くばかりで嫉妬もわかなかった。
女が植島さんを放っておかないようで女出入りがとにかく激しい人のようだ。
必然として植島さんはだれかひとりを熱烈に愛することはできない。
女から「あたしのことを愛しているの?」と聞かれたら「愛しているよ」と答える。
そこに嘘はないが、心の中では「でも、きみだけじゃない」といつも呟いているそうだ。
植島さんの恋愛はいつも女のほうからアプローチしてきていつのまにか終わっているらしい。
もてるからひとりの女に執着しないでスマートな別れを毎回実行できているという印象を受けた。
もてるゆえにもてるという「もてスパイラル」のようなものがあるのだろう。
もちろん、プラスだけではない。

「そんなことだから、命がけの恋にすべてを賭けた経験もないのだが、
こんな人生で果たしてよかったのかどうか。
もしかしたら一瞬すれちがった女の子のなかに心から愛せる人がいたのではないか」(P169)


ふうむ、もてるとこういうことを考えるようになるのか。
「もてる男」はめったにいないから、この本は植島さんの奔放な下半身事情が興味深い。
もてるってだけでずいぶんいい思いをできるんだなァと新世界を見たような気分だ。
「もてる男」植島啓司が行き着いた最上の恋愛は寝取られることだという。
たしかにこの本でも寝取られたり寝取った体験が饒舌に語られている。
そして、行き着いた結論は――。

「自分の最愛の女が他者によって変えられていくのをひそかに観察することほど
大きな喜びは他にあろうか。もっとも大切なものを他者に与えることほど
崇高で喜びにあふれた行為が他のどこにあるだろう」(P205)

「もっとも愛する女を他人の手に委ねること、
ほかの男の手によって蹂躙(じゅうりん)されることを
潜在的に望まない男はいないといってもよい」(P275)


「鬱勃起」好きの植島さん、うわあ変態やん。いやはや――。
人は自分の体験から得た知見を真実だと思うものだから、真理は人の数だけあるのだろう。
どうしたらそんなにもてるのか。「もてる男」植島啓司が教える恋愛テクニックはこうだ。

「女にはこちらから決断を迫ってはいけない。
向こうから決断するように仕向けなければ何も始まらない。
相手に主導権を渡しておいて、こちらはゆっくり時が来るのを待てばいい。
うまくいかないからといってあせっても仕方がないのではないか」(P155)


ストーカーの前科がある某「もてない男」氏とは正反対のじつに余裕あふれる態度ではないか。
もてるために自信が生まれ、その自信が余裕を持たせ、結果さらにもてるようになる。
ガツガツしちゃいかんよということだろうが、
「もてない男」が余裕をかましていたら孤独が深まるだけのような気もする。
いま植島さんが恐れていることは自分が死んだあとに過去の女たちが暴露をすることだという。
いまはブログでだれでも簡単に公開できるからおちおち死ねない。
「もてる男」もいろいろ悩みがあるんだなと嬉しくなった。
植島さんの体験にばかりこだわってしまったが、読書感想文としても非常におもしろく、
急いで読み終わるのが惜しくなり、わざとゆっくりページをめくったほどである。
ふんだんに時間をかけて作られた贅沢な本だと思う。

「<男の恋>の文学史」(小谷野敦/朝日選書)

→人はみな仏性(如来蔵)があるのかという論争が仏教史にはある。
本書で「もてない男」の著者が提示しているとわたしが感じたところの問題は、
人はみな男も女も恋愛性(恋愛蔵)があるのかどうかである。
一般論(常識)では女のほうが恋愛性が強いのではないかということになっている。
比較して男は性欲ばかりで恋愛性をほとんど持ち合わせていない。
女は男に尽くし、男は女に経済的な援助と肩書の威光を与えるというのが大方の男女関係だ。
これは男は女たる母親から世話されてきたからだというのが著者の説である。
しかし、と「もてない男」は主張する。
男だってみな女のように愛したいのではないか。
とはいえ、男は女を愛する技術を学んでこなかった。
歴史的に見れば、「もてない男」が日本近代以降はじめてトライしたところの「男の恋」は、
俗にストーカーと言われる犯罪行為だったわけではあるけれども。

