「谷崎潤一郎マゾヒズム小説集」(集英社文庫)

→性欲というのは意外と創作の源なのかもしれない。
本書の解説によると、永井荷風が谷崎の初期小説「少年」を読んで、
こう述懐しているという。
「私はもうつかれきった私自身の空想だけでは
とてもあの若い新進作家の書いた『少年』のような、
強い力の籠った製作を仕上る事ができない」

みなさまとおなじようにわたしにもサドの部分もマゾの部分もあるが、
谷崎潤一郎のマゾヒズムとこちらのそれはいささか異なり、
性的嗜好というのは難しいものである。
わたしの理想(性的夢想/桃色浄土)は、
気位の高い勝気な多少浮気性なところもある悪戯っぽい女性に恋をして、
1日中その人のことを考えているくらい夢中になり、
しかし、その思いは成就することなく無下に拒絶され、
そしてその女は自分なんかより身分の高い裕福なイケメンの情婦になるのだが、
女はコケティッシュでストレス発散のために自分に恋するわたしを呼びつけ、
彼女はミニスカートとか露出過剰な格好をしていて、そのうえさらに、
わざといじめるために夜の話をするものの指一本触らせてくれないというもの。
悔しがるわたしを意地悪く笑いながら女に見てほしい。
……七面倒臭いやつだな、わたし。
かくして性的嗜好が合致せぬゆえ、
「谷崎潤一郎マゾヒズム小説集」に名作と感じるものはなかった。
いちばん好きなのは「幇間」。
以下の部分が、ちょっとだけ谷崎と性的合意が見られる。
三平は幇間(男芸者)。梅吉は女芸者。

「誰いうとなく、三平さんは梅ちゃんに惚れているのだという噂が立ちました。
それでなければああ易々(やすやす)と
催眠術にかけられるはずはないというのです。
全くのところ三平は梅吉のようなお転婆な、
男を男とも思わぬような勝気な女が好きなのでした。
始めて催眠術にかけられて、散々な目に会わされた晩から、
彼はすっかり梅吉の気象に惚れ込んでしまい、機(おり)があったらどうかしてと、
ちょいちょいほのめかして見るのですが、
先方ではまるで馬鹿にし切って、てんで相手にしてくれません。
機嫌の好い時を窺って、二た言三言からかいかけると、
すぐに梅吉は腕白盛りの子供のような眼つきをして、
「そんな事をいうと、またかけてあげるよ。」
と、睨みつけます。睨まれれば、
大事な口説きはそっち除(の)にして早速ぐにゃりと打ち倒れます」(P85)


「NHK人間大学 太宰治への旅」(長部日出雄)

→直木賞作家で一遍ファンの著者は「人間失格」ではなく、
「お伽草紙」から太宰文学に入ったという。
「カチカチ山」のおもしろさにしびれ酔い痴れ、
中学校に持って行き国語の時間に先生にお願いして朗読させてもらった。
こういうのは神がかった運の世界で、わたしは「人間失格」から入ってしまったため、
長らく太宰が嫌いだった。「お伽草紙」から入っていたら違っていたかもしれない。

著者は太宰文学の魅力をわかりやすくふたつにまとめている。
1.口承文芸の影響(七五調、体言止め、語り口調)
2.再話(むかしからある元の話をどう料理するか)

「弘前高校に入った年の夏、
崇拝する作家芥川龍之介の自殺に強い衝撃をうけた太宰は、
突然なにかに取り憑かれたように、義太夫に熱中します。
近代以降の文学は、活字の黙読が主流となりましたが、
それとは比べものにならないほど長いあいだ、
まだ文字が大衆のものとなる以前は、
口で語られて聞く者の耳に入る神話、伝説、昔噺から、
平家物語、浄瑠璃(=義太夫)、説経、祭文等の語り物まで
広範囲にわたる口承文芸が、
数において比較にならないくらい多くの享受者を楽しませ、感動させ、
涙を流させて、カタルシスを味わわせてきました。
文字で読むものだけが文学となってから、それらの口承文芸は、
一段低い芸能の分野に入れられて、高級な文学史とは切り離されてしまいましたが、
しかし、そのような知識人の分類とは関係なく、
気が遠くなるくらい長い時代にわたって、
数えきれないほどたくさんの人人の心を動かしてきた、もうひとつの文学の流れが、
叔母きゑの昔噺や、元芸妓(げいぎ)の女師匠に習う義太夫を通じて、
太宰の体に流れこみ、滲みこんでいたのです。
それはひとつの生理と化していたのかもしれません」(P77)


著者は太宰の小説がいまも若者の心をとらえるのは、
この口承文芸性ゆえではないかと指摘しているが卓見である。
太宰の短編の「駈込み訴へ」は口述筆記で、わずか2日で完成したという。
酒を飲みながら、あの通りに一字一句よどみなく、口にしたものを妻が書き取った。
横道にそれるが、太宰の名作とされる「津軽」。
あの最高の名場面は、
むかし世話になった女中のタケと30年ぶりに再会するシーンだが、
あれは嘘で実際の太宰はタケも運動会もそっちのけで、
中学時代の後輩とがぶがぶ酒を酌み交わしていたという。ひでえやつだが、いい。
「太宰治アンソロジー 泣ける太宰 笑える太宰」(宝泉薫編/彩流社)

