むかし、もとヤクザだかハングレだか愚連隊だか、
という人に本当の喧嘩を教えてもらったことがある。
どこでそういう人に逢えるのかといったら派遣である。
派遣のおかげで本当にいろいろな人に逢わせてもらい業界には感謝している。
まだまだ書き足りないほどいろんな人のお話をおうかがいした。
自慢めいたことは書きたくないが、
どんな人とも平気で話せるのがわたしの能力のひとつだろう。
本当の喧嘩というのは、まず相手の足をつぶすらしい。
足の指を踏みつける。それから目をつぶしにかかる。
それが本当の生き死にの現場で使える暴力であり喧嘩である。
そう教わったとき、彼からぱっと足を踏まれそうになったのだが、
ああ、これはマジモンの作法かもしれないと思った。怖かった。
後日、問い直したら、あれは嘘で、自分は平凡に生きてきたと笑って言われた。
そう言われたら、それも本当のような気がした。
足をつぶして目をねらえ。これは本当なのか嘘なのか。
これまえにも書いたっけな。
インド旅行記は手書きで大学ノートに89日ぶん書いている。
たしかムンバイからゴアのほうに降りて行き、
また戻ってきてカルカッタに飛行機国内便で飛んだのではないか。
当時はエアインディアをそう利用するほうが便利で安かった。
カルカッタなんて、アーグラ、カジュラホなみにきちがい都市でしょう。
飛行機でいっしょになった青年と空港からタクシーでサダルストリートまで行った。
当時のわたしにはバックパッカー・コンプレックスがあって、
安宿のドミトリーに泊まれないのが悔しかった。
青年が評判が悪いことで有名なパラゴンに泊まるというので、
これもなにかの縁だし、ごいっしょさせていただければとお願いした。
インドでは空港からホテルまでのタクシーが怖いのだが、
カルカッタの空港から乗ったタクシーもひどかった。
最初に言った金額から移動中にどんどん値段が上がっていくのである。
それができるのは「ここで降りろ」と言えるから。
インドの夜、こんな田舎におろされたらという恐怖を考えると、
人は5倍、10倍の金額を支払うのだろう。
そういう前例があったから味をしめて運ちゃんはふっかけてくる。

そのころはもうインド1ヶ月でこの国に嫌気がさしていた。
どうしたか。うちらは後部座席に座っていたが、
そこから運転手の席を力いっぱい繰り返し蹴っ飛ばしたのだ。
インドは初体験の青年の顔から血の気が失せるほど、
「おまえ殺してやるぞ」という念を込めてヤクザキックを繰り返した。
「そんなことやめましょうよ」と青年から言われた記憶もある。
しかし、ヤクザキック、ケンカキック、山口組的暴力。
結果、どうなったかというとカルカッタの悪質運転手が
完全にわたしの狂気にビビってしまい、値段は言い値に戻った。
ポリス、ポリスと叫びながらヤクザキックを繰り返したので、
あっちだってポリスは困るから、言えば無料にまでなったと思う。
インド初体験の青年に勝ったような気がした。
しかし、パラゴンの汚さにわたしは1日でギブアップして、
宿泊を続けるという彼に負けたと思い直した。
わたしも青年と呼ばれていいくらい若かった。
インド旅行といえば、カルカッタでパラゴンホテルのドミトリーに泊まり。
ハシシとか吸いながら、
マザーテレサ創設の観光地でボランティアをするという定番コースがある。
むかしはそういう定番コースをバカにしていたが、
いまはもっとも満足度が高い観光スタイルではないかとも思う。
カルカッタのパラゴンは、日本では想像もおよばないほど、
愛想が悪いし汚いし上客とされる古株宿泊者が恐ろしい。
パラゴンなんか百ドルもらっても泊まりたくないが、
ほぼ無料のような金額で、
あそこでひと晩過ごしたら2百ドル以上の価値があるかもしれない。
定番のマザーテレサ観光施設に行かなかったことをいまでは後悔している。
行けば、無料(ボランティア)で千ドルくらいの思い出ができていたかもしれない。
価値創造するということ。創価すること。
人生終盤戦に入ってきたという思いがあるけれど、
そうなるとなぜか思い出深く味わいがあるのは、まずった経験である。
おいしい料理よりもまずいメシ(エサ)のほうが記憶に残る。
そもそも人生でうまくいくことは希少だが、おいしい経験はすぐに忘れてしまう。
記憶をくちゃくちゃ反芻するのは、かなりの人生の喜びである。
あれはまずかったなあ、という思い出がいちばん美味に変化する。