それでも小谷野さんの説はたしかにそうで女が男を愛する方法は数あれど、
男は女に経済的援助(プレゼント)をするくらいしか愛を示すことができない。
ああ、芥川賞作家の西村賢太氏のようにクンニはできるがあれは性欲だろう。
まったく小谷野さんの言うとおりで、男は女から愛されるのを求めるばかりで、
金品を与える以外に愛を伝達する方法はない。
女は身体や家事、安心を男に与えられるけれど、男は意外になにもできないものである。
せいぜい女のわがままに振り回されてやるくらいだろう。
この点、恋愛性は女固有のもの、恋愛は女主導のものと言えよう。
「恋に恋する男」の著者は、これはいかん、「俺も女を泣かせてみたい」と思ったのかどうか。
果敢にストーカーを成し遂げ、別の意味で女を泣かせてしまった恋愛番長である。

どうでもいいわたしの話をすると、仏性のみならず恋愛性も乏しいような気がする。
女から愛されたいという自分勝手な煩悩は人並みにあるが、
ストーカーまでして女を泣かせてみたいというほど深みのあるものではない。
娑婆っ気たっぷりの恋愛性に恵まれた小谷野博士がどこかうらやましい。
なお本書のオリジナルは小谷野さんの博士論文とのこと。
こちらのあたまが悪いためだろうが、
むかしの恋愛博士の文章は知的デコレーション過剰で(俺って物知りだろ!)あんまり……。
いまのほうがよほどいい。小谷野さんはこれからもっとよくなるだろう。
小谷野さんのどこがすごいかと言ったら「男の恋」を論じるだけではなく、
行動に移してしまうところである(ストーカー!)。
脳内妄想だけで実際の犯罪行為はしない中島義道哲学博士よりも笑え、いや勝れている。
今後も言論と行動の両輪で我われを唖然とさせてほしい。
どうかケチな常識を揺さぶってください。期待しています。

「もてない男」の恋愛論は鋭い。
当時どうやら比較文学者(なにそれ?)だったらしい著者は主張する。
恋愛は統計を基にした心理学や社会学ではとらえられない個別性があるのではないか。
若き青き小谷野博士、熱い熱い、あっちっちだぜ~。

「だが、「恋愛」には、そういった物差しでは計りきれないなにか、
いいかえれば「個人性」とでもいうべきものがあるのではないか、と私は思うのだ。
たとえばひとりの男(女)がひとりの女(男)を好きになる、あるいは失恋する、
といった場合、周囲の人間から見れば、なぜあんな女(男)がいいのだろうとか、
いい女(男)はほかにいくらでもいるのに、という言い方ができる。
しかし恋をした男(女)にとっては、そのたったひとりの女(男)が、
この世で掛けがえのない「単独」な存在なのであり、
そのとき彼(彼女)自身も、自分の存在の単独者性を発見する」(P5)


だとしたら、恋愛は「自分探し」の一形態であると言うこともできるのかもしれない。
「自分」を探して人は異性の大海を航行する――。
もっともむかしの著作なので、いまは著者の考えも変わっているかもしれないけれど。

「わが山本周五郎」(土岐雄三/文春文庫)絶版

→「いやなやつがいい小説を書く」「作家の周りは死屍累々」は、
どちらとも筒井康隆氏のお言葉と判明する。
本書はいわゆる暴露本と言っていいだろう。
生前山本周五郎からかわいがってもらい家族ぐるみのつきあいまであった著者が、
文豪が生きていたら決して言えなかった本当のことを没後3年にして公開した。
著者の土岐雄三は三井信託銀行に勤めながら副業として売文にも手を染めたという人物。
山本周五郎のほうから著者に関心を持ってきたということである。
独善的な山本周五郎は没後に「サル山の大将」と批判されたらしいが、
ボスは複数の子分を必要とする。
その子分として山本周五郎に選ばれたひとりが4歳年下の土岐雄三であった。