→38歳で死んだ太宰の小説を43歳のわたしが、
こりゃ、おもしろいとべそをかきながら読むのも、なんだかなあ。
こいを、しちゃったんだから。

おもしろい、としか言えない。
言葉のテンポがよくて、独特の語感が心地よく、真似したくなるが決してできない。
「お伽草紙・カチカチ山」とか、語り口調が見事な芸になっている。
恥ずかしながら「トカトントン」を読むのは初めてだったのだが、
「トカトントン(虚無感)」が聞こえてくるのは男で、あれは女には聞こえてこない。
さらに恥ずかしいことを書いちゃうと、
「トカトントン」は43歳のわたしにも聞こえてくる。
死ぬ直前にエッセイ「如是我聞」で、
自作をけなした「小説の神様」志賀直哉を激烈批判しているのだが、
まるで現代のネット匿名掲示板に書かれたもののような子どもっぽさがあり、
38歳になって実名でこういうことを先輩作家に向けて書く幼児性に恐れ入る。
いや、そういう破綻した部分が傑作を書かせたのだろう。
40歳まで生きるのを神が許さぬ作家であった。
神様が、太宰に、こいを、しちゃったんだから。かなしくて、べそをかいちゃう。

「……トカトントン、あなたの小説を読もうとしても、トカトントン、
こないだこの部落に火事があって起きて火事場に駈けつけようとして、トカトントン、
伯父のお相手で、晩ごはんの時お酒を飲んで、
も少し飲んでみようかと思って、トカトントン、
もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもトカトントン、
自殺を考え、トカトントン。
「人生というのは、一口に言ったら、なんですか」
と私は昨夜、伯父の晩酌の相手をしながら、ふざけた口調で尋ねてみました。
「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ」
案外の名答だと思いました。そうして、ふっと私は、闇屋になろうかしらと思いました。
しかし、闇屋になって一万円もうけた時のことを考えたら、
すぐトカトントンが聞えて来ました、
教えて下さい。この音は、なんでしょう。
そうして、この音からのがれるには、どうしたらいいのでしょう」


金持になっても勲章をもらっても女にモテても有名になっても、トカトントン。

「女詞 太宰治アンソロジー」(吉田和明・ 新田準編/凱風社)

→著作権フリーの太宰治の女性告白文体小説を集めたもの。
何度読んでも「恥」はすばらしく、今回読んだなかでは「葉桜と魔笛」が群を抜いていた。
「葉桜と魔笛」は小説の教科書と言いたいくらいである。
私的な意見だが、小説は「嘘と本当」の関係に尽きると思う。

短い小説ではあるが、物語を要約する。
中年女性の回想という物語形式である。
清らかな娘時代に妹がいた。病身で寝床におり、余命いくばくと言われている。
姉は妹宛ての手紙を盗み読んでしまう。
それは妹の女友達のていを装った恋文であった。
手紙を見ているうちに姉は知ってしまう。
いま病に伏せている妹が乙女ではなく、もう男性を知っていることを。
自分も経験していない男性を妹の身体は知っている。
最後は、病気のため、いわば捨てられたようなかたちで終わっている。
姉は妹への嫉妬やいろいろな思いを味わうが、
余命わずかの病身の妹が不憫でならない。
そこで恋文の筆跡を真似て手紙を書いてやる。
まだあなたを愛していると。
その証拠に夕暮れ、あなたの家のそばで口笛を吹きましょう。
これは思いやりから出た「嘘」ですよね。
寝床の妹から姉は呼ばれる。
姉が書いた手紙を見せられる。
姉が書いていたことがばれていたのである。どういうことか?
妹は言う。あの手紙は自分で自分に出したの。
「本当」は恋愛なんて一度も経験していないし、このまま長くないだろうし、
それではあんまりだ。なんの青春もなかった。さみしい。
だから自分宛ての恋文を書いたの。
これもまた「嘘」ですよね。
黄昏どきのそのとき、外でだれかが軍艦マーチの口笛を吹いているのが聞こえる。
姉妹のあいだに厳粛な沈黙が生まれる。姉は神がいるのではないかと思う。
どういうことかというと、姉の書いた「嘘」が「本当」になったわけである。

ネットで感想をちらほら見たが、だれもわたしと似た解釈をしているものはいなかった。
妹の告白が一世一代の「嘘」であったとも解釈できるのである。
妹の恋人は「本当」に存在していたとも読める。
そういう視点から見ると小説世界が一変する。
口笛は元恋人あるいは知り合いに頼んだ妹のお芝居だったのかもしれない。
こういういろいろな解釈ができる小説がいいのである。
そして、小説に正解はない。正しい解釈というものはない。

*青空文庫「葉桜と魔笛」
*青空文庫「恥」

おそらく全51篇読んだ人は日本で千人もいないのではないか?
最初の漱石と鴎外がつまらないし、古いほうから収録しているから、
むかしの日本語についていけなくなる。
そのくせ漱石や鴎外だって言うと、
つまらないと思う自分が至らないとか反省モードになり読書が億劫になる。
ポプラ社さんはいい仕事をしてくれたと思いますけれどね。
字が大きいのも総ルビなのも(当たり前だが)現代仮名遣いなのもすべていい。
青空文庫は歴史的(旧)仮名遣いなんだね。
あれだといまの子は読めないし、僕だって現代仮名遣いのほうが読みやすい。
自分の気持を整理するために、だれも読めない分厚い本のベスト5を発表する。
べつに読む必要なんてないですからね、こんな古臭い小説なんか。好事家の世界。

1.「うけとり」(木山捷平)
2.「鮨」(岡本かの子)
3.「波子」(坂口安吾)
4.「秋風」(中山義秀)
5.「暢気眼鏡」(尾崎一雄)