悟りすました顔で言ってみよう。無常ということ。万物は変転する。
まずかったものがおいしかったという思い出に変わる。
むかしラオス、ビエンチャンの観光客なんかだれもいない食堂に入った。
昼下がりのことだ。
とりあえずビールを頼み、メニューをお願いしたが、これがわからない。
「スキヤキ」と表示されたものがあったので、それを注文。
日本でもスキヤキがことさら好きというわけではない。
出てきたビエンチャンのスキヤキはヌードルで、味はわけがわからなかった。
うまいともまずいとも言えないような経験したことのない味である。
食堂のおばさんから「うまいか?」と聞かれ、
日本人のわたしはもちろん「うまい」と回答した。
いったいあのビエンチャンのスキヤキの味はなにが主成分だったのだろう。
うまくもまずくもなく、ただわけがわからなく、そこが新鮮だった。
宿まで歩いて帰ったのだが、公園で休憩しているとき、
おそらく政府の公安と思われる若者男女二人から質問を受けた。
「どうしてラオスに来たんですか?」
「わかりません」
「これからどこに行くつもりですか?」
「わかりません」
ビデオカメラをまわされていた。
「この映像を公開してもいですか?」
醜形恐怖症のわたしは「それはいやです(ノー)」と答えた。
ラオスはいい国だったと思う。
ラオスのスキヤキの是非については、よくわからない。
わけがわからないものが好きだ。
むかしが懐かしくなって「インド バラナシ モナリザ食堂」で検索したら、
たぶんかの地で日本人にいちばん有名なクミコハウスという民宿が出てきた。
変な自慢をするが、おれ、インド最強レベルの有名人、
クミコさんに逢ったことがあるんだぞ。10年以上むかしの話だ。
クミコさんの印象は「こわっ」、ただそれだけ。
ドミトリーは苦手なので観光目的で見物に行ったのだが、
逢った瞬間に「空き部屋はない」と言われた。
ドラッグをやる人はダメだという知識はあったが、
当時のわたしはいま以上に善人顔、常識面(づら)が顔面にこびりついていた。
ちなみに、いまのいままでわたしは違法ドラッグを勇気と縁がないため、
一度もやったことがない。

インド、バラナシのクミコさんの強さ(「こわっ」)は無常を知っていることではないか。
クミコ女史は若いころは美少女だっただろうが、いまは怖いおばさん。
それがなによりの真理だろう。
インドの民宿、クミコハウスはこのブログのように好き勝手に品評されている。
人によって感想(主観)は異なるということを、クミコさんは深く知ったことだろう。
バラナシに行ってクミコハウスへの行き方を聞くと、
インド人から「あれ、牢獄。地獄。不衛生」といったご紹介を受ける。
インドに滞在すると人間不信が高まるのかもしれない。
わたしも10ルピーのために1時間言い争いをするとかざらだった。
インドは大好きだが、再訪したいかと問われたら返答に窮する。
インド大衆ウイスキーの「8PM」はトリスやブラックニッカよりもうまいと思う。
あれを何本もリュックに入れて悲壮な覚悟でインドを89日旅した、そのときだけが、
わたしの人生の味わいだったような気さえするくらいである。
果たして人生三度目のインド、バラナシはあるのか。
新鮮な魚はうまいとか人はわけしり顔で言うじゃないですか。
刺身で食えば、たしかにそうなのは認める。
少し寝かしたほうがいい魚介類の刺身があることは知識として知っている。
ここで問題なのは、焼くや煮るという調理方法でも新鮮な魚はうまいのか。
新鮮な今日取りたてのアジフライとか聞くとうまそうな気がするが、
常識(正常な損得勘定)のある食堂や大衆酒場なら、
刺身では出せなくなったものをフライや煮つけ、お通しに使うだろう。
インドの海辺で食べたフィッシュはちっともおいしくなかった。
中国の青島でもいけすの魚は新鮮だから食えとすすめられ、
とはいえ調理は中華方式で、この金を出してこれかよと思った。
それ、新鮮ではなくても、味は変わらないんじゃないかというね、その本音がね。
ゴアや青島の新鮮な魚を刺身で食ったらどうかという興味はある。
つくづく魚食系男子である。
こういうので多数決のランキングをつくると、
たぶんイタリアがいちばんになるような気がする。
みなさまとおなじで、わたしも日本食がいちばんうまいと思っているが、
ランキングは自国以外を書くべきだろう。
日本で食べるイタリア料理は冷凍食品レベルから最高だと思うが、
現地に行って本場のイタリア料理を口にすると、驚くほどまずいし高いという。