山本周五郎が大嫌いで大好きという人が書いた本でとてもおもしろかった。
要するに、などと簡単にまとめてはいけないような名著だが、
それでも読者の便宜のためにわかりやすい表現を使うならば、
表現者と生活者のたたかいの経緯を長生きしたほうがなかば勝ち誇りながら書き残した。
表現者の山本周五郎は銀行員の土岐雄三に幾度か、
仕事なんか辞めて文筆専業にしろとアドバイスしたという。
無頼の文学者へのあこがれもあったが土岐はおのれの才能を見切り生活のほうを重視した。
この生活者的態度をだいぶ山本周五郎からやり込められたらしい。
そのときの著者の怨念が「死んだ人の悪口」というかたちで結晶したものである。
そんなに文学者は偉いのか? 
たしかに小説はすばらしいが、山本周五郎よ、おまえは何人のものを犠牲にしたのか?
そういう生き方は格好いいのだろうが、おまえの芸のこやしになったものはどうなる?
土岐雄三は生活者として、つまり銀行員として最高峰の重役にまで出世した。
この生活者トップという立場から、かつて親交のあった孤高の表現者を断罪するのである。

「山本周五郎は小説を書くために生れ、小説を書き尽くせぬままに生涯を終えた。
彼にとって、生活のすべてが小説のために在った。
それ以外に、なんの意味もなかった。
肉親も、友人も、酒も女も、愛欲でさえ、
小説のこやしにならないものはよせつけなかった」(P7)


いかにも作家らしい演技がかった臭みのある無頼を山本周五郎は好んだ。
知り合って間もないとき著者は山本周五郎が山岡荘八と殴り合いの喧嘩をするのを目撃する。
このとき抱いた違和感を生活者・土岐雄三は最後まで大切にして本書を描いたのだろう。
多少長い引用になるが、ここを落とすと、
この名著が文豪への嫉妬から書かれた単なる暴露本、悪口本に思われてしまうのでお許しを。

「作家とは、スゲエもんだ、と思った。
感銘する反面、バカらしい気がしなくもなかった。
私はもともと文学者でも、芸術家でもない。ごくありふれた一介のサラリーマンだ。
ものに感動することはあっても、
それを暴力に結びつけるほどの深刻さは持ち合わせないのだ。
尤(もっと)も文学者や、小説作者が、軽蔑するであろう
(それが軽蔑に値するかどうかは別として)常識の世界、サラリーマン社会にも、
人並みな感動も怒りも哀しみもある。
しかし、それはそれ、生活は生活だ。
感動や感激を殴り合いにまでエスカレートさせるには、
いま云われる平衡感覚というやつが邪魔をする。
怒りや哀しみを顔にも行動にも現わせないのが、サラリーマンの習性である。
われわれは、殴り合い以上の陰湿な葛藤を、内に外に、くり返している。
怒りを忘れたのではなく、哀しみを知らぬのでもない。
むしろ、それらは殴り合い程度では、おさまらぬほど深刻なのだと思うこともある」(P40)


表現者・山本周五郎はだれを自分の芸のこやしにしたのか。
まず元「講談雑誌」編集長の風間真一である。
戦後しばらく山本周五郎はほとんどこの「講談雑誌」しか書く場所がなかった。
風間真一は自分でも細々と小説を書く作家もかねた編集長である。
風間は小説家としては山本周五郎にはるかに及ばぬことを知っていたが、
いや、そのために、だれよりも周五郎の才能に惚れ込んでいたから、
編集者として作家に意見することもあった。
とはいえ、周五郎の才能をだれよりも知っている恐れから、酒の力を借りないと意見できない。
このため、渡した巨額の原稿料を周五郎にその場で燃やされたこともあったという。
「あれはつまらない」と言ったがために周五郎の逆鱗(げきりん)に触れたのである。
また風間真一は「サル山の大将」だった周五郎の子分のひとりという位置づけでもあった。
山本周五郎とて最初から文豪だったわけではない。
むかしは新潮どころか文春、朝日にさえ
書かせてもらえない低級の読み物作家に過ぎなかった。
ブームが起こったのは山本周五郎が50を過ぎてからである。
それまで周五郎の才能と真剣に向き合い、その向上に寄与したのが風間真一であった。
しかし、山本周五郎が出世したあとは、風間は生来の酒癖の悪さも相まって、
「サル山の大将」から追放処分を受けた。
朝日や文春、新潮の編集者に取って代わられたという意味だ。
「講談雑誌」からもクビになった風間真一は専業作家になると宣言したが、
女房に働かせて毎日酒を飲むだけの男に落ちぶれ早死にしたという。
著者の分析では、なまじ山本周五郎の才能を知っているぶん、
中途半端な自分の小説が書けなくなってしまったのが酒に溺れた原因らしい。
長年、作家と編集者としての関係があった山本周五郎は風間真一の葬式に来なかった。