いまは読む本が多すぎるし、
それにスマホもあるし(僕はないが)、みんな困っちゃいますよね。
「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→ゴリラ梶井基次郎の「闇の絵巻」はまた「檸檬」をしていやがっていて、
あたまが悪くなるような悪酒を混ぜてレモンサワーにしてやりたくなった。
こういうのがわかる文学少女はかわいいが(いまはいないと思う)、
ゴリラ梶井基次郎のセンスはわからない。
上林暁の「散歩者」はいいおっさんがセンチメンタルに、
「僕は銀座を闊歩する着飾った女性よりも、
しっかり働く生活者の女性のほうを美しく感じる」と言った述懐をする話で、
この感覚は山田太一ドラマに通じるものだろう。
女を出し過ぎている女は嫌いって、ひねくれているのか、いい子ぶっているのか、
両方なのか、ちょっと判断がつかない。
林芙美子の「幸福の彼方」は苦労人の大陸からの引き揚げ者が、
なーんかウダウダやっていた。覚えていない。
林芙美子は「晩菊」一作を書いたのだけでも文豪でいい。

木山捷平の「うけとり」は、これは僕は大好きなのだが、
それが人にばれるのが恥ずかしい。
少年と少女の淡い恋を描いた甘酸っぱい娯楽小説で、
これはもうその完成形と言ってよい。これは好きだけれど、ばれたら恥ずかしい。
いや、むしろばれて、美女から「こんなのが好きなんだあ」とクスクス笑われたい。
いきなり文学部時代の思い出を書くと、
うちらの時代の早稲女は男なんかよりやたら背伸びをしていて、
作品を読んで「あんなものは甘い」と言うのが流行していた。
自分だってお金持のお嬢さまのくせに「あれは甘い」とか背伸びする姿勢こそ、
考えてみたらそれこそいかにもな文学少女でかわいいと言えたのかもしれない。
甘くて悪かったな!?

永井龍男を褒めると文学通だそうだが例によって「小美術館で」も意味がわからない。
わからないことはわからないと言おう。
堀辰雄「聖家族」は文壇小説で、
モデルが芥川だとか背景を知らないと意味がわからない。
フランスのコクトーとか当時、最新だったのかな?
いまって当時のコクトー的存在はだれになるのだろう? いや、読まないけれど。
青空文庫から引用するけれど、こういうコケティッシュな少女はいいよね。

「彼はすぐ一人の踊り子を知った。その踊り子は小さくて、そんなに美しくなかった。
そして一日十幾回の踊りにすっかり疲れていた。
だが、その自棄気味(やけぎみ)で、陽気そうなところが、
扁理[へんり/主人公の少年]の心をひきつけた。
彼はその踊り子に気に入るために出来るだけ自分も陽気になろうとした。
しかし踊り子の陽気そうなのは、彼女の悪い技巧にすぎなかった。
彼女もまた彼と同じくらいに臆病だった。
が、彼女の臆病は、人に欺かれまいとするあまりに人を欺こうとする種類のそれだった。
彼女は扁理の心を奪おうとして、他のすべての男たちとふざけ合った。
そして彼を自分から離すまいとして、
彼と約束して置きながら、わざと彼を待ち呆けさせた。
一度、扁理が踊り子の肩に手をかけようとしたことがある。
すると踊り子はすばやくその手から自分の肩を引いてしまった。
そして彼女は、扁理が顔を赤らめているのを見ながら、
彼の心を奪いつつあると信じた」(P1206)


原民喜の「心願の国」は彼が鉄道自殺するまえに書いた小説で、
冒頭から生まれ変わったら小鳥になりたいとか妙なポエムが書かれていて、
メンタルの弱い人だったのがよくわかる。
遠藤周作に「原民喜と夢の少女」という哀しいエッセイがあった気がする。
いまは純少女幻想のようなものがすっかりなくなってしまった気がする。
いや、いま新宿歌舞伎町でホスト狂いの女性の自殺が流行っているらしいが、
そういう子たちの心には(ユング的な意味での)純少女元型があるのかしら。

坂口安吾は「堕落論」でずいぶん損をしたのではないか。
たまにアンソロジーで短編をポロポロ読むと、エンターテイメントとしておもしろいのだ。
「波子」も笑いまくった。
波子という娘が成功はおろか没落さえできなかった中途半端な地主の父親を
これでもかとバカにする小説なのだが本当におもしろい。
笑えるという意味でおもしろい。
波子は嫁入りまえの娘で、
半端な遊び人だった父親がつまらない仕事人間と結婚しろと迫ってくるので困っている。
複数いた愛人の女にも骨董趣味にも政治にものめりこめなかっただらしない親父は、
50を過ぎたいま死花(しにばな)を咲かせるとかおかしなことを言い出した。
どうせやれないのをわかっている波子は心中で父を見下す。死花を咲かせるですって?