海外なんてほどんど行ったことのない日本にひきこもっているわたしが選ぶ、
メシがうまい国ランキング第一位は、これっきゃない。
ここで広告を挿入したりするとあぶく銭が稼げるのかもしれない。
そんなことはできないので、だれも興味がない第一位を発表すると。
トイレに行かないでください。
それでは第一位を発表します。それは中国である。
中国で食ったメシはどれも安くてうまかった。
とはいえ、中国大陸は広く、地方ごとに味が変わる。
全般的においしく安く人もよかった。
いちばん好きなのは成都などの四川料理。
ガーリックでホット(辛い)でオイリーな安い人民のエサ。
わたしはレトルトカレーの「リー30培」をけろっと食べられるくらいの味覚障害者だ。
だから、わたしのランキングはあてにならないことは自分がいちばんよく知っている。

チャイニーズフードはどこの国で食べてもおいしい。
第二位はインドなのだが、現地で食すインドカレーは奥深いぞ。
長距離バス移動の途中で寄った山中のフィッシュカレーが、
なみだが出そうなほどうまかった。
ゴアへの中継地であるバスストップで食ったエッグカレーは衝撃だった。
変な現地のスパイスをたくさん使っていて、奇跡のような美味だった。
インドで食うイタリアンほどまずいものはないが、そんなものは帳消しにする。
なぜ中国がインドより上かというと酒の問題。
インドは食堂で酒を飲みにくい。
探せば酒は手に入るし、店の人と仲良くなって、
ここで飲んでもいいか、と聞けば、そこは居酒屋になる。
インド、バラナシのモナリザはいい居酒屋だった。
親子丼も餃子もインドカレーも想像を絶するほどあれだったが、つまみにはなった。
まずいものをつくれるのもひとつの才能だと釈迦のように悟りを開いたくらいである。
第三位は台湾かな。
カラスミのうまさを台湾で知ったが、思えばあれ以来、口にしていない。
台湾では死んでもいいと思って屋台で刺身を食ったがとくに問題はなかった。
メシがいちばんまずいのは、まあカンボジアだろう。
作家の田辺聖子さんの名言にこういうものがある。
「人は自分が愛したもののことは忘れても、
自分を愛した人のことは忘れないものである」
これはふたつのアフォリズム(名言集)で目撃したことだから、
みんながまったくそうだと思っていること(疑似真理)だろう。
このおっさん、あたしのことを好きなの?
という女性の動揺、戸惑い、羞恥、昂揚が好きである。
ふーん、あたしのことを好きなんだという、高みから見下される視線もいい。
感情は視線で伝わる。
その人のことをちらちら見ていると、相手はどぎまぎする。
おもしろいよね、人間って。

(関連記事)
「苦味を少々」(田辺聖子/集英社文庫)
仕事をするという言葉の意味がよくわからなくなるのは赤字経営の話だ。
自営ならよくあることだが、本人は24時間働いていても赤字なことはあるでしょう。
自営の1年目なんて、まず赤字で持ち出しだろう。
少しずつ認められてゆくこともあるだろう。
あるいはいまの赤字が将来、何十倍になって返ってくることもあるかもしれないし、
最後の戦争の日本軍のように無計画にもどんどん傷を深くするだけかもしれない。
それは人間にはわからない。
いまは変わってきたが、忙しく仕事をバリバリする人が格好いいというイメージは、
日本にはまだまだ共有されているような気がする。
サービス早出、サービス残業をする俺にうっとりするむかしながらの思考。
それはある種の伝統だから、絶対に正しくないわけでもない。
本人がそれが生きがいなら、だれにもとめられない。
しかし、そういう労働観の自営や幹部は下のものにもそれを押しつけるだろう。
よくバイトで「シフト自由」という文言を見るが、
あれは上の都合でおまえのシフトなんか自由に削るぞ、という意味だ。
チェーン居酒屋は、客が少ないとバイトを早帰りさせるのが業界のルールらしい。
しかし、バイト面接で「なにか質問はありますか?」と聞かれて、
「早帰りをさせられますか?」と本当に関心があることを質問したらまず落とされる。
それは経営者や企業幹部の気持を考えるとわからなくもない。
労働者は時給を守るために、もうなにもすることがないのに、
掃除をしているふりや、働いているふりをするでしょう。
ベテランほどそういう演技がうまくなるから(稼げるので)、仕事は長く続けたほうがいい。
その労働精神もまたわからなくもない。