土岐雄三自身も犠牲になったと思っていたようだ。
山本周五郎の才能に圧倒されて、自分の下らなさが見えてしまい、書けなくなるのだという。
せっかく書いても、山本周五郎が手紙でいろいろ意見してくる。
もちろん、たくさん褒められたけれども、それだけではなかったという。
巨大な才能をまえにすると自分がなくなってしまいそうになる恐怖を著者は何度も語る。
周五郎は著者に生き方の改変まで迫ってきたという。
群れるな。会社を辞めろ。家族とも一線を引け。つまり、孤独になれ。孤独を恐れるな。
そうでないといつまで経っても一流のものは書けないぞ。

「究極のところ、人間はじぶん一人でしかない、周五郎の説話は、これにつきる。
人間は一人で生れ、一人で死んでいく。
どんなに心ゆるした友人でさえ、「死」の門をくぐるまでの道連れと思え、
私は周五郎に何度云われたか知れない。
文学とか、小説書きとかいう世界に生きる人たちは、程度の差こそあれ、
孤高の精神を尊ぶし、事実、孤高でもある。
妥協も協調もない。妥協や協調は、卑俗な常識人のすることだ。
つづめていえば、そういうことになるのであろう」(P179)


土岐雄三が孤高とは相いれない甘えた世渡り上手になったのは生い立ちが関係している。
土岐は父親の留守中に母親が若い学生と密通してできた子どもなのである。
そのうえ土岐の兄姉は3人いたが、そのうちひとりが4、5歳のとき、
土岐から湿疹をうつされて死んでしまったという。
両親からしたら自分のほうが死んでほしかったのはあきらかであろう。
土岐は4歳のとき養子にやられたが、この養母もひどく多情で、
土岐のまえで若い情夫とむつみあうこともあったという。
こういう生い立ちがあるから自分はつい人に甘えてしまい孤独にはなりきれない。
土岐雄三は、孤独を執拗にすすめてくる周五郎にこのような説明をした。
山本周五郎は土岐雄三の生い立ちをモデルに小説を1本書き上げたという。
周五郎は小説の鬼で、どんなことも小説のネタにできないかという視点で見ていたという。

「美しいもの、醜いもの、愛情も、裏切りも、それが人間から生まれるものである限り、
彼[周五郎]は貪婪(どんらん)に吸収する。吸収して、貯蔵する。
「人間を描く」という周五郎の小説作法の基底は、
人事百般の事実を客観視することにあるらしい。
女には惚れさせるが、自分は情に溺れないのが、
小説作者の心構えというふうに見えた」(P82)


周五郎が風間真一を見捨て出世してからは、著者とも疎遠になったという。
これは著者が支店長、重役と出世していったのとも関係しているかもしれない。
一度周五郎の娘の結婚式に呼ばれたが、
これは銀行のお偉いさんを呼びつけて飾りにしようとする意図だったのではないか、
と土岐雄三はおそらく山本周五郎ゆずりであろう意地悪な見方をする。
晩年、急に懐かしくなりアポなしで訪問したが、
秘書に門前払いされたことを恨みがましくつづる。
そのうえで山本周五郎の作品は出世するまえのほうがよかったと晩年の名作をくさす。
知り合いが文筆で出世してしまうと、いくら銀行の重役とて嫉妬するのである。