「死花という言葉についてだけ言えば、これはただ、ばかばかしいばかりであった。
芝居もどきで、わずか四五人の家族相手に、せいぜい百人ぐらいの知人を相手に、
身につかぬ演技をして、贋(にせ)の一生をすりへらした父。
今となっても、まだ、死花などと言いだして、うけに入っている。
ばかばかしいのである、
けれども、ふとった膝の上にのっかっている小さな握り拳などを見て、
ふと、父がいとしくなるとき、平凡で、小胆で、気の弱い父、
とても可哀そうになってきて、
ひと思いに、死花を咲かせてやりたいと思うことが、時々あった。
思いきって、大きなことをやりなさい、家も、財産も、名誉も賭けて、
みんな粉微塵(こなみじん)にしてしまいなさい。
ひと思いに……時々、波子は、そんな風に叫びたくなった」(P1250)


中島敦の「山月記」はあまりにも有名すぎるので、なにを言ってもねえ。
詩人として文名を高めたかったけれど、才能がなくて虎になっちゃった男。
そのくせ人交わりをもっとうまくやっていれば、
自分くらいの才能でもあるいはとか後悔する女々しい男。
基本的に文学者ってほんものはどこか女々しいところがある。
恨み深いっていうかさ。女性差別じゃないですよ。
僕は女よりも女々しい自信がありますからね。自分はほんものとか言っていないですよ。

長かった厚かった重かった「百年小説」の最後は太宰治の「富岳百景」。
うちらの世代だと教科書に載っていた。
文学ってワルがやるものから大学で研究者がやるものに変化してきたのかもしれない。
むかしは文学なんてやったらまずふつうの生活は営めないし、
女だったらお嫁に行けないことを覚悟しなければならなかった。
いまは人気作家の重松清さんがわざわざ大学まで来て教えてくれるんでしょう?
いまは文学の斜陽どころか出版が危ないという、そこまで来ちゃっているから。
才能ある芥川賞作家の綿矢りさ氏は教育学部だったみたいだが、
あの子は大学に行くまえにもう早くも上がったわけで。
もしあの子が一文の文芸専修に来ていたら、それこそだれもなにも教えられない。
太宰治の「富岳百景」から――。

「[文学青年の]新田は、それから、いろいろな青年を連れて来た。
皆、静かなひとである。
皆は、私を、先生、と呼んだ。私はまじめにそれを受けた。私には、誇るべき何もない。
学問もない。才能もない。肉体よごれて、心もまずしい。
けれども、苦悩だけは、その青年たちに、先生、と言われて、
だまってそれを受けていいくらいの、苦悩は、経て来た。
たったそれだけ。藁(わら)一すじの自負である。
けれども、私は、この自負だけは、はっきり持つていたいと思っている。
わがままな駄々っ子のように言われて来た私の、
裏の苦悩を、一たい幾人知っていたろう」(P1310)


太宰治の「富岳百景」が載っていたのは高校の教科書だったらしいが、
文部省でも日教組(まだあるの?)でも、こんなものを高校生に読ませて、
いったいなにをしたかったのだろう? 「謙虚な心」を学べってこと?
太宰は絶対に自分の才能を信じていただろうし、学問もあるじゃない?
まえにも書いたが新聞記者あがりの遅咲き作家、井上靖は太宰が情死したときに。
あんなものは小物だと言い放ったから、本当に太宰が嫌いだったのだろう。
井上靖は大人の文学で太宰治は子供の文学とも言えて、
文学なんて子供騙しとも言えなくもないわけで、
せめて子供のうちに太宰くらい読ませてやろう、
というのが現国教科書の正解だったのかもしれない。

「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→暴論を述べると文学はおっさんかまだ男を知らない少女にしかわからないが、
通常中年男は文学なんかにかまけている時間はないし、
少女は女になり(それでいいのだが)文学よりも生活を取る。
さて井上靖を引き上げたのは佐藤春夫だが、
彼の短編「窓展く」は隣家とのトラブルを書いた他人にはどうでもいい話で、
とはいえ佐藤春夫が書いたのならば文壇力学で名作なのかもしれない。
藤森成吉の「雲雀」は純な感じのする少年と少女の恋愛小説で、
雲雀という小道具が実にうまく使われており物語の起伏もあり、
最後は「そうだったのか」と真相を教えられのも心地よく楽しめた。
スマホがないから気持の溜めを持つことができ、悶々とできるのだろう。
小説の形がよくできており模範的な作品になっている。

「セメント樽の中の手紙」で知られる葉山嘉樹の「山の幸」は左翼インテリが、
百姓をやって妙に悟ったようなことを言う気持が悪い小説で、
農薬をあたまからどばどばぶっかけてやりたくなった。
「本当の生活は土を耕してこそわかる」みたいな世界観がうすら寒い。
小説作法として改めて思い出したのは、基本は人のおもしろい身の上話を聞き、
それを作者がうまくまとめることである。
「百年小説」でも多くの小説がこのパターン。
説経節や昔話みたいなもんで。おもしろい話を聞かせるのが基本ルール。
読むといってもそれは言葉で音で、どこか耳で聞いている。

江戸川乱歩の「押絵と旅する男」も作者が旅先で老人から身の上話を聞く。
人の身の上話って、ただそれだけでおもしろいよね。
明日、新宿におもしろい人の身の上話を聞きに行くけれど、
勇気を出して電話してよかった。
小学校のころよく読んでいたのが江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズで、
僕の読書の原点はともすればこのあたりにあるのかもしれない。
人の話を聞く。人の隠された思いを聞く。老人の昔話である。

「仲々打開けませんでしたが、私が繰返し繰返し頼むものですから、
兄も根負けをしたと見えまして、とうとう一ヶ月来の胸の秘密を私に話してくれました。
ところが、その兄の煩悶の原因と申すものが、
これが又誠に変てこれんな事柄だったのでございますよ。
兄が申しますには、一月ばかり前に、十二階へ昇りまして、
この遠眼鏡で観音様の境内を眺めて居りました時、
人込みの間に、チラッと、一人の娘の顔を見たのだそうでございます。
その娘が、それはもう何とも云えない、この世のものとも思えない、美しい人で、
日頃女には一向いっこう冷淡であった兄も、
その遠眼鏡の中の娘だけには、ゾッと寒気がした程も、
すっかり心を乱されてしまったと申しますよ」(P768)


江戸川乱歩もこういうのが好きだよな。こんなのばかり書いているじゃないか。
現実の美女よりも、心に描いた女のほうが美しいという見方もできるわけだから。
で、小説のお兄さんは絵の中の美少女に惚れて絵の中に入ってしまうという。
人を惑わせる「美」っていったいどこに起源を持つのだろう?
「美」はどちらかというと男よりも女に関係しているような気がする。
究極の冷たい美少女は「絵」で、いまでいえばアニメやフィギアなのかなあ。
そっちの世界はよくわからないのだが。

松永延造の「アリア人の孤独」はよくわからないが、あなたは孤独なの?
牧野信一の「ゼーロン」もまたよくわからない小説で、
たぶんなんかの背景があるんだろうけれど、そこまでおまえに興味がないよ。
牧野信一は40くらいであたまがおかしくなって首吊り自殺をしているね。
文学は怖い。
井伏鱒二の「へんろう宿」は細かな情味とおかしみがある佳作。
四国のお遍路宿で、捨て子だけで経営しているという。
順番は逆だが、井伏鱒二も三浦哲郎に似ている。
とはいえ、三浦哲郎が強く影響を受けたのは「井伏さんは悪人です」の太宰治だが。

横光利一の「機械」は大学時代に読んだ記憶がある。
後藤明生の小説作法書に、横光利一の「機械」こそ文学の集大成とか書いてあって。
僕が未熟なだけだったのかもしれないけれど、
大学生の年齢の男子にはよほど早熟じゃないと文学はわからないと思う。
女子大生は脂の乗り切ったころだからわかる人はわかるはずである。
早稲田だってそうなのに、三流私大の学生の文学研究ってなにやってんの?
ちなみに山田太一さんは卒論を
「新感覚派文学運動の旗手(笑)」横光利一でやろうとしていたら、
福田恆存が横光をボコボコにしている評論を見てしまい、
「まったくそうだ」と思い横光利一がバカらしくなってしまったという。
20年ぶりくらいに横光利一の「機械」を読み返してみた結果は、
批評しやすい小説であるなあとね。
作者の「俺ってあたまいいだろう? これがナウだぜ」という叫びが聞こえてくる。
正直言って、井伏鱒二や太宰治の小説は「これいいよねえ」としか言えなくて、
友人と文学議論の題材にはなかなかならない。
反面、横光利一の「機械」ならいろいろ深読みできなくもないから文学議論ができる。
文学的孤独から逃れられるので、こういう小説もあってもいいのではないかと思う。
好きか嫌いかと問われたら、興味がない。男の子くさい小説だよねって話。

黒島伝治の「渦巻ける烏の群」はロシアのあれはシベリアかな?
駐屯地での日本軍のありさまを書いた小説だが、小説をどこまで史料としていいのだろう。
本当にロシアでこんなことがあったのだろうか?
日本兵がそれぞれ食物を持って貧乏なロシアの家庭の娘のところに行き、
ときにはそういう大人の情交もあったという話なのだが、あくまでも小説なわけで。
おもしろい小説は、どこか事実を根に持っていないと花が咲かない。
当時のロシアでの日本軍の手記とか残っていないだろうし、
素人に書かせても事実関係さえうまく書けないから、
小説を歴史的にどう見るのがいいのだろう?
いまこんな小説を読み返す人はいないし、
どんどん事実のようなものも消えていっているのだろう。
そして、それがいいのか悪いのかはわからない。

石川淳「焼跡のイエス」は文章の迫力がすごい。
戦後まもない闇市を描いているのだが、
あのころのエネルギーを生きのいい言葉で捕まえている。俗なことを言うとエロい。
ここは引用したい。お付き合いください。
汚い雑踏の闇市でおにぎりを売っている若い女である。

「焚きたての白米という沸きあがる豊饒な感触は、むしろ女のうえにあった。
年ごろはいくつぐらいか、いや、ただ若いとだけいうほかない、
若さのみなぎった肉づきの、ほてるほど日に焼けた肌のうぶ毛のうえに、
ゆたかにめぐる血の色がにおい出て、
精根をもてあました肢体(したい)の、ぐっと反身(そりみ)になったのが、
白いシュミーズを透かして乳房を匕首(あいくち)のようにひらめかせ、
おなじ白のスカートのみじかい裾(すそ)をおもいきり刎(は)ねあげて、
腰掛(こしかけ)にかけたままあらわな片足を恥らいもなく膝の上に載せた姿勢は、
いわば自分で自分の情慾を挑発している恰好ではありながら、
こうするよりほかに無理のないからだの置き方は無いというようすで、
そこに醜悪と見るまでに自然の表現をとって、
強烈な精力がほとばしっていた。
人間の生理があたりをおそれず、こう野蛮な形式で押し出て来ると、
健全な道徳とは淫蕩よりほかのものでなく、
肉体もまた一つの光源で、まぶしく目を打って輝き、白昼の天日の光のほうこそ、
いっそ人工的に、おっとりした色合に眺められた。
女はときどき声を張り上げて、しかしテキヤの商業的なタンカとはちがって、
地声の、どこかあどけない調子で、
「さあ、焚きたてのおむすびが一個十円だよ……」(P941)


匕首(あいくち)ってわかりますか? ナイフのことですよ。
文章のあそこに「匕首」を入れちゃうこの文章の書き手の才能には参るね。
ナイフでも短刀でもダメで、匕首でなければならない。
引用箇所は文法的になんだかおかしいし、英語に訳せないと思う。
どれほど日本語に熟達した外国人でも、この文章の味はわからないのではないか。
嗜好や語彙、世代の問題もあるから日本人でもわからない人はわからない。
よしんば、わかっても一銭の得にもならない。それが文学。
石川淳くらい古いともう研究の対象になるはずだが、文学研究ってなに?
小谷野敦さんのようにひたすらゴシップを集める以外の文学研究って価値があるの?