山本周五郎は家族をも犠牲にしている、と土岐雄三は弾劾する。
後妻のきん夫人は健気にも前妻の子を4人も育て上げている。
一度きん夫人が妊娠したことがあったのだが、周五郎は流産を強いたという。
土岐雄三は善人気取りで周五郎の悪人ぶりを責めたてる。
また土岐は自分の子ども4人は全員うまく社会に出たことを書いたうえで、
意地悪くも周五郎が子育てに失敗していることを指摘し勝ち誇る。
周五郎の次男、清水篌二はふらふら遊び歩くどうしようもない青年だったが、
あるときを境に脚本家になったという。この裏側はなんのことはない。
周五郎が自分の原作のドラマは息子を脚本家にしないと許可しなかったのである。
土岐によると周五郎の長男、清水徹は、
父の没後もまともな職に就かずぶらぶらしているという。
エリート銀行員からしたら、いまのニートのような存在は小気味のよい愚弄対象なのだろう。

本書で土岐雄三が公開している、山本周五郎の実際的な創作作法がおもしろかった。
周五郎は書くまえに出版社から多額の原稿料を前借して、それをすべて使い果たした後、
著者の言葉を借りるならば「金銭的に背水の陣を敷いて」(P114)執筆するのだという。
追い込まれないといいものは書けないと山本周五郎は信じていたのであろう。
これは国、時代こそ違うが、ギャンブルで金を使い果たしてから
小説を書きはじめるドストエフスキーとおなじ流儀である。
周五郎は区切りとなる小説を書き上げると、「アタマを洗う」と称して、
高級料亭で連日にわたり子分や芸妓を集めた壮大な酒宴を催し散財したとのことである。
こういう事情で山本周五郎の死後、まったく資産が残っていなかった。
周五郎は生命保険にさえ入っていなかったことを銀行屋の著者は暴露している。
65歳で死んだ山本周五郎とは異なり、
家族に恵まれ82歳まで長生きした生活者の土岐雄三はいくらの遺産を残したのか。
しかし、いま土岐雄三の作品を読み返すものは少ないだろう。
土岐がバカにしていた周五郎の息子ふたりには長いこと印税が入っていたはずだ。

孤独な山本周五郎は、甘えた性分で世渡り上手の土岐雄三が
自分とはまったく異なるがゆえに惹かれたのだろう。
周五郎は土岐を「若い友人」と呼んでいたという。
土岐雄三も自分とは比べ物にならぬほどの才能を持った周五郎に愛され嬉しかった。
ふたりは一時期交際して、そして別離した。
周五郎の才能は死後に「若い友人」から悪口をこれでもかと書かれる類のものであった。
ふざけた調子の悪口ではなく、本書は人生を賭した命がけの悪口である。
だから、よかった。山本周五郎も土岐雄三もそれぞれにいい。それぞれよろしかった。

「私小説のすすめ」(小谷野敦/平凡社新書)

→私小説に対する批判はひと言で終わり、「おまえに興味がない!」に尽きる。
タレントの暴露本ならまだしも、一般人の日記みたいのをだれが読みたがるか。
ブログとかも、これを勘違いしている人が多いので本当に困る。
どうして(わたしも含め)みんなさ、
他人が自分に関心を持ってくれるとか期待しちゃうんだろう。
私小説は売れないって、そりゃあ、だれもあんたなんかに興味がないからだよ。
と言いつつも、わたしは柳美里氏の私エッセイや西村賢氏太の私小説は大好きだ。
なぜかと考えるに、あれらは嘘を書いているからである。
このことは後に再度触れるが、そのまえにまずプロフィールが重要だ。
柳さんの若いときは、ものすごい美人だと思う。
たぶん、こちらの趣味が悪いのかもしれないが(これも柳さんに失礼な物言いだ)、
あの手の暗い顔の美少女は好きなものにはたまらなくいいのである。
在日コリアンで家族に虐待されたという悲劇性もまた美少女ぶりを輝かす。
柳美里さんが林真理子女史の顔をしていたら、まず読まなかっただろう。
西村賢太兄貴も、父親が強姦で捕まっているという経歴がおもしろいのだ。
それにあの全身いんちきといった風貌もわたしの好むところである。
話は戻って、柳美里姉貴も西村賢太兄貴も嘘を書くからおもしろいのである。
かの作家たちの作品を読んで事実そのままだと思うものは、
ちょっと世間を知らないのではないか。
いや、あれらを事実起こった通りだとだまされていたほうが楽しめる、
というのも私小説のメカニズムとしてあるのではあるが。
私小説というのは本当にあったこととして嘘を書くもの。
物語小説というのは嘘だと断っておいて本当のことをこっそり書いてしまうもの。
わたしはそういう小説観を持っているけれど、
どうやら元大阪大学助教授の小谷野敦博士は異なるようである。