睡眠薬中毒でガス自殺した川端康成「バッタと鈴虫」は懐かしい。
中学生のころ川端の「掌の小説」が好きで、こういうものをいっぱい読んだ。
女を剥き出しにする女性もいいけれど、まだ男女に分化するまえの
淡い少年少女関係はそのうち消えるものであるがゆえに美しい。
いわゆる思春期まえの少年と少女のふれあい。
男女の体力差がまだ出るまえの男の子の恥じらいや少女の力強さ。
田舎に行けばまだ「バッタと鈴虫」のような世界があるのかもと期待したくなる。

尾崎一雄は早稲田の香り(悪臭ともいう)がすると思ったら、やはり文学部の先輩か。
「暢気眼鏡」はおもしろく早稲男はこうでなくっちゃ。いや、これでいいのか人として。
結婚相手は自分より身分の低い女で、自分は芸術家だとうそぶき、
そのくせ小説はまったく書けず、書けない書けないと芸術家の苦悩を演じ金がなくなり、
借金の当てもなくなったら女房を働きに出し、癇症持ちで気分が荒れたら女を殴る。
最終的には開き直り「ままよ」と暢気(のんき)に構える。
「俺の女にしてやる」は早稲田文学部の伝統なのか? 僕にもそういう血はあるのか?

中山義秀の「秋風」もよかった。
これもまた旅館の年寄りの番頭からむかしの話を聞くというスタイル。
たぶんこれが物語の原初形になるのだと思う。
人情話と言ってしまえばそれまでだが、
人情をなかなかこうまでうまく書けるものではない。
根にあるのは差別感で、そういう芸妓や樵(きこり)が助け合うのが人情なのだろう。
いま差別された業界ってどこだろう?
いわゆる性風俗業界、AV女優は差別された存在だろう。
四大なんてぜんぜんすごくないのに、高卒は被差別感があるのかもしれない。
こっそり言うと、差別(上下関係)がないと物語が創りにくい気がする。
由起しげ子の「告別」は優等生の小説。
作者の由起しげ子は坂口安吾に「もっとエゴイストになれ」とけしかけられた人。
関係ないけれど、いまはみんな優しいよね。
エゴを出さない。そもそもエゴがあるのかって話。

*最後までお読みくださりありがとうございます。誤字脱字、誤記失礼。

「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→このアンソロジーは発表年代順になっているそうだが、
もうこのくらいの時代になると現代日本語とそう変わらず、
そうなると作品の質が明確に現われる。
有島武郎の「小さき者へ」は妙な思い出があってね。
大学時代、社会学ライフコースの大久保教授が授業中にこれを朗読しながら、
ひとり悦に入ったように涙をポロポロこぼしたのね。
早稲女なんかみんな純粋だから大久保先生ステキ♪ みたいに評価が上がった。
少なくとも、社会学の授業中におまえ、なにやってんだ? という声も視線もなかった。
文学史を調べちゃうと、こんな自己陶酔フル満タンの文章を書いたやつがさ、
最後は子どもなんかすべて捨てて人妻と心中しちゃうわけで、
そのガチンコが文学なんだな。よおく見ると、この自己陶酔文にも「なま」が入っている。

「何故(なぜ)二人の肉慾の結果を天からの賜物のように思わねばならぬのか。
家庭の建立に費やす労力と精力とを自分は他に用うべきではなかったのか」(P341)


有島武郎ってどう考えてもマジキチというかガチの文学野郎だと思う。
正宗白鳥の「死者生者」は会話も多く読みやすい。
旦那が病気で倒れた貧乏長屋の生活をうまく描いているが今一歩リアリティーがない。
しかし当時、正宗白鳥の小説を読めたのはインテリだけだったわけで、
「本当のこと」よりも「本当っぽいこと」のほうが価値が高かったのだろう。
病気になっても医者を呼ぶ金も薬もない時代から比べたら、いまは本当にいい時代。
男と女がいっしょになったらすぐにゲスなことを考える下層民の生態をうまく描いている。
病人の介護はもういやだ、とか現代にも通じかねない本音を描いている。
かといって、傑作かと問われたらそれはわからない。

永井荷風の「勲章」はよかった。
よくさ、下層民にセンチメンタルに同情しちゃう人がいるじゃないですか?
永井荷風は下層民がただただおもしろいから下層民と分け隔てなく付き合い、
そのおもしろさをより深く知ったうえで、そのおもしろさを描いているようなところがある。
永井荷風の「勲章」は、下層民っておもしろいでしょう! 
という作者の感動が伝わってくる佳作。
志賀直哉の「真鶴」は志賀直哉。志賀直哉って三浦哲郎に似ている(順番は逆だが)。
加能作次郎の「恭三の父」は文盲の義父(?)が息子にガミガミいう話。
国民皆兵のまえはみんな文盲だったのではないか。
いくら江戸の寺子屋はあったとはいえ、そんなのに通えるのは一部だけだっただろう。
昭和に入ってからもいわゆる「路地」とか「朝鮮部落」では文盲がいたと聞く。
そのとき書き言葉っていったいなんなのだろう?
武者小路実篤の「久米仙人」は正直な話である。
殿上人、貴族のような仙人が下層民の生態に涙して落下するというね、それリアル。

中勘助の「妹の死」は不謹慎な小説で、死にゆく妹の様子を、
ほほう、人は死ぬときこういう状態になるのかと手帳にメモしながら書いた小説。
肉親の情よりもなによりも観察に重きを置いている。こんなことをしていいのかなあ。
谷崎潤一郎の「刺青」は新しい女性像を創りたいという願望の現われだろう。
良妻賢母とか文学少女のみならず文学青年から見てもおもしろくないわけである。
氷のように冷たい女性から、
「あたしのこと好きなの?」
と意地悪く笑われたいという願望を谷崎は持っていたはずだし、
なぜならと根拠を申せばわたしがそうだからで、しかし、実際はおねえさんに甘えたく、
だからどうしようもなく谷崎は「刺青」を書いたのだと思う。
ちなみに元スジモンの人から聞いたけれど、刺青はその世界ではモンモンというらしい。
里見トンの「椿」はよくわからなかった。

岡本かの子の「鮨」はめったにない大傑作である。
その証拠というか、ほかのアンソロジーでも取られていた。
これはすごいものを書く人だが、岡本太郎の母だったのか。
人間の細かな気持の綾を見逃さず、少女らしい冷たさ、母親らしい暖かさで描いている。
ちょっとこの人には参る。
過不足のない言葉で、この短さで、こんな冷たい暖かい話を書かれたら後続は困る。
内田百聞の「サラサーテの盤」は難しくて当方の頭脳では理解できません。

室生犀星の「生涯の垣根」は身辺雑記ながら味のある物語になっている。
文学新人賞にこういうのを出したら下読みはたまげるだろう。
作者が室生犀星というのが前提の話なのである。
定年を迎えた老人が趣味の庭造りの話とか書いてぜひ新人賞に応募してもらいたい。
文学は書かれている内容ではなく、作者が勝負なのかもしれない。
久米正雄の「虎」は私小説風味で物語がないが、
振り返ってみれば、いままで読んできた日本近代文学もみんなこんな感じだったな。
でもまあ退屈させなかったから、そこは評価する。
芥川龍之介の「お富の貞操」はどこからどう考えてもエロ小説。
乞食ふうの身なりの男が処女に飼い猫を殺されたくなかったら、おまえの体を貸せ。
そういうシーンの男の冷たさと女の生き身の複雑さをうまく言葉で描写しているから、
これはいわゆる文学あつかいなのであって、設定はポルノ小説と変わらない。
で、好きか嫌いかと問われたら、芥川の「お富の貞操」は、うん好きよ。
文学少女とかまず芥川から入るけれど、あれは作者がイケメンで、
読みやすい短編が多く、物語構造が単純で、
善悪美醜貴賤がはっきりしているからではないか?

「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→「森鴎外から太宰治まで、51人の名短編をこの1冊に」――。
むかしから人と文学論議を交わしたことがないが、
なぜなら読む本がいっぱいありすぎて読んでいる本が異なり、話が合わないのである。
もう日本近代文学なんて穴だらけで、がためにこういう本は助かる。
筋トレになるくらいの重い本で、しかし総ルビのため音で読めるのは嬉しい。
この本を買ったものはいようが、ぜんぶ読んだのは日本で百人もいないのではないか。
以下、自分の文学勉強のために思ったことを記す。

森鴎外の「杯」、夏目漱石の「夢十夜」どちらもよくわからない。
これが近代文学の夜明けなんですか、プゲラッチョって感じ。
幸田露伴の「一口剣」はいける。これは味がある。
剣を作る刀師のところに最高の名剣をとのお殿様からご注文が入り、
前金でかなりの報酬をもらうが、口だけのやつで完成する見込みがない。
このため気落ちしている亭主を励ます妻がいい。

「なんのなんの、女房に亭主が云ひ訳には及ばず、
ホホ気を大きくして最少しお飲みなされ、あとの話しは酒にあたたまって寝てからと、
胆の太い女かな、立上って戸締りをして来て座について、
又一盃仰ぎ、ええお星様の落ちたを見て薄ら寒くなった、
チョッ、何が何様(どう)したって何様(どう)なるものぞ、
ホホホ、惚れたが弱身で負けて遣る」(P81)


ほいで結局、世話女房の期待に応え、
ダメ亭主が一念発起して天下の名刀を作ることに成功するのだが、これはいい。
ポプラ社もいい仕事をしている。
引用はネットから取ってきたのだが、原文はいまの日本人には読みにくい。
小さい「っ」が「つ」になっているし、当時の文法記号とかあるから。
「ゑ」とかいまの子は読めないでしょう。
それをぜんぶ現代日本語にして、すべてルビを振ったわけだ。音で読めちゃうわけ。
子どものいる家はこの1冊を家に置いておいたら天才文学者ができるかもしれないぞ。