「あと、私小説であるからには事実に基づいているわけで、
その事柄が起こった日付などの時間的経過を、まずきちんと把握する必要がある、
人間の記憶というのはあてにならないもので、
実際には同じ日に起きた出来事を別の日のことだと思っていたり、
僅か三日の出来事を一週間くらいかかったものと思っていたりするものだ」(P151)


だから、私小説がおもしろくなるのである。
「人間の記憶というのはあてにならないもの」だから、
たとえたいしたことのない現実でも私小説ではおもしろく書けてしまうことがあるのだ。
事実をそのまま書くのならルポになってしまうわけだから。
本当の洪水のなかにちょろっと嘘を入れる、このあんばいが私小説のうまいへたを分ける。
私小説を読む楽しみは、どこが嘘かを探ることだと思う。
反対に物語小説を読みながら、どこが本当かを探るのもまた楽しい。

「だが、私小説には私小説なりの論理がある。
私小説を書く際には、他人のことを、事実を曲げて悪く書くのはいけない。
それはむろん小説に限らない、当然の論理である。
逆に、自分のことを、事実を曲げてよく書こうとするのも良くない」(P178)


たぶん著者は一生このことを理解できないのだろうが、事実などないのである。
ある事件が起こったとする。AとBがいたとする。

A(主観)←(事実)→B(主観)

あるのはAの主観とBの主観だけで客観的事実というものは存在しない。
もしかりに、このときにCという人間がいたとする。
このときCもまた主観を持つのだが、それがABと完全一致することはありえない。
まあ、Aの主観あるいはBの主観、どちらかに似ているということはあるだろう。
このとき「多数派は正義」の論理が働いて、
AあるいはBが事実を言っていると世間は判断するが、しかし、
もしDという人がいたら違うほうの肩を持つかもしれないわけで、
もし二対二になってしまったら、今度は肩書が勝負になるようなこともあるだろう。

私小説を書く喜びは現実をゆがめることにあるのではないかと思う。
俗に女流作家は被害妄想の強いほうがよろしい、と言われるのも、
たぶんこういう事情による。
西村賢太氏の私小説など、嬉々として自己を悪く飾っているではないか。
柳美里氏は家族をなんと悪人のように書いていることか(あれは家族だから許される)。
私小説を書くことで、現実を改変する喜びが得られるのである。
一般に辛いことも私小説に書いたら落とし前が着く、というのは、
言葉にしてしまうとすべてが嘘になってしまうからだと思う。
最後に断っておくが、この主張は正しいものではない。
なぜならば著者は元大阪大学助教授のベストセラー作家、
つまりわたしよりも肩書が上だからである。
ほとんどの場合、肩書の上のものの意見が正しいこととして通用する。
これを批判する気もなく、世間とはそういうものなのである。
このため、万が一拙文が著者のお目に触れても、
どうかお気を悪くなさらないでいただきたい。
なぜなら読み手の大半は小谷野博士のご意見のほうが正しいと思ってくれるでしょうから。
変にあわてると、肩書の安定感が揺らいでしまうのでご注意あれ。
格下は相手にしないのが大物の証なのである。