尾崎紅葉「拈華微笑」は当時の恋愛小説かと思われる。
当時の文学青年はこういうのを読んで、
ああ、こういう自由恋愛感情があると知ったのだろう。そして、真似してみたいと。
徳冨蘆花「吾家の富」はわけがわからずイッテヨシ。
国木田独歩「武蔵野」は(わたしが大嫌いな)風景描写が延々と続く作品で、
半年まえに読んだときは「死ね死ね」と脳内シャウトしたが、
いま最後の部分を読み返してみると、なんだかいいのである。
音とリズムで読むとなかなか悪くない。
文章を音とリズムで読むというのは、ごく最近に開眼したことだ。
山本周五郎青年の習作原稿を読まずに捨てた徳田秋声の「風呂桶」。
なんてことはない身辺雑記だが、笑えることも書いてある。

「男は年を取るに従って、洗練されて来る。しかし女はその反対だと思われた」(P160)

これは先日の花見で独身男性のAさんと大笑いしながら盛り上がったテーマのひとつ。
おおむかしから言われていたことだったのか。
短編ひとつで判断するのは酷だが、徳田秋声は山本周五郎の足元にも及ばないだろう。
島崎藤村「伸び支度」は初潮が来た少女の心の揺れを描いた小説で味があると思ったが、
これはおそらく男の妄想で、女が読んだらまったくリアリティーがないのではないか?
むしろこういうふうに振る舞ったほうが男性社会では受けるという押しつけに感じる。

樋口一葉の「わかれ道」はいま読み返したのだが、これは大傑作ですよ。
孤児の男の子がお姉ちゃんと慕う針子のさみしげな女が妾(めかけ)になるまで。
ここまで淡い情緒を、きれいな言葉で書かれちゃうとね、泣くしかないよ。
樋口一葉は短命だったから作品数なんて少ないはずで、
ぜんぶ読んでみたいが時間がない。
「小指」の堤千代(直木賞)とおなじで、儚(はかな)さがたまらない。

岡本綺堂の「修禅寺物語」もうまい。
日本人らしい情緒があるのに、しっかりとした西洋ドラマ形式も守っている。
日本的情緒とはなにかといえば、あきらめてさめざめと泣く美しさなのだと思う。
この世のことは断念して、その哀しさを哀しさのまま味わい涙という水に流す。
岩野泡鳴の「猫八」は、うーん、おまえはそれでいいや。
泉鏡花の「外科室」は何度読んでも鏡花が嫌い。
近松秋江の「青草」はバンカラ小説なわけ?

「羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇」(芥川龍之介/文春文庫)

→いみじくも井上靖が芥川の天才を、人生体験がまったくなかったことと評していた。
なまの経験ではなく、知的観念だけで小説を書くのは才能だが、それには限界がある。
いまでも十分におもしろいが、どこかよくてきているなあ、という秀才型の小説が多い。
僕は「地獄変」「奉教人の死」「南京の基督」をよくできた西洋人形のように評価する。
「一塊の土」「玄鶴山房」は芥川の生活者へのあこがれがよく書けているが、
西洋理知的でまったく「土」のにおいがしないのが芥川のハイカラ趣味だろう。
「点鬼簿」は失敗した私小説。
「河童」「歯車」はストリンドベリの影響が強すぎて、おかしなことになっている。
ストリンドベリの邦訳作品はすべて読んだものから見たら、
芥川にはかのスウェーデン作家からの悪影響が強く見られる。
理知の男と動物の女が闘ったら動物が勝つのが当たり前だが、
いやいや、それは違う――西洋的理知のほうが東洋的肉体より強い、
と言いたがっているところがなくもない。
「藪の中」のここはまさにそうである。
縛られた夫の目のまえで女菩薩のような妻は悪党に強姦蹂躙され、
思わず女のさがで歓喜の声を上げてしまう。ことが終わり――女の独白。

「その紺の水干を着た男は、わたしを手ごめにしてしまうと、
縛られた夫を眺めながら、嘲るように笑いました。夫はどんなに無念だったでしょう。
が、いくら身悶えをしても、体中にかかった縄目、一層ひしひしと食い入るだけです。
わたしは思わず夫の側へ、転ぶように走り寄りました。
いえ、走り寄ろうとしたのです。
しかし男は咄嗟とっさの間あいだに、わたしをそこへ蹴倒しました。
ちょうどその途端です。
わたしは夫の眼の中に、何とも云いようのない輝きが、宿っているのを覚りました。
何とも云いようのない、――わたしはあの眼を思い出すと、
今でも身震いが出ずにはいられません。
口さえ一言も利きけない夫は、その刹那の眼の中に、一切の心を伝えたのです。
しかしそこに閃いていたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、
――ただわたしを蔑さげすんだ、冷たい光だったではありませんか? 
わたしは男に蹴られたよりも、その眼の色に打たれたように、
我知らず何か叫んだぎり、とうとう気を失ってしまいました」(P223)


芥川はなにも知らなかったがために、名短編をいくつも書けたのだと思う。
まだ若い晩年には少々なまの生活を知ったようで作品世界が壊れている。
男は観念としては愛する女がやられているのを見るのは興奮するが、
実際にそんなことをされたらいやでしょう?
女も観念としてはレイプ妄想を抱くときもなくはないだろうが、
現実にそんなことをされたらトラウマが10年、20年消えないわけだ。
芥川は書生どまりであるがゆえに創作に行き詰まり自殺したが、
それが若かったがために永遠の文豪になった。
芥川から商業的に学ぶことがあるとしたら、
20代前半で芥川賞を取り30過ぎくらいで自殺すれば、
いまでも文豪になれるのかもしれない。